Ⅵ
横抱きにした少女を侍女長に預け、ニクスは応接室に腰を落ち着けた。
ふむ、とすこし思案して、ヒューから預かった資料にもう一度目を通す。
そこには、やはり少女が自ら名乗った名前が記されていた。
「若様、お茶をお持ちいたしました」
涼しげな声に、ニクスは「ああ」と返事をする。
お茶の乗ったワゴンとともに現れたのは、長年オールウィン家に仕える執事だった。
ニクスが覚えている限りでは結構な老年のはずだが、涼しげな声や機敏な動きがまるで衰えを感じさせない。
背中は鉄板でも入っているかのようにピンと伸び、真っ白になってしまった髪は上品に撫でつけられている。
貴族の老紳士と言われれば納得できるような優雅さだ。
それでいて、自分が何かを思ったときに絶妙なタイミングで準備をするのが得意な男だった。
「ありがとう、サーティス」
にこにこと上品な笑顔でサーティスは手早く紅茶をカップに注ぐ。
何も言わない執事に、ニクスの方が思わず苦笑してしまった。
「で?何か言いたそうな顔じゃないか」
「いやはや、そんな顔をしていましたかな。ですが、屋敷の使用人は皆このような顔をしておりますよ」
「そんなに珍しいかな」
「若様がこの屋敷に女性を招待したのは初めてですからね。ついに若様にも浮いたお話の一つでもできたのかと、親心で使用人一同むせび泣きたい気持ちです」
「………………………仰々しいな」
思わず苦々しい表情をして、カップに口を付けた。
紅茶は果物の甘みを存分に生かしたもので、いかにも女性が好みそうな味だ。
普段ニクスは匂いがあまり強くなかったり、すっきりした飲み口のものを好んでいるため、用意される紅茶もニクスに合わせて出されていた。
しかし、女性とともに屋敷に帰ってきた途端、この変わりよう。
こんなところで使用人の親心、もとい優しさを嫌でも実感するはめになり、ニクスは小さなため息とともにカップをソーサーに戻した。
よく見れば一緒に置いてある菓子も、色とりどりの焼き菓子や女性に人気の飴細工まで用意してある。
「皆の優しさに私は涙が出そうだよ、サーティス」
「それはそれは。使用人冥利に尽きますな」
「………皆が、ロージー嬢にあれこれと余計なことをしないよう祈るばかりだ」
サーティスのにこにことした顔に、思わずニクスは額に手を当ててソファ背もたれにぐっと沈んだ。
主の困り果てた様子にも、サーティスは顔色一つ変えず別のカップを用意し、いつもの茶葉で主にお茶を入れる。
「まあ、あの侍女長の喜びようでは無理だと思いますが」
サーティスの言葉に呼応するかのように、ロージーの悲鳴が遠くから聞こえた。