朝の授業
投稿しました。
「では、一度実演してみせます」
背の高い初老の情勢がそう行って腕を前に差し出した。
すると突然、女性の手から炎が上がる。
「これは炎の魔術です。魔術の素養は本来誰でも持っています。しかし魔術を行使するには長い修業の期間が必要です」
女性の手の上にある炎は更に火力を増す。
「さらに魔術は行使する個人を投影します。つまり、個人によって得手不得手があるのです。たとえば私は炎の魔術を使っています」
不規則に燃え上がっていた炎が次第に鳥の形に変わっていく。
「炎の魔術は得意ですが、水や氷に関係する魔術は使用できません。素養がないからです。このように人によって使える魔術と使えない魔術がそれぞれあります」
炎は鳥の形になり、女性の手から離れた。
炎の鳥は羽ばたいて、女性の肩に止まった。
「私が特に得意とするのは炎を鳥の形にして操作すること。ですが世の中には得手不得手がなく全ての魔術を使用できる魔術師が存在します。それは誰だと思いますか?」
初老の女性はそう問いかけた。
「父上だ!」
女性の問いかけに勢いよく返事をしたのは弟のファブリス。
ファブリスの年は10才。
金髪の短髪に上質な服を着た、元気で明るい男の子に育っている。
「そうです。先の大戦での英雄エリアス・ゴーティエ様です。ファブリス坊ちゃん。正解です」
「やった!」
ファブリスは喜んでいる。
「魔術は現代史において重要な要素となってきます。先の大戦で魔物が人間の土地に侵略してきました。魔物は強く人間ではとても歯が立ちませんでした。そこで人類は魔術や魔術を基礎とした戦いで対抗したのです」
「メイド長!それって・・・」
「そうです。それが人魔戦争です」
「人魔戦争!」
ファブリスは目を輝かせてメイド長の話を聞いている。
この女性は、名前ジュリエットといい、黒を基調をした服に白いレースをあしらった可愛らしい服に身を包んだ屋敷のメイド長だ。
いつも眉間にシワを寄せ、近寄りがたい雰囲気を持っているが、実は人情に厚い一面を持ち、面倒見が良いのでこの屋敷の誰からも慕われている。
メイド長であるジュリエットはこの屋敷の名物メイドで、ジュリエットがいなければ家が滅んでいるとさえ言われることもある。
午前中に、僕と弟であるファブリスはメイド長から言語や算術、歴史などを教わっている。
「ファブリス坊っちゃんはこの話が好きなのですか?では今日は20年前に勃発した人魔戦争の話もしましょうかね」
メイド長は優しい声でファブリスに話しかける。
人魔戦争は20年前から4年程つづいた、人間と魔物の戦争のことである。
魔物の軍勢が人間の土地に侵略したが、7人の英雄が魔王を倒し集結させた。
今では英雄譚として語られ、子供の多くに大人気の童話となっている。
僕もファブリスもこの話は幼い頃から知っている。
世界的にも人気な英雄譚だからというだけでない。
「お父さんの話だ!」
この家の主にして、現世での父親であるエリアス・ゴーティエは人魔戦争で魔王を倒した勇者の一人。
いまでは世界屈指の魔術師として知られている。
「そうですね。ご主人さまも参戦なさいました。では坊っちゃん。魔物とはなんでしょう?」
「えっと・・・。ここより遥か南に住むいぎょうの者・・?いぎょう・・・ってなに?」
ファブリスは教えられたとおりに答えたが、その意味はまだわからないようだ。
「異形は簡単に言うと人間とは違う姿をしているってこと。角が生えてたり、腕が6本あったり」
「へぇ!お兄ちゃん!見たことあるの?」
「見たことはないよ。言葉だけ知ってるだけだよ」
「フェリクス坊っちゃんの言うとおりです」
「お兄ちゃん!凄いや!」
弟が屈託のない笑顔を浮かべてこちらを見てくる。
邪気のない、眩しい笑顔だ。
一部記憶がないとはいえ、前の世界と合わせると40歳近く。これくらいわからないのは情けないと思う。
とはいえ、フェリクスにそう言われてすごく嬉しい。
フェリクスの頭をなでてみた。
フェリクスは少し気恥ずかしそうに笑っている。
前の世界では全く知る由もなかったが、これだけ年の離れた弟はかわいい。
でもよく考えると、ある意味ではよその子供。弟だから可愛いというわけではないのかな?
「人魔戦争の流れを説明いたしますと、20年前の夏。魔王という一匹の魔物が現れました。」
「魔王はバラバラの魔族をまとめ上げ、軍勢と成し、人の村を襲いはじめました」
「全く、予期してなかった王国ですが、すぐさま主要の領主に声をかけ騎士を集め、村の奪還に向かいました。」
「しかし、魔軍は村の人間を人質にとり、騎士たちは全く手が出せず、奪還は叶いませんでした」
「王国は防衛線を引き、兵を集中。他国と協力しながら戦いを続けました」
「戦線維持と同時に世界各地から、特殊な才能をもつ者を探しました」
「そして探し出されたのが、旦那様を含む7人の勇者。勇者はそれぞれ特筆すべき力を持っていました」
「旦那さまは魔術、他にも剣術や傷を癒やす聖術等です」
「勇者たち7人は団結し、兵たちと協力し合いながら魔軍を追い詰め、最後は魔王を倒すに至りました」
「魔王を倒された魔軍たちは、団結を失い、それぞれが南の地に敗走。かくして人類は勝利したのです」
「そう!その話は知ってるよ!」
人魔戦争の英雄譚は絵巻や演劇の題材にされ、国民なら誰でも知っている言われるほど知名度を持つ。
僕の何回も聞いている。
まさに、異世界の英雄譚って感じで幼い頃に聞いていたら心躍る冒険の話だったんだろうけど、こっちの世界に来たときは精神的には20代だったからなぁ。
本音でいえば少々聞き飽きた。
「フェリクス坊っちゃん。真面目に聞いていますか?」
メイド長はたまに、心が読めるのかと聞きたいほど鋭いところがある。
「聞いていますよ」
「なんだか気のない返事ですね。いいですか?王国民として人魔戦争のなんたるかを知っていなければ恥をかきますよ」」
「はい。気をつけます」
「そういえばメイド長。質問があるんだけど」
「なんでしょう。フェリクス坊っちゃん」
「魔物って滅んだわけじゃないんだよね?また攻め込んでこないの?」
「それはほとんど心配いりません。魔軍はほぼ壊滅状態です。」
「もともと魔物は縄張り意識が強いですが、以前は魔王を中心としてまとまっていました。ですがいまは数が減った上に個人個人の行動が目立ち、その程度ならば騎士の皆様で撃退は難しいことではありません。」
「また大きな街には魔術障壁があり魔物が攻めてきてもそれである程度対応できます。特にこの村は旦那様の魔術障壁により、首都を除けば国内随一の堅固さを誇ります。」
「へぇ!すごいね!」
目をキラキラさせて喜ぶファブリスを横目に、メイド長はフェリクスの方を見る。
「はぁ・・・。フェリクス坊っちゃんは、ファブリス坊っちゃんほどはこの話が好きではないようですね。わかりました。今日はこれで終わることとします」
何度も聞いているから気が入らなくなっても責めないでほしい。
だけどこれで授業が終わるのは歓迎かも。
「代わりに、剣術の稽古の時間を長めに取ります」
「えっ?」
メイド長の言葉に唖然とした。
「フェリクス坊っちゃんは剣術はあんまり得意ではないようですからみっちりいきます」
「そんなぁ!メイド長!」
「そんな声出してももう決めました。準備してください。少なくとも危険を回避できるほどは上達していただかないと」
「いいなお兄ちゃん!僕も早く剣術を習いたいな!」
「ええ。ファブリス坊っちゃんはもう少ししたら喜んでお教えします。だから今日は住み込みの魔術師勉強を見てもらってください」
「はーい」
「いい子ですね」
余談だが、メイド長の武術訓練はこの屋敷のものなら誰もが通る道だ。
家族だけでなく使用人に至るまで、メイド長が業務の時間を合間を縫って自ら教えている。
最低でも集団で賊を撃退できるように、自分たちの身は自分たちで守れるようにという計らいだ。
しかし問題は内容が苛烈を極める。
メイドたちの訓練ならそこまで厳しくはないが、男に対しての訓練は腕自慢が3日で逃げ出すという噂もあるほど。
おかげで使用人の男女比が女性の方に傾いている。
使用人なら逃げ出せばよいし、メイド長は特に追うようなことはしない。
ただ、嫡子ともなると逃げ出せないし、使用人以上に厳しい。
「フェリクス坊っちゃんも口では不平も言いながらも、なんだかんだで真面目ですから筋は悪くても形にはなってますね」
「もうちょっと優しい言い方ない?」
「頑張ったご褒美に今日から一段と厳しく仕上げていきますよ」
「ヒィ・・・・」
考えただけで卒倒しそうになった。
次は9月27日です




