フィーリと勧誘①
ルシオラさんがバールさんを連れてアジャイム王国へと向かって、しばらく。魔王生誕祭が終わり、乾季へ向けて気温が著しく下がり始めた午後だった。
アタシが外で木の実を集めていると、息を軽く弾ませたルフが迎えに来た。
「ミョルニーが呼んでる」
そう言うわりにはなんだかルフの空気が刺々しい。怒ってるというか不貞腐れてるというか……今度は何が起きたのやら。アタシは慌てて宿に戻った。
「お待たせ…………お客さんかい?」
いつもの食堂にはミョルニーと、もう一人。向かいに座る、鬼人族の男のヒトの姿があった。
「おけぇり。バラクさん、こん子がフィーリだ」
挨拶するように言われ、膝を折って頭を下げる。こんな改まった紹介をされることなんて初めてだ。何者だろう。
「そなたがフィーリか。バラクと言う。今日は我が主のことで頼みがあって参った」
ガバッと勢いよくアタシを振り向いたバラクさんは、壮年の赤鬼で、二本角。目がぎょろりと大きい、濃いめのイケオジだ。
服装は執事的なのになんとなく侍っぽい雰囲気がある。アタシは込み上げる笑いをかみ殺して、小首を傾げた。
「頼み?」
立派な身なりを見れば、地位のあるヒトに仕えていることは明らか。
「我と共に王都に来てはくれまいか」
「王都? ってどこさ?」
なんだかよくわからなくて、ミョルニーを見る。説明しとくれ。このヒト、端的過ぎるよ。
「魔王様のいる都んことだよ。ほれ、こんところ、ガヴさんいねぇべ?」
「うん? ……それがどうしたんだい?」
ルシオラさんが出発した翌日、あんちゃんも野暮用とかで出かけて行った。元々、たまにこうして長期で留守にするヒトだから、部屋もそのまま。ふらりと帰って来るだろうと、大して気にしていなかった。
けど……改めて考えてみると、今回はちょっと不在が長いかもね?
「バラクさん、ガヴさんトコのヒトなんだとさ」
「左様。ガンドルヴ様の第二武官であり、体調の管理も一任されておる」
なんだか最近どこかでも聞いた気がする。ガンドルヴさん。
それがあんちゃんのホントの名前なのだろうか。……なんか……ご大層な感じの名前だね。
「お偉いさんだろうとは思ってたけどさ……あんちゃん、ホントに偉そうだ……ってか、偉いの?」
思わず呟いたら、バラクさんの赤銅色をした眉間にシワが寄った。おっと、失礼だったか?
「フィーリに来てけれってよ」
「はぃ?」
赤鬼さんを気にしていたら、思わぬ方向から爆弾発言が飛んできた。
平気な顔でお茶をすするミョルニーを凝視するも、いまいち感情が読み取れない。
「……ガンドルヴ様の体調が優れないのだ。お食事にもまったく手をつけてくださらぬ」
「それって……」
ザッと血の気が引いた。
「疫病……っ!?」
コンクラスル帝国の病はやはり疫病で、どうしてかあんちゃんに染ってしまったのかもしれない。患者をその目で見たルシオラさんとアタシの間を繋いでくれていたのだから、可能性はゼロではないと思う。
「いや、ガンドルヴ様の自己治癒力は我が国屈指。その心配は不要だ」
しかし、アタシの焦りは、あっさりと首を振ったバラクさんに否定された。
「じゃあ……?」
「原因がわかんねんだと」
「え……?」
「左様。我が主に影響を与えられるものは多くない。であるのに、体調不良から機嫌も損ねられている現状だ。このままでは王都が簡単に崩壊するだろう。魔王様との対立が避けられなくなるのは、こちらとしても困るのだ。頼む、ガンドルヴ様のため、王都の住む多くの魔族のため、我について来てはくれまいか」
……あんちゃん、扱いが怪獣だよ。
暴れるあんちゃんとか、想像つかない。あんちゃんは基本、ニコニコしてるから、そのガンドルヴ様とやら……あんちゃんとは別人じゃないか?
「頼む!!」
「……って言われてもねぇ。アタシがいなきゃ、宿でご飯が出せないじゃないか。ずっと出して来なかったなら構やしないが、一度味をしめちゃえば、みんな携帯食なんて持って来ないよ?」
アタシがいないせいでミョルニーやルフがクレームの矢面にたたされるのは我慢できない。料理は、アタシしかできないのだ。
更新、遅れていて申し訳ありません
8月になれば仕事もおちつくと思うのですが……




