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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第二章 初仕事
21/80

一章 1

 メイベルの機嫌はすこぶる悪い。正直、隣を歩くことすら嫌だと、ヴァーノンは思う。

「まったく、あの子にも困ったものですわ」

「そんだけ怒ってて、まだ素に戻んないんだね」

「何年これで生きていると思っていて? この程度で素に戻るだなんて、わたくしを甘くみないでくれるかしら」

「それにしても、いきなり本名をバラされるなんてさぁ」

 ヴァーノンが呟いた瞬間、メイベルから冷ややかな殺気がこぼれた。ヴァーノンはピタッと、一瞬で口を閉じる。

「口は災いの元、と言いましてよ」

「うん、言うね。ゴメンね、メイベル」

「次はなくてよ?」

「むしろ、次がないのはシンティア王女の方じゃない? 今頃、ベアトリス相手に、どんな失言かましてるか、ちょっと楽し……気になるよね」

 うっかり災いを呼び寄せかけて、ヴァーノンは慌てて言い方を訂正する。

 彼がふと視線を向けたのは、他国の王族が滞在する際に利用する、離宮のひとつだ。鮮やかな青色の屋根から、青の離宮と名づけられている。そこに今回、シンティアが滞在すると決まった。

 護衛を務めるエリカ騎士団は、宿舎と青の離宮を常に往復することになる。

「……ところで、団長の個室から一番遠い離宮に、シンティア王女が滞在する理由は、わがままステラが原因かしら?」

「あー、うん、そうじゃない? ステラ王女って、オリオン大好きだし。そのオリオンはメッチャクチャ嫌がってるけど。ベアトリスが移動で時間食って、オリオンと話す時間なくなっちゃえ、っておバカな考え丸出しじゃん?」

「……わがまま同士、ぶつけ合ったら相打ちになってくれないかしら」

「無理無理。相打ちの前に、こっちがやられちゃうって」

 ほっそりした指先を額にグッと押し当てて、メイベルはふうっとため息をつく。

 ケタケタ笑っていたヴァーノンだが、スッと表情を改める。

「まあ、オリオンの意志は固いし、ステラ王女にはバッチリ後悔してもらうとして。問題は、口の軽いシンティア王女だよねぇ」

 しかも、相手は他国の王女だ。接触させてもかまわない人間は限られている。

 テレンスとコーデルでは、ほんの少しだけ家の格が足りずに近づけない。もちろん、足りていても近づけさせないが。そしてオリオンは、家柄は十分だが、本人に問題がある。

 シンティア王女に関しては、基本的に、ベアトリスを介す。彼女が不在の時に限って、メイベルかヴァーノンでもかまわない。そう決定し、周知済みだ。

 しかし、警備に当たるエリカ騎士団は、そういった事情に疎い。それこそ、団長のベアトリスを含めて、とにかく疎い。

「シンティア王女に、いいように使われないといいけどね」

「本当に、気が重いこと……」

 そろいもそろって、メイベルとヴァーノンは重いため息を吐いた。


         ‡


「団長さん、わたくしとお茶を一緒しなさい。これは命令よ」

 シンティアにそう言い放たれて、ベアトリスは怖ず怖ずと同席している。

 目に痛い青色の屋根が目印の、青の離宮。そこには、応接間にサロン、貴人の個室と召使い用の部屋。簡単な厨房も設えられていた。

 今ベアトリスがいるのは、サロンだ。優雅に茶を楽しみ、会話を弾ませる。そのためだけに作られた、非常に贅沢な部屋だ。

 フカフカで、微妙に体が沈み込むソファには、まだまだ慣れていない。ふわりと湯気を立てる、可愛らしいカップの中身にも、やはり慣れない。

 いくら、団長らしくあろうと、見た目は必死で取り繕えても。中身は結局、大して変わりのないままだ。

「ところで団長さん、お名前は何とおっしゃるの?」

「ベアトリスです」

 そういえば、ろくに挨拶もしていなかった。ふと、ベアトリスは思い出す。

「エリカ騎士団の団長を、務めさせていただいております」

 後半、本当にわずかだが、舌を噛みそうになる。この、団長らしい口上には、ちっともなじめない。

「そう。わたくしはアレグリア王国第一王女シンティアよ。次の春に、ベルギル様との挙式が行われるの」

「ああ、そうなんですね。おめでとうございます」

 話を噛み砕き、敬語に気を遣う。スラングがうっかり出てしまわないよう、常に緊張していなければならない。

 精神的な疲労ばかりが、どんどんたまっていく。

(ところで、ベルギル様って……えっと、確か、シンティア王女の婚約者は、第三王子だから……第三王子ってことでいいのかな?)

「ちょっと、聞いていますの?」

 考え込んでいる間に、話しかけられていたらしい。

 ハッと我に返って、ベアトリスは謝罪の言葉を口にする。

「人の話はきちんと聞くものよ。いい? もう一度聞くわ。あなた、わたくしより年上なのでしょう? 婚約者くらい、いるのよね?」

「いえ、いません」

「……貴族令嬢でしょう? 親の決めた方がいないはず、ないわ」

 兄に、社交界から遠ざけられて育てられた。そのことを、説明していいかわからない。

 そもそも、父親は生まれる前に亡くなっている。母とは、そういった話をしたことはなかった。

「少なくとも、両親からは聞いていません。それから、今のあたしの保護者というべき立場にいるのは、兄です。その兄も、あたしの結婚相手なんて話、一度もしたことがありません」

「……あなた、本当に貴族なの?」

「血筋だけなら。育ちは、ほとんど庶民ですね」

 そう告げた辺りで、庶子と判断したのか。シンティアの態度が、コロッと変わった。

「じゃあ、お茶菓子を用意してちょうだい。そうね……珍しいものがいいわ」

「珍しいもの、ですか? 少し、お時間をいただけますか?」

「かまわないわ。珍しいお菓子だったら、許してあげる」

「では、しばらく席を外すことをお許しください。他の騎士は、護衛として廊下に置いておきます。何かありましたら、彼女たちにお伝えくださいね」

 珍しい菓子と言えば、兄だ。きっと、兄が持っている菓子なら、王女も納得してくれるはず。

 廊下にいる騎士に、何かあったらメイベルかヴァーノンに伝えるように。そう言づけてから、ベアトリスは駆け出した。


 兄の部屋を訪れるのは、数日ぶりだ。

 小言や説教を受けることはないが、長く引き止められる可能性は憂慮している。

「兄様、今、いいですか?」

「ビーか……どうした?」

 ドアをそっと開けて、スルリと室内に滑り込む。パタン、と後ろ手にドアを閉めた。

「珍しいお菓子、持ってますか?」

「……どう珍しいものがいいかはわからんが、好きなものを選ぶといい」

 そう言って、兄は書棚の下の引き戸を開ける。

 ズラリと並ぶ、色とりどりの菓子。しかも、どれも大量にある。

「……そんなにあって、食べきれるんですか?」

「頃合いを見て、ビーに渡すつもりだったんだが……今、ある程度を持っていくか?」

「一人で来たので、さすがにそんないっぱいは持っていけません」

「人手なら呼び出して……ああ、じきに人手が来るな。少し待っていろ」

 言われたとおり、ベアトリスは部屋のソファに座って、大人しく待ってみる。

 ただ待っているだけだから、妙に時間が長く感じた。

 やがて、トントン、と優しくドアを叩く音が響き。

「失礼します」

 聞こえた声は、よく知った声だ。

 そっとドアを開けて入ってきた人が、パッと目が合った瞬間、硬直した。

「オリオン、ちょうどよかった。ビーが荷運びの手を必要としていてな。手伝ってやってくれ」

「あ、はい……わかりました」

 言いながら、オリオンはさっさと書棚へ近づく。

「どれを持ち出しますか?」

「珍しい菓子が欲しいそうだ。適当に選んでくれ」

「……もしかして、シンティア王女の命令ですか?」

 確認のように、オリオンが呟いたとたん。ベアトリスは目を見開いて固まった。それを見て、モデスティー伯は、誰もが凍りつきそうなほどの冷気を全身からこぼす。

 オリオンも、珍しく冷ややかな表情をしている。

「なるほど、シンティア王女か。ビー、まさかと思うが、俺が兄だと、彼女に伝えていないのか?」

「えっと、伝えてません。言う前に、珍しいお菓子が欲しいって言われて……」

「わかった。俺も行く」

「え……兄様も、ですか?」

 兄が出ていって、穏やかに済んだ試しはない。それがわかっているから、ベアトリスの顔は自然と引きつった。

 だが、モデスティー伯とオリオンは、まったく気に留めていない。二人がかりで、ササッと菓子を選び、それぞれにどっさり抱えている。

「ビー、ドアを開けてくれ」

 ピンと張った兄の声に、ついつい体が動く。言われたとおりにドアを開け、二人が通過するまで、しっかりと支えた。

「行くぞ」

 スタスタ歩き出した兄と、その後ろをついていくオリオンに。危うく、置いていかれそうになる。

(オリオンさんって、シンティア王女と顔を合わせても大丈夫なのかな?)

 あの人見知り具合を思い出し、ベアトリスは密かに心配してしまう。

 しかし、その場では疑問を伝える暇もない。歩調の早い二人に、何とかついていくだけで精一杯だ。

 城を出て、庭を横切り、青の離宮へ向かう。

 ベアトリスは、場所を言っていないのに。モデスティー伯は迷うことなく、サロンへと歩いていく。

(……あたし、場所、言ったかな?)

 首を傾げつつ、懸命に追う。

 目的の場所が近づくにつれ、異変に気づいた。

「え……?」

 部屋の前にいるはずの騎士が、一人もいない。

 三人も置いていたのだ。その全員が、一気にいなくなることなど、通常では考えられない。

「何で、誰もいないの?」

「……それは、シンティア王女だからだろうな」

「そうでしょうね」

 どんな疑問もすべて、「シンティア王女だから」でひとまとめに解決されてしまう。

 そんなひと言で済まされてしまうような、突飛な王女なのだろうか。

 疑問と困惑が頭の中でグルグル踊り、どうしていいのかわからなくなる。

「失礼しますよ、シンティア王女」

 モデスティー伯が声をかけた瞬間。

「いやぁ──っ!」

 中から、すさまじい絶叫が聞こえた。

 耳がキーンと鳴って、痛い。人が出せる限界の、声量かもしれない。そう思うほど、強烈な絶叫だった。

「ビー、開けろ」

「は、はい!」

 あたふたと、ベアトリスがドアノブに手をかける。とたんに、中から激しい抵抗に遭う。

 引っ張っても、押しても、動かない。

 どうするべきかと、ベアトリスは兄を見上げた。その兄は、オリオンに向かって、顎でクイッとドアを示している。

 オリオンが抱えていた荷物を床に下ろす。空いた手で、空中にススッと線を描いていく。

「ま、まさか……」

崩壊(ハガル)!」

 嫌な想像は、見事に的中した。

 サラサラと音を立てて、木製のドアは砂が崩れるように消えていく。下には、薄茶色の砂粒の山がどっさりたまっている。

 そして、ドアがあった少し向こうに、立ち尽くしている数人の侍女たち。

「なっ……どうしてオリオンまで……っ!」

「おいたが過ぎると、教えに来たんですよ、シンティア王女?」

 遮るものがなくなったとたん、オリオンはクルッと廊下の壁を向いた。シンティア相手に話を進めるのは、モデスティー伯だ。

「俺の可愛い妹に、珍しい菓子なんぞを所望した理由を、ぜひお聞かせ願えますか?」

 言葉だけ見れば、それほどでもない。だが、口調と空気は、明らかに威圧的だ。しかも、冷ややかな空気で、部屋がすっかり覆い尽くされている。

「い、妹……?」

「ベアトリスは、俺の末の妹ですよ。おや? ご存じなかったんですか? メイベルとヴァーノンには、きちんと釘を刺しておくよう、言っておいたんですがね」

 シンティアは可哀想なほどガタガタ震え、真っ青になっている。よく見れば、無関係だろう侍女たちも、青ざめてプルプル震えていた。

「えーっと、メイベルさんが、敵に回すと恐ろしい男がついている、と言ってたかも」

「なかなかに不親切だな。だが、まあいい。ビーを見て、それが俺だと察せられなかったシンティア王女にも、大いに落ち度がある」

 見た目には、確かに親子と言えるほどそっくりだ。その上、亜麻色の髪に暗緑色の瞳という組み合わせは、滅多にいない。それでも、両者を知っていれば、何となく血縁を連想する者は多いだろう。

 ただし、年齢に大きな開きがあり、兄妹と言われてもにわかに信じがたい部分はある。

「せっかくビーに珍しい菓子を頼んだんだ。今日は、俺が手ずから食べさせて差し上げよう」

 ニッコリ微笑んだモデスティー伯が、持っていた箱からひとつ、菓子を取り出す。遠慮なく部屋へ入り込み、シンティアへぐんぐん近づいて。

「さあ、口を開けてください、シンティア王女」

 とどめとばかりに。モデスティー伯は、シンティアの口へ菓子をグイッと押しつけた。

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