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第二話 器と復讐

――復讐だ。


その一言を残して、ラグルスは黙り込んだ。

洞窟の空気がいっそう重く沈み、岩壁の冷たさが肌にじわりと染みてくる。


「復讐、ね……」

セリアは小さく呟き、すぐに思考を切り替えた。

復讐相手が誰なのかは気になる。だが、今の彼女にはもっと切実な問題があった。


――つまり、この状態。

冷静さを取り戻すほどに、自分が全裸でいる事実が意識にせり上がってくる。頬がじわりと熱くなった。


「まずはさ……なにか着るもの、ないのか?このままじゃ、落ち着いて話なんて聞けないんだけど」

ラグルスの長話に付き合う前に、セリアは先に要求をぶつける。


《…………ない》


「……え? 何が?」


《着るものなど、ない》


「…………」


《だが心配はいらぬ。お前の皮膚は布で守らねばならぬほど脆弱では――》


「そういう問題じゃないっ! 恥ずかしいって言ってんだよ!」

思わず声が跳ね上がる。的外れな返答に、羞恥は倍増だった。


《我が力の全ては、肉体の性能を高めることに使用した。故に衣服の用意はできぬ》


「……はぁ」

周囲を見回す。

岩、岩、岩。布になりそうなものなど影も形もない。


「……もういい。

 だったら、さっさとここから出る。あんたの復讐の話は、それからでも良いだろ」


《……出られん》


「は……?」


《正確には、いずれは出られる可能性がある。だが、それには膨大な時間がかかると予測する》


「膨大って、どのくらい……?」

セリアは嫌な予感を感じながらも、聞かずにはいられない。


《我の予測では百年、あるいはそれ以上……。尤も、お前次第ではあるがな》


「…………」

いきなり洞窟の中で目を覚まし、裸。

衣服はなく、ここから出られるのは百年後かそれ以上。


(……なるほど、運悪く魂の形が合致した、ってわけだ)


________________________________________


しばしの沈黙の後、もっと重要なことに気づく。

「なぁ、まさか食べ物も無いって言わないよな?」


《……逆に聞こう。この洞窟にそんなものがあると思うか?》


(こいつ……)

心の中で悪態をつきつつ、なんとか返す。


「その言い方……ってことは、この身体は食事が必要ない、ってことでいいんだな?」


《厳密には必要だ。しかし、その必要頻度はお前の生前より遥かに低いだろう》


(おいおい……食事必要なのかよ。頻度が低いって……百年も保つわけじゃないよな? それに寿命は?)


疑問が次々と浮かぶ。だが、ラグルスはそれを見透かしたかのように答えを重ねる。


《とはいえ、この洞窟を出るまではもたぬ。飲まず食わずで二月が限度だろう。

だが、この洞窟には食料となる存在がいる。それを狩れば問題はない》

《それと、お前の肉体は百年程度では劣化を感じぬだろう》


「……そうかよ」

ひとまず、飢え死にだけは避けられそうだとわかり、セリアは胸を撫で下ろす。

だが同時に、どうしても引っかかる点があった。


「狩るって、こんな洞窟にいるのは……コウモリでも食えってことか?」


《コウモリ……? そんな生易しいものは、この洞窟にはおらぬ。

 ここでお前が狩るべきは『魔物』だ》


「ま、もの……?」

聞き慣れない単語に、セリアは眉をひそめる。

だが考えてみても、何ひとつ思い当たらなかった。

そんな様子を見透かしたように、ラグルスが言葉を継ぐ。


《……なるほど。どうやらお前の魂は、この世界のものではないのかもしれぬな。まぁ、大した影響はない》

「……」

(どうせ記憶なんて何も残ってない。今さら何を言われても驚かないさ)

奇妙なほど心は落ち着いていた。これまでの出来事で、逆に冷静さを得てしまったのだろう。


「……わかったよ。とりあえず魔物ってやつを食えば死なずに済むんだな」

皮肉混じりに言い捨て、セリアは嫌な予感を誤魔化すように続けた。


「で? そいつらは……何も持たない裸の女でも狩れるくらい、弱いんだろうな?」


《それは、普通の女ならば不可能だろう。だがお前のその肉体であれば、訓練さえ積めば十分に可能だ》


________________________________________


「……訓練、ね」

正直なところ、現時点ですでに「十分強い」ことを期待していた。だが、その期待はあっさり裏切られる。


《そうだ。だが、それは生き延びるためだけの術ではない》

《お前には力を身につけてもらわねばならぬ。我が復讐を果たすためにもな》


「……やっぱりそこに繋がるのか」

復讐。その声音には強い憎悪が滲んでいた。


《いずれ教えてやろう。だが、まずは優先すべきことがある。このままでは復讐はおろか生存も危うい》


「……つまり、まずは強くなれってことか」


《察しが早くて助かる》


短い応酬の後、ラグルスは唐突に告げる。


《まずは、最も基本的なことからだ。お前の中に眠る武器を取り出せ》


「……はぁ。具体的には何をすればいいんだよ」


相手の立場に立とうとしないその物言いに、思わず呆れてしまう。

だがラグルスもまた、呆れを込めて返す。


《……どうやらここから出るには百年では足りないようだな》


(煽りぐせあるだろ、こいつ)


《まぁいい。座れ。そして目を閉じろ。胸の奥にある力の塊を感じ取れ》


「裸で修行って、ほんと笑えないんだけどな」

ぼやきながらも、セリアは冷たい岩床に腰を下ろした。

瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。


――暗闇の中、微かな光が胸の奥で脈打っていた。

それは、神の器とされたこの肉体の奥底に眠る「何か」。


(……これが、力?)

《どうやら感じ取れたようだな。次はそれを右手に移動させてみろ》

言われるままに試みる。しかし、上手くいかない。

(くそっ……移動ってどうやるんだよ!)


《……これは餓死も視野に入ってくるな》

皮肉を浴びせられても、聞き流すしかない。

セリアは再び深く息を吸い込み、集中を続けた。


________________________________________


どれほどの時間が経ったのか、もはやわからない。

この身体は睡眠の必要が薄いのだろうか、セリアの体感では一週間以上、寝ずに座っている気がしていた。


「はぁ、はぁ……」

呼吸を整えながら胸に意識を集中させる。


(なんとか、力は強く感じられるようになってきたな。……これは、槍……か?)

「よしっ!」

胸の奥で形を成しつつある手応えに、セリアは思わず声を漏らす。

しかし、ラグルスの冷徹な声がそれを打ち砕いた。


《よし……? よしとはどういう意図の発言だ?修行を始めてから五日と八時間が経過したが、お前の力は胸から僅かも動いていないようだが?》


(まだ五日だったか。いや、それより――こいつ、なんで時間をそんな正確に把握できるんだよ……)

もはや皮肉や煽りにいちいち驚くこともない。


セリアの意識は、自然と五日と八時間という数字の方へ流れていった。


「……もっとコツとかないのかよ。あんたが創った身体なんだろ?」

苛立ちを込めて問いかける。

返ってきたのは、ため息を吐くような声だった。


《よいか。武器の具現化は初歩中の初歩。人が呼吸をするのに助言を求めぬように、本来できて当たり前のこと――》

「わかったわかった! もういいよ!」

セリアは反射的に声を被せた。


(……やっぱり煽り癖だろ、これ)

セリアはひとつ息を吐き、再び意識を沈める。


(胸の奥にある『槍』を……具体的に思い描け。右手で、握り締めるイメージで――!)

その瞬間、これまで微動だにしなかった力が、突如として動き出す。

胸が熱くなり、次の瞬間には腕の内側へその熱が走り抜ける。そして、一気に右手へと集まった。


(いける……!)

セリアはその勢いのまま、力を解き放った。

光が迸り、右手にずしりとした重みが宿る。


現れたのは――槍、と呼ぶにはあまりに特異な武器。

右手にずしりと重みが沈む。

その柄はまさに槍そのもの。だが刃は、槍というにはあまりに巨大だった。

まるで剣をそのまま引き延ばしたかのように、幅広く長い。

剣とも槍とも言えぬ、異形の武器。

言うなれば「剣槍けんそう」と呼ぶべき姿だった。


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