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この物語は。
街に巣くう怪物と戦う、黒白の騎士の物語である。
しかし、騎士は果たしてなんのために戦っているのであろうか?
プロローグ
疾風!
それは正に吹き抜ける一筋の疾風だった。
それは夜空を駆け抜ける。
この街に潜む魔を断つために。
烈風!
それは正に吹き荒れる一塊の烈風だった。
それは闇を切り裂き突き進む。
この街に巣くう魔を討つために。
いつしかそれは人々にこう呼ばれる存在となっていた。
この街の守護者、黒白の騎士と。
血が。
血が流れていた。
冬の寒さの中、まだ生暖かい血が流れていた。
戦士は。
その血を、そしてその中に転がる骸を見て心のうちで涙を流す。
しかし。
いつまでも嘆いている訳にはいかない。
この蛮行を行った邪悪なる者を倒すのが戦士の使命である。
跪いていた戦士は立ち上がり。
魔の気配を探って、それを追う。
師走の深夜二時頃、静まりかえった住宅街の一角。
ここに一人の男がいた。
どこにでもいるような男である。
本当に、挙げるべき特徴のない男である。
それでも努力して、強いて目立った特徴を挙げるとするならば彼の特徴は酒に酔っているというところになるだろうか。
まあ、これはあくまで「現在の男」の特徴であり、この男は常に酔っているような飲んだくれというわけではないのだが。
ともかく。
努力してみても挙げるところがそれぐらいしかないような、得に変わったところのない、正に一般市民代表とでも言うような風貌をした男である。
「ちくしょうめ……飲み過ぎたぜ……」
ぶつぶつと呟きながら、ふらふらと千鳥足で歩く男。
と、そんな男の頬を、突如強い風が撫でた。
その直後。
まるでその風に乗ってきたかのように、彼の目の前に。
黒白の鎧を纏い、剣を携えた戦士が現われたのであった。
「な、なんだぁ……」
あまりに突然のことに、戦士を目にした男は間の抜けた声を上げた。
もし男が酒に酔っておらず、もっと冷静な判断の出来る状態であったなら、恐らくは「な、何だ」程度の驚きの声を上げたのだろうが。
酔っている今の男の思考能力では、それが何なのか、驚くべき対象なのかどうか、すぐには判断できなかったのである。
だが。
目の前に立った戦士が男の方を向き、その剣を構えたときには、男も現在、自分に対して殺意が向けられているのだということを感じとった。
ただし、男はその殺意を自身の正面の戦士からではなく、背後から感じとっていた。
それは決して、男が酔っているために殺意が向けられている方向を誤認していたからではない。
男の背後。そこにはいつの間にか、一体のよく磨かれた石材のようなつやのある、灰色の体を持つ怪物が存在していたのだ。
その怪物の腕からは鋭い爪が伸びており、その先端に付着している生乾きの血が街灯に照らされて赤く輝いている。
そう。
男の感じた殺意はその怪物が放っているものだったのである。
そして戦士はその怪物を倒すために男の前に立ち、剣を構えていたのであった。
男は思った。
今下手に動けば、自分の前にいる戦士と、背後にいる怪物との戦いに巻き込まれるだけだ、と。
無論、端から見れば動かなくても既に巻き込まれていると言える状況ではあるのだが、男には何故か、このまま戦士に任せておけば助かるという感覚があった。
それは戦士の剣から放たれている怪物に対しての気迫が、男に対しては何か安心感に近い感情を抱かせるものだったからかもしれないし。
あるいは男が以前どこかで目にした、この街に関する冗談みたいな噂話を思いだしたからかもしれない。
その噂というのは、この街には怪物とそれを断つ騎士が存在している。その騎士は超常的かつ圧倒的な力を持ち、人々を護っている。もし、この街で怪物に襲われたら、その騎士に全てを委ねればよい、というものである。
それはこんな場面に出くわさなければ、子供たちの間で流行っているフィクションの物語の話であり、真に受けるなんてと笑われてしまうような噂話ではあったが。
なるほど、実際に遭遇してみれば怪物と騎士である。
それとしか言いようがない。
男はそんなことを考えつつ、目の前の騎士に自分の運命を預けてみようと覚悟を決めた。
その瞬間。
怪物が僅かに動いた。
そしてそれとほぼ同時に騎士も前へと動く。
逃げようとした怪物を騎士の振るった剣は捕らえ、一閃。
剣は男には擦ることさえもなく、怪物のみを切り裂いた。
斬られた怪物の身体は、黒白の炎を上げ、そして最終的には砂とも灰ともつかないものを辺りに残して崩れ去る。
そしてその直後。
突如強い風が吹き、灰を星の輝く夜の空へと巻き上げたのであった。
さて。
怪物が灰燼と化したことを見届けた男は、思わず、
「た、助かった……」
と、呟き、そして自分を助けた騎士の姿を探した。
無論、それは助けてくれた礼を言うため――ではない。
非現実的なことに遭遇した場合、大抵の人間は自分が置かれた状況についてより正確な情報を求め事態を把握しようとするものだが、この男の場合も騎士の姿を改めて確認することで自分が出くわしたこの事件についてより正確に把握しようとしたのである。
だが。
男が何処を見ても騎士の姿はなかった。
「……な、何だったんだ。あれは……」
騎士の姿を探すのを諦めた男はそう呟き、目の前の道に積もった灰に目をやる。
騎士が既にいなくなっている以上、男の身に起こったことが現実だと証明できるのは、怪物の死骸とでもいうべきこの灰だけである。
男は地面に屈んでそこに積もった灰を指で触る。
ジャリジャリとした砂のような感触。
その感触にこの灰は幻なんかじゃあないと思った男は、灰を少し手にとって観察してみようと試みた。
しかし、男が灰をつまむと、その灰はまるで細かい氷の粒が体温で溶けて蒸発するように空気中に溶け、消滅してしまう。
ただし。それは男の体温のせいではなかった。
よく見ると地面に散らばった灰も、徐々にだが消滅し始めているのだ。
男は思った。
灰さえも消滅し、証拠となるものが何一つなくなれば、己の身に起きたあの不思議な事件を人に話しても信じるものは誰もいないだろうと。
いや、それどころか、周囲に話せば荒唐無稽な話をする奴だと思われて馬鹿にされるだろうと。
なので男は、今回の事件について周囲には話さないと決めた。
だがしかし。
人間とは何か事件に巻き込まれると、その事を他者に話したくなる生き物である。
しかもそれが人に話しても信じてもらえそうにない事件となればなおのこと、誰かに伝えたくなるものでもある。
この男もその例外ではない。
友人に馬鹿にされたくはないが、誰かに今回のことを伝えたいと思った男は結局ネット上に、匿名で事件について書き込むことにしたのであった。
このようにして一つ、また一つと。
「黒白の騎士」の都市伝説に新たなエピソードが追加されていく。
そして集ったエピソードに数多の人間の、希望や理想が推測や想像といった形になって編み込まれていく。
結果。
騎士はいつしか「この街の守護者」と人々から認識されるようになっていったのであった。
だが、しかし。
本当のところ。
果たして一体、黒白の騎士とは何者なのであろうか?
そして騎士は何故、怪物と戦っているのであろうか?
その謎を明らかにするために、我々は視点を数ヶ月前に逆行させ、この街で起きたとある事件を追うことにする。
黒白の騎士誕生と覚醒の秘話が今明かされる――
夜宵市で都市伝説的に噂される〈黒白の騎士〉。
果たしてそれは何者なのか?
次章より、その謎について語らせていただこう。




