18話 迷宮の中の冒険者
「エースの呪縛が解けていい気なもんだな……
お前ごときが――なぁ、おい!」
その突然の一言にサラの全身は硬直した。
頭が真っ白になり、振り返ることができなかった。
呼吸が荒くなる。
――落ち着け。
飛びそうになる意識を必死に引き戻す。
その時、ミラの声が届いた。
「サラさん?」
呼吸を忘れていたことに気付いた。
「はっ……!」
振り返ったときには――
そこにいたはずの男は、跡形もなく消えていた。
「あいつ……わたしのことを知っていた?」
「?」
「それにエースのことまで……」
「……どういうことですか?」
「……嫌な予感しかしないよ」
その日を境に――
レガシィの姿を見たものがいなくなった。
――――――
ギルド協会本部。
サラは本部に戻るなり、アイナの前で今日の報告を行った。
その場にはロッキ、フラン、サラがいる。
フィートは学校の仕事があるため、戻っては来ていなかった。
「エースの名を……語った?」
「えぇ……」
「何かの聞き間違いでは?」
「いや……確かだと思う。
衝撃すぎて、前後の記憶が全部飛ぶくらいだった」
エースとは、
以前ギルド協会を破壊し、
新勢力に取って代わろうとした集団のリーダーの1人だ。
そしてサラのボスに当たる者。
生まれ変わりの体験者であり、呪力はもちろん――
上位モンスター2種の力を秘めていた男だ。
レガシィはその男の名を語り――サラのことも知っていた。
ただ事ではない。
「サラさんからこの話を聞いて、
すぐに尾行をしたんですけど……見失っちゃって」
するとサラが小角の前に立って、
ハンカチに包んだあるものを見せた。
「髪の毛……?」
「戦闘中に拝借した――あんたなら使い道あるだろう?」
「……やっぱり。警戒心と抜け目の無さは健在だね」
「褒めてるんだよね?」
「もちろん」
たかが髪の毛1本、されど1本――
呪術師からすれば、身体の組織体が手元にあればなんだってできる。
遠隔の呪いをかけることができれば、
本体の居場所の特定だって朝飯前だ。
「相手も生まれ変わりの体験者なら、
慎重に動かないと……逆に感知される場合もありますから」
そう呟いて、小角とフランは別室へ移動した。
毛髪から居場所を追うためだ。
本部長室に残った、アイナとミラとサラ。
アイナは話を戻す。
「サラさんを知る人物の、心当たりを潰していきましょう」
「そんなの、みんな死んでるよ……
あの戦い、黒幕がカルタだったんだよ。残党なんているわけがない」
沈黙が落ちる――
そこに鎧を没収されて、ほぼ下着姿のベルゼが現れた。
「本部長……もう賭け事はしない……誓う。
だから、現場復帰の許可をくれぇ」
サラの密告により無駄遣いがバレたベルゼ――
妹(本部長)権限で、あらゆる案件に対し出動禁止にされていた。
「いえ、許可しません。ベルゼさん」
「謹慎してる方が賭け事への欲求が爆発してしまうんだよ!
頼む!」
張り詰めた場で、茶を濁す男ベルゼ。
我が兄の体たらくに、アイナは深いため息を吐く。
アイナが目配せで、
今日起こった出来事をベルゼに聞かせるようにサラへ促した。
――――――
「なっ……なんだって……エースとお前を知る学生がいた?」
「あぁ、今はなぜわたしを知っている男がいたのかを
議論しているところだ」
「そりゃお前……Sランク冒険者の中にまだ、
裏切り者が潜んでたんだろ! 決まってんじゃねーか!」
「……あり得るのか? そんなこと」
ベルゼは続ける。
「俺の敬愛するジーラブールが黒魔術使いだった。
国民を裏切り続けながら、英雄のフリをしていたんだ」
「そしてペアルトも……」
アイナが割って入った。
「カルタが黒幕って誰も知らなかった……
と、なると裏切りのSランクがまだいてもおかしくないってこと?」
「しかねーだろ、それしか!
他になんかあるか?」
ベルゼの断言に一同沈黙。
「脳筋のくせに、鋭いことを言うね」
「おいおい、
遠回しに喧嘩売ってんじゃねーだろうな……サラ」
「ストレートに喧嘩売られてるわ、お兄ちゃん」
アイナは急いで秘書を呼ぶ――
Sランク冒険者の所在確認のためだ。
秘書が入室するなり、アイナは指示を出した。
「調べて欲しいことがあります。
あのテロ事件以来、Sランク冒険者は9名になりました。
そのメンバーの中で連絡が取れない者、もしくは音信不通の者を調べて欲しいのです」
すると秘書は、険しい表情のまま返事をした。
「Sランクのメンバーとは連絡が取れております――
ジーラブールの件以降、月1度の報告義務を設けているので問題はないと思います」
「そうですか……」
「ところで本部長は、
Aランクの天弓のレスターをご存知ですか?」
「……もちろんです。Aランクでもトップクラスの実力者ですから」
「先日、村から回収されたいくつかのご遺体の中に、
獣に食い散らかされたものがあったのですが……」
「存じてます――損傷が激しく特定困難だと聞いています」
「その身元不明の遺体が……天弓のレスターのものだったと、
先ほどの報告でありました……」
「!」
アイナが驚きのあまり立ち上がった。
ベルゼも目を見開く。
「レスターの……遺体……だった?」
1つ謎が解ければ、次の謎が生まれる――
アイナは深くて冷たい水深へ――
沈んでいくような感覚に包まれていった。




