表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/57

三十二話 入学編その二(変質者が編入してきました)

 あれから数日が経った。驚くことに、この数日間はいつもの日常で、ラファエロが現れることもなかった。警戒していたのが馬鹿らしく思えてくるほどだ。


 ただ、ルビーは相変わらずだった。ぼんやりとすること自体は減ったが、目に見えて警戒したり探るような仕草が度々見受けられた。だが、その全てが杞憂で、変に過敏になっているだけのようだった。疲れは見られないが、あれではいつか倒れる。傍らで見ていて、そう思わされた。


 しかし、今日、そんな日々に明らかな変化が起きた。始まりは、学園のホームルームで雨月先生の発言だった。


「えー、みんな聞いて。突然だけど、今日編入生がこのクラスに加わるからね。仲良くするのよ。じゃあ、入ってきて」


 そこに現れたのは、件の人物。ラファエロだった。


 一目見て、そう確信できるままの姿で、ラファエロは平然と入ってきた。ルビーを見やれば、今にも襲いかかりそうな形相で睨んでいるのが分かる。机の下では、手を握り締め必死に堪えているようであった。


 一方、クラスが俄かにどよめく。その殆どがラファエロの容姿に対する賛美だ。中には、恐れの声が漏れる者も居たが、それはラファエロの力と相反する者達だろう。数も少なく、次第に大多数の賛美に埋もれていった。


「はじめまして。ご紹介に預かりました、ラファエロ・イル・ディーヴォです。皆様、よろしくお願いしますね」


 ラファエロは雨月先生の隣まで来ると、短く自己紹介をして微笑んだ。背後に華が咲き乱れている錯覚を覚える。完璧な動作と微笑みだ。


 その美しさに黄色い悲鳴を上げる者。ただただ見惚れて吐息を零す者。反応の違いこそあるものの、大方の好印象は与えたようだった。


 正直、盛大に舌打ちをしたくなる。完全にしてやられた。クラスの大半を味方に付けられてしまったのだ。その中には、雨月先生も混じっているが、これはまずい。このままでは、着実に学園の関係者を味方に付けられてしまいそうだ。


 これは下手な真似が出来なくなった。そもそも俺は詳しい事情を知らない。それも相俟って、余計にそう思わされる。


「それとマガミ君、ちょっと来て」


 ラファエロへの声が収まり始めた頃、雨月先生に今度は俺が教壇に呼ばれた。一体何だ、と躊躇している俺に、再度雨月先生は手招きしてくる。


 仕方なく、俺はそちらに行くことにした。ラファエロがこの段階で何かしてくるとは思えないが、油断せずに雨月先生と向き合う。


「マガミ君、カリキュラムの提出しなかったわよね? 提出期間、先週までだって言ったはずよ?」


 ……忘れてた。ラファエロのことで頭一杯だったからカリキュラムなんて組んでなかった。


 などと、言えるわけがない。ちらり、とラファエロを見やるが、こちらに視線を向けてくることもない。見つめる一点は、ルビーだろう。視線を辿るわけにもいかないので、推測だが。


「あー、その、忘れてました。今からじゃ、間に合いませんよね」


「そうね、今日から始まるカリキュラムもあるから無理よ。それにもう私がカリキュラム組んで提出したから、尚更ね」


 そう言って、俺にプリントを手渡す雨月先生。内容を確認すれば、それが俺用のカリキュラム一覧表だと分かる。流して見てみたが、意外な事実に驚く。


「あの、雨月先生。これって」


「あなたの中等部でのカリキュラムと、何に興味があるか傾向を軽く調べて組んでおいたわ。多少、意志にそぐわない教科もあるかもしれないけど、そこは提出しなかったマガミ君の責任よ。自分で折り合いつけなさい」


 希望に沿ったカリキュラムを組んでくれた。それも殆ど俺が組もうとしていたカリキュラムの形で。雨月先生とはあの一件から気まずい関係になっていると思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。呆気に取られて雨月先生を見つめる。


「まぁ、その、あの一件は私に全面的な落ち度あったわけで。マガミ君との関係も修復したかったし、それも兼ねた物よ。何より、マガミ君だけだったしね。カリキュラム提出しなかったのは。その分、時間も割けたと言うか……その、ごめんなさい」


「い、いえ、あ、ありがとうございます。それと、こちらこそ、手間掛けたみたいですみません。もう気にしてないので、気に病まないで下さい」


 しどろもどろに言い分を並び立てる雨月先生に、俺は何だか申し訳なさを覚えてしまった。いや、確かに酷い言い掛かりはされたが、こうも後ろめたいと態度や言動で表されてしまうと、どうにも。


 すでに俺はそれについては気にしていないのだ。多少の気まずさは残れども、それだけだと思っていた。こちらとしては、他に気にしなければならない件もあるのだから。そう考えていたので、逆に申し訳なさを覚えてしまったのだ。


 そんな事もあり、雨月先生が関係を修復したいと言うのなら、俺は素直に受け入れるのみだ。俺は笑みを浮かべて一礼し、席に戻ろうとした。


「あっ、ちょっと待って。まだ話があるのよ」


 引き止められた俺は、再度雨月先生に向き直る。あまりラファエロの近くに居たくはないので、早めに立ち去りたかったのだが。


 さて、カリキュラム提出以外の話とは何か。俺には身に覚えがないが、まさかまだ何か忘れてしまっていたのだろうか。それなら仕方ない。素直に謝ってどうにかしよう。


 だが、雨月先生の話はそんな事ではなかった。


「マガミ君のカリキュラム組む時にちょうど、彼の編入が決まってね? 良いタイミングだし、同じカリキュラムにしたの。悪いけど、彼の面倒を見てあげてくれない?」


 俺は正直、言葉を失って何も反応する事が出来なかった。彼とはつまり、ラファエロの事だ。雨月先生も手を向けている。間違いはないだろう。


 しかし、その面倒を見ろと言うのはどんな嫌がらせだ。善意からなのだろうが、そう思わざるを得ない。少なくとも俺にしてみれば、余計な真似をとしか思えない。


「マガミ君?」


 と、あまりに反応しなかったためか、雨月先生が怪訝そうに呼び掛けてきた。流石に何か答えなければまずい。


「……あっ、と、俺もまだ高等部の校舎には詳しくないですし、役に立てるかどうか」


「大丈夫よ。マガミ君は面倒見が良いもの。頼めない?」


 やんわりと断りを入れたつもりだったのだが、雨月先生は粘る。事情を話してはいないのだから仕方ないが、これは率直に断るべきだったか。焦って断り方を間違えた。


「すみませんが」


「僕からもお願いしたいな。それとも……ルビーに頼もうかな?」


「っ! お前……」


 改めて断ろうとしたその瞬間、ラファエロが俺に近寄って言った。雨月先生には聞こえないよう、最後の台詞だけは呟きのような小さなものだったが。


 自然と顔が強張る。確かに俺は事情を知らない。だが、直感で分かる。ラファエロをルビーに近付けさせるのは危険だ、と。


「そんな怖い顔しないで、笑わなきゃ。ほら」


「くっ……。分かりました。俺が面倒見ます、雨月先生」


 ルビーに近寄らせたくないのなら従え、と言外に言ってきている。現時点で、俺はそれを飲むしかなかった。ラファエロがあの時と同じように、微かに笑ったのが分かった。


 その上、何を考えているのか握手まで求められてしまう。端から見れば、これからよろしく、と言った意味合いで取るのだろうが、果たして本当の意味は何なのか。


 ラファエロの手を見つめるが、あまりこの状態でいるのも不自然だ。俺は渋々、握手に応える事にした。


 その直後だった。ドクン、と自分の中の何かが心臓を強く脈打たせた。そして、拒絶反応を示すかのようにバチッと手から衝撃が伝わってきた。即座に手を離したので、それ以上の事にはならなかったが、一体何だと言うのだ。


「静電気かな? 時期じゃないけど」


 そう言って口元だけで笑うラファエロに、俺は形だけの同意をする。その内で、言い知れぬ思いを抱きながら。


 その後、今度こそ俺は席に戻る。すると、ルビーが視線を向けてきた。不安や心配などが入り混じっているのが分かる。だが、俺は大丈夫と視線を返すだけに留めた。それよりも、自分の身に起きた事が気掛かりで仕方なかったのだ。


 あれは一体何だったのか。手を開いたり閉じたりを繰り返す。そのうちに、右胸の辺りも触れてみたが、やはり変わりない。


 前世の何かが反応した。不意にその考えが浮かぶ。ルビーとラファエロの事情。それにもしも俺が関わっていたのだとしたら。実際、俺はルビーとの前世の繋がりを感じている。それは初めて会ったあの時からの感覚だ。ならば、ラファエロともまた何かがあるのではないか。


 思考の深みに嵌っていく。いつの間にか俯き、いつの間にか目を閉じ、ただただ思考に時を費やしていく。


 しかし、答えは見付からない。決定的なモノが俺には欠落している。それは記憶であり、前世であり、何かだ。


 俺は、何を失った。何を忘れた。何を……。


「クロ! いけません。先生、クロを保健室に!」


「クロ! しっかりしろ、クロ!」


 リリーとルビーの声が傍らで聞こえた。両隣に座っているのだから、当然か。しかも、叫ぶ声がうるさい。教室では静かにするものだ。目を開ければ、視界がぼやける。朦朧とする意識の中、視界の先には山が二つにリリーの顔らしきものがぼんやりと見えた。


 あれ? 何で俺はリリーに抱き抱えられてるんだ? 保健室? また何か変な事でも……。


 そこまでだった。自力で目蓋を開けていられなくなり、俺は同時に意識も手放す。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ