フィーリ、天然酵母のパンを焼く③
「さ、食べな」
窓の外で「ぅぐぐうぅぅ」と盛大にお腹を鳴らした彼女を、アタシはあんちゃんに怒られるのを覚悟で店に入れた。
「……い、の? ミーチャ、おカネな、よ?」
ちゃんと教育されていないのか、彼女の言葉はたどたどしい。けれど、施された食べ物を前にして躊躇してみせるほどの分別はあるようだった。幸か不幸かお金ってモノも知ってるし、まぁ、涎がたれているあたり、印象は野生動物に近いものの……元々はイイとこのお嬢さんなんだろう。
「イイから食べな。子どもが遠慮なんかするんじゃないよ」
ため息をつきながら、アタシは少女の向かいに座った。アタシの方が外見年齢幼いのは、この際置いておく。アタシさぁ、児童虐待とか、ホント、無理。見てらんない。
薄汚れた格好と寒そうに震える肩はまず、問答無用で風呂に突っ込んでやりたくなるが、子どもが腹空かしてるなんて、それより何より許し難い。さぁ食え、やれ食え。風呂は後だね。
アタシは自分の前に置いた皿からベワズー酵母のパンを一つ取り上げ、小さく千切った。
ふわりと上がる湯気。甘い香りが湯気にのって広がって行く。少女が、ごくりとツバを飲む音が聞こえた。
「うん、甘い。……菓子パンて感じか。でも食感は悪くないねぇ」
千切った欠片を咀嚼すると、予想通りベワズーの甘ったるい香りがした。今までのパンに比べると、味も圧倒的に甘くて独特。癖のある黒糖をたくさん使った黒糖パンにどこか似ている。ふわふわというよりはもちもちでアタシ好みだ。
でも……美味しいけどさ、明日教えるサンドイッチには向かないね。いずれ、フルーツサンドとかジャムサンドとか、デザート系のサンドイッチを作る時なら使えるかもしれないが。
ベワズー酵母パンの味見を終えたアタシは、腹ペコ少女をそのままに、竃の中のヤンヤ酵母パンを見に向かった。
「おぉ……」
竃から出してみれば、ふっくらと膨らんだ丸いパン。びっくりするぐらい膨らんでいて、もはや見た目は球に近い。ヤンヤ酵母、めちゃ頑張った。
鉄板を作業台に置いて、焼きたてのヤンヤ酵母パンを一つ竹箸で皿に移す。それだけで、ヤンヤの香りがずいぶんとキツく漂った。
ハァ。まったく、この世界の生き物は自己主張が強すぎるよ。植物然り、だ。
もう一つお皿に移し、アタシはカウンター越しに少女を見た。うん、食べてるね。
アタシが席を外した途端、彼女は猛烈な勢いでパンにかぶりつき、目を丸くしながらスープを飲んだ。見慣れないからだろうか、一緒に出した唐揚げは手付かずだが、パンとスープはあと少しで空になる。
「もっと食べるかい?」
スープの入った器と交換してやり、さっきのように向かいに座った。
やはりヒトがいると食べにくいのか、チラチラとこっちを見ながら、彼女は盗み食いのような素早さで平らげていく。
「唐揚げも美味しいんだけどねぇ。オルニだよ?」
声だけかけて、アタシは意識をさっさとヤンヤ酵母パンへと切り替えた。ヤンヤは酸味が強いから、味見ナシではヒト様に出すのは怖い。
嫌がらせだと思われると困るもんね。
「んー……」
ヤンヤ酵母パン、触感は花丸。100点満点の柔らかさ。この世界の酵母の限界にチャレンジってレベルでふわふわだ。




