フィーリと都会
えっと…………なんでこんなことになったんだっけね……?
「フィーリ!! 結婚しましょう、今すぐ!! 返したくなんてありませんし、誰かに譲る気もありませんっ!!」
あんちゃん……? 興奮し過ぎじゃないかい……?
空の旅は、恐ろしいほどの浮遊感に満ちていた。寝ていろと簡単に言うけれど、こんなにふわふわぐわんぐわん重力を感じさせられたら寝れるわけがない。
アタシは豪華で快適な竜車の中で一人、船酔いしたようにぐったりと床に崩れ落ち、ルフにしがみついていた。たまに睡眠というよりは失神に近い眠りが訪れるけれど、それ以外はエチケット袋代わりの桶を傍らに、呻くことしかできない。
「ぐー、ぐー、ぐー」
頭の下からは規則正しい寝息が聞こえる。まったく、「ボクが守る」宣言はどこ行ったんだか。呑気ないびきにイラっとするけど、それでも、ルフの温もりと安定感が嬉しかった。
「間もなく王都の手前の街、ダーイイの上空だ」
アタシが起きて苦しんでいる気配に気づいたのだろう。一睡もせず竜車を操っているバラクさんが前方の窓を示した。
竜車の車体は、斜め屋根の屋根裏部屋のようだった。上から見ればきれいな長方形なのに、横から見れば前が高く後ろが低い傾斜屋根になっている。
離着陸時、後ろ二本足で立って前傾した飛竜の胴に括り付けるのに、適した車体の形だそうだ。大きな飛竜が運ぶ竜車は、八畳ほどの広さがあり、聞いていた通り四方の窓が大きく、床と天井にも窓があった。バラクさんは前方の窓際に取り付けられた大きな魔石の魔術具で、ワイバーンを操っているらしい。
アタシはモソモソとルフのそばから離れ、フカフカの絨毯の上を歩いた。もう、具合が悪過ぎて、怖い気持ちは消えている。むしろ、車酔いのように、遠くの景色を見ていた方がイイかもしれない。
バラクさんの隣に立つと、アタシは前方下方の光を見た。
「へぇ…………」
しばし、目を奪われた。
暗い空の下、数多の魔術具が輝いている。きっとたくさんの建物があるのだろうが、この暗さと距離ではまったく見えない。ただ、湖面に映る星空のごとく、大小たくさんの光が瞬いていた。
「……すごいね。みんな、寝ないのかい? それとも……?」
「ダーイイは城塞の街だ。国家の軍事的なものから個人経営の格技場まで、マグニネムの戦力が集まっていると言っても過言ではない。諜報部や技術部も置かれているため、単純な人口で考えれば王都より多くの魔族が住んでいる」
夜勤や巡視による灯りもあれば、道場、酒屋、闘技場の灯りもある。そうバラクさんは言うと、少し遠い目をして、街を見つめた。
真下を見るのは怖いけど、離れた場所なら恐怖感は薄れるし、ましてや今は竜車がツラい。アタシはその星の海みたいな光景を眺めながら、ふと思い出した前世に思いを馳せた。
マイホームがあったのは高台の団地で、夜は夜景がきれいだった。建物自体は中古で買ったし、大家族で住むには小さかったけれど、広い庭にテントを張ってキャンプをしたり、大量の洗濯物を燦々と降り注ぐ陽の下に干したりしていた。物の溢れる家の中で片付けのできない息子を叱ったり、一緒にお菓子を作ったり、みんなでお鍋をつついたり……。
100万ドルの夜景を見にわざわざ海外を旅するような優雅な生活じゃなかったけど、アタシは十分幸せだった。大好きなみんながいて、笑っていられて。
旦那は仕事で忙しいヒトだった。でも、優しくて、穏やかで、不平不満を言わないステキなヒトだ。
思わぬ事故で死んでしまったアタシを……彼らは許してくれるだろうか。ひどく心残りだってほどのことはないし、アタシがいなけりゃいないで、みんななんとかするんだろうと思うけど……。
……ま、アタシは結局、その時その時を精一杯に生きるしかないんだよね。今回こそ、笑って人生終われるようにさ。




