102 満開の桜花
「なんと美しい眺めではありませんか」と室は言った。
「ああそうだね。華やかであるけれど、静かにはらはらと散り続ける様子は、桜が静かに悲しんでいるように見えますね。これは仏教で言う大悲です。仏が庶民の苦しみを見て、静かに、しかし深く悲しまれるのを大悲というのですが、それを画にしたような風景ではありませんか。その大悲は近頃の私の有様ではないかとも思います。けれども、こうしてあなたとこの景色を眺めていると、二人の心が一つになるようで幸せに感じます。私はあなたを幸せにできているのでしょうか?子供もできず、ずいぶんと辛い気持ちなのでしょうね。しかし辛く思う気持ちは持たなくとも良いですよ。今の鎌倉では、源氏の子供に幸せを保証してあげられません。言い訳かも知れませんが、子供ができないのも神のお気持ちかも知れませんよ」
「・・・私は、御所のその優しい気持ちで十分でございます。殿のおかげで人の上に立ち位の上限に立つことができました。お詫びして貰うことなどはありませんよ。」
「渡宋であなたを一人にしますが、私は逃げ出すのではありません。必ず帰ってきます。宋に渡り、本当の仏の教えを学び、鎌倉に真実の仏教をもたらすのです。そうでなければ、鎌倉の流血はいつまでも止まらないのです。あなたには寂しい思いをさせますが、許してください」二人の見つめ合う目には涙が潤んだ。
四月十七日 遂に渡宋船は完成した。由比ヶ浜の空には、さわやかな初夏の空と浮き雲がひろがっている。実朝が多くの御家人に進水のための船曳の人を出すように命じたので、その人々が百人を越えて待機していた。
御所車三台に実朝と室、政子と義時が乗っている。近待の者達と多くの御家人、庶民が見守る中で、二階堂行光と和卿の総合指揮のもと、作業が始まろうとしている。宋朝も驚かす麗しい巨大な、木の香りも新しい船が浜にそそり立っているのが目に入る。
午の刻(昼)指揮台に乗った、行光が和卿を建造者として和卿を紹介する。和卿が挨拶をする。