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MARBLE 序章  作者: 窓井来足
2/12

01

冒頭から季節は戻り、八月下旬。

夜宵市にあるとある道場での事――。

 01


 残暑の厳しい八月下旬。土曜日の昼頃。

 夜宵(やよい)市にある大石道場の中で、二人の人物が向かい合って正座をしていた。

 一方の鋭い目つきをし、長い黒髪を後ろで束ねている、三十代前半ぐらいにも見える女性はこの道場の師範、オオイシアヤ。

 もう一方の一見すれば少年にも見える、短めの髪をした茶髪の女性はこの道場の内弟子で、アヤを育ての親とするミナヅキジュンである。


「これで今日の午前中の稽古は終わりだ――押忍」

「押忍!」


 互いに終了の挨拶を交わす二人。そしてその挨拶が終わるが早いか、


「じゃあ師匠。これから早速昼飯を作るぜ」


 と言いながらジュンは立ち上がろうとする。


「ちょっと待て」


 そんなジュンを呼び止めるアヤ。


「なんだ? 師匠?」


 半分立ち上がりかけていたジュンはそのままの姿勢でアヤの呼びかけに応じる。

 そんなジュンにアヤは「まあ、座れ」と仕草で示し、そしてそれに従って座ったジュンの目をじっと見て、


「お前今日、明け方ぐらいにどこかに出かけて行っただろ?」


 と尋ねた。

 その質問にジュンは少し驚く。

 何故なら、彼女は今朝外出する際、アヤがぐっすり眠っているのを確認してから、気配を消してこっそり家を出たからである。

 それなのに外出のことがばれてしまっていたためジュンは動揺した。

 だが、やはり師匠の隙を突こうだなんて無理だったのかとすぐに考えを改めて反省。


「あ……ちょ、ちょっと用事があったんで……」


 気まずそうにアヤの方から目をそらしながらも、外出していたと正直に認めることにした。


「用事って、また化け物退治か?」


 そんなジュンに対して、アヤはやや身を乗り出しながら更に尋ねる。

 その質問を耳にしたジュンは最初、師匠はそんなことまでお見通しなのかと思った。

 だがジュンは、これは前にも似たような事があったから、師匠はそこから予測してそう言っているだけなんじゃねえか? と考え直して、


「いや、違えよ」


 と結局、今度は嘘をついて答えることにした。

 しかしアヤは、


「嘘つけ」


 とすぐにジュンの嘘を見破った。

 自分が化け物と戦っていたと師匠が推測するための要素に心当たりが、前回こっそり外出したときもそうだったということを除けば、全くもって思いつかないないジュンは、にもかかわらずあっさり嘘がばれたため再び動揺し、


「な、何で嘘だと思うんだよ?」


 と訊ねる。


「お前、稽古中に少し腕を庇うような動きをしてたじゃないか」


 ジュンの質問にアヤは、自身の左腕を指さしながらそう返した。


「え? そんなことしてないぜ?」


 師匠に意外なことを言われたため、ジュンは首を傾げる。

 確かにジュンは今朝、化け物と戦った時に左腕に傷を負っていた。

 だが、それはジュンの感覚でいえばかすり傷のようなもの。その程度の傷をいちいち気にするジュンではない。

 なので当然、稽古中も腕を庇ったりしたつもりはない。

 いや、それどころか。

 今、アヤに指摘されるまでジュンは自身の左腕の怪我のことを忘れていたぐらいだったのだ。


「本人に自覚がなくても、見る人が見りゃ分かるんだよ」


 ジュンの様子から、彼女に腕を庇っていた自覚はないのだと察したアヤは、ジュンにそう告げ、


「――で、お前が腕を痛めるような相手なんざ、例の化け物ぐらいしかいないだろうが」


 と続けた。


「いやいや、流石にそんなことねえぜ。その辺のチンピラと喧嘩したって腕ぐらいは――」


 アヤの言葉に、流石にそれはあたしに対して過大評価し過ぎだろと思ったジュンは謙遜する意味合いも込めて、そう言い訳をしようとする。

 だが、その台詞は途中で、


「馬鹿言え、仮にも私の一番弟子がその辺のチンピラなんかで腕を痛めるか」


 というアヤの言葉に遮られてしまった。

 アヤの言葉を聞いてジュンは、師匠はあたしに対して過大評価しているのか、それとも〈自分の一番弟子〉というところで過大評価しているのかと少しの間考えた。

 だが、よくよく考えてみるとジュンはここ数年間、普通の人間相手の喧嘩で怪我をした覚えがなかった。

 どうやらあたしはいつの間にか師匠の言う通りの実力になっていたらしい。

 そう気がついたジュンは、自分が強くなっていたことと、そのことをちゃんと師匠が把握していてくれたことに嬉しくなり、無意識のうちに笑みを浮かべた。

 その様子を見て、アヤはジュンが頭の中で考えを一通りまとめたのだと判断し、再び口を開く。


「……まあいい。腕を痛めた原因が化け物だろうがチンピラだろうが、何だろうが構いはしない――だが」

「だが……?」


 アヤの表情が先ほどまでと比べても真剣だとわかるものに変わる。

 その変化に気がついたジュンは厳しく注意されるのではないかと予測して身構えた。

 しかし、ジュンの予想に反してアヤが次に発した、


「あんま無茶はするんじゃねえよ」


 という言葉は、口調こそ先ほどまでと変わらないやや荒っぽいものではあれ、そのトーンは今までと比べて優しいものだった。


「む、無茶はしてねぇよ」


 ジュンはアヤの様子が自分の予想とは違ったため、どう対応していいのか迷い、目を泳がせながら返事をする。


「そうか?」


 まるでそんなジュンの本心を覗こうとしているかのように、アヤはじっと彼女の目を見て訊ねる。


「あ……ああ、大丈夫だぜ」


 ジュンは得体の知れない化け物を相手に日々戦っているのを「大丈夫」と表現していいのか、少し迷ったが、アヤに心配をかけないためにここはそう言っておくことにした。


「ならいいんだが」


 そう言ってから、アヤはため息をつき、


「いやな。昔からお前を見ている私としちゃ心配なんだよ。ほら、例えば昔マニラで、お前勝手にうろついて治安の悪いところに入っていったりしたし……」


 とジュンの幼かった頃の話を持ち出した。


「それ、あたしが四歳の時の話じゃねえか」


 ジュンは自分の実力を的確に把握していると思っていたアヤがまさかそんな幼い頃のことを理由に心配しているとはと驚き、アヤに対して次になんと言っていいのか迷った。

 そのジュンが悩んでいる様子を見て、アヤも歳が一桁だった時のことを根拠に心配しているというのは、ちょっと子ども扱いし過ぎかと反省。


「ハワイではあちこちで地元の連中の喧嘩に自ら首を突っ込んだりしていたし……」


 などと言って、今度はアヤにとっては最近の話題をした。

 だが、アヤとジュンがハワイに長期滞在していたのは七年前のことである。

 現在二十歳のジュンにとって七年前というのはまだ中学生だった頃。

 そんな子どもだった頃の話題を出されて、ジュンはまたも対応に困り悩んだ。

 そして迷った末ジュンは自分のことを子ども扱いするアヤに対して、


「いつまでも子ども扱いされても困るぜ。もうあの頃みたいにガキじゃないから、大丈夫だって」


 とはっきり言うことにした。

 それを聞いてアヤはまたもジュンを幼く扱ってしまったと再び反省し、ジュンももう大人なんだからそれなりの覚悟と意志を持って戦いに臨んでいるのだろうし、それにあれこれ口出しするのも問題かとも考えた。

 だが、そう考えたところで、まだまだ未熟なジュンが無理のある戦いに身を投じているのではないかという気持ちがアヤからすぐになくなる訳もなかった。


「それならいいんだが、こっちとしちゃいろいろ不安なわけよ」

「いやいや、これでもあたしはいつぞのあれ以来、ちゃんと無用な戦いは避けるようにしているんだぜ」

「あれ以来?」

「ほら、スティーブンのおっさんが道場で稽古をつけてくれた、あの――」

「ああ、あれね」


 あれというのは、アヤがテキサスの道場に招かれ、そこで武術の指導をしていたときに、地元の警察官で格闘家でもあるスティーブンに頼んでやってもらったである。

 この稽古、お互いに「自分の一番得意な武器」を使った実戦を想定した稽古だったのだが。

 木刀を構えたジュンに対して、スティーブンはなんと銃を取り出し、ジュンに向けたのだった。

 突然のことに驚いているジュンに対して「弾が込められてなくて良かったな。本来ならお前は死んでいたぞ」と告げるスティーブン。

 ジュンはそんなスティーブンに対して「卑怯だ」と抗議したのだが、それに彼は「これは実戦を模した稽古だ。実際の喧嘩でもお前は卑怯とか言うのか?」と返したのであった。

 この意見に納得したジュンは、実戦でもこういった理不尽な攻撃によって致命傷を受けることがあるのだと改めて思い知り、以後、無茶な喧嘩は避け、なるべく対話によって争いを納めるようになったのである。

 なお、スティーブンについてこれだけしか書かないと、彼が銃を雑に扱う人物だと誤解されてしまう可能性があるので、一応補足しておくと。

 この稽古の後、スティーブンはジュンに「銃の扱いに不慣れな者は、誤って弾が込められたまま撃ってしまう可能性もあるので、今の稽古の真似をしてはいけない。というより基本的に銃は、破壊する対象以外に向けてはいけない」と指導していたりもするし。

 スティーブン自身もこのとき一回しか、こういったことはしていなかったりする。

 ちなみに、実はそもそもこの銃はモデルガンだったのだが、実際に引き金を引いたわけではないため、ジュンはそのことを知らない……というのもあるのだが。それはともかく。


「流石にあれは衝撃的だったか」

「ああ。あたしが人生で二番目ぐらいに驚いたのがあの一件だぜ。全く、あんな稽古を師匠も、おっさんもよく思いついたよな」


 言いながら、うんうんと頷くジュン。

 アヤはそんなジュンを見て、あの稽古は実は自分が武術研究のために買った本に書いてあったものを真似してもらっただけなのだがと思い、事実を打ち明けるべきかしばし迷った。

 だが、今ここでネタをばらすと、話がテキサスでの話題の方にどんどん逸れていってしまうと思ったので、結局アヤは事実を伝えるのをやめ、


「ふうん……それで、無用な戦いは避けるようにしているんだよな?」


 と話を元の路線に戻すことにした。


「ああ、しているぜ?」

「じゃあ、化け物と戦うのは無用ではない戦いになるんだな?」


 アヤの本心には、無用ではない戦いであっても、得体の知れない化け物と戦うような危険な真似をジュンにはして欲しくないという気持ちもあるのだが。

 理由ある戦いなら、その理由を聞かずに止めるのはジュンを大人扱いしていないことに繋がると思ったので、まずは戦う理由を問うことにしたのだった。


「ん? だって、あいつらを倒してこの夜宵市の治安と平和を守るのはと共に与えられたあたしの役目だろ?」


 アヤの質問に、ジュンは何を今更といった様子で訊ね返す。

 だが、アヤはジュンのその回答に首をかしげ、


「いや、別にそんな役目を与えられてはいないと思うんだが?」


 と更にジュンに対して聞き返したのであった。


「え? おやっさんがあたしをここに預けた時、あたしのことをあいつらと戦うための希望とか言っていたって聞いてるぜ?」

「まあ、そうだけどな。それはあくまでミナヅキ博士がそう言っただけだろ?」


 確かにジュンをアヤの母親に預けたミナヅキ博士は、ジュンについて「この街に巣くう悪と戦う希望になるだろう」と語っていた。

 だが、アヤの母は「ジュンの未来は彼女自身が決めるもの」と考えており、アヤもその意志を継いでジュンを育てているのだ。

 そういった価値観からアヤは、もしジュンが博士の言ったことに従って戦っているだけなら、そんな戦いなんて止めた方がいいと考え、ジュンに向かって強めの口調で、


「私はお前は、自分の好きなように生きればいいと思っているんだけどな」


 と自分の思いを伝えた。

 しかし、アヤの意見を聞いてもジュンは、


「じゃあやっぱり戦うぜ」


 と迷わず、すぐに宣言した。


「そうか?」

「だって、あいつらと戦って人々を護る生き方はあたしの望んだ生き方でもあるからな」


 自信と信念に満ちた顔つきで、自身の生き方について述べるジュン。

 アヤはそんなジュンの表情を見て、こいつは単に博士の意見を鵜呑みにしているわけではないと理解するとともに、ジュンは化け物との戦いに自身の人生を懸けるだけの覚悟ができているのだと悟った。

 そしてアヤは、そこまでの覚悟ができるほどに成長したジュンなら、もう自分で自分の戦いについて正しい判断ができるだろうとも考えた。

 なのでアヤは、


「――で、師匠、昼食を終えたらその、例の化け物の件でまた行かなきゃならねえんだが……」


 というジュンの申し出に対して、


「そうか……気をつけろよ」


 とだけアドバイスして、それ以上あれこれ口を出すのは止めることにしたのであった。


「あれ? てっきり止めるかと思っていたんだが?」


 アヤの対応が意外だったため、思わず訊ねるジュン。

 これに対してアヤは「お前ももう一人前なんだから、戦いについてあれこれ私が言うのも問題だろう?」と言おうかと思った。

 だが、頭ではジュンを大人扱いするように心がけようと思っても、それをすぐに態度に出すのは難しく、結局アヤは、


「止めて聞くお前じゃあないだろう?」


 という大人扱いしているのか、いないのか、微妙なことを止めない理由として口にした。


「まあ、そうだけどよ」


 止めて聞かなくても、あれこれ言ってきたのが今までのアヤだったのに、今回はあっさり戦いに行くことを許したので、ジュンはそのことを不思議に思った。

 だが、折角戦いに行く許可が下りたのにそれに対して自分の方からああだこうだと言うのは、まるで本当は戦いに行くのを止めて欲しいみたいに思われるのではないかとジュンは考えた。

 なので、それについてあまり深く聞くのは止めておくことにしたジュンは、


「それじゃあ師匠、そういう訳で午後から出かけるんで、早めに飯を作るとするぜ」


 と言って立ち上がり、その場を離れることにしたのだった。

 既に話したいことは一言い終えているアヤは今度は立ち上がったジュンを引き留めたりはせず、


「ああ、私は午後の稽古の準備をしているから、飯の準備ができたら呼んでくれ」


 とだけ告げる。

 ちなみに、ここでアヤが言っている午後の稽古とは一般の道場生を対象にした空手の稽古のことである。アヤは今までの人生で多種多様な武術を学んでいるのだが、そのうちいくつかの武術では他人に指導するだけの資格を所有しているのだった。


「分かったぜ」

 ジュンは道場の出入り口でアヤの方に身体を向け、そう返事をしてから、


「――あ、あとそれから。戦いの後、夕食の買い物をしてくるんで、帰りは遅くなる」


 と付け加えた。


「そうか。承知した」

「それじゃあ師匠――押忍!」

「押忍」


 師匠と神棚に礼をしてから立ち去るジュンと、その背中を見送るアヤ。

 そして、ジュンが去って一人になったところでアヤは先ほどまでのやりとりを思い返して考える。

 ジュンも一人前に成長した。もう私があれこれ指導しなくても自らの力で武術を学んでいけるだろうか? いや、それにはまだ早いか。むしろ一人前になったからこそ、これから学んで欲しいことは山のようにあるしな。

 まだまだ私も彼女の師として親として、しっかりしなきゃならないな――と。 

このジュンと、そしてアヤが。

果たして〈黒白の騎士〉とどう関係があるのか。


それはこの先で明らかに。

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