第三話 神器
洞窟の薄闇に刃のきらめきが広がった。剣とも槍とも呼び切れぬ、異形の武器。
右手にずしりと伝わる重みは、たしかに現実そのものだった。
「ラグルス! おい、やったぞ!」
数日間の悪戦苦闘が一気に報われ、思わず声が大きくなる。
《……ふむ》
返ってきた声には、珍しく皮肉も揶揄も混じっていなかった。
《それが、お前の『神器』というわけか》
「……神器?」
聞き慣れない単語に眉をひそめる。問い直そうとしたところで、ラグルスが続けた。
《神々が扱う、自らの魂を具現化した武器。それが神器だ》
さらにラグルスは続ける。
《先ほども言った通り、これは初歩に過ぎぬ。本来、神であるならば訓練などせずとも具現できる程度のことだ》
(神々ね……こいつ以外にもいるってことかよ)
どうでもいい引っかかりが頭をかすめるが、今は右手の重みに意識が持っていかれていた。
刃は光沢を放ち、柄にはわずかに赤い光が脈打っていた。
魂から形を取ったものだと言われても、特に実感は湧かない。
「少しくらい褒めたらどうだよ……。で、『これ』って変えられないんだよな?」
セリアは槍にしては大きすぎる刃を眺めながら、半ばため息混じりに呟く。
《愚問だ。武器の形は選べぬ。お前の魂が望み、形を取った結果がそれだ》
「……よりによって、こんな中途半端なのがな」
口では文句を言いながらも、右手に伝わる重みが気持ちをじわりと熱くする。
握っているのは武器であると同時に、自分そのものでもある、そんな感覚だった。
《その剣槍こそが、お前という存在の第一歩だ。決して侮るな》
ラグルスの声音は、いつになく硬い響きだった。
「……わかったよ」
自然と背筋が伸びる。だがそれ以上に、今は剣槍そのものへの興味が勝っていた。
セリアは両手で柄を握り直し、足を一歩踏み出す。
洞窟の空気を裂く勢いで、思い切り振り抜いた。
――ブンッ
重い風切り音が岩壁に反響し、巻き起こった風が砂塵を舞い上げる。
髪がばさりと揺れ、頬をかすめた。
「……っ、重っ!」
今の段階では、片手では到底扱えない。
腕がびりびりと痺れ、握力が一気に持っていかれる。
それでも、振り抜いた瞬間の感触は、胸を震わせるには十分だった。
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洞窟に、重い風切り音が何度も何度もこだまする。
どれほど時間が経ったのかは分からない。だが、岩床には汗がぽたぽたと落ち、息は白く荒く漏れていた。
「はぁ、はぁ……」
両腕が重い。肩から先が自分のものではないようだ。
「なぁ、これって重さを変えられたりしないん――」
《当たり前だ。お前は自分の魂を自在に変形できるのか?》
言い終える前に、ラグルスが呆れを含ませ遮る。
(そうだろうと思ってたよ……)
自分の神器を恨んだところでどうにもならない。
柄を支え直しながら、セリアは岩壁に背を預けた。
「なぁ、とりあえず振ってはみてるけどさ。これで合ってんのか?」
《……そうだな。素振りもどきはそこまでにして、魔物を狩りに行くぞ》
ラグルスの言葉に、洞窟の空気が一段と冷えた気がした。
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《ちょうど近くに来ている。そこから少し進んだところで待機しろ》
「……いきなりだな」
言いなりになるのは癪だが、かすかな空腹と、自分の力を試してみたいという衝動が背を押す。
セリアはこれまで座り込んでいた袋小路を離れ、岩の通路を進んだ。
足音が、ひんやりとした暗がりに吸い込まれていく。
「ここでいいか?」
立ち止まって問いかける声には、わずかな緊張があった。
《その辺りで問題ない。……安心しろ。大した魔物ではない》
こちらの心持ちを見透かすように、ラグルスが告げる。
《……来るぞ》
その一言とほぼ同時に、洞窟の奥から冷たい風が吹き抜けた。
岩壁の隙間から低いうなりが漏れ、暗闇の向こうに「何か」の気配が濃くなる。
やがて――
ずるり、と岩を擦る音を立てながら、それは姿を現した。
岩陰から這い出したのは、巨大なムカデを思わせる異形。三、四メートルはあろうか。
黒ずんだ甲殻が光を反射し、無数の脚が岩肌をカサカサと擦るたびに不気味な音が洞窟に満ちる。
湿った土と鉄錆のような臭気が漂い、セリアの鼻を突いた。
ぎらりと赤い双眸がセリアを射抜く。口器から粘ついた唾液が糸を引き、岩床に滴った。
(これが、魔物……!)
想像以上の巨大さと不気味さに、心臓が荒々しく跳ねる。
無意識に後ずさり、汗ばんだ手から剣槍が滑りそうになる。
《なにを呆けている! 来るぞ!》
警告と同時に、魔物が突進してきた。
「――っ!」
咄嗟に横へ跳ぶ。巨体がさっきまでいた場所を薙ぎ払い、岩壁を砕いた。
破片が飛び散る中、セリアは剣槍を構え直す。
迫る甲殻へ、反射的に横薙ぎに振り抜いた。
――ガギィンッ!
刃が弾かれ、腕に鈍い衝撃が走る。
「硬い……!」
甲殻には浅く傷が入っただけ。
ムカデは怯むどころか、無数の脚でさらに距離を詰めてくる。
口が開き、鋭い牙が並ぶ奥から粘液が飛び散る。
《恐怖に飲まれるな!》
ラグルスの怒声が響く。
「……っ!」
心臓が跳ね、視界が冴える。
恐怖に縛られた体が、言葉に突き動かされるように動いた。
《刃に体重を乗せろ。切るのではなく、突き刺せ!》
「はぁぁっ!」
突進してくる巨体へ向け、セリアは低く構え、真正面から剣槍を突き出した。
刃が甲殻の継ぎ目を抉り、肉を裂く感触が掌を通して伝わる。
赤黒い体液が飛び散り、腐臭が一気に広がった。
魔物は耳障りな悲鳴を上げ、そのまま岩床に崩れ落ちる。
しばらく痙攣したあと、ぴたりと動かなくなった。
「……っ、はぁ、はぁ……」
セリアは剣槍を支えに膝をつき、荒い息を吐いた。
胸は熱く、背中には冷たい汗が伝う。勝ったはずなのに、全身がまるで負けたように震えていた。
《……ふむ。未熟ではあるが、悪くはない》
ラグルスの声が、淡々と状況を評価する。
《だが、その恐怖を制せねば次は無いぞ》
「褒め方が、素直じゃないな……」
恐怖や疲労はまだ消えない。だがセリアはしっかりと剣槍を握り直していた。




