四十六話 入学編その三(事が上手く進むとは限りません)
あれから、シュールな場面もありつつ俺達は学園の前に到着していた。道中、連絡しておくべき所には連絡した。だが、ヤマ達にはいくら掛けても繋がらなかった。全員に、だ。いくら何でも、これは変だ。もしかしたら、と最悪の事態も想定しなければならないだろうか。
「これ、どう受け取る?」
ヤマ達が音信不通の状態であることはここにいる全員が把握している。その上で、俺はAPを雑に振って尋ねた。
「……最悪の事態を想定して、捕らわれた、と見るべきでしょう」
答えたのはリリーだった。神妙な面持ちで、首を振った。俺もこれに同意見だ。この状況下で、連絡が取れないのはそうとしか考えられない。
この場に居る全員が一様に表情を暗くする。その中で、クリスが俺に指示を仰いでくる。
「んじゃ、下手したら人数でも負けるってのかよ。兄貴、どうすんだ?」
「どっちにしろ、ICFもとい瑞希さんにも救援は断られたんだ。ヤマ達が捕まったなら、俺達でやるしかないだろ」
答えはそれしかなかった。これ以上の被害を防ぐためにも、時間は掛けられない。居場所が分かっている今、やるしかないだろう。
もっとも、瑞希さんに救援を断られたのは表向きだ。連絡した時の様子では、秘密裏に誰かを寄越してくれるのではないか、と思っている。あくまでも、瑞希さんの言い回しを俺が解釈しただけなので、確かではないのだが。
と言うか、だ。全くの蛇足だが、組織は秘密裏が好き過ぎる。とても面倒でしかないと思うのは、俺だけだろうか。
と、無駄なことに思考を回していると、アリアが口を開いた。
「てことは、やるんだね。クロ」
「悪いな、アリア。お前の負担が大分増えると思う」
それに頷き、片腕となった様を見詰める。本来ならば、無理をさせるわけにはいかないのだが、こうなってしまっては負担も覚悟してもらう必要がある。
だが、アリアは笑ってみせた。いつもの笑みではなく、戦いに飢えた者が浮かべるような、狂気を抱く笑みを。
「いいよ、気にしないで。私も血が騒ぐんだよね、強者との戦いに。頑張るよ!」
「お、おう、死なない程度にな?」
俺は普段とは違うアリアの様子に、どもりながらも返す。アリアの頑張るが狩るに聞こえた。
これはあまり刺激しない方がいい、と隣を見れば、アリアに触発されたのかシスもまた珍しく高ぶっていた。と言っても、アリアのような狂気の入り混じった笑みなどはなく、あくまでもシスにしてはレベルだったが。
どちらにしても、やる気があるのだけは分かる。この二人だけではない。クリスやリリーも顔を引き締めて頷いている。
「作戦は変更なしだ。道中話したと思うけど、リリーはハルを結界で足止め。余裕があれば俺達の方の支援も頼む。アリアとシスとクリスはラファエロを頼む。負担は大きいと思うけど、押さえ込んでくれ。俺はルビーを正気に戻す」
予め決めていた役割分担だったため、すんなりと承諾は得られた。だが、その中で、クリスは納得しつつも首を傾げて問い掛けてきた。
「兄貴、ルビーを正気に戻すっつったって、何か考えがあんのか?」
「ある。確信は無いけど、考えはある」
それに答えたものの、俺は具体的な内容は話さない。言えば、この場に居る全員から顰蹙を買うのは必至だからだ。そうなると予見出来ていて、話すほど馬鹿ではない。
結局、クリスの問い掛けは煙に撒くことにして、誤魔化した。余計に訝しまれることになったが、素知らぬ顔を貫き通した。やる前に怒られるなら、やってから怒られる方がいい。
さて、話が脱線してしまった気もするが、俺達はようやく学園に踏み込んだ。ラファエロが真面目に授業を受けていると言うのなら、目指す場所は大体見当が付く。
そう思って学園内を歩いていると、前方にラファエロの姿が。まるで誘っているかのような現れの仕方だ。ご丁寧に手を振って、手招きまでしてくる始末。これは明らかに誘っている。
俺達は慎重にラファエロの方へと足を進める。ルビーとハルの姿は見受けられない。どこか別の場所に捕らえられているのか、近くに潜んでいるのか。これではヤマ達が捕まっているのかも分からない。
「やあ、もう動けるんだね。立つだけでも激痛が走るはずなんだけど。そこの子も片腕を失ってまだそんなに元気とは思わなかったな」
「おかげさまで、痛みに耐性が付いたよ。心地良いぐらいだ。お前も試してみるか?」
「遠慮しておくよ。僕にはそんな趣味は無いから」
「そうだったな。お前の趣味は人の真似事とお人形遊びだったか。流石はラファエロ様。良い趣味をお持ちで」
俺は皮肉った言い方で、ラファエロとの会話を進めていった。警戒はしているが、ラファエロが何かしてくる様子はない。
何より、俺の皮肉がラファエロの琴線に触れたらしい。自慢の微笑が固まった。
「……どこまで思い出してくれたのかな」
「さて、どこまでだったかな」
実は、あの時に見た夢以外にも、ラファエロに関して前世の記憶が蘇ってきていた。断片的な物を繋ぎ合わせた、継ぎ接ぎだらけの記憶ではあるが。
とは言え、それを素直に話すなどしない。精々、どこまで知っているのか考えさせておこう。
だが、ラファエロは先程の硬直が嘘のような笑みを浮かべ、言った。
「教えないと言われると困るけど、僕の思惑通りに事が進んでいるようで嬉しいよ」
「強がりも程々にしとけ。それより、ルビー達はどこに居る」
強がったのは果たしてどちらか。俺はラファエロのその笑みと言葉に、嘘を見つける事は出来なかった。
だからこそ、話をすり替えるようにしてルビーの居場所を聞き出そうとした。返ってきたのは、余裕を見せる何度も見た微笑。次いで、口に出された言葉だった。
「ここには居ないよ。だけど、ついて来てくれるのなら案内はしてあげよう」
どうかな、と手を差し伸べてくるラファエロ。罠、だろうか。いや、確実に罠だろう。
だが、それでも俺はそれに乗るしかない。今、ラファエロと戦ったところで勝ち目は薄く、ルビーの居場所も分からないのだから。
俺はクリス達に視線を送った後、ラファエロに頷いた。
「良かった。では、ついて来てもらおうかな。動かないで、じっとしていて」
それだけ言って、ラファエロは徐に動き出す。何もない空間に手を伸ばし、扉のノブを回すような動作をする。最後に引く動作を加えると、何もなかったはずの空間に四角い道が現れた。
そこには確かに道があり、よくよく見れば大理石が敷き詰められているようだ。何もない空間から繋がった道。その先に、ルビー達が居ると言うことだろう。
ラファエロは先に中に入って、どうぞ、と仕草で入るよう促してくる。俺は意を決してその道に足を踏み入れた。続いて、クリス、リリーと踏み込んでくる。
その場に居た全員が中に入ると、入り口となっていたその部分はまるで本当の扉のように閉まり、形を消した。あとに残ったのは、どこまでも続く回廊。ラファエロが先頭に立っていなければ、どちらが進むべき道か分からなくなりそうだった。
「ここは僕のプライベートルームへ行くための隠し通路なんだ。一本道のように見えても、僕を見失わないようにした方がいい」
見失ったが最後、自力ではどこにも繋がらないからね、とラファエロは告げた。
まさか、これが狙いか、と思いはしたが、ラファエロに何かする様子はない。本当に、あくまでも忠告してきただけのようだった。一応、警戒だけはしておくが、この分だと今はまだこちらに危害を加えるつもりはなさそうだ。
「それで、ルビー達のところに案内してくれるんだろ」
「もちろんだとも。さあ、こっちだよ」
俺達の警戒などまるで気にせず、ラファエロは手招きをして歩き出した。俺達もまた、それに合わせて進む。ただし、ラファエロからは少し距離を置いて。
道中、俺は腰巻きを外してリリーに渡す。ここまで来たのなら、隠す必要もない。それよりは、すぐに動けるようにしていた方が無難だ。
ラファエロがこちらをちらりと見てきたが、何も言わずにまた前を向くあたり、気付いていたようだ。何も言わないのなら、俺も無視して進む。
程なくして、その歩みが止まった。だが、そこには何もない。先には未だ道が見え、横は淡く光を放つ壁ばかり。また何もない空間から扉を出すのだろうか。
「ここだよ。さあ、どうぞ」
そう思ったのだが、予想に反してラファエロは壁に手を触れた。淡く光を放っていた壁は、手が触れた瞬間に更に光度が増していき、目元を手で隠さなければならない程だ。そうしているうちに光は眩く弾け、視界が戻る。
光の残留するそこに残ったのは、一つの魔法陣。青白く、他の壁とは違った光を仄かに放っていた。
「ここに入れって言いたいのか」
「そうだよ。ここが唯一の入り口であり、出口になる。どうするのかな? 入る? それとも、引き返す?」
入るか、入らないか、と聞かれれば入るしかない。だが、確実に罠だ。躊躇をしてしまうのは仕方ないだろう。
後ろに視線を送る。そこにはクリス達が警戒した様子でラファエロを見据えている。俺の視線に気付いたクリス達は、徐に頷いて了解していると告げてきた。俺の意志に従う、と。
それを見て、改めて覚悟を決めた。罠だろうが何だろうが、やることは変わらないのだ。ラファエロに、入る、と告げる。
「そう、君ならそうする。さあ、どうぞ」
「今度は先に入らないんだな」
「心配はいらないよ。背後から襲うような真似はしないから」
そう言って場所を空けたラファエロを一瞥し、俺は魔法陣に手を触れる。次いで、何の抵抗も無く、魔法陣を手がすり抜ける。何度か触れては戻しを繰り返し、その様子を確かめる。
どうやら、これが扉としての役割を果たしているようだ。どこかにいきなり飛ばされるわけではない。通り抜ける、まさに扉。
俺はそのまま魔法陣の中に足を踏み入れる。案外、大した距離は無く、何歩か歩いただけで明るい場所に出た。
そこで待ち受けていた光景。それは予想出来ていた光景だった。
「ルビー……」
人形のようにその場に立ち尽くしたルビーの姿が、そこにはあった。




