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第16話 1章エピローグ

ちょっと長めです……

「ふう……平和だなー」


「平和ですね。素晴らしいことです」


 レイとシルヴィがお茶を飲んでいる。いつもの光景だ。


「どこが平和なのよ! 殺されかけたんだからもうちょっと気を張りなさいよ!」


 ここにはクラリスもいる。暗殺未遂事件があったこともあり、護衛対象である彼らはなるべくまとまって行動するように言われているのだ。


「急報! 急報です!」


 部屋の外から大きな声が近づいてくる。


「シルヴィ様。急ぎにつき失礼いたします」


 少しの時間のあと、年かさの女性が入ってくる。この屋敷の女性使用人を束ねるメイド長だ。

 メイド長はシルヴィ、レイ、クラリスを順に見た後、一息おいて話し出す。


「心してお聞きください。旦那様は本日領内視察に出ておりましたが、道中で視察団は事故にあい、旦那様は……」


「え……」


 クラリスが驚いて声を漏らす。サマルグ伯爵はクラリスにとって最低な人間であることは疑いようもないが、それでも自分の家の当主である。悲しさと呼べるほど関係は築いていないが、驚きと不安はある。

 クラリスがレイとシルヴィの方を向くと、どちらも顔を伏せていた。


「……」


「うぅ……ぐす……ぐす……父上……」


 レイのズボンに水滴が落ちる。


 クラリスが思い出すのは、レイが伯爵とシルヴィが仲良くなれないかと提案していた昨夜の光景だ。

 妙に甘いところのあるレイだが、両親が仲直りをすることは彼の望みだったのだろう。そしてそれは永遠に叶わない。自分にもできることがあったのではないか、とクラリスは後悔の念を抱いた。


「詳細は後で聞きますので、少し時間をいただけますか?」


「かしこまりました……」


 シルヴィがメイド長を下がらせた。


「私も少し席を外すわね……。何かあれば──」


 夫を亡くしたシルヴィと、父を亡くしたレイ。気持ちの整理がすぐにできるとは思わないが、しばらく二人にするべきだ。

 クラリスも部屋を出ようとした。


「ん? 大丈夫だよ」


「え?」


 それはレイの軽い声によって留められた。

 ズボンは濡れているが、目は赤くなっていない。代わりに手が少し濡れている。これも魔術だ。


「レイ様。クラリス様にまだお伝えしていなかったかと……」


「あ、そうだった」


 レイは今朝伯爵と話し合ったが全くうまくいかなかったこと、仕方なかったのでシルヴィの案によって、レイの魔術による隕石で伯爵を潰したことを伝える。


「そ、それは……」


 クラリスはカタカタと震え出した。

 魔術は危険なものであることは、この世界の住民なら皆知っている。だが、人族の使う魔術で人族を殺せるほどの力がある者は一握りだ。縛り付けた上で、火をかけるとか、水で呼吸ができないようにすれば低位の者でも殺せるが、そんな状況なら刃物を使う方がよっぽど簡単である。


 まして隕石を落とす魔術なんて聞いたこともない。レイはやはり魔王だ。人を簡単に殺せる。場合によってはクラリスも……。そう考えると震えが止まらない。


「レイ様や私であれば何とでもなるでしょうが、やはりこのままではクラリス様も危険なことになりかねないでしょうから……」


「え……」


 クラリスの震えの原因を読み取ったのか、シルヴィが優しい声でクラリスで伝える。

 レイが父殺しをしたのはクラリスのためである。正確に言えばシルヴィやクラリスと平穏な生活をするのに伯爵が邪魔すぎたから、というのが理由である。


「クラリス大丈夫? 震えてるし顔が赤いよ? 怒ってるとそうなるんだっけ?」


「う、うるっ……だ、大丈夫よ……」


 クラリスは目の前の存在に恐怖しながらも、自分のためを思ってやってくれたことに赤面し、喜んでいいのか怖がればいいのかよく分からない感情を抱えることになった。


 * * *


 その後、物事はレイにとって順調に、シルヴィが考えた通りに進んだ。


 レイに対する暗殺未遂事件は調査されたが裏が取れず、サマルグ伯爵家に対する攻撃として、しばらく厳戒態勢を敷くことになった。返り討ちにした件は、暗殺者は油断していたが、レイが思ったより強かったので討ち取られた、という曖昧な調査結果になった。

 サマルグ伯爵が睡眠薬を盛られた件については、睡眠薬を購入したのが伯爵本人であることまでは分かった。クラリスが伯爵に呼ばれたことも分かっていたので、恐らく色魔の伯爵が手を出そうとして間違えて自分たちで飲んだのだろうという推論に反発する者はいなかった。


 サマルグ伯爵の事故については、先の暗殺未遂事件もあり慎重に調べられたが、仮に攻撃であるとすると最上級の魔術師が百人揃っても難しい。魔術の扱いに長けた森人族──通称エルフや、魔族の関与していれば可能性はあるものの、わざわざ伯爵を狙うことにメリットも感じられない。

 落石事故であると判断するのが妥当という結論になった。


 そして事故の三日後、サマルグ伯爵の葬儀は少人数で行われた。

 近隣の貴族にとっては結婚式以来五日ぶりにサマルグ領に呼ばれるという迷惑な話だったが、行かない訳にもいかないので仕方なく参列した。そんなに親しい者はいなかったので、なんともドライな葬儀であった。


 その夜、喪主やらなにやらで多少忙しくしていたレイとクラリスはやっと落ち着いて話すことができた。


「あの、レ、レイ……」


「どうしたの?」


 珍しくモジモジとしたクラリスは話し出す。


「あ、ありがとう。私を守ってくれて……」


「んー、どういたしまして。でも僕はクラリスの夫だからね。別にお礼はいらないよ」


 レイは夫だから妻を守る。それに、そんな人族流の理屈がなくてもクラリスは仲間だ。

 クラリスが余程間違っていると思わない限りはクラリスの味方になる。レイにとっては当たり前のことをしたつもりだった。それが父親を葬ると言うのは物騒な話だが。

 夫だから、と言われていつものクラリスなら動揺するところだが、あまり舞い上がることはできなかった。


「でも私、あんまり役に立ってないわ……。ほら、その、アンタに人族の常識を教えるって話だったのに……」


「うーん……」


 クラリスの言うこともその通りだ。

 最初は魔王だと信じ切れていないこともあったが、振り返ると元魔王というおどろおどろしい肩書きに反してレイは割と人族に溶け込めてはいる。クラリスに関係するところは突拍子もないことがよく起こるが、クラリスの専属侍女でさえ


 そして、この三日間の調査やら葬儀だって、主に指揮していたのはレイでもクラリスでもなくシルヴィだった。教わったことの質や人族としての感覚はクラリスの方が勝っているが、シルヴィには八十年間魔王の側近であった経験があった。

 レイが魔国を回るときには、シルヴィは副官相当で配下の者を動かしていた。孤独に生きてきたクラリスにはその経験はない。


「まだ会ったばっかりだし、これから色々教えてくれるんでしょ? それに役に立つなんて思わなくていいよ。クラリスはシルヴィと違って僕の配下ってわけじゃないんだから」


「レイ……」


 クラリスは、諸々の常識を学ぶ上で自分がそれほど適任でないことは自覚している。だが、レイはそれのことに失望もしていないし、レイは特にクラリスに対しては甘い。

 だが、レイの態度がクラリスに火をつけた。


「……いえ、それじゃダメよ。私はアンタの役に立つわ!」


「そ、そう? 嬉しいけど……」


「レイ、伯爵領のことを教えなさい! 私もそこなら役に立てるはずよ!」


 クラリスの目に迷いはない。クラリスが自信を持っているのは領の運営である。そこなら庇護されるだけの存在にはならない。レイにこれから領政について叩き込むつもりだ。


「えーっと、伯爵領? サマルグ伯爵の領地のこと?」


 だが、レイは本気で分からないと言う顔をした。


「そうよ! 嫡男なんだから色々教えられてることがあるでしょ! 私と一緒に領地を発展させるの!」


「クラリスと一緒に? 僕が?」


「はぁ?」


「え?」


 クラリスの決意がレイの言葉によって少々逸らされる。


「アンタ、自分の立場は分かってるわよね……」


「立場は……えーっと、貴族?」


「……アンタはサマルグ伯爵よ」


「あ、そうか」


 レイはやっと納得した。魔王という絶対権力者から、貴族の息子というあんまり権力のない人族になった高低差で忘れていたが、伯爵というのは偉い人で、領地という自分の国を持っているのだ。

 そして貴族は基本的に息子が継承するので前サマルグ伯爵が事故で亡くなった今、レイは新サマルグ伯爵となったのである。


「……で、一応聞くけど領地のことはちゃんと知っているのよね……」


「何も知らないね」


「……」


「あ、でも大丈夫だよ。魔王になったときだって何も知らなかったし、これから知っていけば……」


「このままだと伯爵領は滅びるわよ……」


「え、えーっと、クラリス? 一緒に発展させてくれるんだよね……?」


 人族の感情に疎いレイでも、さすがにクラリスが呆れていることは分かった。

 貴族は後継者を決めて育て、盤石になったら代替わりする、というのは知っている。レイの魔王時代に会った貴族も、後継者を決めたり代替わりの挨拶をしに来たりということは多々あった。

 そして、レイ自身が全く盤石な後継者ではないことも理解した。


「……分かってるわよ。私も伯爵夫人だもの。一緒に頑張りましょう」


 クラリスは呆れ半分、頼られて嬉しさ半分で答えた。振り回されてばかりだったクラリスだが、レイと一緒に伯爵領を治めることに、少しだけ「楽しそう」と思える自分がいた。


「よ、よし、一緒に頑張るぞー! そうと決まれば今日はお祝いしよう!」


「お葬式の後よ! お祝いなんてできるわけないでしょ!」


 転生させられた魔王は人族の伯爵となり、人族として勉強しながら生きていく。

 その始まりの一夜の話。

読んでいただきありがとうございます!

これにて第1章は終了となります。第2章は新伯爵となったレイの奮闘になります。

1章では驚いたり毒を吐いたりゲロを吐いたりしていただけのクラリスは、2章からは活躍してくれる!はず……


2週間ほど更新をお休みし、書き溜めて更新再開予定です。

更新再開されたらまた読んでいただけると、とても嬉しいです。


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