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挑戦 Ⅰ

「はい、申し込みの紙あとはこれだけね。参加費は一人当たり三千円だよ」

 楓は俺の机にA4用紙を置く。広告兼申込用紙といった様相のもの。名前とARROWの登録IDを書いて提出すれば良いらしい。

「つばさの分は?」

 アンドロイドが金を取られることは滅多にないけど……滅多にないだけでたまに有るので一応確認しておく。

「勿論無しだよ?」

 大会参加となればアンドロイド同伴はほぼ必然だし、それもそうか。

 実際ARROWはアンドロイドなしでもなんとかゲームはできるので、必須というわけではないようだが。


「人間のだけで良いんだな」

 二人で六千円なんてことになったらしばらく節約生活突撃確定だ。

 親の仕送りは子供を一人にしている事への贖罪のつもりなのか十分すぎる量なのだが、現状はつばさ関連で貯金に回さざるを得ないので無駄遣いはできない。

 隣り合った机、放課後を利用して今日も今日とてゲーム三昧だ。


「適当にサインだけしておけばいいから。景品のためにも頑張ろうね」

「なんか不純だよな……これ」

 純粋なゲーム好きが聞いたら、助走を付けてぶん殴ってきそうだ。

 今のところは手段のためのARROWだ。できるなら楽しみたいけれど、そこまで余裕がない。


「それにしても、良いのか?」

「なにが?」

「このゲーム関連のこと全部任せちゃってるし」

 楓に甘えっぱなしだ、というのは小学生の頃から自分が抱いている危惧であった。

「良いよ良いよ。実際のところは用意してるの遥香だしね」

 こういう風にいなされてしまうから、ついつい頼ってしまうらしい。情けない。


「遥香に、お礼言っといて」

「うん。きっと喜ぶよ」

 ともあれ、楓にも遙かにも、そのうち何かお礼をしなくてはならないな。


「開催まで一ヶ月超か。……つばさに残された時間は、どのくらいなんだろうな」

 景品を--チップアダプタを手に入れられなかったらどうなるんだろう。目をそらしてきたことだけれど、そうなる確率は十割に近いのだ。

「……これだけあの器具の需要があれば、それを搭載した素体も出てきそうだけどね」

 確かに、その通りだ。一定の需要がある以上、そう言った何らかの商品が登場してくることは分かる。

 楓が頻繁にカタログを眺めているのはそういうのを探してくれているからなのかもしれない。

 確かに、リード社あたりだったらそういう素体を開発してくれるかもしれない。でも、それは--。


「――何年後になるんだろうな」

 あの器具は現代の技術では大規模な量産が不可能。莫大な金もかかる。それを素体という形で全国に流通させるのには何年もかかる。社会問題化した数年前から開発を続けていたとしても、まだ数年。量産化には素人でも分かるような壁がある。


「ご、ごめん」

 言ってから、凄まじい罪悪感が生まれた。俺はなにをしているんだ。誰に、なんて事を言ったんだ。

 こんな時でも自分を支えてくれる人に甘えて、困らせて、謝らせて。

 本当に、嫌なことを全部彼女に押しつけて……。



「あー、ゴメン! 帰りに、ジュースでも奢る」

 100円と少しくらいの出費で許されるものとも思っていなかったが、自分はそう提案する。

「――アイスが良いなぁ。ダブルで!」

 笑顔で楓が応じる。うん。このゆるみきった笑顔が見れたのだから値段に関しては目を瞑ろう。

 400円くらいかかるけれど--楓のこの笑顔を見られるのならば、多くの愚かな男子が喜んで硬貨を差し出すことだろう。もちろん、自分はそんな愚かな男子の筆頭なのだが。


「分かった、分かった。今回も俺が全面的に悪い」

 その通りだ。俺が完全に悪い。男のくせにうじうじ悩んで、楓に頼って。これは自身へのケジメの側面もあるのだ。弱音を吐くのはこれで終わりだ。この400円は、決意の400円だ。俺はアイスを買うのではない。決意を買うのだ。

 ……そう思うと出費への抵抗が少し無くなってくれる。

「うん。陸が全面的に悪い」

「追撃しないでくれ!」


「陸が悪い、陸が悪い」

「とどめをさそうとしないで!」

「ふふ、アイス何味がいいかなー。クレープも良いかなぁー」

 鞄に教科書を詰め終わって、楓が顔を上げた。自分は全教科オキベンなので、準備がやたらと早い。だいたいやろうと思えばデータ化して持ち運びやすくできるのに未だに紙媒体なんて不便で仕方ないんだよ。どうにかしてくれ、本当に。

 彼女は鞄を手に立ち上がる。データ端末で駅の近くにあるアイスクリーム屋の新商品をチェック。


「新商品四種類もあるよ」

「ダブルを二個奢れと言われたら俺は家に財布を忘れてきたことになるぞ」

「制服のポケットに入っているそれは」

「飾りだ」

「陸ってたまに、ものすごいこと言うよね」

 俺はつばさから支給して貰っている千円/週を守り抜かねばならないのだ!

 ダブルを二つ買ったら、今週分のそれはほぼゼロになる!

 しかも俺が食べられない!


「馬鹿な冗談は置いといて、早く行こうか。ゲームルームの予約はしてあるんだよな?」

「うん。遥香に頼んである」

 やはり彼女は抜かりがない。

「じゃあ、二人に連絡を――」

「するのは、アイスクリーム食べた後にしようか」

 ……理由はよく分からなかったけれど、逆らう意味も特にない。俺は小さく頷いて、自分のスカスカな鞄を肩に担いだ。型くずれして妙に膨れている通学用鞄はとても良く手に馴染む。



「……挑戦状? そんなシステムがあるのか?」

 アイスクリーム屋まで歩いていく道すがらそんな話をする。どうやら楓は最初からこの話をするために、寄り道を誘ったらしい。勿論、ARROWの話で、楓のチュートリアルに出てきた用語を聞き返したのだ。

「うん。一応、私たちはARROWに一つのチームで登録してあるんだけどね」

「知ってる、知ってる」

 ARROWは歴史の長いゲームだけあって、一週間やそこらでその全システムを把握するのは到底不可能であった。なので、こうして楓が時折助け船を出してくていれた。


「凄い勢いでランキング上がってるから挑戦状もいくつか来てるんだよね」

 案外目立っているのか、〈ラビュリント〉と〈フリューゲル〉のコンビは。何だか嬉しくなる。

「それで、全部無視していたと」

 実際自分は対人戦に興じているような余裕はなかった。一通り色々なモードを経験しておかないといけなかったせいだ。

「うん。もう少し日を置いてからやろうと思ってたから。でも、見逃せないのがあってね」

「本当に?」

 見逃せない、ねえ。


「この一帯でのランキングで一位に君臨し続けるチームがね、挑戦状送ってきた」

「ああ、あの例の一位チームが…………え、意味分からない」

 ダブルスコアつけているのに挑んでくる理由が分からない。まず間違いなく向こうの勝ちだろう。

 え? そういう趣味? 無抵抗な相手を虐殺する系?

 まあ、スーパー系のロボットではたまーにそういうバイオレンスな物もあるけれど……。


「向こうには向こうの考えがあるんでしょ。それはともかく、陸、今から新しい機体を作ろう。向こうに手の内をさらすわけにはいかないからね」

「かもしれないな。両機体とも癖が強すぎる――って、それだと、まるで何度も戦うみたいだ」

 止まれない〈フリューゲル〉。動けない〈ラビュリント〉。知ってしまえば対策は立て放題だろう。

 今のところ対人戦をしていない以上、自分の機体は特性は知られていない。ラビュリントに関しては、まさかあんな仕様の機体で大会に参加してくるとは思われていない。

 不意打ち代わりにもなるから大会までこの状況を保たねばならないのだ。始まってしまえば登録機体以外は使えないからな。後は運次第だ。


「その一位グループが大会に出てくる。相手もそのままの機体を使ってくるとは思えないけど――少しくらいは参考になるだろうからね」

「大会に? ……にしても、なんで知ってるんだ、そんなこと」

 当人達にしか知り得ないことだ。

「丁寧にメールに書いてあったの……」

 楓は、なんだかどっと疲れたような様子だった。一回り小さくなったように思える肩。……ぽん、と手をそこに右手乗せると、こちらの意図通りに言ったのか、ハニカんで見せてくれた。

 挑戦状はメール形式で届くらしいが――それにわざわざそんなことを書いていたのか。誘っているとしか思えない。


「この地区では一番有名な大会だからね、大抵のランカーは出てくると思って間違いないよ」

 頬を少し染めながら、楓はお姉さんぶるようにちょっとすまして見せる。

「そうか」

 --やっぱり、そうなってくるのか。知識が付いてくると、その壁の厚さが分かる。一位は当然だが、二十位の自分たちにとっては19位だって分厚い壁だ。


「なんかね、変なんだよ。そのメール……私たちが景品狙いなの、バレてるんだよね」

「大抵の奴はそうなんじゃないのか?」

 ついついそう思うってしまうのは、自分がそれ以外の目的を持たないからなのだろう。

「いや、そうでもないよ。その大会での優勝で一気に有名になれるからね。そうすれば、お金も入るし」

 お金か。まるでプロのゲーマーみたいだ。ARROWプレイヤーとして身を立てる方法は幾らでもあるらしいからな。指南書執筆とか、公式のプレイヤーになるとか。関係性が薄くなるが、アンドロイドのAI教育に携わることもできる。

 それを考えると、名声というものの価値もかなりあるのだろう。


「じゃあ、みんなが景品目当てって訳でもないのか」

 参加費三千円のわりにはリターンが大きいようだ。多くの人から三千円だからな。かなりの儲けになるのだとは思う。大会自体は一つの場所に集まるわけではなく、各地のゲームルームでのスコア争い等になるから管理費も余りかからないようだしな。

 決勝大会のみは一同に会するみたいだけれど、それほど大人数ではなさそうだ。よくできたシステムだ。とても効率よく金を吸い上げている。


「うん。名声狙いと、あと純粋にゲーム好きな人ばかりだと思うよ。それと、言いにくいけど――」

「――?」

「本当にARROWをやりこんでいる人達って、アンドロイドって全部レンタルでやるから、あの器具はまず間違いなく、必要ないんだよね」

 アンドロイドのレンタルか……仕事や単身赴任中の家事手伝いとかには使われると聞いているけど。

 自分とは関わりのないものだった。13年も一人のアンドロイドと一緒にいるせいだろうか? 他のアンドロイドを連れている自分というのが、上手く想像できなかった。


「殆ど気にならないけど、アンドロイドの素体とメモリーチップにも処理速度ってものがあってね」

「どちらも最新式の方がARROWでは有利になる、か」

 システムの一部をアンドロイドが肩代わりしているARROWなのだが、どうもアンドロイド性能がゲーム内での機体性能にも関わってくるようだ。旧型と旧型の組み合わせであるつばさは、論外か。

 確かに、第二世代の照準アシストと第七世代のそれだったなら後者に軍配があがるだろう。


「うん――先に言えって怒る?」

「それをやったら終わりだろ」


 確かに本気で勝ちを狙いに言っているのなら、レンタルした方が良かったのかもな。一月ぐらいなら、貯金でどうにかできるはずだ。

 けど、自分がそんな提案を受け入れるとは、どうしても思えなかった。

 不合理ではあるんだけどな。


 認めたくはないけれど、これは彼女にとっての『最後の思い出』作りでもあるんだから。


「そうだね。私もそう思う――」

 にっこりにこにこ、だいたい楓は幸せそうに笑っている。そんな表情ばっかり見ることができている自分こそ、真の幸せ者なのかもしれない。


「と、なるとあの器具は換金目当てか?」

 そんな奴らばっかりだから値段が跳ね上がって必要な奴に行き渡らないんだろうに、と文句の一つでも言いたくなる。

「上手くやれば、アンドロイドを複数買えるくらいにはなるからね」

 賞金を渡すよりはそっちの方が都合は良いのかもしれない。

 レンタルよりは正規品の方が便利だ。AIの教育だってARROWには大事な要素なのだから。現行最新の第7世代は、あと数年は最前線で戦うだろうしな。少なくとも、たとえ第二世代でもしっかりメンテナンスすれば十年以上は動くのだから。

「その調子じゃ、譲って貰えるとは思えないな」

 譲るにしても、オークションで付くような法外な価格と引き替えとなるだろう。そんな金は無い。

「うん。一位チームが優勝しても譲らないって明記してあった」

 なんだか一位チームからもの凄い悪意を感じるな。やはり、景品のための練習でランキングを荒らしていることが気にくわないのだろうか。確かに、当人達が大事にしていることを踏みにじる行為ではあるかもしれない。

「結局のところ、優勝するしかないって事だな。そして、優勝の最大の障壁が向こうから情報をくれるっていうんだから乗るしかない」

「うん。陸は単純明快でわかりやすいね!」

 こちらの情報もある程度漏れるということはこの際無視だ。

「難しく考えても、暗くなるだけだからな」

「じゃあ、挑戦は受けるって事で良いね。とりあえず、メールだけ出しとくから」

 丁度よくたどり着いたアイスクリーム屋の中に入りながら、楓は笑った。


 二重生活というか――いつもの平凡な日常に加わった小さな変化。寄り道先が一つ増えて、楓と話す機会が前よりも増えて。

「せっぱ詰まってきている筈なのにさ、なんかそれなりに楽しんでいる気がするんだよ、俺」

「わたしもだよ。陸にとっては本当に大事なことなのにね、楽しんでる」

「きっと、つばさもな」

「遥香は最初っからずっとね」

 気楽なものだ。自分のことなのにそう思った。


「陸、何食べる?」

「俺はいいよ」

「一個無料のクーポン、今日までなの」

 ……こいつ。それがあるなら、俺に奢らせなくて良かったじゃないか。最初からそれ目当てだったんだろう、本当は。


「お前に任せる」

「……言ったね?」

 言うんじゃなかった。

「さ、並ぼうか」

 今日も今日とて、俺たちに危機感はない。

 それを愛しいと感じているあたり、筋金入りだ。けれど、無自覚なよりは自覚していた方がましだろう、となんとか心を励ました。



「冷たいな」

「そうだね、アイスだしね」

「それもそうだな」

 語彙力を鍛えていきたいところだ。

 たまには二人だけってのも良いものだ。学校ではいつも二人でツルんでいるくせに、なぜかこうしていると改めて思うのだった。


「そうだ、陸。食べさせあいっこでもする?」

 まあ、男女二人で食事といったらそれがセオリー(?)である気もする。

「……子供の頃にさんざんやっただろ」

 恥ずかしい。オブラートに包んで、そう言ってみた。子供って無敵だよな。周りの目への意識も、恥の概念も希薄だなんて。なんだってできるじゃないか、それ。


「いろんな人を敵に回す発言だね、うん」

「幼稚園まではノーカウントでお願いしますよ、本当に」

 遥香がよく言っているけれど、楓は高校に入ってからはかなり男にモテているらしい。確かに可愛いし、良い子で親しみ深いやらで、気になるのはパイルバンカー関連のことくらいだ。そんなの知ってるの自分くらいだし、俺以外からすれば彼女は欠点などないパーフェクトな女の子に見えているのかもしれない。


 自分だって、楓のだらしないところなんかを見て、『俺はこんな姿も知っている』なんて優越感に浸ってしまうこともある。少なからず彼女を魅力的だと思っているのだろう。


「それじゃ――今更気にするのも馬鹿らしいよね」

 楓はそんなことを言いながら、小さなスプーンに鮮やかなアイスクリームを乗せ、こちらにつきだしたのだった。ストロベリーの甘酸っぱいフレーバーが、舌一杯に広がる。

「もうちょっと、恥ずかしがってくれたりしても良いんだけど……」

「ほれ、楓もどうだ。お前が選んだハイビスカス味、意外と上手いぞ」

 キャッチコピーは『肌荒れに悩む女性のみなさまへ!』だったのだが、俺は肌荒れになど悩んでもいないし女性でもない。もしかしたら楓はそこらへんを誤解していたのかもしれない。幼なじみって何だっけ。

「あ、あ、あ……あーん……」

 口を開けて、スタンバイOK。

「良いか、楓。酸っぱいぞ。気を付けろよ。ビタミンCの底力を味わうからな」

 ……自分から始めたくせに恥ずかしがっている彼女には聞こえていないようなので、もう問答無用で口に放り込んでやった。ハイビスカスの毒々しい赤色が彼女の口の中に溶けて消えていく。

「--酸っぱい! 酸っぱい!」

 二回言った。

「言っただろ、酸っぱいって」

 なにもここまで正直に酸っぱさを再現することもないと思うのだが、どうやらこのアイスクリーム屋は元になったフレーバーへのリスペクトを欠かさないらしい。

「甘酸っぱいノリが全部ハイビスカスに制圧された! 甘さが消えたよ!?」

「選んだの、お前だからな?」

「…………ごめんね」

「分かれば良い」

 ああ、シンプルなフレーバーが恋しいよ……。

「期間限定商品が期間限定である理由も、今、分かった……」

 楓の嬉しいやら悲しいやら、複雑そうな表情が妙に印象に残っていた。


 一通りまったりしてから場所を移動し、遥香とつばさと合流。そのまま目的地へ歩いていく。遥香に色々と茶化されてしまった。楓の驚き方に全部持って行かれたような感じだったけど……改めて考えると、かなり恥ずかしいことをやっていたんだな。なんだか、頬が熱い。


 ゲームルームに入るなり見たものは、つい先日出会ったばかりの二人だった。また、あのよく分からない不快感が生まれる。

 輝に、葵さん。華やかな二人を前にしているというのに、なぜか自分の心の中はどんよりと曇っている。

 傍らには、まるで双子のようなアンドロイドが、うつろな目で立っている。

「……この子達、レンタルアンドロイドです」

「型番としては〈REー7R ネクスト〉ね。今のところ、第7世代最後発になるアンドロイドよ」

 あー。なんかもう、存在は知っているけど、目の前にすると言葉もない。



「やあ、お二人とも。挑戦、受けてくれるって信じていたよ」

 優男はにやりと笑ってこちらを見る。なんだか、絶対的な自信を持っていることだけは伝わってくる。

 ……敵意を持ちすぎかな、自分。こいつだって、学校での評判は良い方だ。ただ、葵さんという『お似合いの相手』がいるから話題に上がりにくい。

 成績もよく、運動ができて、彼女も可愛い。自分たちの年代にとっての『成功者』であることは疑う余地もない。


「やっぱり輝君だったんだね、一位グループって」

 楓が小さくそう言った。予感くらいはしていたのだろう。

 ああ、なるほど。一位がわざわざ挑む理由――『知り合いだから』というのなら、納得もいく。そこに合理性なんてものはないんだから。


「やっぱり予想されていたみたいだね」

 特に驚くでもなく、輝はうなずいた。

「うん。メールの文面にわざとらしいほど沢山に手がかりを散りばめていたしね」

 景品のことだろうか?


 輝自身には景品欲しさにゲームを始めたことを言ってはいないけど……まあ、隣のクラスとは言え学校で『景品がー』とか『チップアダプタがー』とか言っていたら、当然気づくよな。

 俺が年代物のアンドロイドを偏愛していることは有名だ。ARROWを始めたとなれば、この大会での優勝が目的と考えるのはおかしくもないことだ。


「なら、僕たちのやろうとしていることは分かるだろう?」

「うん。陸の前じゃなかったら本気で怒ってるかもしれないね」

 楓は、見たこともないような目をしていた。苛烈で、敵意に満ちた目だった。

 温厚な彼女をここまで怒らせるようなことを輝達はしているのだろうか?


 遥香は全てを見通したような目をしている。この場で取り残されているのは俺とつばさだけだ。

 なんで、ここまで本気で怒っているんだ。どうやったら彼女をここまで追いつめられる。何年も一緒にいた自分にも分からないようなことだった。


「陸、ゴメンね、やっぱりわたし――この二人とは、本気でやりたい。〈ラビュリント〉を出すよ」

「本当に? 手の内を晒すの嫌がってただろ?」

 あの〈ラビュリント〉はあまりにもクセが強い。一度手の内を知られればものすごくやりにくくなるだろう。機雷を無視して〈ラビュリント〉を潰すのは容易い。


「……ごめん」

「いや――楓がそう言うんだったら、従うよ。俺も〈フリューゲル〉を使う」

 それくらいの信頼はあった。


「私は、貴方が私たちの事情に陸を巻き込んだことも、私の好きな人たちを愚弄したことを許すつもりはないよ」

「さも許しを望んでいるように言うのはやめてもらえないかな?」

「……っ」

 楓も怒るんだよな、そういえば。長年の付き合いなのに、そんな当然なことを自分は忘れていた。

 よく分からないけれど、楓の敵ならばおそらく、俺の敵だろう。

 震える彼女の手を、軽く握る。驚いた様子でこちらを振り返った彼女に、小さく頷いてみせる。

「さぁ、楓。やるぞ」

 それだけ言って、笑って見せた。


 恐ろしかったのは、傍らに控えていた輝と葵さんのアンドロイドが、何の反応もしなかったことだ。

 おろおろしているつばさと、楓に付き従う遥香--人間味のある二人と違って、向こうの二人は同じ顔、同じ表情、同じ仕草でたっていた。

 人格を事前にインストールしてあるレンタル機にしても、不自然なまでに変化がなかった。




 ダブルスコアを付けられていても――2対2の戦いだったら、少しくらいは立ち向かえると思っていた。

 殲滅戦ばかりやっていたから、俺たちは所詮20位止まりだったのだと思っていた。チーム戦にスコアなどあってないようなものだ。『何連勝したか』とか『どのレベルの敵を倒したか』等でスコアはつくが――それはあくまでCPU戦。対人戦ではスコアなど関係ない。そっちのランキングでは総勝利数と勝率が問題になる。




 ――自身の実力が不明確であることを、自分は好意的に解釈しすぎていたのかもしれない。

細々更新していました同シリーズの「たったひとつの私の幸せ」が完結しました。

そちらのほうも、もしよろしければよろしくお願いします。

こちらの方ではなかなか出せない仕様のロボばかり出てくる話です。

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