37 寄り添う心
シェリナを一度も下ろすことなく歩き続けたオーレン。宿に着いた頃には、もうすっかり日が落ちていた。
「オーレン殿下、船はいかがでし……その方は……!」
主の腕に抱かれた少女を見て、側近のボイは驚愕する。
「ああ、シェリナ嬢だ。身に危険が迫っている為、皇太子殿下からこちらで預かって欲しいと連絡があった。これは殿下から貴方宛の手紙だ」
オーレンはボイ宛の書物を手渡す。
「彼女の部屋の用意と……それからタオルと応急セットを頼む。足を怪我しているんだ」
「突然申し訳ありません、よろしくお願い致します」
下ろしてくれる気配は全くないので、シェリナは仕方なしに、腕の中からぺこっと頭を下げる。
「……承知致しました」
愛しげにシェリナを抱き、部屋に入っていく姿。それはボイの胸に、亡きエドワード殿下とカレン妃を彷彿とさせた。
シェリナをソファーに座らせ靴を脱がせると、オーレンは屈んで痛々しい足首を確認する。
あまり綺麗ではないものに綺麗な顔を近付けられていることが、シェリナは堪らなく恥ずかしい。注意を逸らそうと、オーレンの肩に手を置き言った。
「……ごめんね、宿までずっと。重かったでしょう」
「ああ、腕がもげるかと思った」
「えっ!」
「嘘だよ」
笑いながらオーレンは、小ぶりの鼻をきゅっとつまむ。幼い頃と変わらぬじゃれ合いに、シェリナもくすりと笑った。
ボイから冷たいタオルを受け取ると、オーレンは丁寧に患部に当てていく。
「今夜は医師が全員出払っているんだ。最近は隣町の診療もしているから、常に医師不足で。とりあえず応急処置はしておくけど……骨に異常がないといいな」
オーレンは自分の腿にシェリナの足を乗せ、角度を変えながら更に冷やしていく。スカートが膝まで捲れていることに気付き、シェリナの顔はみるみる赤くなった。
「ねえ、多分汚れているから……自分でやる」
「駄目だ。ちゃんと冷やしておかないと」
ふと、氷の蝶がシェリナの肩からヒラヒラと羽ばたき、足のタオルに止まった。蝶の身体から発せられる冷気が、タオルを通して患部を心地好く冷やしていく。
「気持ちいい……」
「本当に利口だな」
オーレンは蝶をまじまじと見て感心する。
「よし、じゃあ応急処置はお前に任せたよ。俺はルイスに手紙を書くから」
オーレンはソファーに座り、シェリナを膝の上に抱いたまま、器用に手紙を書き始めた。
「レン……」
そういえば、再会してからほとんど身体が離れていない気がする……
再び熱が帯びていくのを感じ、シェリナは頬を手で押さえた。
美しい銀髪。それと同じ色の睫毛に縁取られた藍色の瞳。黙々とペンを走らせる端整な横顔を覗き見れば、熱は落ち着くどころか、ますます広がっていく。
……本当にレンが此処にいるんだなあ。
その鼓動を、存在を確かめるように、広い胸に顔を寄せる。
「シェリナ……」
ペンを置くと、黒髪に優しく唇を落とし、胸の温もりを強く抱き締めた。
「手紙を送ってくるから」
オーレンが立ち上がろうとすると、黒い瞳に不安の色が浮かぶ。
「……一緒に行くか?」
「うん!」
シェリナを柔らかい草の上に座らせると、オーレンは手を振り下ろしドラゴンを作る。
「あっ! フェアリー」
シェリナに頭を撫でてもらうと、口に書物を咥え、いつもよりも張りきって宮殿へ飛んでいった。
「そういえば……これ」
オーレンはポケットから、乾燥した白い花の輪を取り出す。
「シェリナが作ってくれたんだろ?」
「わあ、気付いてくれたの?」
「もちろん。昔よくフェアリーの頭に載せてくれたからな。魔力でドライフラワーにして……お守り代わりに、いつも持ち歩いてた」
大切そうに手で包む姿に、シェリナの胸が熱くなる。
「……部屋へ戻って、色々話そうか」
◇
「皇妃は、ずっとシェリナの生の魔力を狙っていたんだ。封印を解いて力を全開にした所で、何かに悪用する気だ。……皇妃から遠ざける為、ルイスは君を手放した」
「皇妃様が……」
「それだけじゃない。皇妃は黒魔術を使って先帝を暗殺し、母上に罪を着せた。今頃ルイスが取り調べをしていると思うよ」
「どうして皇妃様が?」
「皇妃は元々父上の許嫁だった。母上に皇太子妃の座を奪われたことで、何らかの恨みがあったんだろう」
「ルイス様、お母様をご自身で……どんなに辛いか」
シェリナは声を落とし、下を向く。
「……じゃあ、レンにかけられていた黒魔術も?」
「ああ、皇妃は俺を殺そうと黒魔術をかけ続けたが……俺は死ななかった。どうしてだか分かるか?」
首を振るシェリナにオーレンは微笑む。
「子供の頃、俺におまじないをかけてくれただろ? シェリナの生の魔力が、ずっと俺の命を守ってくれていたんだ。あの日晩餐会に行かずに無事だったのも……きっと」
『別の魔力と黒魔術が体内でぶつかり合った時には、反動でより強い後遺症が残るかもしれない』
ワイアットの言葉が甦る。
「本当に……?」
「ああ」
「本当に……私がレンのことを?」
「君のおかげで、こうして大人になってまた会うことが出来たんだ。ありがとう、シェリナ」
いつの間にか溢れていた涙を、長い指で拭われる。シェリナはその手を両手で掴み、心を委ねるように頬を寄せた。
「……レンに見せたいものがあるの」
そう言うとシェリナは首から銀のペンダントを出し、鍵を回して蓋を開けた。
「これは……!」




