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幕間(記憶)

「ここの下着はかなり際どいな! いい品ぞろえをしている! これならクロも悩殺間違いなしだ!」


「ルビー、頼むからそんな大声で言うな……。ただでさえ場違いな気持ちで一杯一杯だってのに……」


 ランジェリーショップのとあるコーナー。そこに俺とルビーは居た。


 下着を持っては大はしゃぎのルビーに羞恥心しか無い俺は、その居心地の悪さに身を縮こまらせる。もう周囲を窺う余裕さえない程だ。本当に恥ずかしい。


 さて、何故俺がこんな事になってしまっているのか。それはひとえにラファエロとの戦いで得た記憶が関係していた。あの時に得た記憶について、ルビーと二人っきりで話したかったのだ。


 そのついでに、ルビーから二人で出掛ける提案をされ、今に至る。詰まるところ、デートになるのだろうか。少なくとも、ルビーはその気だ。本人も断言している。


 当然、そんな事は認められない、とクリスやリリーには言われたが、俺が押し切った。ルビーとは二人で話したいのだ。家では聞き耳を立てられかねないのだから仕方ない。


 そう思って受諾したのだが、今更後悔したくなってきた。まさか、デートの場所がランジェリーショップ巡りとは。まったくもって頭が痛い。少しは自重してほしいものだ。


 これでは何のために来たのか分からなくなる。ICFからの金が正式に受給され金銭面は改善されたが、とかくこの状況だけは何ともし難い。


 そうして、ランジェリーショップ巡りが一段落する頃には、もう昼飯時。多分、この機会を逃せば次は無い。またランジェリーショップなり何なりを巡らされる事になる。


 出来るだけ、他人に会話を聞かれないような所で昼飯とするしかない。だが、そう簡単にそんな店が見つかるわけもなく、結局のところそれほど人の居ない喫茶店に相成った。


 隅の方の空いている席に向かい合わせで座る。周囲に他の客は居らず、あまり大声を出さなければここで問題は無いだろう。


 店員に飲み物と軽食を注文し、少し肩の力を抜く。初めは軽い談笑を。続いて、店員が注文の品を運び終えた頃、ルビーに切り出す。


「ルビー、ごめんな」


 最初に口にしたのは、そんな言葉だった。いきなりの謝罪にルビーは口を付けていた紅茶で咽せてしまう。目を白黒させて困惑してしまっている。


 だが、一番初めに言っておきたかった。これだけは、記憶のことを話す時に言わなければならなかった。


「勝手に、何も言わずに消えたろ?」


「……ああ、そうだな。私が目を覚ましたあと、どれだけお前のことを捜したか」


 その時の事を思い出したのだろう。ルビーの顔は強張り、身体にも力が入った。どれだけ不安にさせたか、分からないほど馬鹿ではない。その光景を思い浮かべることも、難しくはない。


 別れを告げる時間もなかった、と言えば嘘になる。だが、どうにもならなかったのは事実だ。そもそも、欠片に残されていた力自体僅かで、核が存在しないために回復も望めなかったのだから仕方ない。


 そして、その事実故に何も言わずに消えた。いや、消えたと言うのは語弊がある。実際には、眠りについた、沈み込んだ、と言った方が正確だ。残された力を欠片の保護に回し、ルビーの深層意識奥深くに。核と再び一つに戻るその時まで。


 消えた理由、断片的な記憶の数々、それらについてルビーに語っていった。ルビーにとってもそれは思い出話で、時折欠けた部分を捕捉していってくれた。懐かしさを覚える。そんな時間だった。


 だが、それを抑えてルビーに問わねばならない。話に花を咲かせてはいたが、タイミングを見計らってそれを止める。


「ルビー」


「どうした? クロ」


「これだけは聞きたい。今までの話聞いて分かるだろうけど、俺とルビーの知る俺は正確に言えば違う。元は同じ存在だったとしても、分かたれたあとの歩んできた人生は別物だ。それでも、ルビーお前は……」


 こんな事を直接本人に聞くのはどうかと思う。だが、聞かずにはいられない。


 ルビーは俺が何を問いたいのか理解している。していて、即答した。


「私はクロの嫁だ。そして、クロはクロだ。核だの欠片だの関係なく、私は愛すのみ。何より、今は一つに戻ったのだろう?」


 その問い掛けに頷く。なら問題ない、とルビーは笑った。私はクロの嫁だ、と。


 そうか、と返すだけで精一杯だった。こうまで言われて何も思わないわけがない。まともに顔を見ることさえ気恥ずかしくなる。


 だが、それでは何か負けた気がする。それに、肝心な事がある。これを言えばまだ何とか意趣返し出来るだろう。


「別に、欠片の方の記憶でも、ルビーが嫁だったことなんて一度も無いけどな」


 動揺が悟られぬよう、鼻で笑って言ってやった。だと言うのに、ルビーはへこたれることもなく、事も無げに返してくる。


「ならば、今回こそ本当に嫁になればいいだけだ。以前は自称で終わったが、今回は逃がすつもりはない。覚悟しておくことだ、クロ。私は夢の果てまで追い掛けるぞ?」


「っ!」


 参った。完全に何も言えなくなってしまった。視線の先の女性ルビーの笑みに、完全に魅入ってしまいそうだ。惹きつけられる。サキュバスなど関係ない。ルビーだけが持つ魅力に、惹きつけられる。


 思わずだった。あの時キスをした唇に目がいく。ルビーを受け入れ、頷いてしまいそうになる。だが、それは思わぬところからの横槍でひとまず回避する事が出来た。


「兄貴、随分良い雰囲気じゃねぇか。えぇ、おい」


「クロ、そんな低俗な魔族に騙されてはいけません! さあ、こちらに来て下さい!」


 後ろの誰も居なかった筈の席から、クリスとリリーの声が届く。衝立の上を見やれば、二人が乗り出して睨んでいるのがよく分かった。驚きで立ち上がってそちらを改めて見たが、アリアとシスまで居る。もっとも、二人はデザートに夢中で軽く視線があった程度だったが。


 それはそうと、どうやら全員で聞き耳をされていたようだ。と言うことは、だ。


「尾行、されてたのか」


 気付いてたのか、とルビーに視線で伺えば、溜め息混じりに頷かれた。知っていて放置していたのか。いや、それよりも知っていてあんな言葉を吐いたと言うのか。


「もう少しでクロを頷かせられたと言うのに。惜しいことをした」


 再び視線で問い質した答えが、これだった。まったくもって、油断ならない。未だ何か言ってきているクリスとリリーに適当な相槌を打ちながら、席に座り直す。


 次第に二人の標的がルビーに変わり、言葉の応酬が始まった。間に挟まれながら、その光景を溜め息混じりに眺める。


 結局のところ、いつも通りだ。喫茶店側からしたらやかましいことこの上ないだろうが。


 だが、俺はそれに安堵している。おかしな話だ。最初は渋々だったはずなのだが。いや、違う。最初から受け入れていたのかもしれない。欠片がそう仕向けたのか、はたまた……。


 考えるのは止そう。どうせ、ろくなことにはならない。そんな事を考えるのなら、この状況の収拾に思考を切り替えるべきだろう。本当は素知らぬ顔でこの応酬が収まるのを待ちたいが、そうもいかない。


 喫茶店の店員やまばらな客の迷惑そうな視線がなかなかに堪えるのだ。冷めた紅茶を口に含み、飲み込む。もう一度、溜め息を吐いてから話に割り込むとしよう。



 遅れましたが、どうにか更新です。次回は幕間(追憶)になります。多分、これが第一部最後の幕間になる予定です。


 その後は第二部に取っ掛かります。公開予定は三月頭辺りから中旬頃を目指します。まだ二部には手を着けてもいないので、ストック貯められるかは微妙ですが……。


 それと、このまま連載として第二部を続けて書くか、第二部は第二部として新しく小説を投稿するかは幕間(追憶)の後書きにて伝えますのでお待ち下さい。


 ……実はまだ決めかねてるとか言えない。


 二月二十三日付け。



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