4話 白羽の生贄
紅葉と楓に包まれた山が、真っ赤に夕陽に染まる中、
寂しそうに佇む一軒の小屋が見える。
「お父っ!」
「おかえり! 遅かった……」
「!」
「カエデ! お前、血だらけじゃねーか!?」
「お山から落ちたの……」
「バカ! だから、夕陽が見える方にいっちゃダメだって言ったろうが!」
「ごめん……」
そのやりとりを、興味なさげに眺める黒き鬼と、
退屈そうに目を細める白き鬼の女。
「ついて来いっていうから来たけど、もう帰っていいかしら?」
「カエデ……こちらは?」
「わたしを助けてくれた、おじちゃんとお姉ちゃん」
父親は異様な雰囲気を放つ2人に臆しながらも、頭を下げた。
――――――
「あなた方は命の恩人だ。
今日は猪を捕まえましてね。
礼にもならんが食っていってください!」
「……」
「今から山を降りたら夜道だ。
隣の鍛冶場で良ければ今夜は泊まっていくといい」
カエデという4つになる娘を家まで送ると、その礼に食事と宿を用意すると言われた。
2体は別に不便があるわけでもなく、その申し入れを受け入れることにした。
カエデは白き鬼の女が大のお気に入りの様子で、ずっと膝の上に座っている。
「なぜ……ここにいるのですか?」
「ここにいたいから!」
「……」
満面の笑顔で返される。
白き鬼の女は黒き鬼を見る――しかし、黒き鬼はすぐに目を逸らした。
「お姉ちゃんのおでこのツノみたいなの、何?」
「!」
「ほう……見えますか?」
2体は人に化けている状態だ。
並の人間には見破ることはできないが、
子供の目だけはどうも勝手が違うようで、隠し事が通じない時がある。
「こらカエデ。わけわかんねぇ事言ってねーで、鍋よそって差し上げろ」
「はーい」
父親には見えていないようだ。
「しかし、カエデの着物の血からしてとんでもない怪我だったのでしょう……
おふたりは呪術師様か祈祷師様か何かで?」
「……まぁ、そんなところです」
「さぞかし名のある方々なのでしょう。
よろしければ名を聞かせてもらえませぬか?」
「……名など、持ち合わせておりません」
すると父親は何かを察したようで――
「申し訳ない!
おふたりのお姿は見たところ姫君と従者、
――これは配慮が足りませんでしたな」
「……配慮?」
「みなまで言わずともわかっております!
追っ手が退くまで身を隠せばよいです!」
「……?」
何か大きな勘違いをしているようだが、
2体に害がなさそうなので放っておくことにした。
それにしても、その夜の猪鍋は大変おいしかったらしい――
――――――
翌朝。
カエデは前鬼・後鬼と遊ぶのだと聞かず、
2体はもう1日滞在することになった。
別に急ぎの用があるわけでもなく、成り行きで旅を続ける2体。
鬼だと騒がれるまで、どこで何をしていようと問題はなかった。
この日は、普段は行ってはいけないと言われている
山の奥深くへと向かった。
白きお姉ちゃんと、黒きおじちゃんがいれば
大丈夫だろうと、カエデは足を進めた。
その先には大きな沼が見えた。
行くことを禁じられていたその場所には、
見たことのない景色が広がっていた。
「大きな沼だー」
――ゴン!
後ろの方で鈍い音が聞こえた。
カエデは音のした方を見ると、素手で猪を倒した前鬼が見えた。
そして――疾風のように木々を蹴り上げ、空を舞う野鳥を素手で狩った。
カエデは驚いて大きな声で叫ぶ!
「すごい! おじちゃん!」
大きな声に後鬼は耳を抑える。
子供の声は――妖にとって厄介なものだった。
声に呪力を宿し、妖を退かせる効果や――
危険を周りに知らせる効果を持っている。
声は無力な生き物が持つ、唯一の対抗手段なのだ。
その日は獲物をたくさん抱えて、
早めに帰ることにした。
カエデは父に、今日の獲物をいち早く見せたかったようだ。
――――――
家に帰ると、小屋の前で3人の男と父親が立って話をしていた。
3人の男は、山の麓にある村の男たちだ。
父親はすごい剣幕で3人を怒っている。
それを少し離れたところから、心配そうにカエデは眺めていた。
3人の村人が帰っていったのを見計らって、
家へ戻ることにした。
「お父……なんで村の人たち来てたの?」
「カエデ、なんだ見とったのか……
心配せんでええ。何にもないからよ」
父親は、無理やり笑顔を繕っていた。
――その目は、笑っていなかった。
その夜も夕食に猪鍋が振る舞われた。
昨日とは別に――
野鳥を丸焼きにして塩をまぶして食べた。
カエデは連日のご馳走に大喜びだった。
夕食後、
カエデはそのまま白き女の膝を枕に寝てしまった。
すると、父親は自分たちの過去を話し出した。
村では有名な刀鍛冶だったこと――
あらぬ疑いをかけられ村八分にあったこと――
この小屋は刀鍛冶の師匠だった者の家だったということ――
そして――
「山神様の怒りを抑えるために、
カエデさんを生贄に差し出せと言われている――こと?」
「!」
父親は絶句した。
「聞こえて……おったのですか?」
「耳は良い方でして」
父親は眠る我が子を気遣いながら、小声で話し始めた。
「ここらの山は……昔から人を喰う山って言われてます。
山の物を獲る代わりに、生贄を求められるんです……。
定期的に、山神様から人の子を生贄にだすように催促があって――」
「……」
「催促する時には、村長の家に白羽の矢がたつんです……。
その白羽の矢が――今日、刺さっていたらしいのです」
「あらあら……」
「先ほどはその生贄に……カエデを差し出せと言ってきました」
後鬼は一拍置いて返した。
「差し出すのですか?」
「バカ言わんでください!」
「?」
その声に驚き、カエデが目覚めた。
「お父……?」
「すまね、驚かせたな」
父親はカエデを引き寄せて抱きしめた。
そして呟いた。
「カエデは俺の命……すべてだ……。
絶対に手放すもんか」
――震える声だった。
夜が更け、日がまた登る。
その日は山の散策を父親に禁じられた。
カエデは不貞腐れながらも、
小屋で大人しく過ごしていた。
昼を過ぎた頃――
厠に行くと言って出ていったきり――
カエデが帰ってくることはなかった。




