第2回マシリ会議?
深夜のアイシングクッキー作りでストレスを逃がしてから二日間は、特に変わったことのない日常だった。寝坊も、大きなトラブルもナシ。
が、明けて、今日。
「左様にあからさまなお顔、むしろ爽快でございますね」
慇懃な態度を少しだけフレンドリーに崩して、ラウレンスさんが苦笑する。モノクルをかけた琥珀の瞳が困ったように柔らかく笑うのは、なかなかに目の保養。だけど、そんなもんじゃ今日のアタシの機嫌は直らない。
ぶっすうっ、と力一杯ぶーたれて、向かいに座るラウレンスさん……の隣のクロさんを睨みつけた。
「美人ちゃんが台無しだぞ!? ほら笑った笑った!」
身なりを整えたクロさんは、さすが貴族の生まれだけあって、見栄えはそれなり。濃いめの顔立ちに、ピッシリ上げた髪が似合うソース顔。あのモッサリヨレヨレとはまごうことなき別人だ。
「ふん、そうかい。んじゃ一つ。『イイ歳こいて一人で城にも行けないなんて笑っちまうよ、あっはっはあっ!!』」
つまんないイヤミが口からこぼれる。
かっこ悪いのはわかってるけど、こんなとこで我慢してストレス抱え込んで胃を痛めるのも馬鹿らしい。だって、ホントならアタシには関係ないはずのことだもん。多少の八つ当たりは許してもらおう。
「うん! やっぱり美人ちゃんに暗い顔は似合わんな!!」
「……ハァ。ありがとよ」
「ま、確かに美人ちゃんには悪いと思うが、乗りかかった船だろう!?」
「そっちが言うセリフじゃないね。……ハァ。ラウレンスさんも、兄さんもホント、ご苦労様だわ……」
意思疎通ができない大人って、どこにでも一定数居る。
「仕事ですから」
「いや、その仕事ってのが大変極まりないんじゃないか……。降り掛かる仕事は内容もタイミングも、自分じゃ何一つ選べないからねぇ。おんちゃんのお守りなんて、拒否権がありゃやんないことだろ。ホントお疲れ」
今日のクロさんは暑苦しい方のモードだった。人前に出るからっていうのもあるだろうけど、ようやくウリと向かい合う覚悟を決めた緊張のせいもあると思う。
緊張し過ぎてハイになってるんじゃなかろか……。目、怖い。
「子守りのオッサン版だから……オ守りか!? ってそのまんまだろ! うん、んじゃ、オサ守り!!」
「…………クロさんうるさい」
なんでアタシがこうして馬車に揺られているか。それには浅〜いワケがある。一言で済む。「クロさんがダダこねまくったから」以上。
今日、王城では第2回マシリ会議とかいうのがあるらしい。と言っても第1回はほぼミスターからの報告会で終わったと聞くから、実質初めての話し合いだ。
出席者は王城組が兄さんを筆頭に役人四人で、ラウレンスさんは入ってない。一方のマシリ組はミスターとウリ、ミスターの部下が一人の総勢三名。
「面倒な大人の利権争いにウリを引き込むな!」と言いたいところだけれど、マシリ由来の名家遺児である以上、当然議題の1つと成りうる。仕方ない。ウリのためでもあるんだろうしさ。
でもって、当のクロさんはもちろん、マシリの政治的なあれこれのために呼ばれたわけではなく。ウリの今後の話し合い……にかこつけた、諸々に対する事情聴取だ。
そもそも彼は不法入国の超ワケあり他国貴族。場合によっては国防やら国交やらが絡んでくる。
……考えれば考えるほど、アタシ、場違いでしかないんだが。聞けば聞くほど頭が痛い。
「それにしてもフィーリ様をお連れする件、大公閣下の許可がいただけて、本当によろしゅうございました」
ガルルルルっとクロさんを睨んで殺気立つアタシをのほほんと眺めるイケモノクルが、のほほんと平和な笑みをもらした。
……いや、ホントにね。あんちゃん、過保護はどうしたんだい!?
「ようやく会えましたね、フィーリ!」
「……てか、一緒に朝食食べたよね?」
内心苦情を申し立てまくったあんちゃんは、何故か王城のど真ん中、兄さんの隣で待っていた。
……いや、まぁ、不思議でもなんでもないか。あんちゃんはお偉いさんだし、マシリ問題を直に見ている。
「それからかれこれ、少なく見積もっても2400回は呼吸をしています。もう耐えられません!」
「なんだい、それ」
「できることなら1回とて離れたくありませんっ」
文句の1つも言ってやろうと思ってたのに、あまりにも相変わらずなあんちゃんに毒気が抜かれた。苦笑……しつつも、どこか救われた気がするのは、どうしてだろう。
毒されたかね。
「其方がダジオの息子を保護した者か」
「ほぉわっ!? へ、へへへへへいっ」
しょうもないあんちゃんとの会話に笑っていると、隣から異音が聞こえた。
「政治的に重要であることも事実だが、何より、おかげで1人の幼子の命が助かった。礼を言う」
「が……ぁ、もももももも、もった」
ぅわちゃー……。
目をやれば、ガッチガチもガッチガチ、歯の根が合わないレベルで細かに振動……痙攣? するクロさん。
あまりのガチガチっぷりに呆気に取られていると、ジークの兄さんが困ったようにアタシを見た。傍から見ると無表情無愛想。でも、あのうっすい眉間のシワは慣れたアタシらにはわかりやすい。
「ハァ……ちょいとクロさん」
アタシ、まさかのこういう要員か。確かにアタシは現状偉くもなんともない、人間の小娘だからね。
「後ろ向いて」
とりあえず視界からお偉いさんを追い出してみたらどうだろうか。
ガクガクガクガク、体の自由を失っちゃってるっぽいクロさんを、ラウレンスさんがクルリと回転させてくれる。大の男を軽々と持ち上げてマネキンみたいに扱うあたり、魔族ってすごい。
「はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー、もっと吐いてー、まだまだ吐いてー、吐ききってー」
緊張のせいでロボットのようなクロさんをなんとか操縦し、
「……って苦し……っひゅが!?」
叫ぼうと口が開いたところに、ポイッと小さな飴玉を投げ込んだ。
おかんてのは十中八九バッグの奥底に飴ちゃんの一つや二つ、貯蓄してる種族だからね。ましてやアタシの荷物ならお察しってヤツ。金平糖サイズの量産型だ。
「が……っごほっ……ゴホゴホゴホゴホッ!!」
「あ、ごめん。勢い良すぎた?」
気道に入りかけ、しきりに咳をするおんちゃんに、もはや緊張の影はない。……て、当然か。
窒息は困るけど、まぁ、結果オーライ……?
「な……なななに、ゲホッ、何を……」
ゲホゲホ、ゴホゴホ、グホッ、ガッ、ゴ、ゴホゴホッ!!
いがらっぽさの残るらしい喉からなんとか疑問を絞り出してこちらを見る目には、涙。鼻には、鼻水。口には、涎。
うん、曲がりなりにも魔王様の御前だと思えば、後ろ向かせといて良かった良かった。
「あー……まず顔整えなよ。ハンカチ有るね? 投げたのは悪かったけど……まぁ、ただの飴玉だ」
別に意地悪しようとしたわけじゃない。クロさん相手だと当たりがキツくなる自覚はあるが、断じて違う。
アタシも正直焦ったし。だって金平糖サイズだよ? 飲み込んじゃうことはあれど、詰まらせるとは思わなかった。
瞬間的にハイムリッヒ法とかあれこれ脳内記憶を検索して……成人男性だけど、あんちゃんならクロさんを逆さ吊りできそうだし……「まぁ、咳が出てるなら大事無いだろう」と、ハラハラ見ていた。
ちなみに、命に関わるレベルで気道が詰まると、咳は出ない、って聞いたことがある。咳をするためには予備動作として空気を吸う必要があるけど、窒息時はそれすらできないから、なんだそうだ。
「もう1個食べるかい?」
「いや……まだ有る」
ベッと出した舌の上につるりと黄金色の塊。
ヒトの口の中なんて見たいもんじゃないが、のど飴より小ぶりなそれが詰まりもせず誤飲されもせずに済んだことに、ホッとした。
「なんて言うか……あー、ほら……。結果としちゃ……緊張、ほぐれたろ? ……アタシとしてはさ、『なんか口に入れれば落ち着くよ』ってつもりだったんだけどさ……身長差とか諸々忘れてて……悪かったね。大丈夫かい?」
昔ウチの息子達が小さかった頃、緊張してたり人見知りしてたりする時にはよく、その場でおやつを食べさせた。飴玉1つとか、お煎餅1欠片とか、麦茶1口とか。なんの魔法か条件反射か。それだけですっかり落ち着いたことを覚えてる。ぐずったら取り敢えずお茶、みたいな時期もあったなぁ。
その1口で不思議と場所慣れするというか……もしかしたら人間て、原始的欲求をこなすと、その場その時を自分の日常として受け入れるのかもしれない。……なんてね。
「だいじょ……んっ、んっ、んっ……大丈夫だ」
濁点混じりの空咳をしたクロさんが、力なく笑う。
ハンカチ1枚の犠牲ですっかり元通りなあたり、腐っても貴族。そんなスキル持ってるなら、普段からもう少しマシなカッコすりゃイイのに。
「……はは……既にやらかした分、確かに気は楽だな……」
どうやら、咳を止めようと無駄な抵抗をしまくったせいで尚更悪化していたらしい。貴族の矜恃って大変だね。アタシにはわからない分野だから、そんなのまったく計算に入れてなかった。
「ボクのフィーリはやっぱり優しいですね。大好きです。
……でもね、フィーリ。ジークマグナスの用なんて、最低限取り持つだけでイイんですよ。そもそも今日はボクの仕事ぶりを見学しに来てもらったんですから」
スルりと腕を取られ、「ん?」と見上げた先に優しげなあんちゃん。
「ガンドルヴ、おまえ……」
「フィーリは大公の婚約者ですけど、役人ではなく商人……いえ、料理人です」
「国家運営に関わらせる気はない、と?」
「本人が強く望まない限りは」
ニィッッコリと微笑むあんちゃんと、苦々しげにシワを深める兄さん。一挙に空気がきな臭くなるが、残念ながらこんなの珍しい光景ではない。
「国家の安寧を志す魔王とその側近がいれば、万事安泰。ボク達はお邪魔でしょう? 早々に引き揚げます」
「偉大なる龍大公たる者、若き魔王を導くのだったか」
「えぇ、だからジークマグナスの若い頃、学友として接してあげたでしょう? 先代に頼まれたとはいえ破格の待遇ですよ」
ラウレンスさんとアタシは見合って苦笑。対等にジャレ合える相手は、突出した実力と地位を持つ2人にとって宝物だと思う。
ただ、
「ちょ……ひょぇ…………ぐ……っ」
今はクロさんがいる。
あんちゃん防壁の向こうから聞こえる呻き。
恐る恐る振り向いてみたはイイものの次の瞬間に威圧の流れ弾でまた呼吸困難に陥った……というところだろうか。
「ちょい、あんちゃん」
「陛下」
せっかく緊張解けたのに……ハァ。
副音声が一致をみて、アタシ達は仕方なくまた苦笑を浮かべた。




