フィーリとあんちゃんと商人さん3
「ところでルシオラさん。明日出発らしいが、バールさんをどうするつもりだい? あの子、物腰は丁寧だけどさ、無自覚に魔族にケンカ売るタイプだよ? そう簡単に引き下がることはないだろうけど……ここまでだって大変だったろ?」
「……そうなんすよ…………」
小柄な身長のわりにイカツイ肩をションボリ下げて、ルシオラさんがうなだれる。
さっきの話を聞いただけでも、アタシが想像した以上に面倒な子だ。病みキャラってヤツかね。この先、バールさんを連れて魔王領を行商して回るのは、比喩でなく命がけになるかもしれない。
「ルシオラさんはさ、その帝国で流行ってるっていう疫病のこと、知ってるのかい?」
「はぁ、まぁ。…………実はオイラ、疑ってるんすよね……。あれ、疫病じゃないんじゃないか、って……」
アジャイム王国まで行ったというルシオラさんは、そこで疫病と思われる症状の発症者を見たのだそうだ。そのヒトは、バールさんの身の回りのお世話係で、帝国から一緒に来た女性だった。
ある時突然、彼女の足からカクンと力が抜けて、そのまま立てなくなってしまった。本人が一番驚いていたくらいに、それは唐突な出来事だった。
しかし、診察した医師によると、彼女の足はひどくむくんでいたらしい。感覚を失ったかのように、足は動かせなくなっていた。どうやら、初期に見られる食欲不振や倦怠感をひた隠して仕事を優先したがために、彼女の病は重症化してしまったらしい。
アジャイム王国では見ない症状に、医師は首を傾げたそうだ。しかし、問診を重ねるうちに、医師も帝国で猛威を奮う疫病の存在を知って青ざめた。帝国の窮地が他国に漏れないよう、病については厳重な情報統制が敷かれていた。
一人の医師の手には余る、恐ろしい疫病。
なのに、状況から間違いなく感染していると思われるバールさんは、不思議と問題なく元気だった。何日経ってもバールさんに発症の気配はなく、アジャイム名物のツツ餅を食べては日々、散歩に出ていたらしい。
ちなみにバールさんはツツ餅が好物らしく、アジャイムの親戚に頼んでお取り寄せもしていたそうだ。
「オイラ、ロタン病じゃないかと思ったんすけど……アジャイムじゃ、迂闊なこと言えないすから……」
魔王領では職人として重宝されることはあれど、強者扱いされることのないドワーフだが、魔王領を一歩出れば魔族というだけで尊重される。ルシオラさんの雇い主のような変わり者は別として、人間の世間一般では、彼の言葉はさも真実のように伝わるだろう。
「ロタン病ってのは何だい?」
「昔、エルフに流行った病気なんすよ。なんつーか……今は根絶された感じなんすけどね……」
「ロタン病というのは、アルタール草原のエルフ達がかかった病気で、別名草原わずらいとも呼ばれます。患者数は多かったものの、疫病ではなく、彼らの偏った食生活によるものでした」
「へぇ……」
昔なんだか似たような話を聞いたことがある気がして、アタシは首をひねった。草原わずらい、ねぇ。
「アルタール草原のエルフとビンダー草原のエルフ、レディイーラ山のエルフを詳しく調べた医師がいましてね。彼のおかげで、アルタールの民だけがオルニもボアもタウロも食べないとわかったのです。他にも、アルタールでは余所で一般的な野菜も食べていませんでした」
ほぉ? つまり、偏食による栄養不足ってこと?
…………それって……。
「ルシオラさんはじゃあ、もしかして、そのツツ餅ってのが栄養補助になったって考えて……?
アジャイム王国にはルシオラさんのとこの会長がいるんだよね? 試しにそのヒト経由で、帝国にツツ餅を輸出してみたらどうだい? で、効き目がありそうなら特効薬として大々的に宣伝すればイイ」
思い出した。脚気だ。
江戸時代、玄米から白米へと主食を変えた日本人に流行した病。江戸わずらいとか、大阪腫れとか呼ばれていた、生活習慣病。アタシも小学校に入る時にうけた健診で、膝を叩いて確認された。
ビタミンB1の欠乏で起こる、最悪、死に至る病。……そいうえば息子達の就学時検診にはそんな項目なかったかも。時代かね?
「あ、確かに会長通せば良さそうっすね。会長ならツテも多いし、ロタン病かどうか調べられるかもしれないっす。何よりあの会長が商機を逃すとは思えないんで。さすがフィーリちゃんっす」
ポンと手を打つルシオラさん。てか、ここまで苦労してお嬢を連れて来る必要、あったのかね。アジャイムで済ませられる話だったんじゃ……。
「いやぁ、ありがたい! これで少なくとも数ヶ月は薬師探しとお別れできそうっす。てか、ロタン病でありますようにっ! そうすりゃ無理難題解消、商売繁盛、世界平和、家内安全!」
正直、ルシオラさんが一人で悩んで一人で解決したようなもんだと思う。けど彼が行き詰まっていたのは事実だったようで、一転してお祭り騒ぎ。底抜けに明るい笑顔を振りまいている。……今なら消耗品、特別出血大サービスしてくれるんじゃなかろうか。ミョルニー呼んで来ようかねぇ?
と、視線を巡らせれば、なぜか暗い表情のあんちゃんと目が合った。
「……フィーリは、人間を助けるんですか?」
不機嫌そうな、不安そうな、そんな顔でこっちを見ている。珍しいね……?
「助けるってほどのこと、アタシはしてないよ? けどまぁ、さすがに『苦しめばイイ』とか『死ねばイイ』なんては思わないからね。助かる方法があるなら教えてやった方がイイと思うよ。簡単だし。……ま、教えられて実行するかどうかは相手次第。そこまでは面倒見きれないよ」
あんちゃんの心配が伝わってきて、アタシは思わず苦笑した。不機嫌なんじゃなくて、アタシを心配してくれている。過保護なあんちゃんは、アタシが不必要に傷つかないか、心底心配なんだろう。
「ありがとね。アタシは大丈夫。アタシにはこうして心配してくれるあんちゃんも、ミョルニーとルフもいるからね」
「……そうですか」
そっと手を伸ばしてアタシの頭を撫でる大きな手は、優しい。
感謝をこめてにっこり笑うと、アタシはルシオラさんに秘策を授けた。




