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イコール ― Ichor ―

 ――暑い。

 灼熱の業火が私の肌を容赦なく焼く。軍から日焼け止めクリームを支給されているが有効に機能するかは甚だ疑問だ。

 私は団長から賜った剣を杖代わりにして立ち上がり、どこまで続くこの死の大地を一望した。

 シーリア砂漠――シーリア最大の砂漠地帯にして国内でもっとも神聖な場所だ。

 ここには <メッカ> と呼ばれるイコール放出地がいくつも点在しており、そこに巨大なコロニーを建造することによってイコールを掘り出している。

 今、私たちがいる場所は、シーリア第三の都市であるパルミラが所有するメッカに建造されたコロニー群のひとつだ。

「隊長、いい加減後悔してきたところなんじゃねえのか?」

 コロニーを護衛する二機のタロス――その内の一機、アヤメのシルバーソードから声をかけられた。

「ぜんぜん。この程度の暑さものの数ではないわ」

 額から流れる汗を何度も腕で拭いながら、極力毅然とした態度で答える。

 コロニーで働いている作業者の皆さんも同じ条件で仕事しているのだ。シーリア特有の暑さにまだ慣れていないとはいえ、騎士であるこの私が先に根をあげてどうする。

「やせ我慢はよせよ。なんでタロスに乗ってこなかったんだよ」

「それについてはな、このコロニーのイコール採掘風景を眺めながら説明しようではないか」

 私はシーリアでは『バベル』と呼ばれるイコール掘削装置を指さして言う。

「わざわざ説明するまでもないと思うが現代魔学においてイコールとは生物、特に人間の亡骸から精製されるとされている」

「そんな常識、ここじゃ園児だって知ってるよ」

 シーリアにはかつて大陸全土を支配したという巨大な国家があったという。

 現代では『ジャンナ』と呼ばれているその大国は非常に高度な文明を有しており、栄華の限りを尽くしたそうだ。それがどういう理由か一夜にして滅んだ結果、後の世に生まれたのがシーリアに数多に点在するメッカだ。

 ちなみにシーリアのメッカのほとんどが砂漠地帯にあるところから、一説には国家滅亡の理由は天変地異だったのではないかとも言われている。人の文明が神の領域に触れたため神の怒りを買ったのだと声高に叫ぶ学者もいるが、もしそれが真実ならば古代文明の叡智を拝借している我々の文明も、遅かれ早かれ滅亡することだろう。なんの魔学的根拠もないただの戯言だというのが幸いなところだ。

 もっとも、このコロニーのように馬鹿みたいに深くまで穴を掘って、阿呆みたいに大量のイコールを地中から採掘しては消費し続ける現状を見れば、神の名を借りてでも現人類に警告したがる学者の気持ちはわからないでもないがな。

「生物の肉体には魔力が宿っている。それが死した後に地中にて凝縮し熟成したのが、神の鮮血――イコールだ。人は死ねば皆仏さまという東洋のことわざがあるが、それが目に見える形となって証明されたものと言えるだろうな」

「隊長はホント東洋マニアだよな。うちの親父は東洋人だけどさ、ぜんぜんそういうの興味ねえっすわ」

「故郷は大事にしろよ。故郷を捨てた私が言っても説得力がないかもしれんがな。話を戻すが、こうして生命と大地の奇跡により誕生したイコールの原液だが、残念なことにそのままでは使い物にならん」

 私はバベルから採掘される鮮血のように赤い液体に視線を向ける。

「常人が自らの血液を自在に魔力に換えられぬのと同じように、不浄の朱と呼ばれる原液の状態では魔法燃料となりえない。よって専門の施設で浄化する必要がある。アヤメは浄化されたイコールにもランクがあることを知っているか?」

「ランクじゃなくてグレードな。イコールは浄化の仕方によって純度が変わり、その純度によってハイ、ミドル、ローの三種類に分けられる。ハイが一番高等でローがその逆だな」

「そのとおり。浄化の度数が高いと魔力の密度は増すが量が減り、低いと逆になる。実に単純な理屈だ。もちろん価格もグレードの高さに比例する」

 ちなみに先日配備されたばかりの訓練機はローグレード、実機はミドルグレードのイコールで起動している。魔動車と同じローで動く訓練機は軍の経済に優しいタロスというわけだ。

「で……さっきから誰でも知ってるような蘊蓄をぐだぐだとしゃべってるわけだけど、それが隊長がタロスに乗ってこなかった理由とどう関係するわけ?」

「察しの悪い奴だな。おまえは知らないかもしれんが、私の愛機であるゴールドソードはハイグレードで動くタロスなんだよ」

「げっ、マジか。そんな贅沢な仕様なのかよ」

「あれほどの高性能機を過不足なく動かすわけだから当然と言えば当然だがな」

「まさかあんた……」

「要するに、高価で希少なイコールがもったいなくてあれには乗れんということだ!」

 アヤメのタロスが私を踏みつけようとしてきたので身を翻してかわす。

 ふふ、今のおまえの実力では生身の私にも勝てぬわ。

「仕方あるまい。月に支給されるイコールの量は決まっているのだ。ここで消費してしまったら実機での訓練時間が減ってしまう。というより、すでにあらかた消費してしまっていて備蓄がほとんどないのだ」

「優先順位が逆なんだよ! 任務のための訓練だろ!」

「正論だな。正直すまない。だがないものはないんだ」

 だが文句ならアッシャーム陸軍本部とパルミラに言ってくれ。こんな任務は私の当初の予定になかったのだから。緊急時に備えてイコールを残しておけという指摘は聞きたくないな。

「パルミラからの要請でコロニーの警護任務ということだが、私が来る前もいつもこんな任務をこなしていたのか?」

「さすがに全機出動なんて異常事態は今回が初めてだよ。どうもハマトとの軋轢が本格化してきたらしい」

 ハマト――パルミラに隣接するシーリア第五の都市か。農業が盛んな地域だと聞いていたが、イコール利権にも貪欲のようだな。

 莫大な利益を生み出すシーリア砂漠のメッカ。それを巡って小競り合いが起きるのは必然だとは思うが、侵略国家が目と鼻の先にまで迫って来ているというのに、未だに喧嘩を続けているというのはどうにも馬鹿らしく思えてしまう。

「パルミラはアッシャームの姉妹都市だからな。面倒だが助力もやむなしか」

「何を暢気なこと言ってんだ隊長。ハマトのタロスがこのコロニーを襲撃してきたら、あんた生身でどうすんだよ」

「だからさ……さっきからずっとそれを待っているんだよ。鹵獲して使いたいからさ。ウインクの乗っていたブロンズソードはキリシヤに徴収されてしまったが、今度は持ち帰って私のサブ機として愛用する予定だ」

 双眼鏡を指さして言うと、アヤメが呆れたようにタロスの肩をすくめてみせる。

 そのような細かいジェスチャーができるようになるとは、だいぶ乗り慣れてきたようじゃないか。

「まったくあんたは、隊長就任から一月も経ってないのに馬脚を露しすぎなんだよ」

「自分で言うのもなんだが、人の上に立つのはあまり向いていない性格かもな。だが実力もなくジョークも通じない、ただ口うるさいだけの上官よりは幾分マシだろう?」

「そーいうこと自分で言っちゃうかねえ」

 月日が経つのは早い。隊長就任の挨拶からもうじき一ヶ月。隊員たちの練度はまだまだだが、私自身はずいぶん隊に馴染んだ。馴染みすぎてたまに第七騎士団に戻ってきたのではないかと錯覚してしまうことすらある。

 あの頃は団長がいたから私も自由に振る舞えたが、今は私が責任のある立場。わかってはいるつもりだが、どうにも新米騎士時代の悪癖が抜けない。隊をまとめる者としてもっとしっかり……いや、待てよ。よく考えたら団長もそこまでしっかりしていたわけではなかった気がするな。だったらまあ、自然体でいいか。

「しかし本当に暇だな。ハマトの連中はいったい何をちんたらやっているんだ」

 双眼鏡を片手に砂漠のど真ん中に腰を降ろしてからおよそ三時間。今のところなんの異常もない。異常などないに越したことはないのだろうが、いささか退屈だ。

「いやいや、本格的に戦争してるってわけじゃねえから。それにこのコロニーはパルミラとハマトの境界線から離れた比較的安全な場所にあるからな」

「パルミラも他市のタロスを前線に投入するほど無遠慮というわけではないか」

「もっとも、それでも今回はヤバそうって話だったんだけどな」

「私もそう聞いていたのだが、未だ敵影すら見えん。タロスの一機も強だ……鹵獲しないことには骨折り損のくたびれ儲けなんだがな」

「おい。今、強奪って言いかけたよな?」

 いやいや、人聞きの悪いことを言うなよアヤメ君。それではまるで私が卑しい盗人みたいではないか。

「私はただサブ機の確保と同時に、空調の利いたタロスの中でのんびりしたいだけだ」

 ちょうどその時、私の通信機に着信が入る。リリーと一緒に別のコロニーを警護しているナーサシスからの定時連絡だ。

 連絡のような雑用、普段ならリリーに入れさせるのに珍しいこともあるものだ。

「こちらマリィ。異常はないか?」

「こちらナーサシス。索敵の際、数キロ先に敵影を確認。数はケイローンが二機。ナイツが一機。それに追従する歩兵が十数名。交戦許可を願うぞ」

 とうとうハマトの軍が侵入してきたか。私はすぐに交戦許可を出す。

「わざわざ連絡してくるとは殊勝だな。おまえの性格なら許可など取らず、すぐさま敵に襲いかかりそうなものだが」

「ああ、それは内心戦いたがっているであろう隊長を悔しがらせてやろうと思ってのことだぞ。どうじゃ、羨ましかろう」

 こいつ……まあ、どうせ雑魚だろうから羨ましくなどないがな。

「それはいいんだが、できれば一機、コアを破壊せずに鹵獲して――」

 ――ツーツー。

 こいつ……通話を切りやがった。本当に自慢しにきただけか!

「敵か?」

「ああ。ナーサシスとリリーなら心配は要らないだろう」

「あたいはちょっとだけ不安だけどな」

 タロス越しのアヤメの声は少し震えていた。

 たいして距離の離れていない向こうのコロニーに敵機が来たということは、こちらにも来る可能性が高い。その場合、初の実戦となるアヤメが緊張するのも無理はないだろう。

「そう心配するな。シーリア軍のふぬけっぷりはおまえもよく知ってるだろう。今のおまえの腕ならまず負けん」

「なにげにひでえこと言ってんな。もっとも隊長の言うとおりだろうけどな。まあ、こっちに来たらいっちょ稽古でもつけてやるか」

「その意気だ。では私はアコにこの事実を報告してくるから、持ち場は任せたぞ」

「え……ちょ、ちょっと待ってくれよ! 独りにすんなよ!」

 曲がりなりとも相手は友軍。仮に負けたとしても生命までは取られまい。アヤメには悪いが、何事も経験だと思ってがんばってくれ。


 敵影発見の報告のためコロニーの反対側を監視しているアコのところに向かうと、彼女はタロスから降りて現地の護衛と談笑していた。

「今は任務中だぞ」

「はわわ! すいません。すぐに戻ります!」

 慌ててタロスに戻ろうとするアコを引き留める。

「周囲の警戒なら代わりに私がやろう。キーを貸してくれ」

「え、いいんですか?」

「構わんよ。私はまだシーリアの気候に不慣れでな。しばらくタロスの中で涼みたい」

 私はキーを受け取るついでに、ハマト軍がナーサシス担当のコロニーに出現した事実をアコに伝える。

「では、なおさら隊長に乗っていただいたほうがいいですね」

「敵影を確認したらすぐに交代する。今回の任務は、おまえたちの実戦訓練を兼ねているからな」

「それで隊長は今回、ご自身のタロスに乗ってこられなかったのですね。隊長がいたらわたし、ぜったい頼ってしまいますもの」

「え? ……ああ、そうだ。だから今回は、おまえたちだけで任務を遂行するのだ。そのために私はあえてタロスに乗ってこなかったのだ。あえてな」

 育成目的のほうが周囲には聞こえがいいのでそういうことにしておこう。アヤメにも同じように説明するべきだったな。

「しかし真面目なおまえが任務中にタロスから降りて雑談とは珍しいな」

「パルミラの皆さんの話が面白くてつい……中にいても聞けますけど、私のタロスは集音がイマイチなんです」

「戦闘時にはあまり使わんからな。とはいえ近場の仲間と細かい連携を取るのには有用だからメンテはこまめにしておけ」

 他にも相手の斬撃を風切り音で察知したりできるし、何より集音が悪いとイマイチ臨場感に欠けるからな。くだらないことのように思えるかもしれないが、これが意外と士気を高めるのに有効だったりする。

 さてと、くだらない話はこのくらいにしておこう。私はアコのタロスに乗り込みフェイスガードを閉める。

 ああ――やはり涼しいなあ。

 タロスの中なら灼熱の砂漠もパラダイスだ。もっとも、ずっとこの中に篭もっているのも退屈だから外に出たくなる気持ちもわからないでもない。おや、どこかに通信していたような形跡があるな。おおかた基地で留守番をしているオウジャのところだろう。任務中にけしからんが戦闘もなくて暇だっただろうから許してやるか。しかし遠くの相手と連絡を取れるとは便利な世の中になったものだ。今さらの話だが、グラントも通信機能をつけたタロスをもっと増やしてもいいと思うのだけれどな。

 しかしこのコックピット、とても綺麗にしてあって好感が持てる。アヤメの小汚いコックピットとは大違いだ。動きやすいという理由だけで裸みたいな格好で外を出歩いていたりもしてるし、あいつにはもう少し周囲の目を気にかけることを……おっ、とうとう敵影を発見したぞ。

 ケイローンが二機。魔動車に乗った歩兵が八名といったところか。ハマトはバルティアと交流が深いと聞いているから、やはり主力はケイローンなのか。あそこは傭兵を雇うことにも精力的だから、その中にグラント機もあるんじゃないかと期待していたのだが、どうやらこちらには来なかったようだな。

 ……正直、ケイローンは要らないな。

「アコ、交代だ」

 私はタロスから降りると、近場にいた警備員から拡声器を借りる。

 いちおう、警告ぐらいはしておかないとな。形だけのこととはいえな。

「不審機に告ぐ、ここはパルミラの領土だ。速やかに退去しなさい。警告に従わない場合は撃退する」

 事務的な態度で同じ台詞を二度繰り返すが返答はない。三度目でようやく足が止まり一機のタロスが代表として一歩前に出る。

 半人半馬の白銀の巨兵―― <ケイローン> だ。

 かつて世界一と呼ばれた軍事大国バルティアの主力タロスにして草原の覇者。性能的にはシルバーランク相応の実力を持っているとされている。武装は突撃用の大型ランスか。ソードタイプのように弧を描く斬撃により敵機の側面を狙うのではなく、加速を利用して正面からコアをぶち抜くか、機動力を生かして敵の側面に回り込んで攻撃するために開発されたタロスらしい。

「このシーリア砂漠にあるすべてのメッカは、ジャンナ王朝の血と遺志を継ぐハマトの所有物である。我が市の所有物を不当占拠するパルミラ軍には、すみやかに撤退することを要求する。この要求が呑めない場合、我が軍は徹底抗戦により然るべき権利を主張する次第だ」

 むちゃくちゃ言ってやがる。呆れてものも言えないとはまさにこのことだ。

 ジャンナ王朝の血を継いでいる? いったい誰が? それをどうやって証明できる?

 仮にそれが真実だったとしても、現在この土地の所有権を保持しているのはパルミラだ。今さら何千年も昔の話をほじくりかえされても返答に困るわ。要するに他市のコロニーを侵略する大義名分が欲しいだけだろうに。

 それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるような……気のせいかな。

「おい、こんなやりとり時間の無駄だ。さっさとあのコロニーをぶっ壊してイコールを回収して帰るぞ」

 どうやらハマトにも話のわかる奴がいるらしい。くだらん口上を述べていた奴を押しのけてこちらに向かってくる。

 そうだ、それでいいんだよ。どれだけ美辞麗句で飾りたてようが結局は戦うんだ。大義名分などくそくらえ。相手になってやるからさっさとかかってこい!

 ――うちのアコがな!

「さあ記念すべき初陣だ。がんばれアコ!」

「こ、怖いですぅ!」

 四本の馬足で砂漠の砂を巻きあげながら突撃してくるケイローン。それをアコが駆るシルバーソードが迎撃する。少し腰が引けているが最初は誰しもこんなものだろう。

 最初の激突はコロニーから数メートル離れた場所で起きた。

 勢いのついたケイローンの突撃槍によるぶちかまし。それをまともに受けたアコのシルバーソードが大きく体勢を崩す。

「もう少しコロニーから離れろ!」

「わかってますけどぉ!」

 立て続けに二発目のぶちかまし。槍はどうにか捌いているが、それでも相手の勢いに負けてじわじわと後退している。

「落ち着け! パワー自体は互角なのだから慌てず騒がず、腰を落としてじっくりと押していけばいい!」

 アコの奴、混乱してるな。私のアドバイスが聞こえているといいのだが。

 それにしても敵のタロス――先ほどから執拗に正面衝突を続けているな。

 そのための突撃槍だから悪手とまでは言わんが、加速が利用できる初手で決まらない場合、相手の側面に回り込もうとするのがケイローンの基本戦術だと聞いている。威嚇か無知か馬鹿か無能か。いずれにせよそこまで力量のある相手には見えない。隊員の中では一番剣の才のあるアコなら、冷静ささえ取り戻せばきっとなんとかしてくれるだろう。

 その間、私はもう一機のほうの相手をしてやらないとな。

「ようマリィ、ひさしぶりだな」

 気安く声をかけられた。

 どこかで聞いた声だとは思っていたがこれで確定だな。

「ウインクか。いつの間にハマトの騎士になったんだ?」

「こいつは借りてるだけだよ。タロス操縦の腕を買われて傭兵として雇われたのさ」

 未遂とはいえアッシャーム市長誘拐の実行犯を平気で雇うとはハマトの常識を疑う。

 本当に仲が悪いんだな。異国の殺人鬼より近所で偉そうにしている成金のほうがムカつくという心理はわからなくもないが……これはアヤメの身を心配したほうがいいかもしれない。

「アッシャームに剣客として雇われたと聞いてたが、おめえはまだタロスを支給されていないのかよ」

「諸事情あって私のタロスは起動不可だ。さすがの私も生身でタロスの相手はきつい。できれば見逃してもらえるとありがたいのだが」

「俺はこのコロニーを破壊してイコールを奪ってこいって命令されてるわけだが」

「もちろん好きにしてもらって構わない。アッシャームには直接関係ないことだしな」

「てめえそれでも騎士か?」

「生命あってのモノダネだからな。なあいいだろ。私とおまえの仲じゃないか」

 ウインクはおし黙り、考えるような素振りを少しだけ見せると、

「駄目だね」

 冷たくそう言い放った。

「理由は言わなくてもわかるだろ?」

「昨日の敵が今日の友になる傭兵家業。私怨は持ち込まないのが流儀じゃないのか?」

「うるせえ! 愛機を奪われてニコニコしていられる傭兵がどこの世界にいる!?」

 ごもっとも。私がおまえの立場でも同じことをされたら間違いなく激怒する。

「そう怒るな。どうせグラントからくすねてきた代物だろ?」

「買い取ったに決まってんだろ、グラントに高いカネ払ってな! ハマトにゃ好きにして構わねえって言われてんだ。てめえの腕はちと惜しいが、ここであの日の借りをキッチリ利子をつけて返してもらうぞ!」

「ああそう。ならご自由にどうぞ」

 今のはちょっとした冗談だからな。むしろ呑んだどうしようかと困ったぐらいだ。

 グラントから払い下げられたポンコツを失って怒り心頭のウインク君の気持ちは痛いほどわかる。背中から落ちたから身体のほうもそうとう痛かっただろう。当事者としては彼の切実な想いを真正面から汲んでやらないとな。

「言っとくがなあ、こいつには脱出装置なんて無駄なもんついてねえぞ! つまり生身のてめえに勝ち目はねえ!」

 歩兵を置き去りにしてウインクのタロスが爆煙をあげて突撃してくる。

 だが遅い。遅すぎる。あまりに遅すぎてあくびが出るぐらいだ。

 もともとケイローンは平原で活躍するために開発されたタロスだ。砂漠での運用など想定していない。ご自慢の速力を奪われたケイローンなどラクダも同然。与し易いのはいいことなのだが、早く来い。こちらから出向くのが面倒だろ。

 砂漠の砂に足を取られながら、それでもどうにか私の許までたどり着いたウインクはすぐに攻撃を開始せず、まずは私の側面に回り込もうとしてきた。

 警戒されるのは光栄だが、生身の人間相手にそれをやってどうする。当然だが小回りはこちらが遙かに上。だが面倒なので相手の方は向かない。おまえの動きは風が教えてくれる。だから好きにしろ。

「死ね!」

 ケイローンの大槍が勢いよく頭上から打ち下ろされる。

 それを私は身を翻すことで紙一重でかわす。

 そちらのハマト騎士に比べれば幾分マシとはいえ、回り込んでから攻撃に移るまでの動きが実に緩慢。その程度の腕では魔力により一時的な身体強化が可能な私の動きは捉えられない。

 ――ドン。

 と、音を立てて打ち下ろされた槍が砂漠に突き刺さり一瞬動きを止める。その隙を見逃さず、私はケイローンの股下に潜り込んだ。

 タロスというのは基本マニュアル、オートマチック、どちらでも動かせるように設計されているものだが、マニュアル操縦が当然のナイツとは違ってケイローンはオートマのみで操縦するのが通常だ。なぜなら人間の足は二本しかないから、四本足のケイローンはシンクロコントロールが極めて困難だからだ。

 オートマということはシンクロを介さず行動すべてを機械に任せるということで、そのためには全身、特に下半身に制御装置を張り巡らせる必要がある。私はケイローンの構造をよく知らないが、普通に考えれば四足を操る馬部の中央付近に配置するのが妥当だろう。

 私はソラリスで飛び上がり、適当にあたりを付けた数カ所に愛剣を突き刺し、すぐに股下から脱出した。四足を素早く畳む等の無理な行動ができないのがオートマ操縦の悪いところだ。

 さてと――首尾はどうかな?

 振り向き私はケイローンの状態を確認する。

「おい、マリィてめえ何しやがった!?」

 ウインクが怒鳴るが決してこちらを振り向こうとはしない。どうやら脚部を動かせずに戸惑っているようだ。こういう時のために多少見栄えが悪くとも腰部を360度可動できるように設計したほうがいいかもしれないな。

「まあ、ご自慢の足を潰された時点で焼け石に水か……」

 あの程度の損傷で動作不能になる、機械なんて脆いものだ。科学はまだまだ人にも魔法にも遠く及ばない。

 どうやらブラフというわけでもなさそうなので、私は余裕をもってケイローンの馬体に飛び乗り、そこから上半身に飛び移った。

「離れろ! 他人のタロスに勝手に乗ってんじゃねえ!」

 ウインクは上半身を激しく揺さぶるが直接的な攻撃はしてこない。

 それもそのはず、オートマでは自傷の危険のある行為はいっさいできない。遠隔操作以外でオートマ操縦など使う奴は幼児か老人か木偶の坊だけだということが、これで少しはご理解いただけたかな。

 私はケイローンの肩を蹴って頭部に飛び乗ると、フェイスガードの留め具を剣にて破壊した。

 重力に従いフェイスガードが落下し、鈍い音をたてて砂漠に埋まる。続いてメインカメラを炎熱魔法で焼き溶かす。

 システム自体を解除したわけではないのでアンチフィジクスは正常起動しているが、全身に魔力を帯びている私にはたいした障壁にはならない。私は剥き出しも同然のコックピットに足をかけ、四十路で独身の筋肉質のおっさんに真空の刃を突きつけた。

「システムを落とせ。さもなくば魔法でおまえの頭を撃ち抜く」

 血のりのべったりついたコックピットに乗るのは嫌なのでいちおう降伏勧告を行う。

 ウインクはさしたる抵抗も見せずにシステムをシャットダウンして両手をあげた。

「降伏したんだから生命だけは見逃してくれるよな?」

「さて、どうしようかなあ」

 私はおし黙り、少しだけ考えるような素振りを見せてから、

「駄目だな」

 冷たくそう言い放ってやった。

「理由は言わなくてもわかるだろう」

「そんな冷てえこと言うなよ。俺とおまえの仲じゃねえか」

「殺されかけてニコニコしていられる奴がどこの世界にいる?」

「降伏した者を殺害するのは国際法違反だぞ! てめえそれでも騎士か!?」

「システムダウン前のおまえの発言はすべてこのタロスに記録されている。私の命乞いを拒否し、ハッキリ『死ね』と口にしている。正当防衛が成立するとは思わないか?」

 私の言葉にウインクが顔面を蒼白にする。

 この手の録音機能は国際法に定められているということもあるが主に内通者の発見、防止のためにどこの国でも必ずつけている。電波を利用して救援信号を送るバルティアならことさら気にかける部分だ。外しているなどという嘘は通じないぞ。

「なあ頼むよ、こんなところで俺が死んだら愛しい嫁が路頭に迷っちまうよ。子供だってまだ生まれたばかりなんだ」

「そうなのか。ならば特別に許してやろう。私は優しいからな」

 こいつをからかうのは面白いが、まだ仕事も残っているのでこの辺で切り上げよう。

 あれでもいちおう友軍の兵だ。ここで殺すのはのちのち角が立つ。私はウインクの襟首を掴んで力任せにタロスの外に放り投げた。

「またかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ」

 下が砂漠で良かったな。この男やもめが。

 さてと粗大ゴミも片づけたことだし、お次はこいつの性能確認でもするか。

 私はコックピットに乗り込むとシステムを再起動させ、すぐにオートマからマニュアル操縦に切り替える。

 ケイローンは初乗りだが……やはりシンクロに時間がかかるな。

 だが団長やナーサシスほどではないが私にもタロス乗りとしての才能はある。彼らの天才的操縦術の神髄がリンクとシンクロにあるとするならば、私はさしずめリンク特化といったところだ。たとえどんな機体だろうと動かすだけなら問題はない。

 私はケイローンの足を力ずくで動かすと、後方で戦闘の様子をうかがっていた歩兵相手に槍を突きつけた。

 内心ケイローンの挙動の悪さにいらついていたのだが、幸い歩兵たちはそれに気づかず、あっさりと白旗をあげた。どうも戦闘目的で配備されていたわけではなくイコールを運ぶための人手だったようだ。

 パルミラからは人質を取れなどという命令は受けていない。さっさと退散しろと命じると、歩兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。ウインクの姿もすでにない。たぶん逃げたんだろう。どこかに埋まっているようなら踏んでしまうかもしれんな。

「マリィ隊長、お見事です!」

 ひととおりの作業が終了したところで、アコが嬉しそうに声をかけてきた。

「おまえの受け持ちは?」

「隊長がタロスを奪い取ったのを見て逃げちゃいましたよ」

 なるほど、数的に不利だから賢い選択だな。もう少し馬鹿だと思っていた。

「それにしても信じられない手腕ですね。実は半信半疑だったんですよ、生身でタロスを奪い取ったなんて話」

「あの程度の相手なら造作もない作業だ。訓練を積めば魔法の使えないおまえたちでもできるようになるぞ。少し手間と時間はかかるがな」

 人が造ったモノで人が壊せぬものはない。ただ平地では魔法が使えないときついかもな。その辺りは状況判断だ。

「では引き続きここの警護を頼むぞ。私はアヤメの様子を見てくる」

 敬礼するアコに敬礼を返し、私はケイローンに鞭を入れ、再びコロニーの反対側に向かった。

 それにしても本当に動かんな、この駄馬め。

 いや駄馬は失礼か、私がこいつに乗り慣れていないだけなのだから。だがこいつを自在に操るとなると長期間の反復訓練が必要になるだろうな。慣れた頃には今度はナイツのほうに乗れなくなりそうで怖い。

 ……やっぱり要らないなあ。少しもったいないがパルミラにくれてやるか。

 遠方から騒音が聞こえたのでもしやと思っていたが、コロニーの反対側ではアヤメが敵機と交戦していた。

「おりゃあああああああああああぅあぅっ!」

 間の抜けた雄叫びをあげながら、アヤメの操るシルバーソードがケイローンの頭を剣で力任せにガンガンと叩いていた。子供の喧嘩か。

 だがこれが意外と効いているらしく、しばらく叩き続けると敵機はあえなく武器を捨てて降参した。

「どうだ、あたいの実力思い知ったか!」

「30点」

 私が声をかけるとアヤメはまるで猫のように後ろに飛び退いた。

「マリィ隊長、いつの間に!? ていうか30点ってなんだよ!」

「おまえの戦闘評価だ。本当は0点をつけたいところだが、初の実戦で勝利を収めているから特別査定だ」

 勝つというのは大切なことだ。どんなに不格好だろうと勝てば官軍なのだから。

 だが今回は訓練も兼ねていることだし、ここは結果より過程を重視したい。よって赤点だ。

「平原にて数を並べて突撃するのがケイローン本来の運用方法。今回のような砂場ではこちらが有利だということは覚えておくといい。つまり今回おまえが勝てたのは地の利があったというだけの話。私はそんな戦い方は教えてないぞ」

「いや、敵に襲ってこられたら頭が真っ白になっちまって……つい」

 まだまだ訓練が足らんな。焦っていても身体が勝手に動くようにしないと。

「まあいい。素振りの成果は出ていたからな」

「そういや隊長、そのタロスどこで調達したんだ? まさかマジで奪ったのか?」

「それ以外にどんな手段がある? フェイスガードもメインカメラも破壊してしまったからスクラップ同然だけどな」

 もっとも、敵は目視で捉えればいいし、いちおう空調は効くから使えないことはないのだけれどな。このままの状態で戦場に出るのはいささか不安だが、急場しのぎには十分だろう。

「ところで、この降参したケイローンどうする?」

「とりあえず捕まえておけ。どうやら腰が抜けているようだ」

 状況は不明だがどうもオートマを解除しているらしく、まともに立って逃げることも出来ないようだ。

 軽く脅すとあっさりとシステムダウンして、そのとても騎士とは思えぬ肥満体を私たちの前に晒した。

「一機のみの単独行動ということは、アコが戦っていたほうは陽動だったのかもしれないな。拷問して実情を吐かせよう」

「拷問って……誰がやるの?」

「私に任せろ。拷問には少し詳しい」

 だが残念なことにハマト兵は私が何もしないうちからベラベラとしゃべり始めた。

 どうもそこまで本気でイコールを奪う気はなかったらしく、タロスが配備されていた場合は主力が適当に交戦している間にコロニー施設を破壊して撤退する予定だったらしい。アコが相手をしていたケイローンの逃げっぷりが良かったのもそのためか。甘っちょろい奴らめ。

 私はパルミラ軍部に捕虜にしたハマト兵を引き渡すと、鹵獲した二機のケイローンを部屋代わりにして警護を続けた。

 うむ、やはりタロスの中は快適だ。これならいくらでも任務を続けられそうだ。外で汗水垂らして働いている労働者の皆さんにはもうしわけないがこれも騎士の役得。コロニーと諸君らの身の安全はきっちり護るので勘弁してくれ。


 コロニー警護の任務はあれから更に三日ほど続けられた。

 空調の利いたタロスの中でクラシックを聞きながらのんびりと砂漠を観察し、たまにやって来る外敵を適当にあしらう。それだけで多くの人間から過剰と思われるほどの感謝をされた。一番の難敵は退屈だけだ。

 楽で感謝される美味しい仕事ではあるのだが、同時にいつまでもこんなことをしていていいのかという焦りもあった。

 こうしてのんびりしている今も、あのひとはアストリアでの戦後処理を着々と進めている。それが終われば次はシーリアだ。今は友好的な態度を見せているが、準備さえ整えば必ずグラントは、あのひとはここに攻め込んで来る。ハマトのように適当でいい加減な大義名分を抱えて。

 タロスのコックピットの中で夜空を見上げながら私は想う。

 強くならなくては。今よりもっと強く。今度こそ、あのひとに勝つために。

「いい夜ですね」

 隣で共に夜間警護をしていたアコに声をかけられた。

「何か考え事でもしていましたか?」

「こんな雑用はさっさと終わらせて訓練を再開したいと思っていたのさ」

「アヤメさんが泣きますよ」

「好きに泣かせておけ。私たちはもっと強くならなければならない」

 今回の任務でおまえたちも訓練が足りていないことがわかったしな。

 訓練では上手くいくことが実戦では上手くできないというのは、実戦経験が足りていないということではない。単純に訓練が足りていないのだ。今まで甘やかしていたが、そろそろ本腰を入れてやらないとな。

「マリィ隊長が、このパルミラでなんて呼ばれているか知ってますか?」

「鮮血のマリィか? 血に汚れた私にふさわしい渾名だ」

「シーリアの英雄ですよ。隊長の鬼神のごとき強さはすでにパルミラ市内にとどまらずシーリア中に広がっています」

「またか……そういうのはもうお腹いっぱいなんだがな」

 この三日間で結構暴れたからな。ちょっと活躍しただけですぐにこれだ。団長が各種メディアを煙たがる気持ちも今なら少しわかる。

「そんな隊長が、未だ貪欲に強さを追い求めるのはどうしてですか?」

「世間がどう思っているかは知らないが、私はまだまだ未熟者だからな」

「隊長の元上官は、そんなにお強い方なのですか?」

 どうやらアコは、私が団長の実力に追いつこうと必死に努力していることに疑問を抱いているらしい。

 正直、愚問なのだが……アコがここまで強い感情を見せるのは珍しいので真面目に返答する。

「強いよ。以前も言ったが、私の倍は強い」

「にわかには信じられません。それほどの強者が今までなんの噂にもあがらないというのはおかしな話ですよ」

「それは……まあ、王族で騎士団長だから、指揮を執るために常に後衛だし……」

「失礼ながら、マリィ隊長の買いかぶりでは? 確かラングフォードという名だったでしょうか。あなたの師匠だから強く思えるというだけで、とっくの昔に追い抜いているということは十分ありえますよ」

 団長が弱ければ、私はシーリアに来ることなく、グラントで己の強さに酔いしれて英雄気取りでいられただろう。そして勘違いしたまま戦い続け、アストリアのどこかで敵に討たれて野たれ死んでいたかもしれない。

 そのほうが良かったかもしれない――時折そう考えてしまうことのある私の心は、まだ弱い。

「それはない。私はタロスに騎乗して以来、ずっと団長に稽古をつけてもらっていた。そして団長からの提案で、稽古の後は必ず決闘を想定した模擬戦を行っていた。キリのいいところまでということで、とりあえず百戦ほど闘った」

「百戦!? ……それで、結果はどうだったのですか?」

「百戦百敗。全敗だよ。私は一度もあのひとに勝てたことがない」

 アコが絶句する。私も当時は同じ気分を味わったよ。

「ひどい男性だろ? ひとつぐらい華を持たせてくれてもいいのにな。でもあのひとは根が真面目だから、そういうことは絶対にしてくれないんだ」

「冗談みたいな強さですね。そんな騎士が未だに無名だなんて」

「無名というが、グラントでは結構な有名人だぞ。その比類なき騎士としての才と王族という肩書きから『太陽の子』などと渾名されていたな」

 そして私にとってはまさに太陽そのものだ。まぶしくて、まぶしくて、目がくらみそうなほどに。その力強い輝きの中にいつまでもいたかった。

「あのひとの強さに少しでも近づくのが私の目標だ。立ち止まってはいられんよ」

「……わたしにとっての目標は、あなたなのですけどね」

 アコがボソリとそう呟いた。

「マリィ隊長を世界最強の騎士と崇拝するわたしとしては、あなたが一番であって欲しかった。でもそんなに嬉しそうに語られては仕方ありません」

「私、そんなに嬉しそうに話してたか?」

「好きなんですね。その男性のことが」

 いきなり図星をつかれて頬に血流がどっと押し寄せる。

 これは……い、いったいどう切り返せばいいのだろうか?

「相手は王族だぞ。私ごときが好意を寄せるなどおこがましい話だ」

「でも好きなんですよね」

「いや、それはまあ……その、あれだ。あくまでタロスの師としてだな……」

 今さら隠しても仕方がないとは思う。どうせ皆、私の団長への想いには薄々気づいている。だがそれでも言葉にすることはどうしても躊躇われた。だから私は沈黙をもって肯定とする。

「安心しました。マリィ隊長も女の子なのですね」

 アコが嬉しそうに言う。

 女の子か……そんな風に言われたのはいつ以来だろうな。

「てっきりわたし、戦うことしか頭にないキラーマシーンみたいな女性かと思っていました。でも違ったんですね。恋する乙女は色々と大変ですね」

「あまり大きな声でそういうことを言うな。恥ずかしいだろ」

「だから団長さんとも本気で闘えないんですもの」

 おい、どうしてそんな結論になる。

「百戦百敗なんて数字、いくらなんでも不自然すぎますものね。どれだけ実力差があったとしても、同じ条件でこれだけ闘えば普通二敗や三敗はしますもの。隊長ほどの騎士がおかしなことを言ってるなあと思っていましたが、その疑問がこれで解けました」

 言いたいことはわかるが、本当に冗談みたいに強いんだよあのひとは。

 私もずっと闘り続ければ体調の悪い日にひとつぐらいは勝てるんじゃないか、なんて浅はかなことを考えた時期もあったがな。そんな甘い男性じゃないんだ。正真正銘の天才なんだ。普通じゃないんだよ。

「もちろん、マリィ隊長が手を抜いていたなんて思っていませんよ。でもやっぱり訓練とはいえ好きな男性に剣を向けるのは抵抗がありますよね。しかも王族で団長とくればなおさらです。様々なストレスが重なった結果、隊長の剣を鈍らせていたんですよ」

 微妙に否定しづらい推理を展開してくるな。そういうのがまったくなかったとは言わないが……。

「……まあいい。そういうことにしておこう」

 私はそこでアコとの会話を打ち切った。

 団長の強さは私だけが知っていればいい。あのひとは自分の名が表に出ることを嫌うから。でもいつか、嫌でも表舞台に立たされそうな気もするのだけれど。

「ラングフォード団長……」

 夜のシーリア砂漠に広がる美しい星の大海を見上げ、私は愛しい男性の名を独りごちる。

 ここでの生活が楽しくないと言えば嘘になる。だけどここにはあなたがいない。早くあなたに会いたいけれど、今の私ではふさわしくない。もっと訓練を積んでもっともっと強くなって、いつの日か必ず――

 ああ――戦場で、あなたと再会する日が今から待ち遠しい。

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