35. 蒼穹の約束
ふわふわと風が吹くたびに花びらが舞っていく。
見上げた私の瞳に映るのは、満開に咲いた桜。
その木の下で、私はずっと待っているのです。
『約束の地で待つ』
あの方からの文に記された約束の地。
あれは、きっとここだと思うのです。
公爵邸庭園に咲く、ひと際大きな桜の木。
夢で見た幼い二人が交わしていた約束の場所は、確かにここでしたもの。
だから、待っているのです。
あの方が来るのを、この桜の下で―――――
☆
あれから――ゲームの始まりの日から、すでに5日。
その間にあったことと言えば、セレナとディレム殿下がとうとう正式に婚約すると言ってきたことでしょうか。
一の兄上様のお心を思えばちょっと複雑ですが、でも、セレナが幸せになれるならこれ以上の喜びはありません。
二人は、女神の祝祭に行われる舞踏会にて正式にお披露目をするそうです。
そして、来年の春には結婚。
ゆくゆくは公爵として兄である王太子殿下と妃殿下を支えていくのだと、二人して意気込んでおられました。
その報告を聞いた時、本当にゲームは終わったのね、と思いました。
ヒロインことユイアナさんは、今はおとなしく街で生活をしているそうです。伯爵様が爵位剥奪の上追放処分になったというのも街で噂になっているらしく、ユイアナさんが伯爵様の娘と知っている方々からはひどく同情されているとか……。
その噂の陰では、二の兄上様や魔法師様が一枚かんでいるらしいのですが、爵位剥奪に至った経緯含めあまり詳しい内容までは教えてもらえませんでした。
ただ、ユイアナさんに非難の目が向かないようにした、とだけ聞きました。「居場所を失ったあの娘が、また良からぬことを企てないとも限らないしね」とは、一の兄上様の言葉。
兄上様方や魔法師様は未だにユイアナさんを警戒しておりますが、私は、おそらくもう何もしないのではないかと思うのです。
帰り際に見せた涙は、決して嘘じゃない……。
なぜかそう思うのです。
いつか……そう、いつか―――時が過ぎてもっと大人になったなら、ユイアナさんとゆっくり話をしてみたい。叶うかどうか今はわかりませんが、夢に見ることは出来ると思うのです。
いつか、きっと―――みんなでお茶会をしましょうユイアナさん。
☆
「待ち人は来ましたか? お嬢様」
じっと桜の木を見つめていた私の背後に近づく人の気配。
そっと寄り添うように隣に立つ人は、長い灰色の髪を三つ編みにして珍しく後ろではなく横に垂らしているルキト。そのような髪形をしていると、まるでゲームでの近衛騎士の姿に見えますわ。
「約束の地、ですか。それにしてはいつまでたっても来ませんね。お嬢様、場所、間違えていませんか?」
どこか面白がる口ぶりなのは、桜が咲き始めた頃から毎日ここであの方を待っているから……。
「ここで間違いないわよ、ルキト……」
私がここであの方を待ち続ける理由は、なぜかみんな知っております。
「単なる夢じゃないんですか?」
「そんなことは無いです」
「断言しますね~。それほどあの方に会いたいですか?」
「そんな事、決まっております」
「そのうち、花……散ってしまいますよ」
うっ……。
ルキトの言葉に返答できません。
信じているのです。
必ず来てくださると……。
でも、咲き始めた桜はすでに満開で、風に揺れ散り始めている花もあるのです。
必ず来てくれる……。
そう思っていても、来なかったらどうしよう、と不安になる気持ちもあるのです。
「少し、虐めすぎたかな……。申し訳ありません、お嬢様」
ぽりぽりと頭をかくルキトは、そう言うと、項垂れる私の顔を覗き込んできました。
「お嬢様、俺の前でそんな顔をしないでくださいよ。本気で口説きますよ」
「………え?」
どんな顔?
っていうか、口説く?
誰を?
私を?
ルキトが……?
…………。
「……はあ?」
「そんなに驚く事かな……」
驚きますわよ。
なんですか、それは!
「まあ、冗談ですけどね」
ああ、冗談でしたのね………って、
「また私を揶揄っていたのですか!」
「当然」
どこか笑いを含む口調でそういうルキトは、次の瞬間、表情を一変させました。
「ルキト……?」
いつもと様子の違うルキトに戸惑います。
こんな真剣な顔のルキトを見るのは初めてです。
ルキトは片膝を地につけ、私の手を取ってきました。そして、そっと……本当に軽く触れるほどの口づけを私の手の甲に落としたのです。
「俺の忠誠は生涯お嬢様に捧げています。それはこの先も変わらない。その事を忘れないでほしい」
「ルキト……?」
「お嬢様、俺は…いや、私は、本日付けを以て近衛騎士に配属されました。よって、お嬢様の専属護衛騎士より外れることとなります。その事をまずはご報告申し上げます」
「……え? ………どう…して?」
そんなの、初耳です……。
ルキトが……。
そんなの―――
「それが私の選んだ道であり、この先もお嬢様を守るためには必要な事なのです」
「そんなの……そんなの分かりませんわ! どうして私を守るために近衛にならなきゃいけないの? ルキト!」
ルキトがいなくなる……。
私をずっと守ると言ってくれたルキトが……そんなの……っ!
「お嬢様……」
ルキトを困らせているだけだって分かっております。
でも、ルキトが近衛になる、私の側から離れて行く、そう思ったら……涙が止まらないのです。
「祝福してくれませんか? お嬢様」
嫌です!
ずっと側にいて守ると言ったのはルキトではないですか。どうして祝福など―――っ!
「お嬢様……」
希うような声音。
私の指に感じるルキトの手の力が微かに強まります。
見つめてくる眼差しはとても優しくて、そして切なくて、そんな顔をされたら、私は『嫌です』なんて、言えないではないですか!
零れる涙を隠す様にルキトに抱き付く私を、ルキトはそっと支えてくださいました。
「…お嬢様」
「……決めたのね? ルキト」
「……はい」
「私が、ずっと側にいてね、って言っても、駄目なのね?」
「これが、この先もお嬢様の側にいられるための道だと思っていますよ、私は……」
「どうして私の側にいるのが近衛になる事なのか分からないけど、ルキトがそう決めたのなら、私には反対できない……。本当は、いやだけど……祝福する」
まるで子供のわがままです。
分かっています。
でも、そう言わなければ、耐えられないのです。
「ありがとう……お嬢様」
私は、ルキトから離れると、その頬に軽く口づけました。
「貴方の行く道に女神の祝福があらんことを……。今まで私を守ってくれてありがとう、ルキト」
「貴女に変わらぬ忠誠を誓うとここに約束いたします。イリアーナ様」
ルキトはふわりと笑うと、騎士の礼をとりました。
その姿にまた泣けてきます。
「ほら、せっかくの誓いが台無しになるだろう。お願いだから、笑ってくれませんか? お嬢様」
ルキトがそう言うから、私は精一杯の笑顔を浮かべました。
これが別れではない……。
いつかまた会える、そう信じて、笑顔でルキトの旅立ちを見送ったのです。
☆
「あ~…! もう! やっぱり舞っているのを捕まえるのは難しいわね」
ルキトが近衛騎士となり公爵邸から去って数日。私は相変わらず、桜の木の下であの方を待っています。
見上げる桜の木は、花がだいぶ落ちて葉桜に変わりつつあります。
残った花も風に揺れ、はらはらと舞っていきます。
もう少しで桜の季節は終わる……。
それでも、私は待つことを止めたくはないのです。
だって、約束したのですもの、あの方と……。ここで会おうって…。
でも、不安が無いわけじゃない。
花が咲き始めてからずっとここで待っているけれど、今日まで何の音沙汰もないのです。あの方の側に仕える一の兄上様に訊いても「何も聞いていないよ」との一点張り。さらには、落ち込む私に「もう、諦めろ」とさえ言う始末。
それでも待ち続ける理由は、セレナとディレム殿下からあの方のお話を聞いていたから……。
「今は、先日の伯爵の件で多忙にしておられるけれど、兄上は、必ず貴女に会いに来られます。信じて待っていてくださいませんか?」
「お姉さま、ディレム様のおっしゃる通りです。あの方は、決してお姉さまとの約束を反故にする方ではありませんわ。必ずいらっしゃいますから、そのような悲しいお顔をなさらないで」
忙しいのは分かるのです。
あの方はこの国の王太子殿下で在らせられますもの。私のわがままを優先して、公務を蔑ろにされる方ではないという事も知っているのです。
でも、寂しいのはどうしようもありません。
ただじっと待つのは辛いのです。
嫌な方へばかり考えが向かって………。
だから――――
「どうしたら捕まえられるのかしら? いつもいつも、あともう少しというところで風が邪魔をするのですもの、捕まえるのなんて無理ですわ! はぁ……今ここにユコがいたら、風を止めてもらえますのに…」
こんなことに神のお力を使いたいと言ったら、さすがに呆れますかしら……。でも、楽しい事でしたらユコは一緒に遊んでくれそうですけれどね。後で魔法師様には怒られそうですが……。
ふわりとそよぐ風に吹かれ、残り少ない花が散っていきます。
「桜の花はあと僅か…ですわね」
ずっと掌に乗せようと奮闘していたのですけれど、中々難しいです。
「今度こそ…」
「クスクスクス…」
「え……?」
意気込んだ私の耳に届いた微かな笑い声。
次いで聞こえてきた声は――――
「花びらを捕まえたいの? 手伝おうか、お姫様」
「………っ!」
うそ……。
ほんとに…?
思わず自分の目を疑ってしまいました。
だって…振り向いた私の視線の先にいたのは―――
「懐かしいな……。小さい頃も君はそうして花びらを捕まえようと一生懸命だった」
優しい光を宿した瞳は懐かしそうに細められ桜の木を見上げる。
「……大きくなったらここでまた会おう」
長い金色の髪を風に遊ばせながらゆっくりと近づく青年は、私の目の前で立ち止まると、視線を桜の木から私に移しました。
「覚えているか?」
優しくそう問いかける青年は、少し屈み込んで私と視線を合わせます。
「お……おぼ…え…てる」
声が震えて、なかなか言葉に出来ません。
溢れてくる涙が邪魔して、待ち続けたこの方の姿さえはっきり見えないのです。
でも、でもっ!
「……泣き虫」
愛しそうに呟かれたその声に、ますます涙が溢れてきます。
ずっと待ってた……。
約束の場所がここだって知ってから、花が咲いたら会えるとそう信じて、ずっと待ってた。
貴方に……会いたかった――――
「君に泣かれると落ち着かなくなるのは、今も昔も変わらないな……」
「泣かせて…いる…のは、貴方です」
「そうだね……」
ほんとはこんなことを言いたいんじゃない……。
「ここで、ずっと……待ってたの」
「……うん」
貴方に困ったようなそんな顔をさせたいわけじゃない……。
「……約束…だから」
「……約束だから、か?」
……違う。
言いたいのは、そんなことじゃない……。
約束だから、ここにいたんじゃない!
私は……。
「……会いたかったの」
「……? 今、なんて…」
微かな動揺。
驚きに見開かれる瞳は、鮮やかな宝石のような紫。
ああ……この瞳が見たかった。
私の大好きな―――――
「貴方に…会いたかった。私……ずっと貴方に会いたかったの―――アーク…様!」
「………っ!」
その瞬間、私はアーク様に抱きしめられておりました。
強く、胸の中に抱きしめる腕。
優しく、宥める様に頭を撫でている手のひら。
覚えてる……。
私を守ってくれた腕の強さも、何度も頭を撫でてくれた手の優しさも、私は覚えている。
アーク様ですわ。
夢なんかじゃない……。
こうして私を抱きしめているのは―――アーク様です。
「アーク……様。私……」
「イリアーナ、それは、私が言うべき言葉だ。…ずっと、君に会いたかった。幼い日から、この日が来るのをずっと待ちわびていた。あの日の約束が叶う日を、ずっと……待っていたんだ」
知っております。
アーク様は、私に会うのを止められていたと、そう聞いていますもの。
それもこれも……。
「ごめん…なさい。私が……忘れ…て…いたから」
私が前世の記憶のせいで魔法具に縛られたりしていなければ、アーク様を忘れる事なんて無かった。ずっと一緒にいられた。
私の所為……。
私が忘れたから、アーク様は―――
涙で声を詰まらせる私に、アーク様は切なげに目を細めると首を横に振りました。
「それは君の所為じゃない。君は何も悪くはない。言っただろう? たとえ君が忘れても、私は決して忘れない、と」
それは、遠き幼い頃にアーク様がぽつりと呟いていた言葉。
アーク様は、頑なにその約束を守ってくれた。
ほかの方との未来を選ぶことも出来たのに、ひたすらに私との約束を守ってくれた。こんなにも、私を想っていてくれた。
「イリアーナ、これから沢山話をしよう。会えなかった日々を埋めるように……。教えてくれるだろう? 私の知らない君の事を。そして、聞いてほしい、君の知らない私の事を」
それは私が願っていた事です、アーク様。
ずっと……ずっと貴方の事を知りたいとそう願っていたのです。
だから―――
アーク様に抱きしめられながら私は、愛しいその腕の中で何度も頷きました。
「ねえ、イリアーナ」
どれだけそうして――抱き合って――いたのでしょう。
問いかけの声に上向くと、アーク様の瞳が、すぐ目の前にありました。
「あ…はい」
艶めいた眼差しに驚いて、思わず上ずった返事を返した私の耳に、アーク様が微かに笑う声が聞こえました。
うっ……恥ずかしい。
「少しは落ち着いた?」
「はい……」
反射的に俯く私の耳に、またしても軽やかな笑い声が聞こえます。
きっと、私の顔を見て笑っていらっしゃるのですわ。
だって、ずっと泣いていたから、目が真っ赤ですもの。
「イリアーナ、こっちを見て」
アーク様の胸に顔を埋めながら首を振る私。
「どうして顔を隠すの? イリアーナ」
どうしても何も、恥ずかしいからです。
「仕方ないなぁ。じゃあ――」
「きゃあ」
何を思ったのか、アーク様が私を突然抱き上げたのです。それも、お姫様抱っこ、ではなくて、まるで子供を抱き上げるかのように自分の腕に私を乗せる感じで。
あまりの事で、思わずアーク様のお顔を凝視しておりました。
僅かに見下ろす形になるアーク様は、とても上機嫌で笑っておられ。
「ははははっ。こうしていると懐かしいな」
何がですか!
淑女に対する行為ではありませんわよ、アーク様。
「思い出さないか? ほら、こうすると、今なら手が届くだろう?」
手が届く?
なんの事……?
見つめる先は、桜の木。
無意識にゆっくりと手を伸ばす先には、僅かに残っている桜の花。
桜の………花?
『花がほしいの』
『ごめん、今の僕じゃ無理だよ』
あ……っ!
『無理なの?』
『うん。でも、大人になったらきっと大丈夫だよ』
『ほんと?』
『本当だ。約束する』
『約束だね』
思い…出しましたわ。
これは、夢の中の……ううん、あれは夢なんかじゃない。
幼い私を抱き上げていたあの記憶は、桜の花がほしくて、アーク様に強請って抱き上げてもらった、私の記憶ですわ。
呆然とアーク様を見つめる私を、アーク様は眩しそうに見ておられます。
「覚えているか?」
「……はい……覚えて…いますわ」
「届くだろう?」
「はい…届きますわ、アーク様。今なら、桜の花に手が届きます!」
はしゃぐ私をしっかりと落とさないように抱きかかえるアーク様は、抱きしめる腕に僅かに力を込めました。
「良かったな」
「はい!」
「ねえ、イリアーナ。これで幼き日の約束はすべて叶えられた。だから、新たな約束をしよう」
「新たな…約束?」
「そう……約束だ」
首を傾げる私に、そっと告げられたその言葉は――――
☆ エピローグ ☆
「アーク! 見て、桜の花が咲いているわ!」
満開の花の下、地面に敷物を敷いたその上には沢山の御馳走。
「お姉さま、あんまりはしゃいでいると、シャリアン様に怒られますわよ」
「あいつも、今日くらいは大目に見てくれるさ」
「殿下は甘いですわ! 『くらい』なんて言葉、シャリアン様にはありませんのよ。ディレム様もお兄様もそうお思いになられるでしょう?」
「い…いや、私は……」
「馬鹿な事を言うな愚妹」
「面白い事を言っているね、セレナ」
ふいに背後から掛けられた声に、セレナが硬直いたしました。
そのセレナを、ディレム殿下が面白そうに眺めていたのは内緒にしておきましょう。きっと、一の兄上様が背後にいたのを知って黙っていたのでしょうから、おそらく確信犯だと思うのです。だって、ディレム様が『硬直するセレナがとても可愛い』とアーク様におっしゃって――惚気て――いるのを私は知っているのですもの。
「はははっ、相変わらずセレナは面白いな。兄さん。殿下じゃないけど、今日くらいは大目に見てやるんだろう?」
「はぁ…お前たちは、私をいったいなんだと思っている。こんなことくらいでは小言など言わないよ」
「報われませんね、シャリアン殿」
「そういう貴殿も、イリアーナには怖がられているだろう? 魔法師殿」
ええ、ええ。
魔法師様はものすごく怖いのです。
王宮で行われている妃教育の一端をなぜか魔法師様が務めていらっしゃるのです。
その授業が恐ろしいのなんのって……。
まあ、そのおかげで、いろいろと助かっているのも事実ですので、感謝はしております。
「おい、ルキト、ソリン! そんな後ろにいないで、こっちに来い」
二の兄上様が声をかけると、少し離れた場所で警護をしていた二人は、共に近衛騎士の制服を纏っていて――ソリンさんは、一の兄上様推薦で、私専属の騎士として近衛騎士に配属されました。特例です――恭しく礼をした後、こちらに近づいてきました。
「良いのですか、カイレム様」
「今日は特別だ。しっかり食べて行けよ、ソリン」
目の前の料理に目を輝かせるソリンさんは、二の兄上様からの承諾の声にすごく喜んでおりました。
「……また、ここに来ることが出来るとは思ってもいませんでしたよ」
「今日はゆっくりしていけ、ルキト。だが、お嬢様には、あまり迷惑をかけるなよ」
考え深げにつぶやくルキトの肩にゼンが手を置いております。
ゼンは今、私の護衛騎士の任を解かれ、我が公爵家所有の私設騎士団を纏める隊長の任についております。主に、一の兄上様と行動を共にすることが多いとか……。
「さあ、お嬢様。体調を崩されてはいけません。これを……」
ふわりとショールを私に掛けてくれるのはロンナ。
「そうですよ、お嬢様。今はとても大事な時。寝込むなんてまね、したくないでしょう?」
おどけたようにそう言うのはセシャ。
二人は、私に付いて今は王宮で私専属の侍女をしています。
「あ、そういえばお姉さま。お姉さまの結婚式のときに――――」
賑やかに交わされるのは、懐かしい人たちとの会話。
前世の記憶にあやかって昨年から始めたお花見なのですけれど、これがとても楽しいのです。
堅苦しい王宮の決まり事から解放されるひとときの安らぎですわ。
ええ、私、今はアーク様の妃となるべく王宮で教育を受けているのです。
そこで再会したのは、ルキトでした。
アーク様より伝えられたのは、いずれ私専属で近衛を数人つけるという事。
その中に、ルキトとソリンさんが入っていたのです。
近衛になる事が私を守ること、ひいては側にいる事になる、と言っていたのはこういう事だったんだと、再会して初めて知りました。
うれしさから思わず涙をこぼした私を見て、アーク様が「配属変えるか」と言っていたのは聞かなかったことにします。
あの日からすでに2年。
私は、今年の女神の祝祭に合わせ、アーク様の許に嫁いでいきます。
あの日……蒼穹の空の下交わした約束は、今もずっと私の胸の中にあるのです。
『愛している、イリアーナ。過去も現在も未来も、私は君だけを愛している。この先、たとえ何が起ころうとも私が君を守る。約束する。だから、未来を私と共に歩んではくれないか?』
――――はい、アーク様。私も、貴方と共に未来を歩みたいです!
それは、決して忘れることのない、たった一つの約束。
あとがき
「公爵令嬢、奮闘する?」これにて完結です。
稚拙な物語にもかかわらず、沢山のブクマ、評価、ありがとうございました。
そして、読んでくださったすべての方に感謝します。
本当に、ありがとうございました!
暁月さくら




