東の村
早く帰って、ご飯食べてゲームやってちょっと勉強して寝る。そのつもりだった。
「ここは?」
最後の記憶は校門で友達と別れたところ。でも今は、見知らぬ森の中に倒れていた。……どういうこと? 近所じゃないよね。夢遊病だったけ?
意味もなく立ち上がってボーッとしてみる。どれくらいそうしていたか、気がつけば日が沈みかけ、遠くから獣の咆哮が聞こえた。
「……! 嘘。とにかく、人家を探さなきゃ」
恐怖に駆られてあちこち歩き回る。なるべく広く明るい場所を選んで。すると遠くに灯りが見えた。無我夢中でそこまで走る。
「すみません! すみません!」
祖母の家と同じくらい古そうな家だった。強く叩くのは躊躇われたが、一刻も早く気づいてほしくてひたすら叩く。
「なんだい? 女の子かい?」
軋みをあげながらドアが開かれ、中からよぼよぼの老婆が出てきた。
「道に迷ったんです。ここに泊めて貰えませんか? お願いです、何でもします」
「あんた……運が悪いねえ。ここは人食いの家だよ」
「え?」
老婆が何を言っているのか分からない。人食いって……私は気がつかない間に未開の地にでも誘拐されたんだろうか。
「とりあえず、名前を教えてくれるかい」
「蓮華……形代蓮華です」
「レンゲ、とりあえず隠れなさい。ババにやれるだけのことはやってみるから」
お婆さんに招き入れられ、奥の部屋に隠れる蓮華。やがて第三者の気配が濃厚に漂ってきた。
「ババ、人臭い、人臭いぞ」
「ねえあんた、私の妹の孫が訪ねてきたんだよ。だからこの子だけは食わないでやっとくれよ。もう何十人もお前に料理して食べさせてやったじゃないか」
これをドア越しに聞いていた蓮華の背筋が凍った。
「若い?」
「あんた!」
「分かった、今日だけは食わない。でも何日もいると腹が空くから早目に追い出して」
「ありがとう。……レンゲ」
呼ばれてビクビクしながら出てくる蓮華。そこで人食いの姿を見たが、意外にも人間と変わらない。十代後半から二十代前半くらいだろうか。しかも蓮華の世界ならイケメンと言われるような容姿だった。
「今晩はシチューさ。さあ、量は少ないけど、お食べ」
老婆とイケメンと自分。シュールな夕食の光景だった。
「……ドッキリじゃないよね。でもドッキリにしては……」
窓から外を見上げる蓮華。空には月が二つ浮かんでいた。
「混乱してきた……。もういいや、寝よ。折角布団も用意してくれたんだし。寝たら考えがまとまるかも……」
敷かれた布団に横たわる蓮華。ほどなく寝息が聞こえる。
深夜。ハッとして蓮華は目を開ける。人食いの男だ。目の前に人食いの男がいる。
「ババはああいったけど、つまみ食いならいいと思う。それなら殺さないから。あと場所もちゃんと本人に聞く。どこならいい?」
「あの、代えがきくところを……」
爪や髪じゃ駄目だろうか。いいと言ってくれ。むしろドッキリだと言ってくれ。蓮華の心中を知らない人食いは笑って答えた。
「分かった」
若い女の絶叫が家中に響いた。起きた老婆は瞬時に異変を察し、痛む膝をこすりながら蓮華の部屋へ向かう。
「あんた――!! ……ああ!」
部屋の中では、蓮華が両手で左目を押さえて呻いていた。その手の間から血や何かの液が滴り落ちている。
「ババ、やっぱりこんな飴みたいなのじゃ腹の足しにもならない」
「この……バカタレ!! レンゲ! レンゲしっかり!」
「バカって何。目なら二つあるじゃん」
老婆は人食いを部屋から追い出し、一晩中看護をした。その間、蓮華はずっと考えていた。
明日になったらここを出よう。次は足や腕かもしれない。これ以上だけは、阻止しないと……。死にたくない。
清潔な布や薬を与えられ治療され、朝には蓮華の左目は痛くなくなっていた。この際細かい事は考えない。早くここを出たい。
「この道を真っ直ぐ行くと人里に出るから」
「はい……。お婆さんは、逃げないの?」
「ババはね、あいつの嫁なのさ。若い時に連れ去られた、あいつの最初の女。最初の女だからと生かされている。あとは……分かるね? 死ぬのが怖くて同胞を手にかけたりもしたさ」
なるほど、深い事情があったようだ。でも同情はしない。そんな心境になれない。
「お世話になりました。じゃあ」
簡単な挨拶をして別れ、森の道を行く。
数メートルで大分疲れる。右目だけでは歩くのにも苦痛だ。二つあるから疲労も分散していたのに、一つだけの物を酷使することで精神的にも肉体的にもストレスが溜まる。
そういえば、福祉の特別授業で、片目の人の視界を理解するため、校庭の遊具を片目で遊んでみましょうというのがあった。丸太を飛び渡るのが全く出来なかった。……あの時は、目を開ければ終わりだったのになあ。
暗くなっていた蓮華の前に、突然予想もしないことが起きる。
「ああっ! 今回の神子様なのだ!」
二十センチくらいの、人型の妖精が現れた。それは絶え間なく蓮華の周りを飛んでいる。ハエか。
「な、なに? 人外なのは分かるけど」
「何でそんなに冷たいのだ? それに神子様、左目に布を張ってあるけど、どうしたのだ?」
敵意はない、それに害をなそうとしてもこのサイズなら何とかなるとふんで、蓮華は事の次第を話す。
「ああっ! 神子様可哀相なのだ! 僕ら妖精は夕暮れ以降は姿が消えてしまうから、みすみす危険な目に合わせてしまったのだ!」
「ところで、神子様って? それにあの人食い、この世界は……」
被害を受けた本人が一番冷静なのは、よくある事だ。それも、許容範囲を超えて焼き切れたために感情が死んだだけなのかもしれないが。
「まず自己紹介なのだ! ……僕ら妖精の本名は人間には発音しにくいんだけど、あえて言うならコルセッポが一番近いかも、なのだ」
「コルセッポ、くん」
「あう……人間の発音だと間抜けな響きなのだ……」
一人? 微妙な気分になっているコルセッポを急かして蓮華は説明させる。ここ、まだ森なんですよ。
「この世界は女神様がお作りになったのだ。女神様は優しいから、空にも地にも意志をお与えになったのだ。それを勘違いした天地はそろって怪物を生み出したのだ。小さいのも含めれば、魔物の数が人間より多い世界……。お陰で人間は一番可哀相な存在なのだ。一所に固まって恐々生きている。女神様の唯一の難点はものづくりの才能かもしれないのだ。人間にはろくな武器もないし。そこで、異世界からの助力を求めることにしたのだ。君の力で怪物どもを一掃するのだ!」
自分で作ったものを統率もできないとか、確かに才能ないな……と蓮華は心中で軽蔑する。左目の恨みもある。
「何すればいいの?」
「ここは東の領域。まずは東の人里にある神殿で魔力を注入するのだ。それで東の怪物は少しマシになると思うのだ」
「じゃあ、行こうか。……ところで、君みたいな妖精を連れてると騒ぎにならない?」
「普通の人間には見えないから大丈夫なのだ!」
蓮華達が東の村に着いた途端、手痛い歓迎を受けた。
「ちょっと、あの娘人食いの森から来たよ」
「でも怪我してるよ、命からがら逃げてきたんじゃない?」
「そんなの分かったもんじゃない。目を合わせるんじゃないよ。あと距離もとりな。触らぬ神に祟り無しさ」
「ってか、片目とかこわ~い」
「……」
少しだけ、よく逃げてきたなとか言われるかなとか、思ったりしてたんだけど。そんな期待は見事に打ち砕かれた。そんな蓮華をコルセッポが心配そうに見ている。
「レンゲ」
「別に。もともとこの世界の人間でもないし。でもこんなんで神殿に入れるのかな」
「神殿は魔除けでもあるのだ。魔物や怪物を寄せ付けない女神の加護の賜物なのだ。人間なら誰でも入れるのだ」
「じゃあ、私が人間なのは皆知ってるんじゃ」
「……確か、東の人食いのところに居たのだ? あそこの人間は、昔は人里に降りて手引きなんかもしていたらしいから……」
「それなら、しょうがないね。まだマシな扱いか」
中央にそびえる柱に簡単な天幕を張り巡らせている。これが『神殿』? まあ、物の概念なんて国や地方でいくらでも変わる。悠々と中に入る。周りの人間は距離を置く事に夢中で私が近寄るのはどうでもいいようだ。
コルセッポの指示通りに触れる。柱は一瞬強い光を放ったが、すぐに戻った。
「成功なのだ。周りの奴らには目視できないのが残念なのだ」
凄い事をしているのに、認めてもらえない、か。
「東西南北四つの神殿があるのだ。それらが終わると、中央の大神殿への道が開かれる、そうしたら帰れると思うのだ」
本音を言うなら、今すぐ帰りたいな。そんな訳の分からない作業もしたくない。でも他に何を、誰を信じればいい。こんな身体の自分は誰に受け入れられる。
その後の旅の最中、食べられる植物とか野営の仕方、魔物の避け方とかコルセッポはとても役に立った。やっぱり着いて行くしかないな……。
流されるまま、私は北へ行く。それしかないから。




