南の村
ルドルフを伴って私は南の村――神殿のある村へと向かった。村境を越えたところで、私は奇妙な光景を目にした。
「ルドルフ、あれは?」
「……お前みたいな不具の者専用の浴場、集会場、子供の遊ぶ施設など……まあそんな建物ばかりだ。お前、ここの出身なのに知らんのか?」
「し、しばらく帰ってないから、忘れちゃったの」
疑問を口にするルドルフを適当に誤魔化し、目の前の光景を見やる。足がない人、腕がない人、顔に大きな傷跡がある人、おそらくは目や耳が不自由な人……そんな人達が楽しそうにしている。しばらくぼーっと眺めていたら、腕がないおばさんがにこにこと近寄ってきた。
「新入りかい?」
もしかしなくても私のことだろう。この左目の眼帯はとても目立つ。しかしこの眼帯のせいで奇異の目で見られたことも多かったので、どう答えたものか途方にくれる。ルドルフもいるから迂闊なことは言えないし。
「……違う。旅行だ」
「あら、そうなの。ちょっとあんた、わざわざ伴侶に満足者を選んじゃうなんて」
だめだ、言ってる意味が解らない。困っていると、肩で休んでいたコルセッポが耳打ちする。
「ここは障がい者の天国なのだ。南地方の村長が困ったものほど救われるべきという考えの持ち主なのだ。だからその……」
五体満足な人間はかえって疎まれている。
その場を後にし、ルドルフと商店街のほうへ行くと成る程、不自由な人達優先でお店から色んなものを支給されている。……普通にいい傾向じゃないの? 人間いつ不幸が降りかかるか分からないし。こういうケアがあると安心できていいと思うけど。そんな事を考えていた時だった。
「駄目だ駄目だ! あんたにはやれないよ!」
「お願いします! 子供に熱があって……主人は魔物の討伐隊に行ったきり帰ってきません。どうか私にも、いいえ、この子の分だけでも食料を! 後で必ず返しますから」
「うーん。見たところ不具は両方ともないね。駄目だよ。お上からのお達しに反する」
「そんな!」
お店の店員と縋る母親。一見しただけで理不尽さが分かった。分かってしまった。さらに左右からのひそひそ話が私を混乱させた。
「要領悪いよねー」
「ちょっとコネがあれば麻酔かけて腕を切り取って、あとは指一本動かさなくていい暮らしが出来るのに」
「何で普通の身体にこだわるんだろ。こうなったほうが得なのに」
「ね、貴方もそうでしょう?」
宦官。その言葉が頭に浮かんだ。女性と関係を持つ心配がないからと絶対的な信頼と地位を得られる。それを狙って自分や息子を不具の身にする場合が多かったとか。でもあれは、王制終了と同時に消えた。
「私は、事故でこうなったの。それに、ここの人間じゃないから」
「あら。じゃあわざわざ痛い思いして大変だったねー」
「でもそうなった甲斐はあったでしょ? ふふっ」
理解できない。理解できない。どうしてそんなに誇らしげなの。あの母親の光景を見て笑えるの。
「バカみたい」
その時、どこからか凛とした声が聞こえた。
「健常者の汗水でこうやって優遇されてるのに。それを忘れていい気なものね」
「リリィ! どういう意味よ!」
リリィと呼ばれたその少女は、両足が途中から無かった。木でできた、蓮華視点からするとお粗末な車椅子に乗って、彼女は障がいを自慢する少女達をせせら笑う。
「こんな制度、いつか崩壊するわよ。需要と供給があってないもの。障がいあれば一生遊んで暮らせる? だから進んでそうなる? 愚かね。そんな事する人がいるなら、お上もそのうちこの法を取り下げるに決まってる。お金は無限じゃないんだから」
「法律が出来る前からの障がい者で、手当てから漏れたからって僻んでるんじゃないわよ! ブス!」
たむろっていた少女達は、リリィの車椅子を蹴ってリリィを転がした。
「なっ! やめて、酷いじゃない! 同じ……」
思わず蓮華は制止の声をかける。
「同じ障がい者? 違うわよ。リリィなら遺産で食べていけるし、車椅子なんてのも発明して満足者顔負けに生活してるんだから。ほんっと生意気」
やりたい放題して、少女達は帰っていった。と、同時に、買い物に出ていたルドルフが帰ってきた。
「ルドルフ、この人を……」
手伝ってあげて、と蓮華は言おうとしたが、リリィのほうから止められる。
「お構いなく。慣れてるから」
そう言ってリリィは器用に這って車椅子に戻っていった。蓮華は思わず感心する。
「凄い、パラリンピック出れそう」
「パラ……? 他の地方の風習かしら? 何にしろ、これくらいは出来ないとね。あの法律もそのうち崩壊するだろうから、慣れとかないと」
「崩壊、するの?」
「逆に聞くけど、続くと思う? こんな制度。何より、満足者を踏み台にしてのさばるのは私の良心が許せないわ。困る満足者を嘲笑する人達もね。貴女は違うの?」
「……うん、いつまでも続かないと思う。違法に恩恵に預かろうとする人が出るようなら……」
「でしょ。貴女も今のうちから鍛えておくといいわ。それじゃあ」
それだけ言って、リリィは風のように去っていった。
「……こんなに浸透しているのに、崩壊なんかするのかね」
途中からだが話を聞いていたルドルフが、蓮華に聞く。蓮華は、口の端で笑って答えた。
「するだろうなあ。私の住んでいたとこでも、昔お犬様を大切にって法律が出来たけど、結局は消えたしね」
「その法律も訳分からんな」
「あはは……」
困ったように蓮華は笑った。そして神殿で作業を済ませた。
「よくやったのだレンゲ! あとは中央の神殿へ行くだけなのだ!」
コルセッポがパタパタ飛びながら次の行き先を指定する。ルドルフには見えないし聞こえないそれを、蓮華は彼に伝える。
「……中央神殿? あそこに何の用が? 神殿とは名ばかりで、あそこは山の火口だぞ?」
「お金、残っているとこまででいいから、護衛して。お願い、そこに行かなくちゃいけないの」
「……まあ、別に構わないが……」
鬼気迫る蓮華の様子に、ルドルフも後のことを深く考えずに了承したのだった。




