フィーリとあんちゃんと商人さん2
「バカバカしい……」
「フィーリ?」
「だってそうじゃないか」
バールさん……帝国貴族のネフェバリー・なんとかさんは、病の床についた恋人(というか横恋慕相手)をライバルに先駆けて救いたい一心で、風の噂を頼りに故郷を出た。そして、アジャイム王国の高位貴族である親族の家に辿り着き、ご用商人に無理難題を持ちかけてルシオラさんを紹介させ、魔王領原生林区に入り込んだ。
都市伝説のような薬師を探せ、と言われて困り果てたルシオラさんが情報収集も兼ねて「光の洞穴亭」を訪れ、ミョルニーに話を通した……まではまぁ良かったが、一晩明けてみれば「狭くて暗くて気持ち悪い」だの「魔族ばっかりで気味が悪い」だの不満をダラダラと垂れ流し始め、挙げ句、「一族を恨む忌み子が生きていた」「忌み子のくせに」「元凶である忌み子を殺せ」と騒ぐまでになったらしい。
早朝……というかもはや深夜に寝ているところを叩き起こされて延々そんなこと言われたなら、そりゃ、ルシオラさんの顔色も悪くなる。
「恋に盲目になるのはバールさんの勝手だが、いつの間にかよくわかんない私怨になってるじゃないか。忌み子ったって、アタシに何の力があるってんだい。髪と目が黒いだけだろ? まったく、何を怖がってるのかねぇ」
「ホント……フィーリちゃんには申し訳ないっす……」
ルシオラさんはとりあえずアタシに身を守るよう警告しなくちゃと考えて、まずはあんちゃんに相談したのだそうだ。……なんでそこであんちゃんが出てくるのかはわからないが、まぁ、今この宿にいる中では間違いなく一番強いからね。たぶん、一番偉いんだろうし。そういうことかな?
「ねぇフィーリ。フィーリはあの小娘をどうしたいですか?」
「小娘って……」
たまぁに言動が『如何にもファンタジーな龍』になるあんちゃんに苦笑しつつ、アタシは首を傾げた。
バールさんをどうしたいか、ねぇ?
「別にどうでもイイよ」
「筋違いに恨まれてるのに、ですか? 処分も簡単にできますよ? そもそも、処分する前に一応フィーリに話しておこうと思っただけなので」
「ちょ……恐ろしいこと言うね……。でも、正直さ、バールさんにどう思われてるかってのはアタシにとっちゃどうでもイイんだよ。今回気付いたが、アタシだってどうやら、人間……てか、人間の貴族ってヤツ、好きじゃないし」
「ふむ……貴族階級の人間を全て滅ぼしますか」
「ひぃ!?」
「ハァ。そういうことじゃないだろ? 物騒なこと言わないどくれよ。あんちゃんが言うと冗談じゃ済まないんだからさ」
爽やかな笑顔でとんでもないことを言うヒトだ。
アタシにとっては、「自分を捨てた人間社会にわだかまりがある」ってことがわかっただけでも、収穫だった。敢えて考えないようにして来た自分の弱さを自覚できて、良かったとさえ思う。
本当に厄介なのは、無自覚で抱え込むトラウマだからね。ま、会ってみて良かったんじゃないかね。自己理解のイイきっかけだったのは確かだし。
「冗談? まさか。ボクはいつだって本気でフィーリのことを考えていますよ? フィーリの敵は例え魔王といえど許しません」
うん……あんちゃんならホントに絶滅危惧種やら廃墟やらを量産しそうで怖いよ。あんちゃんが別格なんだろうってことは、さすがにアタシでもわかる。
「敵をぜんぶ排除したらさ、世の中発展しなくなるよ? そんな恐怖で統治された世の中は嫌だし、変わり映えしない毎日もつまんないじゃないか。
アタシは嫌いなモノに時間を割けるほどヒマじゃないから、バールさんが恋人(?)のために薬師を探すってんなら好きにすりゃイイと思うね。もし、アタシを抹殺する方が大切ってなら、追い返せばイイじゃないか。何もルシオラさんだってそこまで付き合う必要はないんだろ? 魔王領までの道案内の依頼は達成したってことでさ」
アタシの言い分を聞きながら、あんちゃんの顔は渋く、ルシオラさんの顔は明るくなっていく。
「アタシのことはあんちゃんが守ってくれるんだろ?」
家族同然の距離にあるアタシ達に、あんちゃんは過保護だ。それは貯蔵庫だったり温泉だったりを見ればわかる。アタシ達が安全なように、客に余計な文句をつけられなくて済むように。いろいろ先回りして考えてくれてる。
あんちゃんは客室に住む家族。宿代だってもはや、貰う気はない。
「守りますけど……ホントに追い返すだけでイイんですか?」
「だって、万が一バールさんの言うことを真に受けたとしてさ、ここに攻め込んでくるようなヤツ、いるかい? 実際問題さ、アタシを暗殺しようとしてできるもんなのかねぇ」
魔力のない人間では魔族に勝てない。それは明白で、歴史の中でも度々証明されてきた。帝国の軍隊だろうが腕利きの暗殺者だろうが、アタシを目指してる時点で詰んでいる。もちろん、それが魔族でも。
だって、アタシの周りにゃ、信頼できる家族がいるからね。あんちゃんだけじゃなく、ミョルニーもルフも、敵に回すとかなり厄介なのは明らかだ。洞窟に入った時点でミョルニーの土魔法の影響下だし、ルフの鼻は人狼の中でも超優秀。しかも最終防衛ラインはチートレベルに万能な龍人のあんちゃんだ。
「……クッ」
いつもより少し険しい表情でアタシを見つめていたあんちゃんが、唐突に肩を震わせ吹き出した。
「敵いませんね。害意ある者は虫一匹といえどフィーリの近くには行かせません」
柔らかな表情で笑うあんちゃんに、ルシオラさんの緊張がほぐれていくのが感じられる。もしかしたら、バールさんを連れて来たことで、あんちゃんに叱られたのかもしれない。




