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ラスボスのオマケになりまして~極東に聖邪は集う・外伝~  作者: まんぼうしおから


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第一話・路上の美女

 特に理由はなかったんだ。

 何か探していたとか、誰かに追われていたとか、いつもの道が通行止めになっていたんで仕方なくとか、そんなわけでもなく。


 たまには違う道を。

 気まぐれ。

 天気がいいから、つい。


 で。

 吹けば飛ぶような、そんなか弱い動機になんとなく従って。

 自宅への最短ルートを選ばず、ぶらっと遠回りすることにしたのだ。





 それが間違いだった。





(なんかいる)


 歩いたこともなければ、知り合いの家もない、初見の路地裏。

 知らない道を歩いているとき独特の、あの高揚感。

 十四年ずっとこの町で生きてきたが、まだこんな未知のエリアがあったのかと、軽い興奮が胸のうちに宿っていた。


(お化けにしては存在感あるから……やっば生身なんだろうな)


 今、その興奮は、不安と不気味さに上書きされている。


 俺がいる位置から十メートルも離れてない、そこ。

 民家の壁のそばに立つ電柱。



 その電柱の隣に、人がいる。

 女だ。

 座って、じっとしている。



 どうしてもっと、早く気づかなかったのか。

 こんなに近くに行くまで、なぜこの女がそこにいることが、わからなかったのか。


 女は座っている。体育座りだ。

 下に敷いているのは……おそらくダンボールだろう。ダンボールを広げて、敷物にしているらしい。


 衣服は……薄い。色は青。ほんのりと透けてるように見える。

 いわゆるネグリジェってやつなのかな。

 他には何も身につけていないようだ。下着もはいてないのか?

 こんな状況じゃなかったらエロい目で見ちゃってたんだろうけど……今はそんな気分じゃない。


 髪の毛は長い。とにかく長い。

 日常生活で不便そう。

 色は黒。艶が凄い。濡羽色ってこういう色艶のことを言うんだろうか。


 顔は……わからない。

 体育座りでうつむいているから、見えないのだ。

 だから、寝てるのか、起きてるのかもわからない。

 できれば寝ていてほしい。


(そ~っと通り過ぎよう)


 関わりたくない。


 なんで、どうしてこの女の人は路上にいるのか。

 寝起きのまま、急にホームレスになることを思い立って実行したのか。

 あるいは、家族か恋人にでも寝ているうちにここに捨てられ、行き場を失ったのか。

 どの理由だとしても、他の理由だとしても、普通じゃない。


 異様だ。

 まともな状況の人間じゃないのは、火を見るより明らかだ。


 そんな人間に気づかれぬよう。

 眠ってるのなら起こさぬよう。

 起きてるのなら刺激しないよう。


 慎重に、とても慎重に、足を進める。

 抜き足、差し足、忍び足の三段活用。


 女性がいるのとは反対側のほうの壁沿い

を、できるだけ、足音や衣擦れの音をさせないように。

 ゆっくりと、一歩一歩。


(起きるなよ、起きるなよ……)


 女は動かない。

 熟睡しているのか、それとも衰弱しているのか。

 まさか死んではいないよな。


 近寄って息や脈を確かめる度胸はない。

 俺には荷が重い事態だ。

 このまま何も見なかったことにして帰るんで、次の人が救助するなりナンパするなり、どうぞご自由にしてもらいたい。


(そーっと、そーっと……慌てず、焦らず、しかし遅すぎず……)


 注意しながら、静かに歩く。

 後悔がじわじわと心を侵食してくる。


 どうして。

 なんでこんなことに。

 春の陽気に浮かれていたのか。


 おかしな気まぐれを起こして普段通らない道を選んだせいで、こんなスニークアクションをリアルでやることになった。

 隠れる場所もアイテムもない。

 俺のほうがダンボール欲しいくらいだよ。身を潜めるためにさ。


 女はまだ動かない。

 息、してるのだろうか。ピクリとも動かないんだが。


 …………なら、やっぱり、死体なのか?

 第一発見者かよ俺。

 もしそうなら、なおさら一刻も早く逃げたいぞ。厄介事は嫌だ。



 座り込んでいる女の、真正面。

 こちらとまっすぐ直線上に五メートルくらいしか離れていない場所を通り過ぎる。


 過ぎた。


 山場は越えた。そのはずだ。

 思わず早足になりたくなるが、こらえる。

 まだだ。

 まだその時じゃない。


 落ち着け岸辺是良(きしべこれよし)

 ここで焦ったら全てが水の泡になるかもしれない。

 おかしな女との縁を冷静に断ち切り、何事もなかったように自宅に帰り、シャワー浴びたら冷蔵庫の冷えた炭酸飲料でも一気にあおって全部忘れるんだ。自分は何も見てないと、誰とも遭遇してないと、そういうことにするんだ。

 あと、すぐなんだ。


 俺と女との距離が、だんだん広がっていく。


 この調子なら。

 このままいけば逃げ切れる。


 もうすぐだ。

 もうすぐ、俺の勝ちだ。

 なあお姉さん、あんたがどこの誰かは知らないが、もし仮に今から飛び起きて、どこかに隠し持っているかもしれない凶器片手にダッシュしてきても、もう俺には勝てない。

 それよりも、早く。

 俺がその先から抜け出るからだ。


 地理的に、そこの角を曲がったところから先が表通りのはずだ。

 最悪、もしこの女が陸上選手顔負けの足を持っていて俺が取っ捕まったとしても、周りの人に助けを求めればなんとかなる。

 まさか救いを求める声を無視する薄情者しかいないなんてことは……ない、よな?



 女との距離はさらに開く。

 曲がり角についた。

 そこを右に曲がれば、それでいい。


(勝った!)


 後ろから目を離さず、角に近づく。


 女は最初の体勢のまま。

 もしかしたら、少しは体勢を崩してるのかもしれないが、どうでもいい。

 曲がった瞬間走り出す。それでこの件はゲームセットだ。


 角だ。


 曲がる。

 もう女のほうは見ない。前方と、駆け出すことに集中する。

 さあ今だ。

 走るんだ。


 頼むぞ、俺の肺と脚──





「……どこへ行こうというのかな?」


がしっ





 声。

 大人の女の声。

 思ったよりも低い、けれど、かすれているわけでもない、奇妙できれいなハスキーボイス。


 その声は、顔のすぐそばで。

 左の耳元で聞こえた。


 頭が一気に冷え込む。

 しかしパニックにはなってない。

 あまりにも予想外すぎる事態のせいで、逆に冷静になってしまっているみたいだ。怪我の功名?

 いやそれどころじゃない。


 おかしい。

 あり得ない。

 いったい、いつの間に、どうやって、距離を一瞬で詰めたのか。

 あり得ないことが起きている。


 声とほぼ同時に、後ろから肩も抱かれた。

 右肩。

 左側にある女の頭から伸びる長髪が、首の辺りに垂れ下がってきて、ぞわぞわする。

 ……しかし、そのぞわぞわの原因は、果たして髪の毛の感触のせいだろうか。

 この状況への、恐怖のせいじゃないのか。



 石化したように固まって動けない俺の左耳に、くすくすという女の笑い声が、楽しげに滑り込んでくる──

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