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おかん転生 食堂から異世界の胃袋、鷲掴みます!  作者: 千魚
3 光の洞穴亭 in 救民街
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ストレス発散アイシングクッキー

「いっちょやるかねぇ!」


客の履けた王都支店レストラン。その厨房の作業台に道具を並べ、アタシは一人頷いた。


細かく砕いて澱粉でんぷんを混ぜた砂糖と卵白、粉末にした野菜や果物。たくさんある小さな容器はあんちゃんが樹液で作ってくれたシリコンモドキの専用容器だ。蓋とは別に、横に極々細い口をつけてもらった。

そして主役、大きめに焼いておいた型抜きクッキー。干し肉を作る食品用の乾燥魔術具も引っ張り出した。


普段なら間もなく寝るだろう、月の美しい時間帯。風呂上がりそのままでミョルニー達とダベっているか、自室で読書しているか、新しいレシピをノートに書き出しているか……そんな、いつもなら、のんびり流れる平和な一時。

1日で一番穏やかな時間、のはずだった。


「ヤケ食い?」


「いんや。とことんデコる」


「デコ……?」


休憩用の丸椅子に腰掛けてこちらを見上げるミーチャに、「ひとまず見てな」と声をかけた。こういう細かい作業は、好き嫌いが如実に分かれる。


「アイシングクッキーってんだよ。粉砂糖に色を混ぜて……」


ベリー粉末の赤と紫、根菜の白とオレンジ、葉野菜の緑と青、果実の皮は黄色と茶色。八色それぞれを樹液容器に分けて静かに混ぜた。


前世の粉砂糖ほど綺麗な粉末砂糖ではないけれど、丁寧に少しずつ卵白を加えて練っていけば程なくして、硬すぎない、とろりと艶やかなアイシングクリームが出来上がる。


「なんか、きれぇ」


「だろ?」


この世界に来てから初めて作るアイシングクリーム。正直かなり緊張した。ミーチャの手前平然と振る舞っていたけれど、思わず安堵のため息が漏れた程だ。

アイシングが成功するかどうかは、全てこのクリームの出来にかかっている。しかもアタシは下手の横好き。ド素人。


「これでクッキーに絵を描いてくんだよ。食べられる芸術、ってね」


興味津々といった様子のミーチャの目の前で、アタシはどんどんクッキーの表面を塗りつぶしていく。一つ目は真っ白に。二つ目は真っ青に。三つ目は、緑と茶色のバイカラーに。


「絵?」


「まずはベース……こうして背景を塗ってね」


アイシングクリームをクッキーの縁にそうように細く垂らし、土手を作る。それから、その中をひたすらクリームで塗りつぶす。たらりーん、にょろーり、うりゃりゃりゃりゃりゃ!!


土手の中で、ほんのり柔らかなクリームがゆっくりと伸びて広がっていく。ペンで紙に色を塗るのと違って、塗ったクリームは隣の線と溶け合って、てろりと輝いているようだった。

ふふふ。コレコレ、コレが好きなんだよね。ゆっくり、じんわり、とろーり、滑らか。なんとも言えず小気味良くて、見ているだけで癒される。……ま、そんなのアタシだけかもしれないけどさ。


境目をなくしててろんと輝く表面に、なんとなく、昔テレビで見た、片栗粉のダイラタンシー現象を思い出した。あれはあれで結構好き。子どもが洗濯糊で作ったスライムに惹かれるように、おばちゃんは澱粉に惹かれるのかもしれない。もしかしたら。


「こうして水玉模様にしてからさ……」


「あ、お花!?」


「ふふっ、可愛いだろ?」


とろりと塗ったベースに別の色をポツリポツリと丸く垂らし、楊枝でそっと真ん中を切る。円形に配置した5個の水玉をそれぞれ円の中心に向かって切れば、ハート型の花弁が集まって桜のような花が咲いた。


「おもしろっ!」


「だろ? やってみるかい?」


「うんっ!!」


「そんじゃ、このクッキーで……色、決めとくれ」


「うんっ!! お花は赤!!」


さっきまでシパシパと擦っていた目をキラキラキラキラ輝かせるミーチャに、笑みが零れる。

やっぱウチの子は可愛いねぇ。素直なイイ子に育ってくれて、アタシゃホントに嬉しいよ。まさか異世界に来て、「娘とお菓子作り」っていう夢が叶うとは思いもしなかったけど……やっぱりしみじみ、イイもんだ。


「赤い花ね、イイじゃないか。じゃあ背景は薄い色にしよう。せっかくの花が目立たなくちゃもったいないからさ」


「んー、あ、黄色がいー!」


ミーチャがこんなに喜ぶのなら、いずれラテアートなんかをしてみるのもイイかもしれない。ラテアート自体はアタシも未経験だけど、ベーシックなハートやリーフ模様ならアイシングと同じ要領でできるはずだ。


「塗ったヤツは乾燥させるよ。まだまだあるから、どんどん塗ってイイからね」


ぷっくりと立体的なアイシングクッキーは、クリームを乾燥させてから重ね塗りすることでできあがる。アタシも詳しくは知らないが、自然乾燥だと半日以上かかるらしいから、ベースを塗り終わったクッキーはフードドライヤーの魔術具に入れた。


「楽しい!!」


「そりゃ良かった。気が合うね」


ベースに地模様を入れるなら逆に乾く前に描き込んで馴染ませる必要がある。ただしこちらもまた、艶やかな仕上がりにするにはフードドライヤー必須だ。セミプロだったママ友曰く、自然乾燥だと表面の艶も劣るんだとか。


アイシングクッキー作りは、とにかく手間と時間がかかる。乾かして描いて、また乾かして。ひたすら、その繰り返し。


「ん。紫……あった」


ミーチャはストライプやマーブル模様、花柄の、やけに華やかでビビットな地模様アイシングを量産していた。どうやら、凝り性で芸術家肌の一面があったらしい。なかなか上手いし、アタシにはない斬新な感性。ちょっと羨ましい。


細かな塗り絵に似た作業は淡々としていて、強制的に心を落ち着かせてくれる。無心になれるって、すごく大事。

クリームさえちょうど良い硬さに作れれば、あとはひたすら没頭できるのがアイシングのステキなところだ。前世では、ささくれ立った心を鎮める、アタシなりのストレス発散方法の1つだった。


「お、さすが兄さんが改造してくれた魔術具。乾くのが早いねぇ。……うん、ここらはもう良さそうだ」


あんちゃんの帰り道、衝動的に「アイシングやりたい!」と思い立った。

普段、イライラは寝てやり過ごすアタシだけど、今日は気持ちがささくれ過ぎて寝られる気が全くしない。どうやら、クロさんの言い分はアタシの自覚する以上に、納得できないものだったみたいだ。深層心理、とかいうヤツのせいかもしれない。


過保護なあんちゃんが用意した馬車の中、思い立ったが吉日とばかりに貯蔵庫の中身を思い出せば、たぶん、アイシングの材料自体はなんとかなる。クッキーも貯蓄庫のヤツでイイし、卵白も、食用色素も、一応ある。

問題は……うーん……コルネか、やっぱり。アイシングクリームを絞り出すコルネを作るための、パラフィン紙がない。

揺られながら鬱々と考えた。このままじゃ、ストレスで消化不良を起こしそうだ。


「ミーチャ。この上に絵、描いてイイよ。線細い方が描きやすいから、今度はこっちの容器使っとくれ」


「小さい。けど……色、同じ?」


「うん。ギュッと押すと溢れるから気をつけてね」


「はぁいっ」


鬱々鬱々考えて……ハタと思い出した。以前、醤油差しのイメージで兄さんに試作してもらった容器の数々。あんちゃんが謎の対抗心燃やして、やけにいっぱいできたヤツ。

アタシが「一滴ずつ出せるような……」とか言っちゃったもんだから、やけに口が細い、樹液工作の柔らかい容器がある。それがアイシングに流用できるかもしれない、そう気づいたらもう止められなかった。

夕飯を食べに来たあんちゃんと兄さんにお願いして、いくつか容器の口をさらに細く、ペンのようにしてもらった。興味津々のあんちゃんを「上手くできたら見せるから」と説得し、超特急で店仕舞いして……今に至る。


残念ながらアタシは、ストレス発散のためのアイシング作業の途中であんちゃんのお喋りに付きあえる程、器用じゃない。


「ソレ、すごい! どうやるの??」


黙々と三つ編み模様を描いていると、ふいにミーチャの頭が視界に無理やり捩じ込まれて来た。


「額縁を作ってるのさ。こうして雫型をたくさん描いて……ほら、繋がった」


裏表のない純粋な問いだからか、ミーチャがアタシと同じくアイシング沼にハマる気配を見せたからか。不思議なことに、集中の邪魔をされたというのに、微妙に嬉しい。

カメオ風にしようと縁を白く立体的に飾っていたところだった。


「んーと……」


「そうそう。うまいじゃないか」


「でも、ここ」


「大丈夫だよ。ほら、長い雫はさ、わざともっと長くすれば蔦みたいになるだろ? これだけでもイイが、間に水玉付けてくと」


「かわいいっ!」


センスのないアタシのアイシングは基本的に、カメオのブローチや、ウェッジウッドみたいな有名な陶器の柄、じゃなきゃ一松とか橘とか、古典柄なんかの物真似だ。

オリジナリティなんてモンを出そうとすると手が止まるし、ロクなことにならないのは経験済み。ウサギとかクマみたいなデフォルメされた動物はお手本がなくてもなんとかなるが、獣人のいるこの世界だとそれもなんか、ねぇ……。


再現度も完成度も高くはないけど、ずっと昔、乙女心に抱いていた憧れが満たされる。

アイシングは味じゃない。だって、つまるところ、砂糖がけクッキーの味だから。細々《こまごま》と無心に作業して、可愛い見た目に癒されて、なんだか幸せな気持ちになる。その過程と自己満足が大切な、趣味の世界なんだと思う。

あ、もちろん、プロは除く。


「白……もうない?」


「え? ……あー、ホントだね」


用意したクッキーはまだあるものの、2人で重ね塗りしまくったせいか気付けばアイシングクリームの残りが少ない。

うーん、作り足せなくはないけれど……


「今日はそろそろ終わりにしようか。ほら、結構な時間だよ」


我に返れば、思った以上に真夜中だった。


「残りのクリームはとっておいて次の時使ってもイイし。それとも今、残りの色も使っちゃうかい?」


「これだけ作る! んーと、緑」


真夜中だと気付けば、条件反射のように欠伸が一つ。ミーチャにうつって、またアタシにも返って来て。

あ、眠れそう。


「じゃ、アタシはこっち片しとくから。ミーチャはそれ仕上げちゃいなね」


「ん」


一人で無心に作業するのもイイものだけど、2人で無心に作業するのもイイもんだ。

ミーチャがいてくれて良かった。一人だとつい、無駄にストレス源を振り返る瞬間が襲ってくるから。こんなにすっきりとした気分で寝れるのは、間違いなく、ミーチャのおかげ。


「よいしょ、っと。……ふわぁあ……」


貯蔵庫の隅に余ったクリームを並べ、使わなかったクッキーも一緒にしまう。

ストレス発散のためじゃなく、次は純粋に、ミーチャと楽しむために作りたい。食紅になる食材は探せば他にもあるはずだ。


「できたー」


台拭きにしている布を水で絞って拭いて行く。どことなく間延びしたミーチャの声に顔を上げれば、クリームを頬に付けた眠そうな顔。

急激な眠気に目を擦ったのだろう。目元から頬に伸びる緑に思わず笑いが込み上げた。


「んじゃ、寝ようか。頑張ったね」


幼さの抜けたはずの頬をぬるま湯で拭いてやれば、とろりと目が細くなる。

実年齢と身長だけで言えばアタシのが下。ふふふ、でっかい娘だ。なんて愛しい。


「おやすみ、ミーチャ」


「ふぃーり、おやすみぃ」


いつか、彼女にも精神的な成長期が来るのだろうけど。アタシとこの子が家族なことに変わりはない。


「明日の朝は少しゆっくりでもイイからね」


「はぁぁい……」


信頼しきった姿にほっこりと心が温まる。

支えられてるのはきっと、アタシ。ミーチャっていう娘がいて、ミョルニーっていう母がいて、ルフっていうきょうだいまでいる。

アタシ、ホントに恵まれてるねぇ。

あんちゃんだって家族同然、兄さんだって親戚枠だ。


……うん。もう大丈夫。明日からも頑張れる。


「んんんんーっ!」


大きく伸びをして灯りを消した。もう、この家の中なら真っ暗だってベッドまで辿り着ける。

二階から薄ら聞こえる足音が、バサリと布団を翻す音と共にぴたりと止んだ。きっとミーチャは即落ちだろう。アタシも目蓋がかなり重い。

心地良い疲労でぐっすり寝て。これならまた明日、「おはよう」って笑顔で言えるはずだ。


うん、今日もイイ日だった!



旧なろうコン様から感想いただきました!

ありがとうございます(*^^*)

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