第一鉄騎兵隊 ― 1st Talos Cavalry ―
シーリア軍本隊にて簡潔な入隊式を行い、市が主催する歓迎パーティをそつなく済ませた。本日は私の隊長としての初仕事だ。
支給された軍服に身を包み、体育用のグラウンドで敬礼する隊員たちの前で大声を張り上げる。
「本日より第一鉄騎兵隊隊長に就任したマーガレット・リースマンだ! これから諸君らをビシビシしごいていくから覚悟しておけ!」
「今さら自己紹介されなくてもみんな知ってるよ。つうか隊長に就任したのは今日じゃねえだろ。緊張してるからって適当なことを言うな」
軽口を叩くアヤメの頭を拳骨でゴツンと叩く。
「だから頭をバンバン叩くなっつってんだろマリィ!」
「私語は慎め、今は勤務中だぞ。それから私のことは隊長と呼べ」
私は剣客として招かれ、シーリアの兵を強くするよう依頼されたのだ。兵の統率は初めの一歩。上官が部下に舐められているようでは話にならん。
「まあまあ、その程度のことで怒るなマリィ。シーリアはそこまで体育会系ではないのだぞ」
「だから隊長と呼べと言ってるだろう、騎士ナーサシス」
どいつもこいつも……訓練初日からこれでは先が思いやられる。
三人とも普段のおかしなファッションではなく、きちんと軍服を着ているだけマシと思うべきなのだろうか。
「上に立つ者は常に部下に優しくあるべし。これは元隊長の妾からのアドバイスだぞ。グラントもそこまで上下関係には厳しくなかったと聞いておるがのう」
「それは所属する騎士団による。基本的には騎士団は王族の持ち物だからな」
ラングフォード団長率いる第七騎士団は規律が緩く上下関係がそこまでなかったが、それはあくまで例外。ほとんどの騎士団の規律は厳しく団長の命令は絶対だった。上官が甘ければ部下は怠けるし、指令系統がしっかりしていなければその軍は軍として機能しない。当然の話だ。
「シーリアの風土は理解しているし、私自身そこまで口うるさく言うつもりはない。だが隊規や最低限の礼儀は守ってもらう。ラオディケイアの姫君とはいえ、その程度の常識は持ち合わせていると思いたい」
「……それは確かにその通りだぞ。口ごたえ失礼したマリィ隊長」
上官を愛称で呼ぶのか。まあ、そのぐらいは別にいいか。私としてもあまりお堅くやりたくはない。
「話がそれたな。長々しい就任の挨拶などおまえたちも聞きたくもないだろうから、さっそく訓練を開始する」
私は昨夜立てたスケジュール表を見ながら訓練内容を公表する。
「まずはランニング一〇キロからだ」
場が一瞬どよめいた。
まあこれは驚かれても仕方ない。スケジュールを立てた私が言うのもなんだが、朝の準備運動にしてもちょっと手ぬるすぎるからな。
隊長などという大任は初めての経験。ナーサシスの言うとおり、いきなり鬼のシゴキというわけにもいくまい。初日ということでちゃんと軽めのスケジュールにしておいたのだ。ははっ、優しい上官を演じるというのも大変だな。
「いきなり一〇キロも走らせるのかよ!」
アヤメが何か言ってるな。まあ、あいつは何をやらせても文句を言う奴だからな。
だがリリー以外の他のメンツの顔が青ざめているのはどういうことかな?
「たったの一〇キロではないか。一体なんの文句がある?」
「たったのって……今までのスケジュールの倍じゃねえか」
確かにリリーからもらったスケジュールには毎朝のランニングは五キロと書いてあった。さすがにこれでは腹ごなしにもならないから少し増やしたが……そこまで怒るような話か?
私はアコとオウジャに視線を向ける。
「一〇キロかあ……わたし体力がないから自信がないなあ」
「僕も朝から一〇キロというのはちょっと……」
おいおい冗談だろ。わずか一〇キロ程度、グラントの軍人なら退役間近の老人でも走りきれる。ここが本当に軍隊なのか疑問に思えてきた。
「朝からそんなに走ったらめまいで倒れちまうよ」
「奇遇だな。私も今めまいがしてきたところだ」
これはきっとイコールの一般開放の弊害だな。魔動車に慣れ過ぎて自らの足で歩くことを忘れてしまっている。一般人ならそれでもいいのかもしれないが騎士がそのような体たらくでは駄目だ。
タロスに乗るのにも体力は要る。よってこれ以上は甘やかさない。多少厳しくともきっちり一〇キロ、グラウンドを走ってもらうことに決めた。
「おい、ペース早いぞ! もうちょっとゆっくり!」
「まずは自分のペースで構わない。ただし周回遅れになる度に一キロずつ追加だ」
アヤメに発破をかけながら私はのんびりと、まずはグラウンドを一周する。
口ではああ言っていたが、隊で一番体力があるのはアヤメのようで、息を切らしながらも私にピッタリとついてきている。アコは息こそ切らしてはいないがマイペースで、すでに半周近く差が開いてしまっている。その後ろをオウジャがすでにバテ気味な感じで走っていた。騎士見習いとはいえ情けない……と言いたいところなのだが、なんだか昔を思い出して近親感を覚えてしまう。
「がんばれオウジャ! 立派な騎士になりたいんだろ!?」
声援を送りながら私は今後のスケジュールを考える。
この体たらくは恐らくアッシャームだけではあるまい。シーリア軍の怠慢は予想以上だ。残念ながら私ひとりで立て直しは不可能だろう。第一鉄騎兵隊はどうにかするとして、他市にも指導者が必要だろうな。バルティアから派遣可能な人材がないか今度アランに聞いてもらうことにしよう。
それにしても……走っている人数が少なすぎやしないか?
気づいた私は足を止めて周囲に眼を走らせる。
――そこか!
どこから調達してきたのかわからんが、やけに高価そうなテーブルとチェアを使って木陰でのんびりとティータイムを楽しんでいるナーサシスとリリーのところに猛ダッシュで駆け寄る。
「……何をしているんだ貴様ら」
「見てのとおりだぞ。おぬしの眼は節穴か?」
私はナーサシスの頭を拳骨で思いっきり叩く。案の定リリーが怒って襲いかかってきたので返り討ちにする。帝国騎士を舐めるな!
「先ほど部下には優しくとアドバイスしたばかりではないか……」
「優しさと甘さをはき違えてもらっては困る。だが一応いいわけぐらいは聞こう」
「妾は元々ランニングを免除されておるのだぞ。知ってのとおり妾は天才故、タロスに乗ってもいっさい疲れることはないからのう。これはみんな納得してることだぞ」
「ではリリーは?」
「主の世話をするのはメイドの務めです。基礎訓練は自主的に行うのでご心配なく」
私の足で関節を極められて地に伏したリリーが、それでも何故か偉そうに発言する。
まずはこいつらの腐った性根を叩き直すところから始めないといけないのだが、貴族相手となると少々面倒だな。
「今まではおまえが隊長だったから多少のわがままも許されたのだろう。だが今の隊長は私だ。これ以上の命令違反は厳罰に処すぞ」
「ほほほ、妾はラオディキア家の跡継ぎ娘だぞ。果たしておぬしにできるかのう」
少し頭にきた私はナーサシスの腕を軽くひねりあげた。赤子の手をひねるとはまさにこのこと。これは筋トレもそうとう怠けているな。
「私の命令を聞くのがお嫌ならさっさと異動したらいかがですかね? ラオディケイアに相応のポストが用意されているとお聞きしていますよ」
「痛たたたっ! グラントの英雄から直々に教えを受けられるというのに戻れるわけがないぞ! そもそも妾はラオディケイアのファラリスが性に合わんのだ! あんなのは誰にでも乗れるお子様機だぞ。ハッキリ言ってダサいぞ!」
うむ、それについては激しく同意だ。あれほど乗り甲斐のないタロスも珍しい。
お灸はこのぐらいにしておくか。私はナーサシスの腕を離す。
「だったらなおさら私の指示には従ってもらわないと困るな。私の目的はあなたがたを鍛えあげることにあるのだから」
「いや、それは無論わかっておるのだが……タロス操縦と無関係な訓練はどうにも興が乗らんのだぞ」
「あながち無関係ではないかもしれん」
その言葉を聞くと、涙目になっていたナーサシスの顔が一気に晴れる。
「それは本当か?」
「それがよくわからない」
今度はガックリとうなだれる。なかなか面白い奴だ。
「ラングフォード団長――私の元上官が、おまえと似たようなタイプでな。どれだけタロスに乗り続けてもまったく疲れることがなかった」
「ほう、グラントにも妾と同じ天才がいたのか」
「でも団長はランニングを怠けたことは一度もなかった。どうしてそこまで真面目にやるのか訊ねたことがあるが、その時にこう言われたよ」
――俺はね、少しでもタロスに近づきたいんだ。
あれは、いったいどういう意味だったんだろうな。健全な肉体には健全な精神と魔力が宿るというし、身体を鍛えることによりタロスとのシンクロ率が上昇するということなのだろうか。
凡人の私には理解できないが同類のナーサシスならどうだろうか。私は彼女の見解を求める。
「それはたぶん、そのままの意味だろう」
「そのままの意味とは?」
「肉体的に――フィジカルでタロスの出力に近づきたいということだろう。だとしたらその男、とんでもない馬鹿だぞ」
そんな馬鹿げたことを……うん、ありえるな。ぜんぜんありえる。言われてみればそれしかない気がしてきた。さすがは団長、スケールが違う。
「その男は強いのか?」
「もちろん。私の倍は強い」
「では私も倣おうではないか」
ナーサシスは席を立つとのそのそと準備運動を始める。
「タロスへの愛なら妾は誰にも負けぬぞ!」
そう叫ぶと、ナーサシスは亀のようにゆっくりとグラウンドを走り出した。
遅い、果てしなく遅いが……これでいい。あの手の天才肌にとって大切なのは努力しようという心がけだ。貴族という身分故に多少、尊大で生意気なところはあるが、あれでなかなか聞きわけのいい娘で助かった。
「いい加減、その汚い足をどけていただけませんかね」
こちらの駄メイドにも是非とも見習ってもらいたいものだ。
私はリリーを踏みつけていた足を離して自由にしてやる。
「上官とはいえ貴族のご令嬢に手をあげるとは……恥を知りなさい」
「おまえはあっさりと組み伏せられたことを恥じろ。ナーサシスの護衛を兼任しているのだろう。私が敵兵ならさらわれているところだ」
リリーは歯ぎしりするが言い返してくることはなかった。この手の輩を操るのはプライドを刺激するに限る。
「おまえは自主練習をしているらしいがまだまだ努力が足りていないな。偉そうな口を叩くのは私に何かひとつでも勝ってからにしろ」
「いいでしょう。では今からこのグラウンドを一〇周、先に走りきった方の勝ちということでよろしいですか?」
私はリリーの申し出を快諾するとグラウンドに戻りスタートラインについた。
「後で余計に走っていたことをいいわけにしないでくださいね」
「ん? ああ、おまえにはあれが走っているように見えたのか」
小癪なことをと小声で毒づくリリーを私は鼻で笑ってみせた。
「このコインが地面に落ちたらスタートとしよう」
私は懐から取り出したシーリア硬貨を指で弾く。
クルクルと回転しながら重力に従い自由落下する硬貨。それが地についた瞬間、私とリリーはほぼ同時に地を蹴った。
リリーは早かった。比較する気はなかったのだが、グラントの一般的な騎士たちと比べてもかなり早いほうだろう。
だが残念なことに私は、足と体力で同性に負けたためしはない。途中まではいい勝負を演じてみせたが、ゴール直前で少しだけ本気を出し、リリーを大きく引き離して終わらせた。
足には自信があったのだろう。珍しく表情に出して悔しがるリリーを見て、私は少し溜飲が下がる。
私には団長やナーシサスのような、タロスを疲れず自由自在に操る才能はない。
だがその程度のものは努力でいくらでも補うことが可能。タロスに乗って疲れるのなら体力をつければいい。自在に操れないのであれば何度も反復訓練を行い身体に刻みつけてやればいい。驚くほど簡単で馬鹿みたいに単純な話だ。
団長も常々言っていたが、タロスに乗るのに才能は要らない。私は今、ここにいる者すべてを、私と同じ場所までは引き上げてやるつもりだし、それは決して難しいことではないと確信していた。
しまった、うっかり他の隊員たちを周回遅れにしまった。
まあ、今回のところは罰ゲームは勘弁してやるか。
結局――基礎体力のない隊員たち(特にナーサシス)に併せたおかげで午前中はろくな訓練ができなかった。
隊員全員を私と同じ場所まで引き上げることは決して難しいことではない。難しくはないが、時間はかかるだろうな。それもとんでもなく。
……後でリリーでも誘って自主練するか。
オウジャの作ってくれた昼食をとって小休止した私は、基地内部に作られた射撃訓練場に来ていた。
「……」
私は眼前に置かれた鉄の塊とにらめっこする。
「マーガレット隊長、もしかして拳銃を知らないのですか?」
アコに訊かれて内心ドキリとする。
無論知っている。知ってはいるさ。ここまで洗練はされていないがグラントにも銃は当然あったし王族や貴族はよく携帯している。
ただ、実際に使ったことがないだけだ。
「ふむ……片手で扱える銃だから拳銃か。言い得て妙だな」
「使ったことがないんですね?」
すまない、私も万能ではないのだ。
「もしよろしければわたしが使い方をお教えしましょうか?」
おお、そう言ってくれるか! 優しくて優秀な部下を持って私は嬉しいぞ!
「これも魔力で動いているのか?」
「いいえ。火薬と呼ばれる発火物質を使って弾を撃ち出しています。これを使えば魔法を使わずとも遠くにいる敵を倒せます」
こちらでもやはりそうなのか。魔導兵器の携帯化はグラントでもまだ実現していない技術だから当然といえば当然だが、かなり小型の魔動車を世界中に輸出しているシーリアならあるいはとも思ったのだ。
もっとも魔法が使えない者でも扱えるという点が重要なのだから、あえてそういう造りにしているだけかもしれないがな。
「では魔法の使える私には無用の長物だな」
「そうかもしれません。ではやめておきますか?」
「ナーサシスに走らせておいて私だけ訓練を免除というわけにもいくまい。これはこれで役立つこともあるだろうから残したのだ。マニュアルは持っているのだがなにぶん初めてのことでどうにも勝手がわからん。是非とも教えてくれ」
私が頼むとアコはにこりと微笑み、懇切丁寧に拳銃の使い方を教えてくれた。
普通、入隊したばかりの上官に何かできないことがあると、その度に部下に小馬鹿にされることも多い。というか、私自身がそうだった。ところが彼女にはそういう素振りがをいっさ見せない。アコ、おまえはまるで天使のような部下だ。
「どうやらマリィ隊長はあまり銃がお得意ではないご様子」
アコに手取り足取り教えてもらいながら拳銃を撃つ練習をしていると、リリーが得意げな顔でやってきた。
「ここはひとつ勝負でもいたしませんか。今から十発ずつ銃を撃って、より多く的に当てたほうが勝ちというのはどうでしょう」
「悪いが日を改めてくれないか。実は私は銃を持つのが初めてなんだ」
「これは異な事を。偉そうな口を叩くのは何かひとつでも勝ってからにしろとおっしゃったのは隊長ご自身では?」
言ってリリーが意地悪そうな笑みを浮かべる。
リリー、おまえはまるで悪魔のような部下だ。リリー・ブラックに改名しろ。
とはいえ最初に挑発したのはこの私だ。このことで今後も不遜な態度をとられるのは甚だ不愉快だが……まあいい、ここはひとつリリーに華を持たせてやるとするか。
私は勝負を承諾すると、しっかりと両手で拳銃を構えて的に照準を合わせた。
私とリリーとで交互に的を撃ち合った結果――勝負に勝ったのは何故か私だった。
「……何故?」
それは私が知りたい。
「リリーさん、格好つけて片手で撃っちゃ駄目ですよ。照準がブレブレです」
慢心か。よくある話だ。
とはいえ私もリリーのことを馬鹿にできない。十発撃って的に当たったのはせいぜい五発。しかも正鵠には一発も当たっていない。この腕では実戦ではまるで使い物にならないぞ。
「覚えておいてください。次こそはあなたに勝ちます」
仏頂面で捨て台詞を吐き、リリーは持ち場に戻っていった。ダサい女だ、まるで大昔の私のようだ。
その後、隊長として訓練の様子を監視していたのだが、リリーは両手で撃っても命中率が悪く、銃に関しては護衛対象であるナーサシスのほうが上手いかもしれないという体たらくだった。
誰にでも得手不得手があるとはいえ、これは少々情けない。どうやら特訓の必要がありそうだ。もちろんお互いにな。
それとは別件で、監視をしていて気付いたことがある。
隊内で銃の腕が一番いいのがアヤメだという意外な事実だ。
後ろからずっと見物していたのだが、片手で撃っているにも関わらず十発中九発は命中させている。正鵠を射ていることも多く、なかなか様になっている。これはリリーが真似したがるのもわかる。
「すごいじゃないか。見直したぞ」
「あたいが前に住んでいた地方では、猟銃を使って獣を狩ることで生計を立てていたからな。銃の扱いはお手のものさ」
やっぱり田舎者じゃないか。おまえ、私のことをどうこう言えないだろ。
「そんな凄腕なおまえの忌憚なき意見が聞きたい」
「あたいに答えられることであればなんでもどうぞ」
「この拳銃という武器、実戦で役に立つと思うか?」
アヤメは顎に手を置き考えるような素振りを見せると、
「現時点では役に立たねえな」
少し間を置いて、そう答えた。
「見物してたならわかると思うけど、十発に一発ぐらいは弾が外れているだろ? 銃身が短いせいで精度がイマイチなんだよなあ。同じ理由で威力もねえ。こいつじゃタロスの装甲はおろか歩兵の鎧すら貫けねえよ」
やはりそうか。私は嘆息する。
いちおう生身の人間相手に近距離から中距離にかけて使う分には有効な武器なのだろうが、平時での護身用がせいぜいといったところか。
「メンテに手間がかかるわりには弾詰まりが多い。それに、こいつの値段を見たことがあるか? 目玉が飛び出るぐらい高ぇぞ。弾のほうも使い捨てのくせにかなり高い。言いたいことはたくさんあるが、とにかく費用対効果がまったく釣り合ってねえ。グラントのほうはどうなのさ?」
「おそらく同じような理由で一丁も配備されていない。以前、開発部門からガンタイプという弾丸を火薬で飛ばして敵を倒すタロスが提案されたことがあったらしいが、それの開発も今では凍結している」
つまり、今の我々の技術では銃はまだ実用的な段階に至ってないということだ。可能性は感じるのだが、少々惜しいな。
「それで、今後はどうするつもりだ? この訓練はもうやめるのか?」
「……いや、しばらくは続けてみよう。シーリア軍が採用しているということは、将来的には実用に耐えうるものを製造できる自信があるに違いない」
タロスの装甲すら撃ち抜く携帯兵器が量産されれば戦場はきっと劇的に変わる。
私はヴォイドを放ち、真空の刃で射撃の的を粉々に粉砕してみせた。
「最低限この程度の威力と精度があれば、数でタロスに対抗できるかもしれんぞ」
「いやそれ絶対無理だから」
魔法に代わる新たな力として一躍脚光を浴びている科学技術。
これは現代文明独自の進歩であり、これからも大切に育てていかねばならぬものなれど、古代文明の叡智に追いつくのはとうぶん将来の話になりそうだ。
射撃訓練が終わるとナーサシスが、さもつまらなそうに持っていた拳銃を放り投げてこちらに飛んできた。
「次はタロスの訓練よな? また妾の相手をしてくれるよな?」
「軍の備品を投げるなナーサシス。剣の相手ならいくらでもしてやる」
ナーサシスは諸手をあげて喜び、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。なかなか愛い奴よのう。
「次は負けぬぞ。先日の敗北を糧に成長した妾の力を見せてやるぞ」
「それは楽しみだ。ではさっそく始めよう」
私は上機嫌なナーサシスを連れてグラウンドへと出た。
穏やかな春の日差しとどこまで澄んだ蒼天の下、私とナーサシスは再び対峙した。
立会人はリリー。手には訓練用の無刃の剣。あの日と同じシチュエーションだ。
強いて違うところをあげるとするならば、今回はタロスではなく生身という一点だけだろう。
「ふざけておるのかマリィ!」
「勤務中は隊長と呼べ」
「マリィ隊長! 今日この時間は貴重なタロスの訓練時間のはずだぞ!」
わざわざ言い直すとは意外と律儀だな。
「別にふざけてなどいない。私なりに考えがあってのことだ」
「ほう、是非聞かせてもらおうか」
「この国のタロスの操縦訓練時間、短いと思わないか?」
「思うに決まっておる。何しろ週に一度だけなのだからのう」
「理由はなんだと思う?」
ナーサシスはきょとんとした顔でこちらを見つめると、今度はリリーのほうに顔を向けてその理由を教えるよう命じた。
仮にも元隊長なのだから少しは自分の頭で考えろ。
「イコールの節約のためです。毎月軍に供給されるイコールは少量で、その中でやりくりするとなると、どうしても短い訓練時間になってしまうのです」
「そのとおり。とはいえ、週に一度の訓練時間でタロスを実戦レベルで乗りこなすのは極めて困難。よってタロスを使わずにトレーニングする方法を検討する必要がある」
「それが生身による剣の稽古というわけですか」
リリーは飲み込みが早くて助かる。さすがはナーサシスが隊長の時に訓練スケジュールを立てていただけのことはある。
「どれだけ高度なシステムを積もうとも結局のところタロスを操るのは騎士自身だからな。身体に直接剣技を叩き込んでやればシンクロした際にも活用できる」
「待て待て、自慢ではないが妾は生身ではまるで動けんのだぞ! タロスに乗らねば訓練にならぬ!」
これに血相を変えて反発したのはナーサシスだ。タロスの申し子はタロスに乗らなければただの人ということか。
「いや、むしろこれはおまえにこそ必要な訓練だ。おまえはその天性故にタロスに頼りすぎている。だから先日の兜割りのような無茶な技も平気でこなす。あれは戦場では怖くて使えないしタロスへの負荷も高い。どのような動きをするとどこに負荷がかかるのか、少しは我がの身で感じたほうがいい」
「タロスへの負荷など重力魔法で軽減すればよいではないか」
「魔法を使用するとその分イコールを消費するぞ。そもそも重力魔法が万全だと考えること自体が過ちの元だ。人の身体は動かして損はない」
「妾は天才なのだぞ。凡人のおぬしにはわかるまいが、一見無茶をしているように見えてもちゃんとタロスの消耗には気を使っておる」
「わかった上で言っている。私もその天才に育てられたからな。そもそも、さっきから私の言っていることはほとんどあのひとの受け売りだ」
グラント軍とて無尽蔵にイコールが使えたわけではないし、数多ある騎士団の中にもイコール供給量には格差がある。そして私の所属していた第七騎士団へのイコール供給量は決して多くはなかった。
限られたイコールでどう訓練するか。それは騎士団の永遠の命題であり、その回答のひとつとして生身による剣の訓練の強化を提案したのがラングフォード団長だった。剣客制度を導入し、剣の達人を先生として団に迎え入れた。身体を動かすことの重要性を説き、どこの団よりも生身での戦闘訓練に力を入れた。その結果、我が第七騎士団はグラント最強の精鋭集団になったという自負がある。
私は団長の一番弟子であり、あのひとの理論を体現した作品のひとつだ。その中でも最高傑作になりたいと常々思っている。
だから、こうして私自身が剣客としてシーリアに招かれたのはいい機会なんだ。まずはこの第一鉄騎兵隊をシーリア最強の部隊に鍛え上げ、あのひとの正しさを世界にアピールする。それが今回の目的のひとつでもある。
「タロスは神血で動く人造の神の仔と呼ばれているが、人は正真正銘の神の子なのだ。タロス操縦については天才的なおまえは、次に本物を――おまえ自身を操る術を知る必要がある。どうだ、やってみる気にはなれないか?」
私は剣を構えてナーサシスに奮起を促す。
ナーサシス、おまえが真に団長の同類ならば、私の言葉が理解できるはずだ。
「……人機一体を謳うならば、まずは我が身を上手に操れねばならぬか」
そう呟くとナーサシスは、私に向かってゆっくりと剣を構えた。
ナーサシスほどの才能があれば才に溺れて忠告を無視し、訓練を怠る者も多いだろうに……やはり見込んだとおりの本物だ。
ふふっ、これは本当に、ものの半年もあれば追い抜かれてしまいかねないな。
「いくぞ隊長! いざ尋常に勝負ううぅッ!」
咆哮をあげながらこちらに向かって突撃するナーシサス。
その心意気や良し。ナーサシスの覚悟と勇気に敬意を称し、私は彼女を容赦なく叩きのめした。
「むぎゅう」
うむ。さすがに半年で私を追い抜くのは、ちょっと難しいかもしれん。
「なんとお労しいお姿に……お嬢様の仇は私が討ちます!」
倒れたナーサシスを介抱した後、怒りに燃えて立ち上がったのは勿論リリーだ。ものすごい形相でこちらを睨みつけると訓練用とはいえ両手持ちの大剣を片手で軽々と振り回してみせる。隊長に対して実に不敬な態度だが闘志の現れとして不問としよう。
「おまえが相手なら私も遠慮はしないぞ」
強敵相手に騎士の血が騒ぐ。
ナーサシスと違ってリリーは護衛として充分な戦闘訓練を受けている。さすがに一筋縄ではいかないだろう。
と、思っていたのだが……リリーの剣の腕前自体はナーサシスとたいして変わらなかった。要するにほぼ素人だ。
「ナイフ術なら自信があるのですが……」
「剣の勉強をしろ。ナイフの刃渡りで実戦はきついぞ」
もっともこの体たらくではナイフ勝負でも負けないだろうがな。
膝をついて負け惜しみを吐くリリーを脇目に他の隊員を順番に相手取る。一通り相手をした後に、私は皆の前で笑顔でこう告げた。
「とりあえず、素振り五百回だ」
隊員の中ではアコが一番センスがありそうだったがそれでも誤差の範囲内。全員まだ剣術を教える段階に至っていないと判断した。
日頃からソードタイプに乗っているのにおかしな話だが、教える側としては逆にありがたい。下手に指導しておかしな癖がついても困るし、しばらくは素振りだけやらせておこう。
意外なことにこの決定に文句を言う者は誰もいなかった。どうも私に剣で叩かれるよりはマシだと判断したらしい。もっともすぐにそんな風には思えなくなるがな。正しい姿勢で正しい素振りを繰り返すのは想像以上に過酷な訓練だからだ。
思ったとおり、百回も振らないうちにリリーを除いた全員が根をあげて剣を降ろしてしまった。情けない、これは少し尻を叩いてやる必要があるな。
「振り終わるのが一番遅かった者は罰として夕食の支度をしてもらうぞ。もちろん正しい振り方以外は数にカウントしない」
結局、全員が剣を振り終わる頃には日が暮れてしまっていた。
最下位は騎士見習いのオウジャ。約束どおり罰ゲームとして夕食を作らせるつもりだったが、疲労困ぱいでそれどころではなかったので仕方なく私が作った。
私の作った料理は極めて不評だった。アヤメ曰く味がまるでないそうだ。戦場で調味料は貴重品、常日頃から粗食に慣れておけば戦場のまずい飯にも不平不満を抱かぬというもの。ナイスアイディアだと誉めてくれてもいいのにな。
こうして第一鉄騎兵隊隊長としての私の記念すべき初日は終わった。
隊内の反発も予想より少なく、想定未満の練度ではあったが収穫もあり、私自身そこそこ隊長らしくふるまえたと思う。おおむね満足な初陣だったといえるだろう。
雨。天から降り注ぐ神からの恵み。雨期にはまだ早いが降るときには降る。
どんよりとしたシーリアの雨空を寮の窓越しに見上げながら、スケジュールの変更を思案していると、後ろからアヤメにポンと肩を叩かれた。
「いやあ、残念ですなあマリィ隊長。この天気ではランニングも出来ませんよ。ああ残念、誠に残念ですなあ」
心の底から嬉しそうな顔で言う。
軍の訓練を舐めるなアヤメ。この程度の天候は悪天の内に入らない。余裕でいくらでも走れるわ。濡れるのが嫌なら室内で走るという手段もある。
とはいえ、昨日の訓練のせいで筋肉痛で動けない者もいることだし、言われずとも今日は軽めの訓練にしようと思っていたところだ。根を詰めてスパルタ教育をしたところで人は急激には強くならんからな。
「……というわけで、今回は室内にてタロスについての授業を行うことにした」
基地内のホールにあらかじめ調達しておいたホワイトボードを置いて、隊員たちを整列させる。教室があるのがベストなのだが、さすがにそれは贅沢な話だろう。
「タロスに関する正しい知識を持てば訓練への理解度も高まるし戦場で戦う時に有利に立てる。まずはアッシャームの主力にして目下敵として相対するグラントのタロスについて、私が知る限り説明しよう」
ホワイトボードをドンと叩くとアヤメとナーシサスが歓声をあげる。おまえたち、本当にこういうことだけは好きだよな。
補佐を頼んだアコが皆に参考資料を配り終えた後、私は以前デパートで買った指示棒でホワイトボードに貼り付けた資料を指す。
こういう教師の真似事を一度でいいからやってみたかったのだが……とうとう夢が叶ったな。感無量だ。
「知っている者も当然いるかと思うが、グラント陸軍の主力タロスは <ナイツ> と呼ばれており、3つのタイプと3つのランクに分けられている」
タイプはワンド、ボゥ、ソード。
ランクはブロンズ、シルバー、ゴールド。
実にシンプルでわかりやすい。グラントにはこれらの他にも様々なタイプのタロスが存在しているが、戦闘の際に気をつけるのはこれだけで充分だろう。
「まずはワンドタイプ。ご存じ魔法を操るタロスだ。かつて戦場でもっとも警戒されていたタロスといっても過言ではない」
「そのわりには最近目立った活躍を聞かないのはなんでだ? アッシャームにも一機も配備されていないし」
「騎士アヤメ、質問の際には挙手するように。ワンドタイプはあまりに警戒されすぎたせいで対策が整いすぎてしまったからな。それでも杖から放たれる魔法の威力は今でも驚異の一言。タロス以外の兵器を軒並み駆逐してしまった張本人といえるな。ちなみに魔法は汎用ではなく専用で使うことが多い。そのほうがイコールの消費量が格段に少なくなるし製造も楽で信頼性が向上する」
弱点は魔法を大量に使う性質上、どうしてもイコールを貯蓄するコアが巨大化してしまうこと。故に機体が脆く機動性に劣る。近年では裏方に徹することも多く、大きな活躍もしていない。
「そして次に紹介するボゥタイプは、ワンドタイプのような『魔法使い』に対抗するために生み出されたタロスだ」
私は弓を構えた青銅のタロスを叩くように指示棒で指す。
「魔力を無効化する絶縁魔法――通称 <アンチマ> が付加された矢により遠距離から魔法をかいくぐって攻撃を加えるタロスだ。魔法使い対策として一時期流行ったが、魔法対策の発展により活躍の場を失いつつある。それでも遠距離からの牽制や魔導船墜とし等、需要がなくなったわけではないがな」
近年では機械的に矢を撃ち出すボーガンタイプや矢の代わりに弾丸を用いるガンタイプといった、ボゥタイプの発展系が考案されているが未だ実用段階には至っていない。将来性はあるがまだまだ研究中のタイプといえるだろう。
「そして今現在、グラント軍の主力中の主力として実働しているソードタイプは、ボゥタイプの攻撃からワンドタイプを守るために開発された」
ソードタイプマニアのナーサシスの瞳がキラキラと輝き出す。ソードタイプはアッシャームでも主力タロスだし私の愛機でもある。話せることも多いからきっと期待に添えられる情報を提供できるだろう。
「初期のソードタイプは矢を受けるための大盾と攻め込まれた際に対抗するショートソードという装備だった。だがこれでは魔法に対してあまりに無力。ならばということで今度は大盾を丸々アンチマすることで絶対的な防御力を実現させたのだ」
このようにして運用された初期ソードタイプは戦場で効果的に機能したし、今でもワンドタイプの護衛として現役だ。
しかし、あまり時が経つのを待たずに開発局は気付いてしまったのだ。このソードタイプをもっと効果的に機能させる方法を。
「タロスの動力炉はご存じコアで、魔法はコアからイコールを供給されることで発生する。盾のアンチマも本体に直結させることで発生させていたのだが……誰かが気づいてしまったんだろうな、わざわざ重たくて取り回しの利かない盾に使うより、本体そのものをアンチマしたほうがより実用的だという事実に」
そして後の世に『ブロンズランク』と呼ばれることとなる旧世代機に代わる、新たなタロスの研究がスタートした。
タロス開発局は攻防一体の万能機というコンセプトの元に研究を重ね、ついに他の魔法と競合させずに装甲の表面だけをアンチマで覆うという画期的なタロスの開発に成功した。それが『シルバーランク』だ。
「アンチマを起動させたタロスの全身は白銀に輝き、元々の装甲の厚さもあって矢も魔法も効かぬ無敵の騎兵と化した。シルバーランクの登場は遠距離から矢と魔法で少しずつ削っていくという戦い方を過去のものにし、戦場は白兵戦による短期決戦が主流となった。その先駆けであるシルバーソードは時代の革命児と言えるだろうな」
「質問。シーリアのシルバーソードの装甲は、アンチマを起動させてもいないのに銀色なのはなんでだ?」
今度はきちんと挙手してからアヤメが質問する。
「単純に迷彩だ。アンチマを起動させるのにもイコールを消費する。非起動時に極端に色が変わったら敵にバレバレだからな。まあこの辺りは実機を見ながら解説したほうがわかりやすいだろう」
私は指示棒を畳むと隊員たちを格納庫に連れて行った。
「現行のソードタイプは機動性を高めるために大盾を排除し、代わりに白兵戦にて敵機をうち倒すためのロングソードを搭載している」
キーストーン保管担当のリリーから手はずどおりキーをもらい、私はアヤメのシルバーソードに乗り込む。
昨晩確認したとおり調整はきちんとされているし、システムもすでに更新が終わっている。こんなに早く済むならさっさとやっておけばいいものを。あいつの怠け癖はこれから少しずつ矯正していかないとな。
私はキーを挿入するとタロスを起動させる。現行の仕様では本機の起動と同時にアンチマも発生するようになっていた。
「今日のような悪天候ならわかりやすいと思うが、アンチマの発生と同時に装甲の輝きが増したのがわかるだろう。晴れ時に遠目ではわかりにくいが覚えておいて損はない」
「へぇ、今まで乗ってたけどぜんぜん気付かんかったわあ」
アヤメ、おまえは集中力が足らん。
とはいえグラントの騎士にもこれを知らない者が結構いたりするのだがな。
「では次にこのソードタイプの弱点について教えていこう。アコ、準備はいいか?」
「スタンバイオーケーです」
アコが自らのシルバーソードを起動させて対面する。
それを見たナーサシスが自分を乗せろと抗議の声をあげるが無視した。おまえをタロスに乗せたら指示どおりに動かないに決まっているからな。
「まず第一の弱点は首筋の付け根にある緊急時の脱出装置だ。タロスに乗っている場合は破壊したほうが手っ取り早いが、生身でタロスを制圧する時は重宝する」
「生身で制圧ってどういうことだよ」
と、アヤメが下でわめく。
どういうこともなにも、そのままの意味だよ。
「どうにかして首筋までよじ登って脱出装置のカバーを開けるんだ。機体を奪い取る場合、たいてい正式な手順を踏んで開ける暇はないだろうから、その時はぶっ壊す。旧型のブロンズランクの場合は魔法で、それ以外はミノス合金製の剣でこじ開ける。剣はいいぞお、グラントでは騎士試験合格者には全員聖帝から剣が贈呈されるぐらいだからなあ」
「できるわけねえだろ! 誰もがあんたみたいな怪物だと思ったら大間違いだぞ!」
「安心しろ。出来るようになるまでみっちりシゴく予定だ」
戦場で己のタロスを失う状況は決して珍しくはない。もっとも私や団長には無縁の話だがな。
だから、むしろアヤメのような腕のない騎士にこそ必要な技術だろう。私の持つ技術は嫌でも余すことなくその身に叩き込んでやるから安心しろ。
「ちなみにアストリアのファラリスもなぜか同じ場所に脱出装置がある」
「あれはグラントのソードタイプを参考にしてソードタイプ対策として開発されたタロスだからむしろ当然だぞ」
さすがは軍事を司るラオディケイア出身のナーサシス。その辺りの事情は私よりも詳しいらしい。
「ちなみにバルティアのケイローンには外部からの脱出装置がないぞ。キー保持者以外には決して開けられぬ仕組みになっておる」
「システムエラーで閉じこめられた場合はどうなるんだ? 騎乗した騎士がシンクロオーバーで気を失った場合は?」
「異常事態発生時には電波を使った救援信号が送れる作りになっておるらしい。気を失った場合は知らん。そのままタロスに魔力を吸われて死ねということではないかのう」
なんというか、蛮族の国バルティアらしいな。たとえ侵略国家と他国に蔑まれようとも、グラントは人道も騎士道も重んじるし属国に対する対応も紳士的だぞ。
私は、騎士道に反する行為を黙認してしまったがな。
「話がそれた、次に進むぞ。タロス第二の弱点は皆も知ってのとおりコアだ」
過ぎたことを悔やんで自虐しても仕方あるまい。話を続けよう。
「コアを潰されればタロスは完全に機能停止する。場所は胸のど真ん中。これは全身にイコールを循環させる都合上、すべてのタロスに共通するからわかりやすい。だが安易にこの急所を狙うことはおすすめできない」
「ほう、なんでだ?」
「コアが弱点なのは周知の事実だからだ。だからコアへの攻撃は警戒されるし、どのタロスもコア周辺は分厚い装甲で覆われている。いくら熟練の騎士でもいきなりここを貫くというのは至難の技だろう。だからすぐにコアを狙うのではなく、まずは装甲の薄い箇所を狙うといい」
私はアコの乗るタロスに訓練剣を向ける。
「ソードタイプ相手に一番効果的なのはやはり首だろうな。騎士は頭部に騎乗にしているから、ここを切り離してしまえば相手の行動は著しく制限される。もっとも魔力による遠隔操作は可能だから油断はできないがな。その次が四肢の関節部分だ。どの部位を狙うにしても側面からの攻撃が基本だ。コアに限らずタロスは正面からの攻撃に強いように設計されているからな」
弧を描くように剣を振り、シルバーソードの急所を突きながら説明する。
こうやって正面から側面を狙って斬ることができるから、ソードタイプには剣が採用されているのだ。突くだけの槍ではなかなかタロスの装甲が貫けない。
「あの、すいません……質問いいでしょうか」
恐る恐るといった感じっで挙手したのはオウジャだ。
気の弱い彼にしては珍しい。私は発言を許可する。
「マーガレット隊長の入国時の武勇伝はすでにシーリア中に広まっているわけですが」
え? ああ、そうなのか。それは少し気恥ずかしいな。
「それが、山賊が駆るタロスのコアを一撃のもとに粉砕したという内容でして……先ほどのお話と少々食い違っているのですが、やはり噂は噂ということでしょうか?」
「いや待て、妾と闘りあった時も隊長はコアを直接狙ってきたぞ。模擬戦とはいえまんざら噂とは言いきれん。これは問い詰める必要があるぞ」
……オウジャもナーサシスも嫌なところを突いてくるな。
さて、どう説明するか。いや、どうもこうも事実を話すしかないのだが。
「その噂は真実だ。私はセオリーを無視してコアを直接狙うことがある。なぜなら私には他の騎士にはない必殺技があるからだ」
「ひっさつわざ!」
魅惑の単語にナーサシスがとたんに色めきだつ。どうやらおまえは団長だけではなく私の同類でもあるようだな。
「全身、もしくは一部のイコールを一瞬だけすべて魔力に変換する。その時生まれる爆発的なパワーを用いてタロスの装甲を真正面からぶち抜くのだ。イコールの含有魔力をまるで雑巾のように絞って放つところから『フルスロットル』と名付けた。どうだ、かっこいいだろう?」
「妾の防御を弾いた技か。技名はともかくたとえがダサいのう」
言うな、他に思いつかなかったのだから仕方ないだろう。
「そのフルスロットルを使えばわざわざ側面から攻撃しなくてもよいではないか。やり方を教えて欲しいぞ」
「いや……これはおまえの兜割りと同じく曲芸技だからな。隙もでかいしタロスへの負荷もきつい。一度、団長から欠点を指摘されたことがあるし、あまり得意げに他人に教える技術じゃない」
「ならばどうして隊長はその技を愛用しとるのかのう」
「単純に私の得意技というのもあるのだが基本的には決闘用だ。一撃で相手をしとめられれば隙は関係ないしタロスへの負荷も最小限に抑えることができる」
「おお、よいではないかよいではないか。ますます教えてもらいたくなったぞ」
「決闘用か。いいなそれ、あたいにも教えてくれよ」
「すいません、僕も教えてもらいたいです」
「あ、わたしも!」
おまえら……だからあまり話したくなかったんだ。
こんな負荷の高い技、隊内の皆で真似されようものならタロスがいくつあっても足りないぞ。週末提出の報告書に始末書を追加させる気か。
「オペレーティングシステムに頼らぬイコールの魔力変換については追々教えるが……まずは基礎をしっかり学んでからだ。特にナーサシス、おかしな癖がついても困るから見よう見まねで練習しようと思うなよ。これは隊長命令だ」
いちおう釘は刺しておいたが絶対やるだろうなこいつは。要請した訓練機が到着するまでナーサシスは絶対にタロスには乗せんぞ。
「せっかく実機もあることだし、ついでにゴールドランクの説明もしておこう」
私はシルバーソードから降りてリリーにキーを返す。
ゴールドソードのキーだけは隊長権限で私が預かっている。胸元のポケットから金色のキーを取り出すと遠隔操作で起動させる。
「こいつはシルバーランクの次世代として開発中のタロスだ。あまりにコストがかかりすぎるため現在は王族専用機になっている」
フェイスガードを閉じて、今ではもう古いオペレーティングシステムを起動させる。国に新システムの開発を申請している為、いずれは変更せねばならない日が来るだろうが……あのひとからいただいた大事なタロス、もう少しこのままにしておきたい。
「まずは装甲のアンチマの強化。重ねがけができないという魔法の性質上、アンチマはどうしても関節や頭部、コアの周辺にはかかりにくくなってしまうのだが、それらを魔法の出力を上げるという力業で誤魔化した。アンチマ起動の際に金色に発光するからゴールドランクだ。わかりやすくていいだろう?」
「そこまでする必要があるのかよ」
「特注だからな。王族に万が一のことがあってはならないという配慮もある。それに将来的にはこの装甲でなければ耐えきれない魔法が開発されるかもしれない」
ただし現状ではアヤメの言うとおりだ。技術的に仕方ないこととはいえ単純に出力を増大させただけで根本的な問題が解決していないというのも芸がないな。
「タロス自体の出力も大幅にアップ。シルバーソードと比較して約1.5倍ほどだと聞いている。腕部にはアンチフィジクス発生可能な小型盾を装備。更に小規模とはいえ攻撃魔法まで使えるらしい。王族専用機にふさわしいハイエンドモデルといえよう」
とはいえ、現時点ではコストパフォーマンスの極めて悪い試験機の域を出ない。数も少ないし弱点もシルバーソードとほぼ同じ。今の段階ではとりわけ警戒する必要はないだろう。
ただこれからの技術革新により、ゴールドランクが戦場の新たな花形になる可能性は充分ありえる。開発局も王族の道楽のために作ったわけではないのだ。グラントではワンドタイプを中心としたブロンズランクが活躍した時代を『銅の時代』。ソードタイプを中心としたシルバーランクが猛威を振るう現在を『銀の時代』と称しているが、このゴールドランクが量産化された暁には『金の時代』の到来と呼ばれるようになるかもしれないな。
「マリィ隊長が羨ましいな。こんな贅沢なタロスに自由に乗れるなんてな」
「そうか? あれこれ乗せすぎて妾はかえって乗りにくそうに感じるぞ」
アヤメの言い分もナーサシスの言い分もよくわかる。
王族専用機に乗れること自体は光栄なのだが、これだけの多機能をひとつのタロスに押し込む必要があるのかとも思う。操縦も必然的に難しくなるから性能を十全に発揮できない者も多いだろう。とはいえ団長から乗りこなせと言われた以上、完璧に扱えるようにするのが私の使命だがな。
私はゴールドソードの左手を前にかざし、攻撃魔法を発動させる。
掌に実装した魔法発生装置から炎の塊が発射され、アンチマされた格納庫の内壁に衝突してかき消えた。
「搭載魔法は <ファイアボール> だ。威力は驚くほどではないが至近距離から急所にもらうと少々まずい。もっともその前に斬り捨ててしまえばいいだけの話だが、いちおう気をつけておけ」
「それはいいけどさ、そんな精鋭機、戦場で遭遇することなんてそうそうないだろ」
「ないな。だからこそ出会えれば美味しい。中に王族が乗っていることがほぼ確実なのだからな。真っ先に狙って生け捕りにしてやれ。どうしてもそれが無理なら殺してしまってもいい。いずれにせよ指揮系統は確実に混乱する」
「相変わらず言うことがいちいち過激だな。表向きは剣術指南のためにグラントからやってきた和平の使者だろうに」
「……表向きだけな」
このアヤメに限らず、隊員全員がすでに私の事情の大方を把握している。
アストリア戦争での非人道的行為を理由に騎士身分を剥奪され、冷や飯を食わされているところをアラン市長に拾われた哀れな女騎士――彼女たちの認識はこんなところだろう。
おおよそは当たっている。誰かに身の上を聞かれたら私もそう答えるだろう。
私が、自ら望んでこの状況を作ったという一点を除けばの話だが。
アラン市長にシーリアを世界一の商業大国にしようという野望があるように、ジュピター帝に世界制覇の野望があるように、この私にも祖国やかつての仲間を敵に回しても成し遂げねばならない野望がある。
誰かに知られようものなら、どす黒い野心だと非難されるかもしれない。醜いエゴだと罵られるかもしれない。あるいは正気を疑われ狂人扱いされるかもしれない。いや、事実私は狂っているのだろう。
それでも私は野望を諦めない。狂おしいほどに求め続けた我が悲願は、いつの日かきっとこの地で果たされる。私は卑しくもそう信じて疑っていないのだ。




