1.突然の出来事
「マーガレット、お前との婚約だけど破棄することにしたから」
婚約者アイダンからそんな風に告げられたのは、とある平凡な日の昼下がりであった。
彼が私の家に来るのはたまにあること。
だから最初は変には思わなくて。
ただいざ会ってみると彼の雰囲気がいつもと違っていて異変を察した。
「お前いっつも編み物してるだろ?」
「そうね」
「前から不快だったんだよ、そういうところ」
私たちが出会ったのは数年前。
とあるパーティーで知り合い、会話してみたところそこそこ気が合って、それでやがて婚約者同士になった。
当時から私は編み物を好んでいた。
でもその頃の彼はその点も前向きに捉えてくれていた。
あの頃の彼は人の趣味を否定するような人ではなかったのに……。
「女なら婚約者に尽くせよ」
「一体何の話?」
「だ! か! ら! 俺に尽くせって言ってんだよ!!」
アイダンは鬼の形相で睨んでくる。
彼がそこまで憎しみを募らせている理由が私にはよく分からない。
「どうしてそんなに怒鳴るの」
「腹立ってんだよ! 放置されたから! お前はどこまでも自己中だから、ずっとずっと不快だったんだって!」
「えええ……」
「ムカついてたんだ!」
「なら言ってくれればよかったじゃない」
かつての彼は私の趣味を尊重してくれていた。そして、いつか編み物で誰かに楽しさを与えたいという夢のことも、きちんと受け止めてくれていた。否定なんてしなかったし、なんなら「いい夢だね」とまで言ってくれていた。だから私はそれを信じていて。彼は私の夢を前向きに捉えてくれているものと思って今日まで歩んできた。こんなにも腹を立てられているだなんて知らなかった。
「そういう問題じゃないッ!! 女なら察せよ、そのくらい。俺が嫌な思いしてるって少しでも早く察して、俺が心地よく暮らせるように動けよ。言われなくても、さ。そのくらいしろよ! 婚約者なら!」
だが、この様子だと、関係の修復は無理そうだ。
話し合って解決できるならそうしたい。
それが最も良い道だと私は思うから。
けれどもその道を選べるのは話し合える場合だけ。どちらか一方が話し合えない状態になってしまったら、その瞬間に、話し合いでの解決という道は消えてしまうもの。
そして今の私たちはそういう状態だ。
できることなら話し合いたいと私は思っているけれど、彼はきっとそうではないのだと思う。
「もうそれしかないということなのね」
「ああ」
「そう……なら仕方ないわね。アイダン、今までありがとう」
諦めが肝心、そんな時もある。
「ありがとうなんて言われても嬉しくない」
「そう?」
「俺は真実の愛に出会った。だからお前からの言葉なんて何一つ嬉しくないんだ。お前みたいなやつに何言われたって、どーっでもいい、って感じ」
……おや?
「あ、もしかして浮気してる系?」
ふと気になったので尋ねてみると。
「なっ……ち、違う! 勘違いするな! 勘違いするなよ!? 絶対! 勝手なこと言い出すなよ!?」
アイダンは不自然なほどに焦った顔をした。
「……ああ、分かった、そういうことだったのね」
「はあッ!?」
「私ではない女性で好きな人ができたのでしょう?」
「な、何を」
「自分で言っていたじゃない。真実の愛に出会った、って。それって……そういうこと、よね?」
どうやら婚約破棄したい理由はそちらだったようだ。
ということは、恐らく、私の編み物の件は実際には婚約破棄の理由ではないということなのだろう。
「そういうことなら時間をちょうだい」
「な……何を、言って……」
「安心して、私との関係はいずれ解消できるわ」
「お、お前に決定権はない!」
「真実の愛を貫きたいなら正々堂々と振る舞うべきよ」
「ぐっ……」
アイダンは言葉を呑み込む。
「愛している女性の方へ行きたいのでしょう?」
「……か、彼女は……本当に、素晴らしい、女性だから」
「いいわよ、許して差し上げるわ」
はっきりした物言いをすれば、アイダンは今にも噛み付きそうな顔で「だ、だから! お前に決定権はないと言っているだろう! 偉そうな物言いをす――」と次々言葉を並べてきたが、こちらも大人しくしているつもりはないので「黙ってちょうだい」と被せてやった。
「本当に悪いのはどちらなのか、はっきりさせてから別れましょう」
婚約者がいる身で他の女性にも手を出すような人に遠慮はしない。




