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17話 過去

――ジャラッ。



「――おばちゃん勘定ここに置いとくぜ。そんじゃあな貧乏チームの皆さん。せいぜい頑張ってみろや。ま、無駄だとは思うけどよ」



 それからしばらくビールを飲みながら懲りずに千咲を勧誘したり、真衣さんをからかったりした久我は満足そうな表情で食堂を出て行った。


 死と隣り合わせの区、そこで戦っている探索者なんてどいつもこいつも意識高い系で熱い人たちなんだろうと思っていたけど、現実はそうではないらしい。


 結局金と地位がすべてで、狡猾な奴ほど甘い汁を啜る。

 人類のためになんて思っている人間、本当にいるのか?


 ……。そんなこと考えている俺ですらその目的は私的なものでしかないのに。



「……。なんか、ごめんなさい。せっかくの歓迎会だったのに」

「大丈夫です真衣さん。別に食べ物の味は変わりませんから」

「そうよ! それに悪いのはあいつ!! なによ、ちょっとお金があるからって調子に乗っちゃって! あんなのに限って実力は大したことないのよね!」



 らしくなく謝罪する真衣さん。


 それをフォローしようと千咲はいつもより大きな声で愚痴をこぼし、その手に持っていたお茶を一気に流し込んだ。


 それに釣られて俺も口いっぱいに唐揚げを放り込む。

 もちろん一味とたっぷりで。



「ありがとね。そういわれると気が楽になるわ。でも誤解してもっと面倒になるのはまずいからちゃんと説明するわね。……。あいつ、久我のチームはこの世田谷区の中でも最大級。資金に関してはトップという噂もあってね、あいつらがいるからここの施設だったり、食糧なりは充実しているの。だから……私が言えたことじゃないけど、あんまり刺激はしないようにね」



 真衣さんが終始反撃らしい行動に移らなかったのは、過去の出来事が関わっているだけではないってことか。

 食料に施設……なんだか人質でも取られているような気分だな。……個人的には悪くないが。



「そうそう。国からの支援はその区での探索者たちの働きによって大分変わるからな。あんなのでもみんなの役に立っているんだよ。いやぁ5年前のあんな状態の世田谷区からここまでにしたのもあいつらのお陰かもな」

「5年前……。その時ってここはそんなにひどかったんですか」



 しみじみと当時を思い出すように視線を上に向ける仕草を見せる和田さん。


 俺はそこに真衣さんと久我の間にあるしこりが見えた気がして質問を繰り出した。



「えっと……。話してもいいですか?」

「……。ああ、問題ない。これからこのチームで働いてもらう二人にはむしろ知っておいたほうがいい話だわ」



 和田さんは俺の質問に少し戸惑いを見せつつ真衣さんに視線を送った。


 すると真衣さんはビールを一口すすると、はかなげな表情で許可を出した。


 この感じ、多分……。



「じゃ、じゃあ……。5年前、世田谷区は今よりもひどい状態で……。というのもある1匹のモンスターがあまりにも暴れすぎていたんだ」

「モンスター……。それってあの犬耳兄弟かしら? 確かに5年前から変わらずあの強さだったって言うなら、相当苦戦はしていたんでしょう――」

「いや、それとは別のモンスターで、名前は『バーゲスト』。3メートル以上の巨体を持つ獣人族の化け物だ」

「それって……つまりは神話級モンスター? こんな区だからいるとは思っていたけど……。思ったよりも身近なところにいたものね」


 息を飲む千咲。


 神話級……つまり神話に出てくる存在の名前があてがわれているものはそれだけ危険度が高く、S級探索者であっても束になって戦わないとどうにもならない、化け物。


 最近では過去の探索者たちのがんばりもあり、その存在が報告されることも少なくなっていたのだが……。


 世田谷区という土地は俺が思っていた以上に最高な場所なようだ。



「それでその神話級モンスターは今どこに? まさか倒せたんですか?」

「きっとそうよ! だってそうじゃないとここまで平穏……とまではいかないけど人が暮らしていけるなんてありえないもの!」

「いいや。それどころかほかの区への被害なども考えた上で百人単位で討伐隊が組まれたんだけど、生き残ったのは数十数人だけで……」 



 俺と冷や汗が止まらない千咲を絶望に叩き落すように和田さんは事実を語ってくれる。


 そして、気まずそうな和田さんを見て、ついに真衣さんが口を開いた。



「その生き残りが私と和田、それと久我……ほかのチームリーダーたち……あとはギルドの頭。ほかの区に移籍した奴らも、いた」

「じゃ、じゃあまさか真衣さんが『バーゲスト』を撃退したの? さすが私たちのリーダー――」



「違う」



 千咲が持ち上げようとすると、真衣さんは凄味ながらそれを否定した。



「私たちは縄島清彦……S級探索者であったその男によって守られたの」

「それって……真衣さんのご家族ですか?」

「はは、何の遠慮もなしにそれを聞いてくるなんて、どれだけお仕置きされたいの? ……。でも、本当のことだから怒ってあげられないわね。残念」



 真衣さんは笑いながら俺の頬を撫でた。

 そしてさらにビールを含むと話を続ける。



「お父さんはその命と引き換えに私たちを守った……。それで『バーゲスト』の目と脚を奪ったの。それによって『バーゲスト』は撤退を余儀なくされて今に至る。犬耳姉弟がおつかいって言って世田谷区内を闊歩しているのもそのせいね。ただいつもはそんな遠くに出てくることはないのだけど……。なにか奴らに変化が起きているのかしらね」

「それで……それがなんでこのチームに関わってくるのかしら?」



 どんよりした空気に耐えられなくなったのか、千咲は真衣さんのお父さんの話に深入りするのではなく微妙に話題を逸らした。


 自分の親と比較して何か思ったことでもあったのだろうか?



「……。あのあと、父さんが死んでから討伐隊は私が管理することになったの。でも、あんな惨劇をもう引き起こさせないためって思いが強すぎたのね。なかなか人が付いてこなくて……。お金もあまり娯楽に割いてもあげられなかった……。そんな私は久我に討伐隊を任せる形で脱退させられた。そしてそのあとに仕方なく和田を含む数人の探索者と一緒にチームを作ったの。お父さんの意思だけは引き継いでね」

「でも、こんな感じで真衣さんは厳しくてな。残ったのは俺一人になったってわけだ。ま、つまり何が言いたいかというと……それだけの軌跡があんだからお前たちはいくら厳しくても俺たちについて来いってことだ! だから清彦さんの討伐隊をあんなくそチームにしやがった久我の野郎のとこなんか絶っっっ対いれさせねえぞ!」



 和田さんは目を真っ赤にしながら酒臭い身体で俺と千咲の肩を抱き寄せた。


 所属チームを間違えたかと思ったこともあったが……どうやら当たりだったようだな。



「ええ。だけど『チーム規則』がある限りはどうなるかわからない。それにこのままだと久我のチームに吸収合併される可能性も……というわけで二人にはあの戦いを生き抜いた探索者ですら逃げ出した私の特別メニューを実施してもらうから。ふふ、最悪な気持ちだったけど、やっぱりこれを考えるときは楽しいわね」



 顔を赤くする真衣さんの不敵な笑い。


 それに和田さんと千咲は顔を青白くさせ、俺は鼻息を荒くさせてしまうのだった。

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