第一話 小リス
目の前に1台の車がとまった。
車のドアが勢いよく音を立てて開いた瞬間、リオナの体は恐怖で完全にすくんでしまっていた。
リオナ・フォンデュ 21歳。
成人しているとは思えない小柄な体躯。
体格のわりに目を引いてしまう豊かな胸と、守ってあげたくなるような愛らしい顔立ち。
そのせいか、昔から悪意ある人間に目をつけられやすく、妙に事件やトラブルにも巻き込まれてきた。
痴漢に遭うことは度々あったが、白昼堂々無理やり車に押し込まれそうになるなんて、夢にも思っていなかった。
「おい、おとなしく乗れよ!」
「いや!やめて、だれかっ!」
強引に腕を掴まれ、必死に抵抗するものの力で勝てるはずもない。
小柄な身体は軽々持ち上げられ、恐怖で視界が涙で滲んだその時——。
「ぐああっ!」
「おい。昼間っから胸糞悪いマネしてんじゃねえよ。」
低く鋭い声が響いたかと思うと、リオナの身体を掴んでいた男が絶叫と共に地面へ崩れ落ちた。
「きゃっ!」
抱えられていた身体が男とともに地面に落下し、リオナは小さく悲鳴をあげた。
何が起きたのか理解できず目を白黒させる残りの男たちを、タバコを咥えた背の高い男が冷たい目で見下ろしている。
圧倒的な強者のオーラと、鋭い威圧感を放つその男、名はアルベルト・ラインヒューズ。
「やべぇ、なんでこいつがここに!ずらかるぞ!」
男たちが車に乗り込み逃げようとする。
「は、逃がすかよ!」
アルベルトの脚が力を帯び青白く光る。
ガシャンッ!!と、すさまじい轟音と砂煙に目をつむるリオナ。
しばらくして目を開けると車は大破し、男たちは地面に伸びていた。
アルベルトは紫煙を吐き出しながら、リオナへと視線を向けた。
——助かったの?
恐怖の限界と、助かったという強い安心感。
極度の緊張から解放されたリオナの体から一気に力が抜ける。
倒れ込む体を、アルベルトの長い腕が咄嗟に受け止めた。
「っ…王、子…さま……。」
「な?!おい!ちっ、気ぃ失ってんじゃねーよ。」
視界が暗転する直前、リオナの耳には彼の呆れたような、けれどどこか慌てたような声が届いていた。
アルベルトは、タバコを指に挟み直すと小さく舌打ちした。
たまたま休暇を取り、幼馴染の所へ向かっていた途中で出くわしたトラブル。
立場的に放置するわけにもいかず助けたが、まさか倒れ込まれた上に「王子様」呼ばわりされるとは思いもしなかった。
腕の中の彼女は驚くほど小さく、何故か目が離せない。
片手で携帯端末を取り出すと、迷いなく部下へ連絡した。
「俺だ。——あぁ、今路上で人攫いの未遂事件があった。
犯人は三人。あん?犯人は無事か?全治一ヶ月くらいじゃねぇ?——小言はいい、さっさと確保にこい、あとは任せる。
報告書は明日、俺のところへ持ってこい。——あ?被害女性は気絶しておねんねだ。介抱したら送り届けるさ。以上だ」
用件だけを簡潔に告げて通話を切り、端末をポケットに放り込む。
そして、腕の中で完全に意識を失っているリオナをしっかりと両腕で抱え上げた。
「……たく、骨が折れる休暇だぜ。」
そのまま近くの静かな公園へと足を進め、木陰にあるベンチにそっとリオナを寝かせた。
ポケットから再び端末を取り出し、会いに行く予定の幼馴染へ短いメッセージを送る。
『少し遅れる。拾いものした』
『長引かないといいがね』という返信を確認し、アルベルトはベンチの端に腰掛け、彼女が目を覚ますのを待つことにした。
◇◇◇
ろうそくの火がゆらめく暗い室内、異国の豪華な内装の部屋の中、ソファーに腰掛ける男の両脇には商売女らしき美女が数人、異国の服に身を包んだ男にしなだれかかっている。
男の耳飾り型の端末が鳴る。
「は?失敗ってどういうこと?」
『あのマヌケ共、白昼堂々やりおって邪魔が入ったんよ。
その邪魔者が厄介でのぅ、流石に高みの見物しかできひんかったわー♪』
端末の向こうから陽気な声がきこえてくる。
「誰なんだい?その邪魔者って。」
口元の笑みを携えたまま問う。側の女の腰を引き寄せながら。
『フォルツゼッタの紅の番犬。アルベルト・ラインヒューズや』
その名を聞いた瞬間、今まで穏やかに細められていた男の目が見開き殺気をなじませる。
女達が殺気に怯える。
「あぁ、ごめんね。今日はもう帰ってくれるかな。」
目を閉じ穏やかな笑みにもどり手を鳴らす。
黒服にサングラスの男数人が商売女達に金を渡し部屋の外へつれていく。
すると再び目が開かれ先ほどまでとは違う、冷たく恐ろしい雰囲気にかわる。
「で、あいつが介入ってどういうこと?」
『私服やったしたまたま出くわしたんやろなぁ。よりにもよって相手が悪すぎや。
金で雇ったごろつきやから足はつかんと思うが、当面このエリアはきついやろなぁ。』
「…俺が向かうよ。あいつが出てきたからには、俺達にたどり着くのは時間の問題だろうしね。……それにあいつの相手は俺しかできないしね。」
『了解、ボス♪』
端末を切りテーブルの酒をあおる。
「二年ぶりかなぁ、楽しいパーティにしてあげないとね。」
楽しげに口元をゆがませる男、だがその目は1ミリも笑っておらず余計に恐ろしく感じた。
蝋燭の火も消え、暗闇の中男の独り言だけが聞こえる。
◇◇◇
「…ん………っ」
どれくらい経っただろうか。
リオナの眉間にシワが寄り、ゆっくりとまぶたが開いた。
目の前に広がる公園の風景。
そして、すぐ隣に座りタバコを吹かしている焔のような綺麗な赤髪の美しい男の姿——。
「お、やっとお目覚めか小リスちゃん。」
「ふえ?こりす?」
目が覚めたばかりで頭が働かないが、徐々にリオナの脳裏に、「王子様」と口走って倒れた記憶が鮮明に蘇っていった。
長身のイケメンに、思わずおとぎ話の王子様を重ねてしまって、無意識に口走った言葉。
恥ずかしさと恐怖、パニックが一気に押し寄せる。
「ひっ!ご、ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」
「は?おい、待てっ!!」
気弱で臆病なリオナは、お礼を言う余裕すらなく、勢いよくベンチから跳ね起きると脱兎のごとく走り去ってしまった。
「……足早すぎだろ。見た目だけでなく、中身も小動物みてぇなやつだな。」
去っていく小さな背中を驚いた顔で見送っていたアルベルトだったが、ふとベンチの足元に何かが落ちていることに気づいた。
手を伸ばして拾い上げると、それはリオナが逃げ出す際にポケットから落とした小さなカードケース……彼女の身分証明書だった。
そこに記された名前と顔写真、そして住所を目に留めた瞬間。
アルベルトは煙草を指で挟み、フッと息を吐き出した。
鋭い瞳を細め、その整った口元がニヤリと愉しげに歪む。
「……リオナ・フォンデュ、ねぇ。」
カードをポケットにしまい込むと、アルベルトは満足げに歩き出した。
当初の目的地である幼馴染の所に向かって。
◇◇◇
翌日。
リオナは軍の事務局で、山のような書類を前に必死に手を動かしていた。
昨日の恐ろしい出来事と、思い出すだけで顔から火が出そうな醜態のせいで、寮に帰宅してからも生きた心地がなく何度気絶してしまいたかったか。
(初対面の人に王子さまとか!いい年してどんだけ痛いのよ!!)
リオナは、必死に目の前の画面に集中しようとしていた。
リオナはこの国、フォルツゼッタ国の王国軍のしがない事務員だ。
小心者のリオナが事務とはいえ、何故軍に入ったのか。
田舎町から上京してすぐに、借りてたアパートが火災で住めなくなった上に私物すべて失い途方に暮れていた時、近くの掲示板に貼ってあった求人にとびついた。
「3食賄いつきで寮完備!しかも高時給で事務職!」
と、見事に好待遇な内容につられ職場を確認もせぬまま、面接でようやく王国軍だと気づいたのである。
そこまで気づかないのもある意味才能である。
突如、入口のあたりから黄色い悲鳴と女たちの騒がしい声が上がった。
「キャーッ! なんであの方がここに♡」
「私対応する!」
「ちょっと! 抜けがけは許さないわよ!」
また何か珍しいことでも起きたのだろうかと思いつつも、上司や先輩に怒られたくないリオナは気にせず仕事を続ける。
しかし、その騒ぎの渦中にいる人物は、他の女性たちの熱視線を一切無視して、真っ直ぐにリオナのデスクへと足を進めた。
ガタッ
「ひゃっ!?」
不意にデスクの椅子を強引に回転させられ、リオナの体は強制的にその人物と向かい合わされる。
「よぉ、みつけたぜぇ小リスちゃん。」
煙草の香りと共に降ってきたのは、低く甘い魅力的な声。
見上げれば、そこにいたのは——。
「へ? ラインヒューズ大佐?!」
アルベルト・ラインヒューズ 25歳
その名も顔も、この軍でいや、この国で知らない者はいないのではないだろうか。
遠距離から近接まで様々な武器を使いこなし、頭の回転も早く常に冷静沈着。
自身や武器に強力なオーラを纏わせ身体能力や威力を強化する特殊能力持ち。
——特殊能力——
この世界にはたまに特殊能力に目覚める者達がいる。発源のメカニズムは未だに解明されていない。
そんなアルベルトは180センチの長身に、軍服ごしでもわかる鍛え上げられた肉体、切れ長で涼しげな目元のイケメンである。
軍の独身女性のみならず、既婚者女性まで虜にしてしまう「結婚したい男ナンバーワン」は浮いた話が一つもないのには理由があった。
この色男、唯一の難点が、幼馴染以外を人として認識していないのでは無いかという位、まわりに無関心で素っ気ないのである。
なぜそんな凄い人物が自分の目の前にいて、しかも名前まで知っているのか。
リオナの頭は一瞬でパニックに陥る。
「昨日は碌な挨拶もなく、よく逃げてくれたなぁ。」
「き、昨日? ……あの……まさか」
昨日は恐ろしい男たちに襲われたところを、すんごいイケメンに助けられた。
安心した途端に気絶して、目を覚ましたら目の前に美しすぎる顔のドアップがあって……あまりの恐怖と混乱で顔をちゃんと認識できてなかったが、言われてみればあの人物はラインヒューズ大佐にそっくりだった気がする。
「もしかして、昨日の」
「あぁ、お前の王子様だよ。」
ニヤリと珍しく意地悪顔をするアルベルト。
「ぎゃーーーー!」
気を失う前のとっさの言葉をしっかり聞かれていたうえ容赦なく突かれ、リオナは恥ずかしさのあまりに意識が飛びそうになった。
気弱なリオナの特技は悲しいことに気絶。
決して特殊能力なんかではなく、メンタルが紙切れ以下なのだ。
ふらっとアルベルトの方へ倒れかかってしまう。
「おっと、仕事中に意識とばすなよ。」
アルベルトは手慣れた動作で倒れてきたリオナの体を支えた。
「は! も、申し訳ありませ……っえ!?」
急いで体を起こそうとするリオナだったが、彼のがっしりとした腕で完全にホールドされ、ビクリとも動かない。
他からみたらまるで、逞しい身体に抱きしめられているかのような体勢。
男性免疫がまったくと言っていいほどないリオナは、肌から伝わる熱と密着感に顔を真っ赤にしてあわあわと慌てふためく。
(こんな軍の人気者にこんなことされたら、周りの目が……!)
恐る恐るチラッと周囲を見渡すと、案の定、事務局のお姉さま方が嫉妬と怒りに満ちた恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。
「ひぃっ! はう~っ」
リオナのキャパシティはあっけなく限界を迎え、またしてもアルベルトの腕の中でガクッと意識を失ってしまった。
「ちっ、まぁこっちのほうが都合がいいか。」
アルベルトは小さく舌打ちをしつつも、その口元には不敵な笑みを浮かべていた。
ぐったりしたリオナの小さな体を、軽々と肩に担ぐ。
「おい、そこのお前。あとでこいつの荷物を全部まとめて俺の隊の執務室にもってこい。」
「あ、あの!大佐殿、彼女をどこへ……?」
リオナの上司らしき男が、慌ててアルベルトを引き止める。
「こいつは今、軍が追ってる誘拐組織の被害者だ。未遂で終わったが、またいつ狙われるかわかんねぇからな。しばらく俺の隊で預かる。」
アルベルトはそう言うと冷淡な視線を向け、一枚の紙を押し付けた。
上司と、その場にいた女性たちがワナワナと震える手でその紙の内容を確認する。
そこには軍の正式な認証印とともに、リオナの【アルベルト率いる大隊への部署移動】がしっかりと明記されていた。
「そんな……!?」
「嘘でしょ!?」
事務局が阿鼻叫喚の渦に包まれるのを背に、アルベルトは颯爽と自分の執務室へと足を向ける。
◇◇◇
執務室のドアを蹴り開け、さらに奥の部屋にある自分専用の仮眠ベッドへとリオナをそっと寝かせた。
真っ白なシーツに埋もれる小さな姿を見下ろし、アルベルトは満足げに目を細める。
その瞳の奥に、ドロドロとした執着にもにた独占欲が渦巻いていることを、まだ本人は自覚していない。
襲われてる女を助けることは別に珍しいことではない。
だが何かがいつもと違った。
この女を見た瞬間、心臓がざわついたのを覚えている。
「今度は逃がさねぇぜ、小リスちゃんよ。」
楽しげに呟くと、彼は隣の執務室に戻り、何事もなかったかのように書類作業を再開した。
執務室の外の廊下では、一部始終を目撃していた部下たちが騒然となっていた。
「おい、大佐が自ら女を迎えにいったぞ!?」
「有無を言わさず部署移動押し切ったらしい……もう職権濫用だろあれ」
「てか、あの人ちゃんと人間に興味あったんだね~。」
部下たちの雑談が扉越しに聞こえてくると、アルベルトは書類から目を離すことなく、煙草の紫煙をゆったりと吐き出した。
「……(怒)。無駄口たたくほど暇なら、外周100周してこい。」
冷徹で容赦のない一声が響き渡り、外の部下たちは「ひぃっ!」「イエス・サー!」と叫びながら一斉に悲鳴を上げて走り去っていくのだった。
◆◆◆◆◆◆あとがき◆◆◆◆◆◆
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