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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第一章 始まり
12/80

三章 3

 夜回りの際にオリオンから言われたとおり、ベアトリスは朝食時の話題に母の話を持ち出した。それらは幼い頃の毎日だったため、ベアトリス自身はたいしたことではないと思っていたのだが。

「あぁ、まさに二番街(にばんがい)弓姫(きゅうき)だね」

 よほど感心したのか。普段はどんな会話にも無関心なテレンスにまで、そんな感想を呟かれてしまう。

 おかげで、かえって呆然とさせられた。

(あたしが生まれる前からずっと、母様ってあの調子だったんだ……)

 子供と二人きりだから、わざと子供っぽく振る舞っているのだと思っていた。まさか、あれが素だったとは。

「ああ、そうですわ。今日の午後は、少し趣向を凝らした遊びをしようと思っていますの。いつもいつもお勉強ばかりでは、ベアトリスも退屈でしょう? エリカ騎士たちにはマナーにうるさい人間を派遣しますから、ベアトリスも午後は訓練場へいらっしゃいな」

「遊び、ですか?」

 団長が、そろいもそろって遊んでいていいのだろうか。

 不思議そうに、ベアトリスはこてんと首を傾げた。意味がわかっている顔のヴァーノンたちは、小さな笑いをこぼしている。

 それがまた、無性に腹立たしい。

「その時になればわかるからね」

 どれだけ頼まれても、懇願されても、決して詳細は語らない。そんな笑みで、ヴァーノンはにこやかに言い放った。


 午後になり、ベアトリスは期待と不安を抱え、メイベルたちと訓練場へ向かう。

 持ってくるように言われていたため、ベアトリスの腰には珍しく弓がある。コーデルとテレンスは、それぞれの身長と同じくらいの、刃先の形が違う槍を手にしている。

 午前中は、リナリア騎士たちの、意外な武器と戦い方を見せつけられた。同じ場所だが、今は誰もいないので、しんと静まり返っていて少し薄気味悪い。

「さてと、最初は誰と誰からかな?」

「最近の定番は、この僕とコーデルだったけど?」

「どうせだったら、オリオンとベアトリスで見てみたいと思わない? 二人とも、基本は遠距離同士だよね?」

「あら、面白そうですわね。二人とも、いかが?」

 話がつかめず黙って聞いているうちに、おかしな方向へころんと転がってしまった。そんな気持ちがして、ベアトリスはすぐに返事ができない。

「私はかまいませんよ」

 思いがけない言葉に、つい勢いよく振り返る。オリオンはフッと顔を背けはしたものの、今までのように体ごと向きを変えなかった。

 間近で見た首飾りの赤い石は、服の赤を通した透明ではない。片方は、半透明のくすんだ赤色だ。もう一方は、一部がうっすらと濁っているだけで、服の色を通した白っぽい石だとわかる。

「話でしか聞いていないので、実際にどの程度の腕があるのかを知りたいと思っています」

 言葉で理由を説明されても、即座に頷くことができなかった。

 背中しか見せなかった人が、いきなり顔を背けるだけになる。その理由がさっぱりわからない。推測も無理だ。

 他はどうだろう。そう考えてメイベルたちを振り返れば、彼らは瞬きを忘れてオリオンを凝視している。

 やはり、相当珍しい現象らしい。

「……最短記録だね」

 ぼそりと呟いたヴァーノンの声で、我に返ったのか。メイベルたちはスッと表情を改め、今見たものを頭から必死に追い出そうとしているように見えた。

「ベアトリスは、オリオンとの対戦でよろしいかしら?」

 問われて、深く考え込む。

 カーティス曰く、アマリリス騎士団最強らしい防御の魔法。他にも、足止めなどの、敵対者にとってとにかく不快な魔法が使える。

 そんなオリオン相手に、勝機があるのか。

(やってみなきゃ、わかんないよね)

 防御の魔法が発動する前に、うまく攻撃が仕掛けられたら。一方的に追い込まれる展開だけは避けられる可能性くらい、万に一つはあるはずだ。

「はい、やってみます」

 オリオンからそれなりに距離を取り、背後の壁からもきっちり余裕を持たせて立つ。

 腰の金具にはめ込んでいた弓を外す。真ん中に蝶番のついた矢筒のふたを下半分だけ開け、矢を一本だけ抜き出してしっかり番える。

「じゃあ、オリオン対ベアトリスの一本勝負。相手の動きを封じるか、命を奪える状態に持ち込んだ側の勝利だよ」

 始め、とヴァーノンが告げたとたん。

 ベアトリスは番えていた矢を、ギュッと強く引き絞って放った。読んでいたのか、オリオンの指がサッと動く。

 上から下へ。左上から、最初に描いた直線に。そこから右上へ。

守護(エオール)!」

 キン、と甲高い音を立てて、矢はあっさり弾かれる。

 それの行き先を見守る暇などない。

捕縛(ソーン)!」

 直感で、横に大きく飛び退く。

 たった今立っていた場所に、キラキラ輝く銀色の茨が数本。獲物を捕らえようと、うねうねユラユラと揺れている。

 そんな光景を、視界の端にとらえた。

 判断が少しでも遅れていたら、あれに捕まっていたに違いない。捕まったら、その時点で敗北が決定するだろう。

 一気に緊張感が高まる。

 オリオンは次々と空中に線を描きながら、同じ呪文を唱えている。矢を番えつつ、ベアトリスはあれこれ考えを巡らせた。

(アマリリス騎士団が、一斉に攻撃しても耐える……でも、それを同じ場所に集中させたら? 一箇所に集中攻撃されても、オリオンさんの防御は耐えられるの?)

 全体にまんべんなく、であれば問題はなくとも、一所だけを狙えば。

(やってみてから、次を考えよう)

 同じところを狙うのは、よく母とやった。しかも、次から次へと位置を変えては、前の矢を狙って射ることを繰り返したのだ。

 あの経験が今、役に立つ。

捕縛(ソーン)!」

 ひたすら放たれる銀色の茨を、勘だけで避ける。

 体勢を整えつつ番えた矢を、第一矢が当たった場所へ。目視だが、ほとんど同じところへぶつけられているはずだ。

 矢筒から抜いた最後の一本を放った。

 パリン、とグラスが割れるような、軽くて涼しげな音。見れば、驚愕に染まったオリオンがいる。

 弓を金具にはめ、剣を抜く。矢筒のふたを、叩き落とすようにパタンと閉める。その間に、一気に間合いを詰めた。

捕縛(ソーン)!」

 まだ残っていると予想していたから、ベアトリスは右に左に揺れ動きつつ、グイグイ前に出ていく。呪文を唱えてから出てくるものに捕まるほど、鈍い動きはしていないつもりだ。

 本当は首を狙いたかったが、身長差が大きくて、とても届きそうにない。仕方なく、剣を胸の中央にそっと突きつける。

 キラリと光る剣を唖然とした表情で、しげしげと見下ろした後。オリオンは静かに目を閉じて、開いた両手を顔の横に持っていった。

「参りました。まさか、リサさんと同じ戦法が取れるとは、思ってもいませんでしたよ」

 彼はベアトリスを真っ直ぐ見つめ、穏やかで優しい微笑を浮かべている。

 色の白い肌に、切れ長だけど温かな印象の黒い瞳と、艶のある長い黒髪が映えて。鼻梁の通った顔だけ見ていると、どこか知らない国の人のようで。

 ついつい、時間を忘れて見惚れてしまいそうだ。

 初めてまともに見た彼は、リナリア騎士団に混ざっていても、きっと全然違和感がない。ベアトリスがそう思う程度には、端整な顔立ちをしている。

「ベアトリスさん? どうかしましたか?」

 穴が開きそうなくらいに、まじまじと見入っていたらしい。怪訝なオリオンに問いかけられて、ハッと我に返った。

「あ、いえ、その……あたし、オリオンさんの顔、初めてちゃんと見たなぁって思って」

 慌てていたためか。正直に、思っていたことを口にしてしまった。数回目を瞬かせたオリオンは、さながら葡萄酒を注がれた様相だ。

 こんな反応を返されるとは思っていなかった。ベアトリスはただ瞬くばかりで、声のひとつも出すことができずにいる。

「……大丈夫。僕たちもそんなオリオン、初めて見たから」

 やや呆けた声音の、ヴァーノンの呟きで。オリオンは引き止める暇もなく、訓練場を飛び出していった。

「あっ……」

 とっさに追いかけようとしたが、メイベルに腕をグッとつかまれる。引っ張ってもびくともしないし、つかまれたところがかなり痛い。

 思わず振り向いて見上げる。彼女は呆れた色を宿す瞳で、かすかに微笑みながら出入り口を眺めていた。

「今は放っておいてあげなさい」

「あれは、本人も相当混乱してるはずだから……今、君が顔を見せたら、逆効果かもしれないしね」

 メイベルとコーデルの言っていることは、まさしく正しい。互いに、冷静になる時間が必要だ。それはわかっている。

 ベアトリス自身も、オリオンの急な変化についていけずにいるのだから。

「オリオンも頭が冷えたら戻ってくると思うし、ここはひとつ、メイベルとコーデルの勝負でも見てみない?」

 ヴァーノンに振られた話題に、少しだけ興味を引かれた。

 コーデルが肩に乗せている槍は、幅が広く左右対称の穂先で、根元に突起がある。突き刺されたら被害が大きくなり、突起に引っかけられたら、武器をあっさり奪われそうだ。

 対するメイベルは、日傘を剣帯に深く差し込み、指先を半分ほど出した革手袋をはめていた。見るからに硬そうな革手袋だが、表面は滑らかだ。

 長い武器を持たないメイベルは、接近しなければ手も足も出ないことが予想できる。

(槍相手に、うまく懐に飛び込むのは難しそうなのに……)

 顔に出ていたようで、気づいたメイベルが艶やかな笑みをふわりと浮かべた。

「黙って見てなさいな」

「じゃあ、メイベル対コーデルの一本勝負。始め!」

 合図と同時に、コーデルが大きく一歩踏み込む。メイベルは日傘の持ち手に触れ、スッと引き抜く。妙に長い持ち手だと思っていたが、中から細身の刀身が出てきた。

 軽く振り回されたコーデルの槍を、涼しい顔のメイベルが短剣であっさり受け止める。そうとしか見えない。

 甲高く、耳障りな音がしたのは一瞬。

「相変わらず、甘くてよ」

 ひょい、と短剣で槍を押した。そう見えたのに。

 コーデルはわずかにバランスを崩す。一瞬の隙をメイベルが逃すはずがなく、瞬く間に一気に詰め寄る。短剣を左手に持ち替え、右の拳をコーデルの腹部に、ためらいも遠慮もなく叩き込んだ。流れるような動きから繰り出されたそのひと殴りで、コーデルがあえなく崩れ落ちる。

「はい、勝負あり。今日もメイベルの勝ちだね」

 メイベルの右手が、落ちてきた髪を後ろへサッと払いのけた。

「当然でしょう? コーデルに負けた日には、わたくしがリナリアの団長を引退することになりますわ」

「あー、わかるわかる。僕も、コーデルに一本取られた時は引退だって思ってるし」

 メイベルに同意したヴァーノンと、頷いているテレンス。見ていただけのベアトリスにも、コーデルが団長の中では弱いのだと理解できた。

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