第1話 座敷童
2月の2週目
今月の企画会議は最上と丸の出張、それから吉原の休暇が重なり2週目の火曜にずれ込み行われていた。
ただでさえ2月は全体的にタイトスケジュールだ。その上寿々は先日の松下との交渉事と企画のプレゼンと既に頭の中はパンク状態だった。
「・・・と言うことで、現代妖怪の特集記事に関しましてイレギュラーな事態になってしまいました・・」
寿々は松下から提示された契約内容やコラボ記事についてを資料にまとめ、今後の判断をどうすればいいか急遽会議での相談という形で全員の意見を募っていた。
寿々は困った顔をして隣に座る史をチラっとだけ見る。
史は今回この特集に関してはライターとの打ち合わせなどをほとんど一人で行っていたこともあり、普段はアルバイトという理由で会議には出席しないのだが、今回は特別に参加している。
しかしながら史自身もこの件に関してはずっと頭を悩ませていて、寿々の視線に気づく事もなくいつもとは違い難しそうな顔をして資料に目を通していた。
「却・下・で!!」
開口一番にそう言ったのは勿論丸だった。
「まぁそうだねぇ。正直松下君の実力は認めるけれど。やはりまだ開設したばかりの無名な動画チャンネルにアガルタの名前を簡単に貸すわけにはいかないかな・・。それに。この原稿料の金額もうちではとても賄えそうにはないよ」
と最上も厳しい顔で資料に目を通している。
寿々も当然そうだろうなと思っていたが。そうなれば朝霧の記事は全て無くなり締め切りまであと2週間を切っているとのに新たなライターを探し最初から書き直さなければいけないという事になる。
しかも今週はこの後群馬の占い師の取材も予定にあるので、とてもじゃないけれど今からどうすれば良いのか見当がつかなかった。
「にしてもあのクズ・・本当に軒並みうちで依頼してた心霊オカルトライターをごっそり引き抜きやがって・・・マジで許せない・・」
丸は資料に載っている名簿を見て怒りでわなわなと体を振るわせている。
その様子を見た寿々は先日の丸の生霊の件もあり、なるべくこの事で丸に気を使わせたくないなぁ、とも考えていた。
「まぁちょっと皆で心当たりがありそうなライターさんがいたらこの会議のあと三枝君か史君に直接教えてもらえるよう僕からもお願いするよ・・・。とりあえず朝霧さんにも会議が終わってからそのように伝えて。とにかく急務の仕事になるだろうから、ライターさんに連絡を取ったら加えて更に記事をお願いできそうな人を紹介してもらえないか必ず聞いてみて欲しい。よろしく頼むよ」
と最上は寿々と史を交互に見た。
そして最上は吉原をチラッと見ると。
吉原が立ち上がり
「えー。ではこの後企画のプレゼンになるけれど。今回は大分時間が押しているので一人当たり10分以内で可能な限り発表していくように。その後5分は質疑応答。いいかい?じゃあ僕から順番に時計回りでよろしく」
そう言うと吉原が早速プレゼンの準備をし説明を始めた。
その後一人一人プレゼンと質問を重ね、いよいよ寿々の番になる。
寿々は3ヵ月経ってもこの会議で自分の拙いオカルト知識で精一杯考えた企画を必死に話すのが本当に苦手だった。
正直言って説得力に欠けるのだ。
それは自分でも痛い程よくわかっていた。
しかも今回は隣で教育担当として面倒を見ている史が直接それを見ている。
下手な失敗は絶対に出来ないと妙に力が籠った。
「・・・以上が今回提案する企画内容となります。ええっと、何かしつも・・・・」
と一通りモニターで企画の発表が終わったところで手元のノートパソコンを見ると資料の最後に何か他のページが挟まれている事に気が付いた。
「あ、ちょっと待ってください。えっと・・これは」
と寿々が急に資料を確認し始めたので全員がどうしたのかと気になり、近くにいた丸が代表して寿々のノートパソコンを一緒に覗き込んだ。
「・・・・何だこの企画書。・・・富士山麓に潜む因習村の謎・樹海村とは・・・?」
寿々はその見覚えのない企画書を見てすぐにハッとした。
「史・・。これお前が差し込んだのか?」
すると全員が何事かと思い史を注目した。
「・・・すみません。絶対に寿々さんは反対すると思ったのでつい」
とその場で白状した。
すると編集部の全員がどっと笑いだした。
「はははは。ついって何それ。そんなにやりたい企画なら三枝だけでなく他の人ももっと気軽に相談すりゃいいのよ」
と丸は笑って史に話した。
「まぁ史君の立場を考えるとそうでもしないと企画書出してもらえないって、そう思ったってわけでしょ?そういう気軽に相談してもらえる雰囲気が無かったのは俺達にも責任があるかもしれませんね」
と篠田もそれに続いた。
それを聞いた寿々も急な展開に少しだけ怒ってもいたが、確かに篠田の言う通り自分がちゃんと企画を聞いてあげられない雰囲気を出していた事にも責任があると思い反省した。
「じゃあまぁその企画については三枝君の質問の後に是非とも史君自身にプレゼンしてもらおうか?」
と最上もそれに付け加える。
「え?いいんですか?俺ただのアルバイトなのに・・・」
そう言うと最上は
「史君はもう《《ただのアルバイト》》ではないからね。雇用形態に関係なく君は立派にアガルタの編集部員の一人だよ」
と笑いながら答えてくれた。
会議が終わると寿々はその場で大きなため息をつき。他のメンバーが続々と外に出て行く中、椅子の背もたれにぐっと寄り掛かった。
「寿々さんすみませんでした・・」
史はさっきの事を素直に謝った。
「いや・・さっきの篠田さんの話じゃないけれど。俺も史の企画をちゃんと聞いて上げられる態勢がまだまだ不十分だって反省したよ・・。確かにあの企画、俺に見せてたら絶対に怖いから嫌だと拒否していたもんな・・」
と寿々は笑いながら答えた。
「でもまさか本当にプレゼンさせてもらえるとは思っていなかったので・・。寿々さんの立場を考えればやっぱりやるべきじゃなかったです」
と先ほどまで堂々とプレゼンしていたのに何を言うのかと寿々はちょっとイラっとした。
「お前、言ってることやってること矛盾してないか・・・?俺は別に責めてないよ。だから変に謙遜しないでもっと堂々と俺に話して欲しい。それだけ」
「・・・わかりました。ありがとうございます」
史は先週末寿々と色々とプライベートな話しをしたせいか。また寿々に対して妙な遠慮が出ているようにも思えた。
確かに寿々は史の事は嫌いじゃないし、いつか教育担当を離れたその時に史の改めて告白させて欲しいという言葉を受けれた。
それならばなおさら教育担当として史のやる気を阻害するような存在にだけはなりたくなかったのだ。
とそう考えながら
『・・・?それってつまりは俺も望んでいるって事なの・・か?』
寿々は会議室から出て自分の机の戻る途中にそんな事に気がついてしまい
『やめやめ!仕事中にそんな事考えたくない・・・』
と首を数回振った。
寿々のも史のもそうだが、今回プレゼンした企画のほとんどは来週の会議まで持ち越し&再考という形になったので今回皆から付け加えられた意見を参考に二人はその日から再び企画のブラッシュアップをしなければならなかった。
しかしその前にやるべきことがある・・・・・。
現代妖怪の記事の新しいライターを探す事だ。
二人が席に戻るとすぐに後藤がとあるリストを持って寿々の席まで来てくれた。
「三枝、史」
後藤が声を掛けると二人は注目した。
「これ、俺の付き合いのあるライターさんの一部のリスト。特に現代妖怪に詳しいってわけじゃないけれど、民俗学や文化人類学の記事を書いているちょっとお堅い人達ばかりだから・・。ま、俺の名前出せば話は聞いてくれると思う。そこからツテを使って更に詳しい人を辿るのもいいかもな」
と言ってコピーされたリストを渡してくれた。
「後藤さん・・・!!ありがとうございます!!」
寿々は後藤に感謝して頭を下げた。
そして史も一緒に
「助かります」
と頭を下げた。
「ま、困ったらお互いさまってな!二人共頑張れよ」
と言って自分の机へと戻っていった。
『後藤さんめっちゃ格好いいな・・・口は軽いけど』
と寿々は心の中でそう呟いた。
すると目の前の篠田も
「あ、俺もこれ。直接妖怪ネタとかを書いてる人達じゃないれど、顔の広い人達だから是非聞いてみて」と抜粋した連絡先を渡してくれた。
そして続けて
「ほい。ア・タ・シ・も」
と隣の丸も同じように一枚のコピー用紙を篠田の上の乗せて渡してくれた。
寿々と史は二人して感動し顔を見合わせた。
その後も中嶋そして吉原も丁寧にリスト化された連絡先を渡してくれ、二人はその日のうちに急いで一人一人連絡を取り、ひたすら書いてくれそなライターさんを探した。
時刻は午後6時
二人は昼休憩もそこそこに午後はずっと電話にかじりついて話続けていたせいかその頃になると声も掠れ喉の痛みも感じていた。
気づけばいつの間か丸や篠田も出払い、菊池も今日は休みなので机周りには寿々と史の二人だけになっていた。
「ん゛ん、俺そろそろ喉やばいかも・・」
寿々はそう言いながらお茶をがぶ飲みした。
「俺も・・なんだか掠れてきました」
史も史でカスカスの声で机に突っ伏した。
「それにしても、やっぱり見つからないもんだな・・何にしても締切まであと2週間ないもんな」
「・・・俺やっぱり自分で書けるところ書きます。正直言って自分で考えた企画ですし責任持ってやります」
そう言うと史はガバッと起き上がって早速資料集めをする為ブラウザを開いた。
「おいおい・・・まだ他にもやる事あるんだし、ライティング出来るの分かるけど史が今やらなきゃいけないのは編集者としての仕事を覚える事だろ?だったらそうやって何かにつけてがむしゃらに突っ走ろうとするなって・・」
寿々は仕事を教える立場としてそう史をなだめた。
「でも・・これでもし本当に見つからなかったら・・そう思うと何もしないよりしていた方が幾分か気が楽なんです」
「・・・・・」
寿々も言いたい事は痛いほどわかった。
確か自分も史の父、総司の本を出す時に今の史みたいにやっぱり何かしてないと本当に不安で不安で仕方なくて。精神的にも不安定で、そのせいか正直あの頃は体調も良くなくて毎日が辛かった記憶がある。
それでも初めて本を作る事に必死で、総司は総司でネガティブな発言しかせず自分も辛いのにそんな顔を隠して毎日のように総司を励ましに行っていたことを思い出した。
『まぁ、止めはしないけど・・・俺は俺でその間に受けてもらえそうなライターさんを探すしかないな』
そう思い残りのリストと新たに教えてもらったライターさんたちの連絡先を整理しながら。
「・・ところで史って何で妖怪が好きなんだ?」
と寿々は前々から何となく気になっていた事を聞いた。
「?あぁ・・・俺、昔座敷童と友達だったんですよ」
と突飛な発言が飛び出し寿々はびっくりした。
「は?座敷童と友達???」
「はい。・・俺が昔住んでいた家の話しは少ししましたよね。それで俺、祖母に折檻される時は地下の座敷牢に閉じ込められていて・・」
「ちょっちょ待って!」
「?」
寿々は史の口から急に嫌なワードが次から次に出てきてこのまま聞いていいものか急に胸が苦しくなってしまった。
「・・そう言うの。ちゃんと聞かないととは思うけど、ごめん、急にサラサラ話されると俺もびっくりする」
と寿々は胸を抑え心拍を整えようと深呼吸をした。
「・・寿々さんがそんなに心配することじゃないですよ。俺ももうあの頃の事はだいふ乗り越えられてますので」
『乗り越えてって・・お前まだ18だぞ・・そんなに簡単に乗り越えられるものじゃないだろ・・それ』
寿々はそう思いながら言葉が出てこなかった。
「それで、確かにあの時俺は精神的に参っていたとは思うんですが。そのうちその座敷牢の中に誰かが居るような気がして。目には見えないんですが、本当に存在を感じてたんです。最初は所謂イマジナリーフレンドみたいなのかと思っていたのですが、どうも違うんですよ。話しかけても来ないし姿形も見えない。でも時々こう畳をトントンと俺が叩くと向こうも同じ様にトントンと優しく叩き返してくれる。俺はその目に見えない存在に本当に助けられました。あの座敷童がいなかったら俺、真面目に頭おかしくなってたと思います」
寿々はその話を聞いて泣いていた。
「!?な、なんで泣いてるんですか??」
「んなの泣くに決まるだろ!」
「・・・寿々さんに泣かれたら俺悪いことしてるみたいな気持ちになるじゃないですか・・」
史は別の意味で無性に胸が苦しくなり寿々から目を逸らした。
寿々は眼鏡をあげ手首の辺りで涙を拭うと机に向き直りリスト整理をしながら
「・・・絶対に今日中に書いてくれそうなライターさん探すぞ」
と再び仕事モードへと切り替えた。




