プロローグ 『忘れない』
肌寒い風が、傷を負った左頬に傷を舐めるように流れていく。
言葉に表せないほどの不気味さを持って流れている風は、否、《風とは違う何か》は、決して自然のものではない。
今、俺の目の前にいる《奴》が、俺の愛する人を殺した《奴》が出しているものだ。
《奴》が放つ《風とは違う何か》が、微かに俺の黒髪を揺らす。
目の前にいる《奴》に対し、警戒しながら少しずつ、ゆっくりと、距離を詰めていく。
距離を詰めるたびに、体の奥底から何かが、俺に対し、何かを伝えようとしている。微かに体が震え出し、俺は右手に握っている剣を力強く握った。
俺は《奴》の、何を考えているのかわからない顔に、感情を一切出さない顔に、
そして、ーーー
微かに見える、《奴》の心の悲しみに、ーーー
俺は恐怖した。
ーーー途端、どこからか声が、懐かしい声が、聞こえてきた。
(アキト、君はこんなところで終わる人間じゃない……成し遂げてくれ……成し遂げられなかった、俺の代わりに……)
その声に、俺に全てを託し、死んでいたその声に、戸惑いや、迷いなどは一切感じられなかった。
「……分かってるさ、エイル」
小さく、呟く。
俺の体を支配していた恐怖はその声を聞いた途端、全て消えていった。
そして、目の前にいる《奴》に、剣先を向ける。
「……いくぜ、ベリアル!ここで、終わらせてやる!」
魔力を全て解放し、剣に向かって魔力を集めていく。戦う気力を失っていた剣は瞬く間に、輝きを取り戻していった。
俺は倒さなければならない……この《無価値なもの》を、この《悪》を。
《アキト》として、そして、《エイル・メティス》として、ーーー




