フィーリ、魔喫だと知る②
「忌み子? それは何だ?」
「知らないよ。何ならアタシが聞きたいくらいさ。……ま、人間には忌み者を迫害する文化があるのは確かっぽいけど」
何事か考え込み始めた兄さんをチラリとうかがいながら、アタシはウキを瓶詰めにし、今朝原生林区で採れたばかりの野菜を浅漬けにする。これはミョルニーが採っておいてくれたものだ。
王都支店はまだオープン準備中という感じで、店に食べに来るのはあんちゃんと兄さんの二人だけ。それも朝夕。
でも、買い溜め品の加工作業が終わったから、早ければ明日か今日の夜には開店できる。毎日原生林区で収穫されてくる食材と貯蔵庫のレトルトを合わせれば、団体客でも問題ない。
「……ふむ。魔喫で間違いなさそうだな。恐らく、忌み子とは魔喫のことだ」
あんちゃんのトコの料理長、アッフェタルトさんに分けてもらったドーイの卵をガンガン割って混ぜていると、ジークの兄さんが思考の海から帰還した。
またしてもこっちをジッと見る鋭い黒。
「で、その麻酔ってのはなんなんだい? 眠くなんの?」
「眠く? ……まぁ良い。魔を喫する者。魔喫とは、魔力を喰うことからついた名だ。正確には、魔力を体内で消化するのではなく、魔力を無にする者を魔喫と言う」
「は!? じゃ、もし今アタシがジークの兄さんに触れたら、兄さんの魔力はなくなっちまうのかい?」
思った以上に難しい話になって、アタシは箸代わりの枝を置いた。え、だって今まで散々ルフのこと撫でて来たし…………はぁ!?
「ジークの兄さん? その者を俺は知らぬ。が、お前はまだ幼い。大した量は喫えないだろう。魔力を常に生成し続けている魔族の魔力自体を打ち消すことはないはずだ。……しかしお前は現に、それらの食材に残留する魔力を消している」
「へ?」
「すべての食材をお前一人で育成し、収穫し、運搬しているわけではないだろう?」
「え、まぁ……。でも、料理自体はアタシしかしないよ?」
「普通、売られている食料は5日は放置し毒抜きする。万が一のことがあってはならんからな。
しかし、お前はその日に調理しているのに、誰一人として魔毒症を発さない。この状況、お前が喫っているとしか考えられん」
「…………へー?」
とりあえず、アタシの料理は安全てことでいいんだね。そりゃ良かった。
「人間が触れても食材の魔力に変化はないのが常で…………お前、なぜ興味なさそうな顔をする」
「だってねぇ、それがわかっても、今までと何も変わんないじゃないか。アタシの生活はこれまで通りだし、チート……いや、優れた能力ってこともないんだろ、その魔喫とやらはさ。からさぁ、ま、イイや。
あ、ところでジークの兄さん。今日の夕飯から店開けていいかい?」
あんちゃんはにぎやかな食堂でご飯を食べるの、わりと好きだ。でもなんとなく、ジークの兄さんはそういうの苦手そう。
一応、厨房の奥に休憩スペースのような小部屋があるから、そこで食事してもらっても構わないけど……。
「……それは俺に訊いてるのか?」
「ん? そうだよ? あんた以外いないじゃないか。ジークの兄さんの許可貰ったら、あんちゃんにも訊くからさ。仕事、させとくれよ」
「…………魔喫は過去二人しか確認されていない珍しい体質だ。それをそんなあっさりと……。…………ハァ。ガンドルヴの連れてくる者、か」
ブツブツゴニョゴニヨ言い続ける兄さんを放置して、アタシは念願の玉子焼きを作り始める。
ふふふ。やっと作れる玉子焼き。ずっと食べたかった玉子焼きに、アタシのテンション急上昇だ。こんなにウキウキするのはパンデビス以来かもね。
さて! 頑張って巻くとするかね!
次は飯テロ(?)、甘い玉子焼きと出汁巻き玉子を作ります




