第2話 背後霊
事務所を出た松下は寿々と史を連れてL字の通路を進むと右側の【テナント募集】と書かれた一室の前で止まり二人に話しかけた。
「・・実際このビルの中で一番酷い現象が起きるのは下の階にある劇場なんだが。それでもこのビルは全体的に何かしらの現象が起きている。案内できるのはまずこの部屋」
松下はそう説明すると鍵の開いた扉を開いた。
「・・いいのか?もうすでに動画回しておいた方がいいぞ?」
そう言って史をチラッと見る。
史は先ほど松下に言われた『まるで三枝さんに惚れているみたいだな』の一言ですっかり松下への嫌悪感しかなくやる気を失っていた。
しかし松下という男はいつもそうなのだ。
口が酷く悪く、人を小馬鹿にし見下し。年下でも年上でも一切お構いなし。
史も以前松下の取材に同行していた時にそれでトラブルに巻き込まれそうな事が何度もあった。
しかし何故か松下はどんな場合にあっても強運に恵まれていたのだ。絶対に自分が不利にな状況になる事がなかった。
そのバランスが崩れたのがあの3ヵ月前にあった幽霊団地での転落事故だ。
あの辺りから松下の運気は急激に降下しだした。
今も前と変わらないスタンスで仕事をしているが、こうやって高圧的ながらも寿々と史、つまりアガルタとの繋がりを簡単に断ち切ろうとしないのは本当はこの映像制作会社もそれだけ必死な状況なのかもしれない。
史は何故かふとそう直感的に感じたのだった。
勿論同情したわけではない。あくまでも寿々の立場を優先し
「・・・・はぁ・・」
ため息をつくと史は仕方なくスマホを取り出すと動画の撮影を始めた。
3人はそのまま一室に入る。
寿々は極度に緊張していた。
『本当にポルタ―ガイストなんてことが起きるのだろうか・・・・』
確かに幽霊団地の時に比べればちょっとくらい物が動くとかならば特に怖がるような事でもないだろう・・・。それでも寿々はやっぱり現象が連発しようものなら意識を保てる自信が無かった。どう考えても怖いものは怖いのだ。
部屋に入ると中は閑散としており、松下の事務所に比べると少し広いくらいの間取りに長机とパイプ椅子が無造作に置かれているだけのがらんとした空間だった。
中は暖房などついてもいないので酷く寒い。
屋内なのに屋外よりも寒く感じた。
「・・・さむっ・・・」
思わず寿々は肩をすくめた。
「う~ん・・・今日はいつもより部屋の温度が低く感じるな・・・」
松下も何度も訪れているようだが今日は様子が違うと寿々を脅す様に呟いた。
「・・・でもポルターガイストなんてすぐに起きるわけじゃないじゃないですか。この部屋、いれてもせいぜい20分・・いや15分程度ですよ・・・」
史も現実的な視点でそう答える。
「まぁ黙って見とけよ・・・」
松下も体を震わせながらそう言うと壁に背中をつけて肩をすくめ腕を組んでジッと部屋を見つめた。
寿々は怯えながらも天井や壁などに何か異変が起きていないか気になり終始落ち着かず辺りを見渡す。
すると3分くらいしたその時
カンッ!・・
と音と共に誰も見ていなかった部屋の右側部分で突如ピンポンボールが現れ、床の上で勢い良く跳ねるとそのまま、カンッ・・カンッ・カンカンと床を転がった。
「・・・・ピンポンボール?」
寿々が足元に転がってきたボールに呆然としていると、次の瞬間殺気の様な気配を感じ史は思わず寿々を後ろに引き寄せた。
「寿々さん!!」
「!!?」
そう史が呼ぶのと同時に再びどこからもなく現れたピンポンボールが寿々のすぐ目の前を物凄いスピードで横切り、そしてそのまま壁にぶつかるとそのピンポンボールは今度は跳ねることなく何故か粉々に砕け散った。
「・・・・・・」
寿々はあまりの衝撃でそのまま硬直している。
「・・・なぁ?」
と松下は何故か得意げに二人を見た。
「もう十分ですので帰りましょう」
と史は動画を止めた。引き寄せた寿々の右手が死人のように冷たい事に気づきすぐにこの場から引き上げるべきだとそう判断したのだ。
「いいから落ち着け。この部屋は今みたいに時々どこからともなく物が現れたり消えたり跳んできたりするんだ。だからこうやって壁に背中をつけておかないと危ねぇんだよ」
そう言って松下は得意げに説明した。
「だったら最初からそう言ってくださいよ・・・」
史は鋭い目で松下を睨む。
「・・・・へぇ。お前もそういう顔で怒れるようになったんだな~。昔はいつも面倒臭そうに適当にはいはいと聞くだけだったのに。成長したもんだ・・・」
松下のこの手の煽りには絶対にのってはいけない。
史は睨みながらも冷静に判断した。
「まぁ、まだまだここの部屋でいろんな現象を見る事ができるが。確かにこのままここにいると俺も凍え死にそうだからな・・・。まぁ今回は体験版みたな感じで次の階に行くか」
そう言いながら松下は部屋のドアを開けると一人で外に出て行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ・・ああ。多分」
「松下さんの言う通りとりあえず動画も撮れましたので帰りましょう」
そう言えば史はここに来てからずっとそう寿々に訴え続けている。
「俺も帰してもらえるなら今すぐにでも帰りたいよ!でも・・朝霧さんの件もあるし下手に松下さんの機嫌を損ねるのも正直いいものか判断できないんだ・・・」
寿々はそう言って顔をしかめる。
とその時部屋の中でどこからともなく鈴の音が鳴り響き。
チリン・・・・・・。
・・うぅ~・・・・。
被るよう微かに呻き声が聞こえた気がした。
「!!・・・・とりあえず出よう!」
そう言い寿々は急いでその空テナントを後にした。
廊下に出ると左エレベーター前に松下が待機している。
「何してんですか?・・・早く次の階に行きますよ・・・」
寿々は微かに震える手で顔半分を覆い
『マジどうすればあの人の機嫌を損ねずにこの心霊ツアーを終わらせる事ができるだろうか・・』
そう思いながらうつむきながらゆっくりと松下の方を見る。
少しだけズレた眼鏡の隙間からちょうど松下の背後で止まり開いたエレベータ―の中にチラッと見えたその存在に寿々は驚愕した。
「!!!!!」
その寿々の反応を見て史もすぐにエレベーターに向けて手をかざす。
透視で見る限り中に灰色に光る人ならざる何かが乗っているのが視えた。
「・・・おい。お前ら何してるんだよ?」
一方松下は後ろの存在に全く気付いていない様子だ。
寿々は恐ろしくなり目をギュッと閉じ『頼むから消えてくれ・・・!』と願った。
そして再び目を開ける。
松下はそのままエレベーターに乗り二人を呼んだ。
「早く!」
「・・あれ・・中にいるよな・・・」
と寿々は震えながら史に聞くと
「いますね・・・」
寿々は今は眼鏡で通常の視界に戻ったので見えないのだが、うつむいて少しだけ角度を変え裸眼でそちらを見るとやはり確実に松下の背後に長い黒髪を垂らした小柄な女がぴったりと張り付いているのだ。
「あの・・松下さん。いったんこっちに出てきてもらってもいいですか・・・」
と寿々は松下に頼んだ。
「はぁ?何で??」
松下は意味が分からず嫌そうに答えた。
「いいから来てください!早く」
史も松下の鈍感さにイラついて強い口調で返した。
松下は意味が分からないが二人があまりにも真剣にエレベーターを嫌がるので仕方なく一回そこから下りた。
エレベーターはすぐに閉まり再び下の階へと進んでいく。
「で?何かあったのか?エレベーターに?お前確かさっき透視してただろう?何が視えたんだよ」
松下も史の透視能力については良く知っている。
前はその能力を面白がってあらゆる場所で力を使わせていた事もあった。
「・・・・エレベーターの中に何かいました」
史がそう答えると。
「長い黒髪の女です・・・」
と寿々も白状するように答えた。
「・・・・・・は?まさか三枝さん・・・視えるんですか??」
松下は驚きながらもじわりじわりと喜びをかみしめる様にニヤァと不気味に笑った。
史もその顔を見て、寿々が幽霊を視える事をこの人に知られたのは不味かったと瞬時に察し同時に後悔した。
「ははは!!!なんだ!!そうかぁそうならもっと早く教えて下さいよ!いやぁ、これは楽しくなってきたな。え?今エレベーターの中に女の霊がいたんですか??うわぁ爆上がりするじゃないですか!!やったな・・・よし。動画撮影の準備をしないと!」
流石に元アガルタの人間だ。
頭のネジがぶっ飛んでる。
「よし、よしよし・・。じゃあちょっと予定を変更しましょう!」
そう言いながら寿々の肩に腕を回した。
「!?」
「は?」
史は松下の無理矢理なテンションにもはや一切ついていけなかった。
「三枝さん、今からこのビルで一番霊障が起きる4階の劇場に行きます。オーナーには前から何もない時は連絡さえしてくれれば入っても構わないって言われてますので。でそこで是非とも霊障検証動画を撮りましょう!三枝さんが視て何がどこにいるのか教えてくれるだけでいいですので!!」
そう言うと松下は急いで事務所へ戻って行った。
「なんでちゃんと拒否しないんですか・・。あの人の言いなりになる事はないじゃないですか・・。」
史は寿々を本気で心配してそう言ったのだが。
「・・う~ん・・・・」
寿々は震えながらも、とある事が気になり眉間に皺を寄せながら史にどう説明すればいいか悩んだ。
「さっきのエレベーターに乗ってた女の霊・・・」
「?」
「・・・誰かに・・似てたんだよなぁ・・・・・・」
史は寿々のその発言に驚いた。
勿論はまだ寿々は幽霊を酷く怖がっているのだが、それと同時に幽霊の素性を検証しようとしているのだ。
何で急にそんな事が気になり始めているのか正直意味が分からなくてただびっくりした。
そうこうしていると、事務所から機材を持って松下が戻ってきた。
そしてそのまま動画を回し、エレベーターの下行きのボタンを押した。
「いいですか?三枝さん。もしまだエレベーターの中に女の霊がいたらちゃんと教えて下さいよ?」
松下は興奮しながらそう寿々にお願いした。
下から上がってきたその箱がゆっくりと再び扉が開く。
寿々は異常な緊張を感じ鼓動が早くなった。
そして少しだけうつむくようにして眼鏡の隙間からそのエレベーターの中を確認した・・・・。
「・・・・もういないようです」
ビデオカメラを構えていた松下は寿々のその言葉を聞いて小さく舌打ちし、そしてカメラを止めると
「・・・じゃあまぁ仕方ないんでこのまま4階に下りましょう」
そう言って再びエレベーターに乗り込んだ。
寿々はもう誰も乗っていなにもはずなのにそのエレベーターに乗るのが嫌だったが、ここでいつまでも渋っていても仕方ないので意を決し松下に続いた。
三人は4階に下りると、松下はその左にある劇場の前で止まった。
「ちょっと今鍵借りてくるんでそこで待っててください」
そう言うと少し先の別の部屋のチャイムを鳴らして中に入ってゆく。
寿々はどうにも松下の背後が気になって再び眼鏡の隙間からチラッとだけ境界を覗き込んだ。
すると部屋の中に入る松下の背後にうっすらとだが何かが視えたような気がしたのだ。
自分でそれを見ておきながら寿々は身震いをした。
「寿々さん、松下さんに何か視えるんですか?」
史はその動作を見て寿々に聞いた。
「ん~・・・確証は無いんだけれど。もしかしてさっきの女の幽霊。松下さんの後ろにいるんじゃないのかってそう思って」
「後ろって言うとつまり背後霊とかそいう事ですか?」
「・・・どうだろう・・・。そかもしれないし・・ちょっと違うような気もする」
史は寿々がこういう曖昧な話方をする時は答えがちゃんとあるのをわかっていてそれを確認する為にまだ保留にしているのだという事を知っている。
寿々は正直驚くほど違和感への気づきがいい。
しかし本人が如何せん自分自身を信用していないのもあって、答えを導き出すのには時間が必要なのだ。
逆に史は実際周りが想像している以上に気が短い。
結論はすぐに出したいし、答えは明確の方がいいが凡そでも構わない。とにかく情報は随時欲しいタイプだ。
その性格からすれば寿々のこういうスローペースな思考とは真逆になる。
しかしだからこそそういう寿々の極めて慎重な性格を大事にしてもいる。
自分にはない長所だからだ。
松下は鍵をもらって再び廊下に出てきた。
そしてその劇場の鍵をゆっくりと開けた。
電気をつけると中は黒の布で覆われて部屋の奥が開いたスペースになっている。
劇場と言っても観覧席が特にあるわけでもなく、とても多くの人数が入れそうにない。
窓があるべき方向も全て板張りされその上から黒い布で覆っているので、昼間だというのに外の光は一切入ってこない造りになっていた。
寿々は怯えながらも部屋の中をぐるりとくまなく観察する。
そしてチラッとだけ史と目が合うと、史は何を言われるわけでもなく左手をあげ部屋の中を透視した。
部屋の中は特に何も気配を読み取る事はできなかったが、不思議と寿々の言ってたとおり松下の背後が気になった。
『さっきエレベーターで見たほどではないが微かに背後に灰色のモヤが視える様な気がする・・・』
そしてそのモヤを更に意識して辿ってみるとその道筋がうっすらと外へと続いているのが視えたのだ。
「寿々さん、さっきの話ですが。やっぱり松下さんの後ろの方にかすかに気配を感じます。今は本当にうっすらなのでよくわかりませんが、そのモヤは外の方へと続いていました」
史は松下に聞こえないようにこっそりと寿々に話した。
「さてと。じゃあこの部屋で1時間くらい動画回して検証してみましょうか・・・」
松下はそう言うと部屋の角に持って来た三脚を立てカメラを固定して定点撮影を開始する。
「でもまぁまだ真昼間なので流石のそんなに現象は起きないかもしれませんが・・・ここはやっぱり深夜現象が起きる数が格段に増えるんですよ。うちでも何本か検証動画上げてますから是非とも後で見てみてください」
「何が起こるんですか?」
寿々も正直に聞かなればいいものを何故かついつい聞いてしまった。
「例えば・・・こことか。あそこらへんから白い手がこう、にゅううっとまるで生えてくるように出てきます」
松下のその言葉を聞いて寿々は体をビクゥッっと震わせた。
「白い・・・手・・??」
「あとはうめき声とか鈴の音が鳴るとか線香の香りがするとか、まあ色々起きますよ。楽しみにしていてくださいよ」
松下はまるでアトラクションの説明をしているように楽しそうに話す。
寿々はすっかり怯えきっているが、史も正直なんであえて事前情報をいれて怯えておく必要があるのか疑問しかなかった。
「ははは、三枝さんは変わってますねぇ。幽霊が視えるのになんでそんなに怯えているんですか??」
と松下は寿々をやや小馬鹿にするように笑った。
いや、実際は小馬鹿にしてもいないかもしれないが、松下が言うと全てがそう聞こえてしまうのだ。
「視える視えないと怖い怖くないは全然関係ないんですよ・・!怖いものは怖いんです!!」
と力一杯否定した。
「良くわからないですねぇ~。俺は視えたらその分特別な気持ちなれて楽しくなっちまうけどなぁ」
と寿々を見下すように言う松下に史は
『幽霊団地で一目散に逃げて飛び降りた人が何を言ってるのか・・・』
と内心呆れていた。
史がそんな事考えてるとはを知りもせず松下は寿々に
「あ、どうします?電気消します??」
と聞いてくるもんだから
「消す必要全然ないですよね??明るいままで大丈夫です!」
とやや本気で怒り反論した。
「ええ~でも。やっぱり消した方が一般的に出現率あがりますよ?よし、やっぱり電気消しましょう!」
「いやいいですって!!」
寿々の全力の制止も聞かず松下は劇場の入口にスタスタと戻るとスイッチをバチンと切った。




