↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第二章 初仕事
PR
22/80

一章 2

 非常にすっきりした顔で、モデスティー伯は去っていった。もちろん、オリオンと二人がかりで持ってきた大量の菓子は、部屋の片隅に置いてある。

 シンティアはぐったりして、ソファに倒れ伏していた。

「……あの、シンティア王女。大丈夫ですか?」

 だが、彼女に答える気力はないようだ。代わりに、シンティアの侍女たちが、ベアトリスにググッと詰め寄る。

「なぜ、あの鬼畜の妹だと教えてくれなかったのですか?」

 鬼畜。

 その単語が、やけに兄を的確に表していると思えてしまった。だが、そのことと、自ら教えなかったことは別問題だ。

「聞かれなかったからです。それから、エリカ騎士および他騎士団を合わせても、ごく一部しか、あたしの家名は知りません。これは、限られた者以外に知らせるなと、兄に厳命されましたから。そして、シンティア王女には、先に教えろとは言われませんでした。ただし、聞かれても答えるな、とも言われてはいません」

 だから、ベアトリスには、シンティアに問われたら答える、という選択肢しかない。

 確認もせず、単なる庶子と決めつけたのはシンティアだ。

「それから、あたしは、母様とは、厳しい弓の練習以外は、ひたすら遊んで暮らしたことしか覚えていません。兄様に引き取られた後も、最低限のマナーを教えられた程度です。ですから、育ちはほとんど庶民と申し上げました」

 何しろ、団長になると決まってからも、山猿だの小娘だの、好き勝手に言われていたのだ。生粋の貴族として育っている人間から見れば、庶民に毛が生えた程度にしか映らないだろう。

 その辺りは、複雑な生まれ育ちだと理解している。わざわざ吹聴する理由はない。だから、答えてもいい相手には、聞かれれば答えるのだ。

「もし、兄が苦手でしたら、次からは、こういったことは絶対にしないように注意しておきますけど……どうしますか?」

 突っ伏していたシンティアが、バッと顔を上げる。

 泣いていたからか、赤みを帯びた目が腫れぼったい。少々気の強そうな、凛とした顔の彼女が、痛ましく見えるほどだ。

「あの鬼畜に、二度と顔を見せないよう言っておいてちょうだい!」

「は……はい、わかりました」

 あまりに強いシンティアの口調に、ベアトリスはやや尻込みする。

 以前、シンティアがいつ訪れたのか、それをベアトリスは知らない。だから、過去に何があり、どうして兄が苦手意識を持たれているのか。その理由も、さっぱりわからなかった。

(……オリオンさんたちに聞いたら、教えてくれるかな?)

 兄に聞けば、もちろん主観など一切入っていない、純然たる事実を教えてくれるだろう。だが、知りたいのはそれだけではない。せっかくだから、さまざまな角度からじっくりと、ものごとを見てみたいのだ。

 モデスティー伯の脅威が、今後はなくなる。そう判断したらしいシンティアは、ようやくゆっくりと起き上がった。

 顔色はまだ、いいとは言い切れない。それでも、先ほどよりはずいぶんまともだ。

「そうそう、ベアトリスはどの程度強いのかしら? わたくしの護衛を務めるのですもの、教えていただける? せめて、ヴァーノンには勝てるのでしょう?」

 各団長を強さ順に並べると、ヴァーノンは二番手だ。もっとも強いのは、オリオン。それは、エリカ騎士団が発足するまで、揺らぎようのない事実だった。

「オリオンさんにも勝ちましたけど……実践と模擬はやっぱり違いますよね。ヴァーノンさんは、割とすばしっこいので、たまにちょっと怖いです。でも、肝心な時に転ぶので、逆に心配になりますね。メイベルさんは、接近されてもそんなに怖くないです。でも、力が強いので、たまに押し負けそうになります。月に一回くらい、みなさんと戦ってみますけど……今のところ、あたしは負けてません」

 テレンスは、馬に乗らなければまったく怖くない。乗っていても、かなり高確率で馬に夢中になる。そしてコーデルは、脅威にもならない。

 そんな調子なので、今は負け知らずだ。

 指を折りながら言っていたベアトリスは、ふと視線を感じて、グルリと周囲を見回した。引きつった顔のシンティア、怯えている侍女たちが、順々に目に入ってくる。

「あの……あたし、何かおかしなこと、言いましたか?」

「……あなた、オリオンにも勝っているの?」

「え? あ、はい。お互い面倒なので、一回勝負したっきりですけど」

 無駄に時間はかかるし、結局同じ結果になりそうということで、勝負はあの一回きりだ。

 そもそも、オリオン自身が、あまり勝負をしたくはない様子だった。他の団長とも、滅多なことでは戦わない。

「……エリカ騎士団は、化け物の団長をすえているのね」

「化け物、ですか? あたしは、普通のつもりなんですけど……」

 あまりの未熟さに、時々、ひどくいたたまれなくなるのに。

 何より、この程度で化け物と言われては、これ以上の弓の腕があったという母は、いったいどうなるのか。

「普通のはずがないでしょう? オリオンは、これまでずっと無敗の男よ? それに勝つだなんて……あなたが最も強いと、証明しているも同然でしてよ」

「えっ……オリオンさんって、負け知らずだったんですか?」

「……あなた、団長でしょう? もう少し、情報を知るべきでしてよ」

 すっかり呆れ果てた顔で、シンティアは大きく、深いため息をついた。


         ‡


 昼食を挟んだ午後は、シンティアの散歩につき合った。向かった先は、城を囲む敷地の外れだ。街に近い一角に、たくさんの花々が四阿をグルリと取り囲む場所がある。そこが、シンティアのお気に入りの場所らしい。

 仰々しい護衛は嫌だという彼女のため、ベアトリスを含む五人がついていく。

 狭い場所で戦う可能性を考え、剣を使う二人に、補助タイプと攻撃タイプの魔法使いを一人ずつ。これが一番いいだろうと、団長たちに相談して決めた結果だ。

「ここは相変わらず、綺麗な庭を作っているのね」

「そうなんですか? そういえば、ここって、いつ見ても綺麗な花が咲いてますね」

「……本当に、あなたは団長として、情報を集めるべきと思いますわ。常に誰かが助けてくれるわけではないでしょう? あなた一人の時、あなたの判断できちんと行動できるよう、努力すべきでしてよ。そうでなければ、わたくしたち、守られる側も不安になりますもの」

 来た当初、メイベルにはひどく突っかかっていた。だがそれは、彼女が断言していたとおり、メイベルにしかしないようだ。ベアトリスには、最初の菓子の件以来、何もしてこない。するのは、必要で簡単な説教くらいだ。

 そして、エリカ騎士たちには、逆に恐ろしくなるくらい何も言わない。それどころか、目線すら向けないこともある。

「そう、ですよね……頑張ります!」

 ベアトリスが笑顔で元気よく返事をすると、シンティアはなぜか、ひどく気まずそうな顔を見せた。シンティアの侍女たちは、一様に、失笑に似た苦笑を浮かべている。

 青の離宮からはちょうど反対側にある四阿で、ひと時の休憩だ。花を楽しみ、吹き抜ける風をしっとりと浴びたら、また歩いて離宮へ戻る。それで、シンティアとしては満足するらしい。

 シンティアと侍女たちが四阿にいる間、ベアトリスたち護衛は、ひたすら周囲を警戒する。侵入にはあまり適さない外壁とはいえ、入られたらすぐに襲われる位置だ。

 徒労に終わるくらい、過度に警戒してもしすぎではない。

 キャアキャアと楽しそうな、シンティアたちの声を聞きながら。ベアトリスはゆっくりと、視線を巡らせる。

(……あれ?)

 視界の隅で、何かが動いた気がした。

 風の流れも、空気も、おかしなところは見られない。敵意といったものも、感じない。それでも、はっきりと指摘できない、ごくごくかすかな違和感がある。

「準備」

 ごちゃごちゃと、難しい言葉を並べても、お互いに忘れてしまう。だから、簡単な言葉で命令を伝えることにした。そのひとつがこれだ。

 敵襲に備え、いつでも武器を手に取れるようにすること。

 魔法使いたちが、体の影でこっそり、人差し指と中指をそっとくっつける。残りの二人は、腰の剣にスッと手を伸ばした。ベアトリスもさりげなく、弓に手で触れる。

 カサリ、と小さな音がした。

 風に木々の葉が揺れた音ではない。とっさにそちらを向いたベアトリスの手は、弓をしっかりと握って、素早く矢を番えていた。

 敵意のない者ならば、これで慌てて出てくる。そして、危害を加えるつもりがないと、主張するはずだ。

 しかし、人が出てくる気配はない。音のした辺りへ向け、ベアトリスはパッと一撃を放つ。そのまま、シンティアたちを庇える位置へ、ササッと移動する。

「氷結(イス)!」

 バキバキと鳴りながら、氷が地面をえぐって進む。

「守護(エオール)!」

 補助タイプの魔法使いが、四阿全体に防御をかける。ベアトリスは範囲の外だ。

(ミランダは攻撃タイプ。特に氷が好き。ヴェラは補助で、防御はあんまり強くない。でも、捕縛はかなり優秀。ウルスラは力が強くて、少しくらいなら打ち合っても平気。体力もある。レオラはすばしっこくて、力が弱め。受け流して隙を突くから……)

 連れてきている騎士たちの特徴を、頭の中でさらう。

 金色のポニーテールを揺らす少女が、もう一度空中に線を描く。貴族の私生児だという彼女が、ミランダだ。

 今も、打ち解けたとは言えない。けれど、仕事と私事は別だと、彼女も理解しているようだ。完全に私的な時間でなければ、口も利かない、といったことはない。

「氷結(イス)!」

 木の陰からバッと飛び出してきた男に対し、氷の固まりが走っていく。

 やわらかにうねる栗色の髪をふんわりと揺らして、ヴェラは空に、いくつも線を描いた。

「捕縛(ソーン)!」

 一人目の男は、氷の固まりを危なげなく避けた。そこにヴェラが、捕縛の魔法を投げかける。

 着地した男の軸足に、銀色でキラキラと輝く茨が絡みつく。とたんにそれは実体を持ち、鋭いトゲを持つ緑色の茨へと変わる。キリキリと容赦なく足を締め上げ、トゲを足へ食い込ませていく。

「捕縛(ソーン)!」

 ヴェラは立て続けに呪文を唱える。

 出遅れたのか。はたまた、わざと遅らせたのか。一斉に飛び出してきた男たちの一人に、シュルシュルと伸びた銀の茨が絡まった。

(あと三人!)

「ウルスラさん、前に!」

 短い栗色の髪をなびかせて、ウルスラは正面切って受け止めるために出る。その間に、レオラがウルスラの近くへ駆け寄った。他の二人がすり抜けてくるのを、妨害するためだ。

 振り下ろされた剣を、ウルスラが軽々と受け止める。頭がキンと痛む金属音が、辺りに甲高く響く。

「捕縛(ソーン)!」

 つば迫り合いをしているそこへ、ヴェラが捕縛の魔法を発動させる。とっさに逃げることができず、三人目もあっさりと茨にとらわれた。

(ヴェラさんは、四人までしかつかまえていられないから……)

 放つだけなら、魔力がある限り放てる。しかし、つかまえ続けるのは難しいらしい。そのため、とらえておくのは限度があるそうだ。

 これは、オリオンでも同じらしい。ただ、オリオンはもっとたくさん、一度に捕縛しておけるという話だった。

「団長、後方に」

「わかりました」

 ひっそり囁かれたヴェラの言葉に、ベアトリスは示された方向を見る。

 飛び出してきた男たちは、目元以外を黒い布で覆っているため、顔はまったくわからない。黒い服は全体的にゆったりしていて、体型もわかりにくい。外に見えているのは、それぞれが手にした武器だけ。

 四人は剣を持っている。こちらから大きく距離を取った一人は、手ぶらだ。

「剣を!」

 手近にいる剣を所持した一人に、ウルスラとレオラが近づく。その隙に、ベアトリスは番えた矢を、遠い人物の腕に放つ。

 ヒュッと風を切り、矢は右の上腕にざっくり突き刺さった。刺さったところを押さえ、男はわずかに前屈みになる。

「ヴェラさん!」

「捕縛(ソーン)!」

 待ち構えていたようで、即座にヴェラが、離れている男をとらえにかかった。

 これでヴェラは手がいっぱいだ。後は、万一、防御の壁が壊された時、作り直すくらいしかできないだろう。

 混戦時には、魔法も弓もかえって使いにくい。

 頼りになるのは、剣だけだ。

 ベアトリスは弓をしまい、腰の剣をスルリと抜く。いざ斬りかかろうとして、ふと気づいた。

「……オーソンさん?」

 どこかで見た太刀筋を、はっきり思い出す前に。その名前が、ひょいと口を飛び出す。

「……さすがはエリカの団長だ。まさか、剣を合わせるより早く気づかれるとは」

 顔を覆っていた布をはぎ取れば、そこにあるのは間違いなくオーソンの顔だ。

 目を丸くするベアトリス同様、エリカ騎士たちも驚きを隠せない。

「え? じゃあ……」

 思わず、とらえている四人を順々に眺める。

「グレアム、レスター、トレント、それからナイジェルだ」

「ああっ、ご、ごめんなさい!」

 治癒のできる魔法使いは、今は連れてきていなかった。治癒も使えるナイジェルがいるから、ガザニア騎士たちはともかく。

 そのナイジェルのケガが、すぐには治療できない。

「エリカの団長、お気になさらず。戻って、団長に治していただきますので」

「え、でも……」

「気になるのでしたら、ハンカチで傷口を縛っていただければ十分です」

「じ、じゃあ、それで……」

 ポケットにハンカチが入っていることを確かめ、急いでナイジェルに駆け寄る。

「矢を抜きます」

 宣言してから、思い切りよく矢を引き抜いた。

 真っ白なハンカチを取り出す。小さなうめき声をこぼしたナイジェルの腕に、ハンカチをギュッと縛りつける。

「ありがとうございます。いやぁ、それにしても、あの距離からこうも正確に狙われるとは、お見それしました」

「攻撃してきても、よかったんですよ?」

「ああ、その……いろいろ巻き込む可能性があったんで、手が出せなかっただけです」

「……そうなんですか?」

 ナイジェルが、攻撃と治癒を扱えることは知っている。しかし、具体的に、どんな攻撃を好んでいるかは知らない。

 不思議そうに、ベアトリスが首を傾げていたからか。ナイジェルがクスクス笑って、無事な左手を動かして説明を始める。

「この位置からこう、炎を飛ばしたら、さすがに、ねぇ……」

「あ、そうですね」

 誰か一人くらい、うっかり巻き込まれる者が出ても、確かにおかしくない。

 しかもこちらは、防御に自信のないヴェラだ。運悪く軌道が逸れた時、シンティアたちに被害が及ぶ可能性もあった。

「それで、これはいったい何なんですか?」

 まずはナイジェルを見て、オーソンをジッと見つめる。

「エリカの実戦的な訓練は、あまりしていないからな。抜き打ちで試してみた。ああ、もちろん、他の団長たちからは許可を得ているぞ」

 言いながら、ほんの少し、オーソンの目が泳ぐ。

「オーソンさん?」

「……ご明察」

「一度、ちゃんと説教しなきゃ……」

 ベアトリスが言外に問えば、すんなりとオーソンは認めた。

 何もなくともかまわずにはいられない、兄の性格は熟知している。だが今は、それが邪魔だ。

「まあ、シンティア王女が仰々しい護衛は嫌だっつったんだろうが、これじゃ防御がちょっと不安だな。それに、補助タイプは、せめてもう一人は必要だ。エリカには治癒を兼ねてるのはいなかったな……とはいえ、こっちが本気でかかってたら、恐らくエリカの団長以外、とっくに死んでるぞ」

「誰一人、死なせません!」

 とっさに叫んでいた。

 楽しげに、オーソンがニヤリと笑う。

「そうそう、その心意気ですよ」

「エリカの団長は、心構えはもう団長だな」

「うちの団長と取り替えて欲しいなぁ。馬に乗せるのはひと苦労だし、すぐ迷子になるし、いきなり転ぶし、滑るし……」

「その分、頑丈だけどな」

「いやでも、やっぱり可愛い子だと、こっちの気合いが違うだろ?」

「これ以上好き勝手言うと、うちの団長に報告しますよー」

 ガザニア騎士たちは、ナイジェルのひと言でピタリと口を閉じる。

「シンティア王女、お騒がせいたしましたこと、どうぞお許しください。エリカ騎士の護衛に、少しは信頼を置いていただけたでしょうか? では、エリカ騎士のみなさん、任務を続けてください」

 全員がはらりと布を取って顔を見せ、オーソンがニッコリ微笑む。優雅な一礼を披露し、さっさと歩いていってしまう。彼の後を、やはり一礼した他の者たちが追っていく。

 彼らがすっかり見えなくなってから。

「……これだから、ヴァーノンも嫌いなのよ」

 拗ねた顔で、ボソリとシンティアが呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。