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色付くもの

 リンの村の朝は早い。多くの村人が、日の出と共に起きるからだ。

 櫓番の交代は、朝食を食べた次の櫓番がやって来たら。

「イウジェナ?どうしたんだその服、と、そのひと」

 交代にやって来た青年は、櫓から降りたわたしを見て目を瞬いた。

「服は、ユキオオカミの、血、だよ」

 昨日剥いだ毛皮を示すと、青年は顔をしかめた。

 よく行商でいっしょになる彼もまた、相棒のユキオオカミがいる。

「ああ、聞いたよ。まさかユキオオカミの仔を、殺すなんてな。ちゃんと弔い、出来たのか?」

「うん」

「そうか。ありがとな。アズーロも気にしてたからさ。な?」

「同胞の弔い、感謝する」

 青年の横に控えていたユキオオカミがわたしに顔を寄せ、服に付いた血を舐める。

 弔いだ。肉はもう、残っていないから。

「ほかのユキオオカミも、きっと気にしてるから、早く行ってやってくれ」

「わかった」

「それで、そのひとは?見た目からして、騎士ではない、よな?」

 わたしと共に櫓から降りた旅人とラディを、青年が物珍しそうに見る。この、雪深い村への来訪者なんて、めったにいないのだ。

「旅人さんだよ。怪我を、したから、櫓で休んで、貰ってた」

「ええ?怪我人ならオババに、と、駄目か今、大勢押し掛けてんだった」

 日暮れ近くだったし、たぶんめちゃくちゃ機嫌悪いぞオババ、と青年が首をすくめる。

「少し、捻っただけだから、問題ない」

 旅人が答える。

「いやでも、もしかしてイウジェナ、夜番に付き合わせたのか?あーでも、昨日じゃ泊まるとこもなかったもんなぁ。済みません、旅人さん。そろそろ床も空くだろうから、良ければ休んで下さい」

「ああ、そうさせて貰う。ありがとう」

「ごゆっくり。じゃ、交代な、イウジェナ。なんか引き継ぐことあるか?」

「ない」

「りょーかい。お前もゆっくり休めよー」

 ひらひらと手を振って、青年が櫓へ上がって行く。

「じゃあ、村に」

「ああ。行こう」

 頷いた旅人は、今はラディに乗っていない。普通に歩いているようだが。

「あの、足、は」

「大丈夫。イウジェナが分けてくれた薬がよく効いた」

 確かに湿布薬は付けたが、そんな簡単に治るものではない。

「呪い師のところに」

「骨を、折ったわけでも、ない。固定しておけば、治る。気にするな」

 ぽんと頭をなでられ、イウジェナは目を泳がせる。

 母はよく頭をなでてくれたが、母を亡くしてからは頭をなでられることもなくなった。

 だから頭をなでられると、幼い子供に戻ったような心地がする。

「でも、ちゃんと、治療、した方が」

 それでも食い下がれば、今度は旅人が目を泳がせる。

「なら、今日一日、痛みがひかない、ようなら、呪い師に、診て貰う」

 それでいいだろう?とうかがわれ、納得が行かないながらも、頷く。

「でも、痛くなるなら、すぐ」

「わかった。無理はしない」

 苦笑して、また頭をなでられ、これはやはり子供扱いなのでは、と、渋面になる。

「済まない、触られるのは、嫌、だったか?」

 わたしの渋面に気付いた旅人が、ぱっと手を離す。

「触られるのは、べつに」

 ひとに触られるのは好きではない。だが、この旅人に触られるの、は、不思議と、気にならない。

「でも、子供みたいに、扱われる、のは」

「そんなつもりは。その、」

 また、目が泳ぐ。

「旅を、していると、ラディくらいしか、おれの怪我、なんて、気にしない、から。面映ゆく、て、つい。済まない」

 言われて、目を見開く。

 わたしも、怪我をここまで、気にするのは、シウィくらいだ。

 たった、一度。十年前に会った、きりの、旅人。そんな相手の怪我を、なぜ、こうも気にする、のか。

「だ、いじょうぶ、です」

 なんだか、顔が熱くて、うつむく。

 折よく、村のユキオオカミ達が、寄って来ていて、助かった。

 仔狼の行方を気にして、わたしを探しに出て来たのだろう。血と土にまみれたわたしを見付けて、かわるがわる、わたしの服の血を舐めて行く。

 弔いだ。

 立ち止まり、されるがままに、舐められる。

 事情は昨夜、ロトカに伝えた。だから、わたしが仔狼を弔ったことはもう、伝わっているはずだ。

 どんな情報伝達をして、いるのか、ユキオオカミ達のあいだに情報が伝わるのは、早い。

 結局その場で、村中のユキオオカミに、舐められた。

 湿った舌に濡らされた服が、早朝の冴えた空気に冷やされて、寒さに震える。

 くるりと、毛織布に包まれた。昨夜、ロトカが持って来てくれた布だ。櫓から降りるときに、毛皮とまとめて、シウィに持たせていた。

「もう、ユキオオカミはひととおり、来た、だろう」

 わたしに毛織布を掛けた犯人が、わたしの顔を覗き込む。

「早く家に戻って、風邪をひく前に、着替えなさい」

 そんな言い方は、やはり、幼き日の両親を思わせて。

「……はい」

 ああ、わたしをなでた旅人も、こんな気持ちだったのだろうか。

 ぐい、と、毛織布で口許を隠し、面映ゆい気持ちをやり過ごした。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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