↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪役令嬢の破滅回避に奔走していたら、忠実な護衛騎士が逃げ道を全部塞いで溺愛してきます  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/20

第2話 雪の日に拾った、ただ一人の味方

 熱が引いて三日後。


 私は久しぶりに、屋敷の裏庭へ出た。


 朝の空気はひんやりとしていて、深く吸い込むと、頭の奥までさっぱりと澄んでいく気がする。


 庭の隅では、アルヴィンが木剣を握り、一人で素振りをしていた。


「はっ……!」


 小さな掛け声とともに、まっすぐに振り下ろされる剣。


 十四歳とは思えないほど、動きに無駄がない。


 私は木陰のベンチに腰を下ろし、その姿をぼんやりと眺めた。


(アルヴィンって、ゲームには出てこなかったのよね)


 攻略対象の騎士は、別にいた。


 セレスティアの護衛騎士なんて立場の人物は、ゲームの中には、名前すら登場しない。


 つまり彼は、物語の筋書きの外にいる人。


(だから、筋書きを変えるための、鍵になってくれるかもしれない)


 そんな打算的なことを考えてしまった自分に、少しだけ罪悪感を覚える。


 けれど、その考えは、すぐに別の感情に塗り替えられた。


 素振りを終えて額の汗を拭ったアルヴィンが、私に気づいて、ぱっと表情を明るくしたからだ。


「お嬢様! お散歩ですか? お一人では危ないですよ」


 木剣を放り出さんばかりの勢いで駆け寄ってくる。


 まるで、飼い主を見つけた大型犬みたいだ。


「少し外の空気を吸いたくて。熱もすっかり下がったわ」


「でしたら、僕もお供します。お嬢様が倒れていた間、生きた心地がしませんでしたから」


「大げさね」


「大げさではありません」


 アルヴィンは、真面目な顔で首を振った。


「お嬢様に拾っていただいた命です。お嬢様がいなければ、僕は四年前の冬に、雪の中で終わっていましたから」


 その言葉に、私は思わず目を瞬かせる。


 そうだ。


 あの冬の日のことは、私もよく覚えている。




 八歳の冬のことだった。


 朝から降り続いた雪が、公爵邸の門前を真っ白に埋めていた。


 侍女の目を盗んで、庭に雪だるまを作りに出た私は、門の脇に不自然な盛り上がりがあることに気づいたのだ。

「……なに、これ?」

 近づいて雪を払うと、そこには、ぼろぼろの服をまとった少年が倒れていた。

 唇は紫色で、頬は雪のように白い。

「ねえ! ねえ、起きて!」

 小さな肩を必死に揺すっても、返事はない。

 息は、かろうじてある。けれど、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

「死んじゃだめ! お願い、死なないで!」

 私は声の限りに叫んだ。

「誰か! 誰か来て! お願い!」

 駆けつけた衛兵たちに運ばれていく少年の手を、私は最後まで握りしめていた。

 冷たくて、小さな、骨ばった手だった。

 翌朝、目を覚ました彼は、ベッドの傍らで寝入ってしまっていた私を見て、掠れた声でこう言った。

「……あなたが、助けてくれたんですか」

「ええ。もう大丈夫よ。ここは安全だから」

 灰色の瞳が、ゆっくりと私を映した。

「……ありがとう、ございます」

 それが、私とアルヴィンの、最初の会話だった。




 私は微笑んで、彼の顔を見上げた。


「あれは、たまたま私が見つけただけよ」


「たまたまでも、僕にとっては全部です」


 真っ直ぐな灰色の瞳が、私を映す。


「ですから、お嬢様をお守りするのは、僕の役目です。他の誰にも、譲れません」


 子どもらしい、大真面目な忠誠心。


 微笑ましくて、少し胸が温かくなった。


(そうよね。この子が味方でいてくれるなら、きっと心強いわ)


 私は笑って、彼の頭に手を伸ばした。


「ありがとう。頼りにしているわ、アルヴィン」


 アルヴィンは、一瞬だけ目を見開いてから、耳の先まで赤くした。


「は、はい! お任せください!」




 その日の夕食の席で、父が静かにナイフを置いた。


「セレスティア。大事な話がある」


 嫌な予感がした。


 父の隣では、母が、どこか誇らしげに微笑んでいる。


「王家から、正式な打診があった。王太子レオンハルト殿下と、お前の婚約が内定した」


 かちゃん、と、手の中のフォークが皿に当たった。


(……来た)


 わかっていたことだ。


 ゲームの中でも、セレスティアは幼い頃に王太子の婚約者に決まっている。


 けれど、いざ目の前で言葉にされると、背筋が冷たくなった。


「お前も、もう十二歳だ。殿下とは年も同じ。公爵家にとっても、これ以上ない良縁だよ」


「……はい、お父様」


 笑顔を作って、頷く。


(これが、断罪への第一歩……)


 ここで拒めば、公爵家に傷がつく。


 せめて今は、おとなしく受け入れるしかない。


 大丈夫。まだ時間はある。


 私は食事の味もわからないまま、残りのスープを、機械的に口へ運んだ。




 その夜。


 私は自室の机の前で、膝を抱えていた。


 引き出しには、日本語で書いた破滅回避ノート。


 しっかりと鍵をかけ、その鍵を、寝巻きの胸元に隠している。


(婚約が決まったのは、予定どおり。ここから、六年……)


 窓の外では、冷たい夜風が、庭の木々を揺らしていた。


 かたり、と、扉のほうで小さな物音がした。


「お嬢様。夜分に失礼します。灯りがまだ点いていたので」


 アルヴィンだった。


 見回りの途中なのか、腰には、木剣ではなく本物の短剣を下げている。


「眠れませんか」


「ええ……少し、考えごとをしていて」


 彼は部屋の入り口で立ち止まったまま、それ以上は近づいてこない。


 けれど、その視線が、一瞬だけ、私の机の引き出しをかすめた気がした。


(……気のせいよね)


 私は、思い切って口を開いた。


「アルヴィン。一つだけ、お願いしてもいい?」


「もちろんです」


「もし、この先……私が、皆に嫌われるようなことになっても」


 言葉が、喉に引っかかる。


 それでも、続けた。


「あなたは、私の味方でいてくれる?」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ、静かになった。


 アルヴィンはしばらく黙って、それから、ゆっくりと膝をついた。


「お嬢様」


 低く、落ち着いた声。


「僕は、どんな時も、お傍におります」


 その言葉に、嘘は少しも感じられなかった。


 だから私は、心から安心して、微笑んでしまったのだ。


「……ありがとう」


 その時、彼がどんな顔をしていたのか。


 うつむいていた私は、見ていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。