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北の村

 妖精コルセッポの道案内と誘導で、あっという間に北の神殿がある村に着いた。それはいいのだけれど。


「ねえコルセッポ。私、お風呂入りたい……」


 腐っても乙女。片目でも乙女。身だしなみには気を使いたい。……川や池の水浴びをお風呂にカウントしなければ、もう何日お風呂入ってないことやら……うう、考えたくない。


「なんとかしてやりたいのは山々なのだが。僕の姿は人間には見えないからどうしようもないのだ。自分で付近の住人に頼んでみたらどうなのだ? そんな悪い人ばかりでもないと思うのだ」

「それしかないかあ」


 覚悟を決めて村の住民に話しかける蓮華。


「あの、すみません」

「!」

「!!」


 蓮華は、井戸端で輪になってる少女の集団に話しかけた。当然というか、すえた臭いを漂わす蓮華に少女達はドン引いた。すすすっと距離をとられた上、遠巻きにこそこそされる。


「(ちょっと、何あれ……)」

「(え~、誰か答えてやんなよ、話しかけられてるよ?)」

「(あたしやだ~。ねえ誰か……)」

「(ってか片目とかやばくね?)」


 その様子を見て、蓮華はこれは駄目だと感じた。


「すみません、何でもないです……」


 蚊の鳴くような声で言って、その場を離れる蓮華。コルセッポは心配そうに見るが、うつむいた顔の裏で、集団は駄目だ、一人の人を狙おうと考える蓮華も中々のタフさだ。少し歩くと、おあつらえ向きの少女がいた。近づいて話しかける。


「あの……すみません、困ってるんです」


 自分が大人の男だったら通報物だなと言ってて考える。……そこまで考えて幼い人間を呼んだのだろうか? でもこれは今考えても仕方ない。


「えっ……何ですか?」


 当然というか、まずは引かれる。しかし蓮華はへこたれない。


「魔物に襲われて、家も家族も……。でも故郷にもいられなくて……」


 涙目で訴える蓮華。嘘という訳でもないので、本当に泣いている。


「……なんか、私より可哀相?」

「え?」

「なんでもないわ。そう、苦労したのね。うちに来たら? 数日でよければいてもいいし」


 気になることを言ってたようだが、この際どうでもいい。それよりも、何日ぶりかにまともな寝床と飯にありつけて、心の中でガッツポーズを決める蓮華。


 おいでおいでする少女の後をついていく。その道中、少女は何回も鼻をかんでいた。


「風邪ですか?」

「……違う。風邪なんてひいたことない」

「あ、じゃあ私が臭うから……」

「それも違う」


 やけにつっけんどんな少女に蓮華は戸惑いを隠せない。


「……そういえば名乗ってなかったね。私、スノウ。……言っとくけど、夏生まれ」

「私、レンゲです」


 異国の響きね、どこから来たの? 村は壊滅状態なの? 旅は大変だった? ねえ、片目ってどんな風に大変なの? と、それからは会話が弾んだ。スノウの態度には少し思うところがあるけれど、それでも井戸端の少女よりはマシだと蓮華は思った。道中、やっぱりスノウは鼻をちょくちょくかんでいた。


「お帰り、スノウ」


 家に案内されると、スノウの兄が出迎えた。勿論、片目で薄汚れた風貌の蓮華を見て顔を(しか)める。


「……見てよ、兄さん。『可哀相な子』 でしょ? お風呂に入らせてやって」

「ああ……」


 お風呂に入って溜まった垢を洗い流す蓮華。それにしても、あの兄妹……。風呂から上がった後は、ご飯をご馳走になる。それが終わった後。ようやく兄と二人きりになる。


「スノウさんなんですけど。もしかして彼女は……」


 単刀直入に聞く。


「医者に言わせると体質で、治しようがないだとさ。アレルギーかとも思ったが、あらゆる原因物質を探ってどれも不正解。あれでも薬で抑えてマシなほうだ」


 人の不幸を喜んでるっぽいスノウ。一人輪から外れてた事といい、何かあるとは思っていたが。


「信じられるか? 女の子なのにあだ名がハナタレ。薬でよくなったとは言っても、副作用があって眠くなる。……そしたら今度は夜遊び女だと。世界で一番不幸な女だ。だから……」


 お前、自分が不幸だと思うんじゃないぜ。


 スノウの兄は憎しみをこめた眼で蓮華を見た。片目だけの蓮華は、それを何ともいえない気持ちで見返す。



「兄が失礼を言ったみたいね」


 翌朝、蓮華はスノウに話しかけられる。


「気にしているのよ。小さい頃、私の異常に気づかなかったから。両親はハンターで家にはいない。自分が気づかなくちゃいけなかったのにって」

「呼吸器官に異常があるのって、辛い?」


 いかにも聞いてほしげだったから、聞いてみる。


「つらい。死ぬほどね。人前で鼻かんでたら、『鼻かむって下品な行為だよね』『人前でするのっておかしいよね』 って言われる。それでトイレでかむと『臭い場所で鼻かむとか狂ってる』 って言われる。人気のない屋外でやると『まるで悪い事してるみたい。普通の事なのに変な人』 って言われる。……薬でようやく症状が落ち着いたけど、授業中にうとうとしがちになって、今度はよくない噂を立てられる。私、何でこんな身体なんだろう」


 スノウの不幸自慢を、黙って聞く蓮華。


「……片目の貴方を見た時、世の中には自分より不幸せな人がいるんだなって思った。でも、別に貴方はそうじゃないわ」


 結局は、そこなのだ。


「一目で障がいが分かるって幸せね。私だって同じことならすぐ解ってもらえるのが良かった。身持ちが悪くて年中風邪引いてるって思われるってどんな苦痛か……」


 すぐ解るから、視界に入った途端に引かれる苦痛なんて知りもしないくせに。そもそも目玉取られる痛み知ってるのかこいつは。


 そんな風に心の中で愚痴愚痴言うものの、それでも今の自分を泊めたのはスノウだけ、という事実。同病相哀れむ心境なのかもしれないが。





「お世話になりました」


 挨拶を済ませてスノウの自宅を去る蓮華。スノウも兄も特に引き止めることなく玄関に立っている。その代わり、詳しい事情を聞かれることもないから、楽と言えば楽だった。


「レンゲ、あの兄妹のこと、気にしないほうがいいのだ」


 コルセッポの慰めに蓮華は笑って答える。


「してないよ、こんな身体だし」

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