EP 3
爆買いの魔王と、コンビニの極上ワイン
「……ギャアアアアアッ! 誰か、誰かルナミス警察を呼んでくださぁぁいっ!」
遠く離れた村長宅の方角から、空を切り裂くようなリーザの悲鳴が微かに聞こえてきた気がした。
異世界コンビニのバックヤードで在庫整理をしていた丸川光雄は、ピタッと手を止め、耳を澄ませた。続いて「私の腎臓はフォアグラじゃないわよぉぉっ!」というキュララの絶叫と、「やめろ! そのメスをしまえ天災エルフ!」というキャルルの怒号が、風に乗って微かに届いてくる。
「……どうやら、不良在庫同士の棚卸しが始まったようだな」
ミツオは無表情のまま呟き、倉庫の扉を静かに、そして固く閉ざした。
商社マンにとって、管轄外の部署のトラブルに首を突っ込むことほど非合理的な行動はない。ルナ・シンフォニアという規格外の天然サイコパスエルフをシェアハウスに誘導したのはミツオ自身だが、それによって生じた損害は彼には一切関係のないことである。
自己責任。それは資本主義と異世界サバイバルの基本なのだ。
「さて、店番に戻るか。今日はもう面倒な客は来ないと思いたいが……」
ミツオがネクタイを締め直し、レジカウンターへと戻った、その時だった。
♪テロリロリ・ローリ……
気の抜けた電子音(入店チャイム)と共に、コンビニの自動ドアがゆっくりと開いた。
足を踏み入れたのは、一人の少女だった。
年齢は17歳……と言い張るには、いささかプロポーションが完成されすぎている絶世の美女。漆黒の艶やかなロングヘアに、深紅の瞳。そして身に纏っているのは、フリルのついたゴシック調の黒いドレスである。だが、そのドレスの意匠は明らかにアナステシア世界の一般的な防具や衣服とは異なり、どこか地球の『地雷系』や『量産型』と呼ばれるアイドルオタクのファッションを極限まで高級にしたような、独特の洗練さ(と少しの痛さ)を放っていた。
(……なんだ? この異常な魔力密度は)
ミツオはレジに立ちながら、商社マン特有の観察眼で瞬時に客をスキャンした。
少女が歩くたび、足元のタイルが微かに軋み、周囲の空間が重力異常を起こしたように歪んでいる。一目見ただけで、彼女がただの人間や獣人ではない、規格外のバケモノ――魔族の最上位層であることが分かる。
「ふぅん……ここが、ルチアナの奴が言っていた『ポポロ村のコンビニ』ね。外観は無駄に白くて殺風景だけれど、中は……」
少女――アバロン魔皇国の頂点に君臨する魔王ラスティアは、店内の陳列棚を見渡し、深紅の瞳をキラリと輝かせた。
「素晴らしいわ! 噂通り、地球のアイテムが揃っているじゃない!」
ラスティアはルチアナ(世界神)の飲み友達であり、彼女経由で地球の文化にどっぷりと浸かっている。特に日本のイケメンアイドル『朝倉月人』の大ファン(同担拒否)であり、彼を応援する『オタ活』のためなら国庫の予算すら躊躇なく横領する、困った永遠の17歳である。
ラスティアは店内用の買い物カゴを手に取ると、迷うことなく店内を歩き始めた。
ミツオはレジから彼女の『顧客動線』を静かに追跡する。
(まずは化粧品コーナーか。迷いがないな)
「あっ、これ! ルチアナがこの前自慢していた地球の高級美容液! それとこの期間限定カラーのリップも……ふふっ、これで次の月人君のライブツアー(福岡ドーム)への勝負メイクは完璧ね。全部買い占めよっと」
ラスティアは棚に並んでいた単価数万円の高級化粧品を、値段も見ずに次々とカゴへ放り込んでいく。
次に彼女が向かったのは、嗜好品のコーナーだった。
「ポポロシガーの上物もあるじゃない。ルーベンスの奴がいつも自慢げにふかしているから、一本くらい試してみたかったのよね。それに……ああっ! 月人君がテレビのCMで食べていた『極辛スパイシーポテトチップス』! これ、アバロンの闇市場でも手に入らなかったのよ!」
スナック菓子を棚の奥から根こそぎカゴに叩き込み、最後に彼女が足を止めたのは、店舗の奥に設置された高級酒類の陳列ケースだった。
そこには、ドワーフの冷却魔法で温度管理された、ミツオのユニークスキル【100円ショップの概念(※高額商品も召喚可能)】によって仕入れられた地球の高級ワインやシャンパンが並んでいる。
「ルチアナの奴、いつも缶ビールと枝豆ばかりで安上がりな女だけど……たまには私が、最高のワインを手土産にマウントを取ってあげるわ。ええと、この『ロマネ・コンティ』って書いてあるやつ、名前が強そうだからこれにするわ」
カゴから溢れんばかりの商品を抱え、いや、重力魔法でカゴの上の空間に商品を浮かばせながら、ラスティアは悠然とレジカウンターへとやってきた。
「お会計をお願い。これ、全部いただくわ」
「……いらっしゃいませ。かしこまりました」
ミツオは表情一つ変えず、バーコードリーダー(魔導スキャナー)で商品を次々とスキャンしていく。
「高級美容液が3点、ポポロシガーの最上級ボックスが1点、スナック菓子が15点……そして、こちらのヴィンテージワインですね。……合計で、金貨300枚(約300万円)になります」
ポポロ村の一般庶民の平均年収に匹敵する、狂った客単価である。
だが、ラスティアは顔色一つ変えなかった。彼女は漆黒のドレスの胸元から、禍々しいオーラを放つ一枚の『黒いカード(魔導為替)』を取り出し、コトリとレジに置いた。
「これで支払うわ。一括でよろしく」
ミツオはそのカードに刻印された紋章を見て、ピクリと眉を動かした。
三つのドクロと、それを取り囲む漆黒の茨。それは紛れもなく、アバロン魔皇国の『王家直属の国庫引き出し権限』を示す、超VIP用のブラックカードだった。
(なるほど。この異常な魔力と、金に糸目をつけない爆買い……。間違いない、こいつはアバロンの魔王軍幹部、いや、ひょっとすると魔王本人か。……だが)
ミツオの脳内で、商社マンとしての冷徹なソロバンが弾かれる。
相手が魔王だろうが、邪神だろうが、国庫を横領していようが、ミツオにとっては知ったことではない。異世界コンビニの経営において最も重要なのは、『滞りなく決済が行われ、店舗に利益が落ちること』ただ一つである。
「……魔導為替の認証、確かに完了いたしました。お買い上げ、誠にありがとうございます」
ミツオは完璧な45度の角度で、最高ランクの顧客に向ける最敬礼を行った。
そのスマートな接客態度に、ラスティアは気分を良くしたようにふふんと鼻を鳴らした。
「貴方、なかなか手際がいいじゃない。ルナミスの田舎村にしては、教育が行き届いているわね。……ねえ、店長さん。この『極辛スパイシーポテトチップス』、もっと在庫はないの? 月人君のDVD鑑賞会をする時に、どうしても大量に必要なのよ」
「申し訳ございません、本日はそちらで棚にある分で全てとなります。ですが……」
ミツオはタブレット端末を操作し、瞬時に今後のロジスティクスを再構築した。
「お客様のように、当店の商品価値をご理解いただける【特別なVIP】の方のためでしたら、独自の仕入れルートを強化し、次回ご来店時までに確実に追加のダース単位での在庫を確保しておくお約束ができます。……必要であれば、その『月人様』が表紙を飾っている最新の地球のアイドル雑誌等も、お取り寄せ可能ですが?」
「っ……!? ほ、本当!? 貴方、地球の『Myojo』や『JUNON』まで取り寄せられるの!?」
ラスティアはレジカウンターに身を乗り出し、興奮のあまり深紅の瞳をガンギマリにさせた。
魔王の威厳など、オタ活の前には塵芥に等しい。
「ええ、我々のロジスティクスに不可能はありません。ただし、特別なお取り寄せとなりますので、通常の三倍の価格設定とさせていただきますが……よろしいでしょうか?」
「三倍でも十倍でも構わないわ! どのみち経費(国庫)で落ちるし! 貴方、最高よ! 次に来る時までに絶対に仕入れておきなさいよ!」
「かしこまりました。当店の最優先事項として処理いたします」
ラスティアは上機嫌で魔法の収納空間に買った商品を詰め込むと、「ふふっ、これで今夜のルチアナとの鑑賞会は私の完勝ね!」とウキウキした足取りでコンビニを後にした。
♪テロリロリ・ローリ……
自動ドアが閉まり、再び静寂が戻った店内。
ミツオはレジの売上データを確認し、ホクホク顔でコーヒーを一口啜った。
「うちの高級ワインや化粧品を、値段も見ずにバンバン購入していく……。とんでもない太客を捕まえたな」
顧客生涯価値(LTV)が極めて高い、超優良顧客の獲得。
相手がアバロン魔皇国のトップであろうと、ミツオにとっては『カモ』……もとい、大切なお客様である。
「高級品の仕入れルートをさらに太くしておこう。オタクの収集欲と自己顕示欲を刺激すれば、あの魔王の財布(国庫)からいくらでも利益を吸い上げられる。……世界征服の予算を、全部うちのコンビニで溶かしてもらおうじゃないか」
ミツオの口元に、悪徳商人すら震え上がるような、冷徹で完璧な資本主義の笑みが浮かんだ。
村長宅で繰り広げられている『天然天災エルフによる恐怖の臓器オークション』の悲鳴は、もはやミツオの耳には全く届いていなかった。
圧倒的な武力と魔力が交差するアナステシア世界において、丸川光雄の『経済による侵略』は、着実に、そして静かに世界の覇権を握りつつあった。
読んでいただきありがとうございます。
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