フィーリとサプライズ2
「ガンドルヴ? 如何した」
ふいに響いてきた、初めて聞く怪訝そうなバリトン。この声の主がお客さんなのだろう。みんなと違って呼び捨てにしているところをみると、同レベルか、さらに上の地位にあるヒトなんだろうと思う。
……あぁ、なんだか急に、あんちゃんの声が聞きたくなってきたよ。あの優しいテノールを聞けば、姿を見なくてもそこに居るのがあんちゃんだと確信できるのに。
「…………?」
ふと、下げていた視界の隅に足が映った。サンダルのような、簡素だけど立派な素材の靴を履いた大きな足。
明らかにアパーヌタタンさんのモノとは違う。赤味がかった肌の、男性の足だ。
誰かが近づいてくる気配なんて感じなかったのに……。
驚いて思わず顔を上げると、
「っ!?」
天井が一気に近くなった。
目を瞬いているうちに、今度は力強く熱い何かにウェストのあたりを支えられているのを感じる。
「ちょ……な……!?」
誰かに持ち上げられたのだろう。そう思い至った瞬間、今度は一瞬の浮遊感。
気付いた時には、アタシはその誰かの腕の中にすっぽりと抱き抱えられてしまっていた。
赤ちゃんのように抱っこされて、背中にギュッと腕が回されているのがわかる。アタシに見えるのは、純白の衣装に覆われた逞しい肩と、見慣れた朱色の癖毛。
「フィーリ……っ」
すぐそこから響いてきた囁きは、掠れている。けれどそれは確かに、アタシが聞きたいと願った声だった。……あー、びっくりした。警備か何かに不審者として捕獲されたのかと思ったよ。
「あんちゃん」
緊張に強張っていた体から、一気に力が抜けて行くのがわかる。良かった…………。
「元気ないって聞いて、心配してたんだよ? 寝込んでるんじゃなくて何よりだ」
気分は、一人暮らししている息子が久々に顔を見せてくれた時。自分の中で膨らんでいた悪い予感が霧散して、深い安堵の息が出た。たぶん、それはあんちゃんも一緒。まるでアタシの存在を確かめるかのように掻き抱き、深い呼吸を繰り返している。
「しかし……よくわかったね?」
ようやく腕の力が緩み、顔を見合わせると、あんちゃんがふわりと笑った。なぜかその笑顔がとろけるように儚く見えて……アタシは慌てて声をかけた。なんだか、胸が痛くて落ち着かない。
「いつからアタシのこと、気付いてたんだい?」
身長だって、シークレットブーツでちょっと高くしてたのに。
アタシの口が、つい尖ってしまっていたのだろう。あんちゃんは目を細め、
「最初からです」
赤毛のカツラを撫でる。
これも可愛いですね、そう呟いてから、またアタシをぎゅっと抱きしめた。
「正確に言えばバラクが『光の洞穴亭』に入った時から。ボクの結界に触れれば、すぐにわかります」
アタシはテディベアになった気分で、そっと手を伸ばすとオレンジ色の髪に触れた。きっと、今頭を撫でられるべきはあんちゃんだ。こんな広いお屋敷に一人じゃ、温もりが全然足りない。
「……そっか。じゃ、アタシが昼食作ってたのもバレてるかねぇ? あんちゃんの好きな、オタルのハンバーグ、作ったんだよ?」
寂しさに必死に耐えて頑張っていた小さな子どもをあやすように、アタシはあんちゃんのふわふわとした癖毛を撫でた。高い所が得意じゃないアタシには、2メートルの身長から見える景色はちょっと怖い。だから視線はあんちゃんの顔に固定だ。
しかし…………嬉しそうな顔だね。素直に、来て良かったと思えるよ。
「食べたかったんです、ずっとずっと。フィーリの料理……っ」
あんちゃんの整った顔が今にも泣き出しそうだ。アタシはふふふと静かに笑った。遥かに年上の偉丈夫が、やけに可愛らしく見える。
「じゃあ、あったかいうちに食べとくれ」
せっかくだからね。




