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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.23

それは、エンヴァが肌身離さず読み返している「先輩」の備忘録に、幾度となく刻まれていた言葉だった。


かつて、彼女自身が庭の蛇を恐れる子供たちに放った言葉。 そして、何千年もの生を巡り、最後には虚無や赦しへと辿り着いた先人たちが、口を揃えて残した警句。


動揺する指先で、エンヴァは続きを読み進める。




『これ以上の歴史への介入を止めよ。 王を操り、黄金を穿ち、天秤を狂わせるその行いは、世界のことわりへの叛逆である。 忠告に従わぬのなら、お前と、お前の築き上げた砂上の楼閣に、等しく「滅び」が訪れるだろう。』




文字はそこで途切れ、最後に一輪の「枯れた薔薇」の紋章が焼き付くように浮かび上がっていた。




エンヴァは巻物を握り締め、窓の外に広がる黄金に沸く王都を眺めた。


(――どういうことかしら?)


帝国の内部に、魔女の存在を知り、なおかつ「先輩」と同じ言葉を操る者がいる。




彼女はこれまで、自分こそがこの世界の特異点であり、他の魔女たちは既に歴史の影に消えたものだと思っていた。だが、この手紙は明確な「意志」を持って彼女を拒絶している。




歴史への介入をやめ、ただの隠者に戻れというのか。

それとも、この統一王国そのものが、誰かにとって不都合な「異物」だというのか。


「……滅び、ね。いい度胸じゃない」


わずかに口角を上げたエンヴァであったが、その瞳の奥には、これまでにない冷たい緊張が走っていた。




警告の巻物が届いてから数日。

エンヴァは珍しく「国家運営」に積極的な動きを見せた。


手紙の送り主――「魔力のインク」を使い、「先輩」の言葉を解する何者かを突き止めるため、彼女は王国内で最も腕利きの諜報員数名を帝国へと放ったのだ。




しかし、その答えは最悪の形で返ってきた。




王都の門前に届けられたのは、帝国からの「返礼品」と称された重い木箱。


中に入っていたのは、送り出した諜報員たちの、無惨に切り落とされた首だった。

拷問を受けたのだろう、目はくりぬかれ、耳は削がれ、頭の皮は剥がされ歯は全て抜かれていた。


「これは一体、どういうことだ……!」


届けられた首級を前に、ディルガム王は戦慄した。箱に添えられた公式書状には、信じがたい文言が並んでいた。


『ディルガム王朝の放った刺客が、我が帝国の至高なる皇帝の命を狙った。これは明白な弑逆しぎゃくの企てであり、断じて許されるものではない』



「誤解だ……! こんなものは帝国側の難癖に過ぎない!」


ディルガムは必死に外交官を派遣し、


「我が国に皇帝を殺す意図などない。何かの間違いだ」

と事態の収拾を図った。かつての隊長らしい、誠実かつ慎重な対応だった。


だが、帝国側には最初から「話し合い」に応じるつもりなど微塵もなかった。


彼らの表向きの狙いは、魔女の警告でも、皇帝の安全でもない。

砂漠から湧き出す、あの底なしの「黄金」そのものだった。




統一王国の作戦会議室。広げられた地図の上で、昨日まで「味方」であった駒たちが次々と取り除かれ、あるいは「敵」の色に塗り替えられていく。




「南方の諸侯が反乱! 兵三千! 帝国の先遣隊と合流を図っています!」

「東方のウマル公が中立を宣言! 帝国の進軍路を開け放つとのことです!」

「何だと……! ウマル公こそ、帝国の牙城を食い止める盾ではなかったのか!」


ディルガム王の怒号が響く。




帝国の離間工作は、砂漠の砂が指の間から零れ落ちるように、王朝の結束を容赦なく崩壊させていた。金山で得た富すら、裏切り者の懐を肥やすための餌に成り下がろうとしている。



(――やはり、私を狩りに来るのね。帝国の魔女が)

混乱の最中、エンヴァだけが冷徹な確信を抱いていた。


あの手紙の主。


自分と同じ「魔女」という天災を飼いならす帝国。


その真の狙いは黄金でも領土でもない。この世界に現れた「異分子」である自分自身の排除。




「……ディルガム」


喧騒を切り裂くように、エンヴァが静かに名を呼んだ。


「兵二万を連れ、国内の反乱分子を掃討しなさい。私は、残りの三万で敵本体に当たるわ」




「ならぬ! 敵本体は五万だぞ! 私が行く。エンヴァ、君こそ地方の掃討に出てくれ!」


ディルガムがエンヴァの細い肩を強く掴む。

そこには王としての責任感だけでなく、一人の夫としての、痛々しいまでの保護欲が滲んでいた。




だが、エンヴァは淡く首を横に振る。


「……もし私が敗れた時は、レオとリナを連れて旧イブン王都に逃げ込みなさい。あそこは堅牢よ。帝国も、目的わたしを達した後なら、そこで矛を収めるでしょう」


「エンヴァ、何を縁起でもないことを……!」


その瞬間、エンヴァはディルガムの唇をそっと唇で塞いだ。

「エンヴァ……」


「いいえ。全力を出してみるのも、楽しいかもしれないわね、と思って」


その瞬間、ディルガムは息を呑んだ。


「夫としては、まぁ合格点だったわ。あとをよろしく頼むわね」


その言葉の後にエンヴァの表情は一変する。

愛する妻としてでも、慈悲深い母としてでもない。


目の前にいたのは、かつて二つの国を血の海に沈めたあの時と同じ、あるいはそれ以上に邪悪で美しい「災厄の魔女」の顔だった。


彼女の口角は、獲物を見つけた猛禽のように、恍惚と歪んでいた。


ディルガムが二万の兵を三つに分け、電光石火の勢いで国内の反乱分子を「掃除」しに回っていた頃。東方の広大な平原では、世界の均衡を左右する決戦の火蓋が切って落とされていた。


三万の軍勢を率いるエンヴァの眼前に広がるのは、地平線を埋め尽くす五万の帝国軍。


だが、その陣形を見た瞬間、エンヴァの瞳に冷たい光が走った。


「……厄介ね」


帝国軍は、密集を極端に避けた「薄く、広く」展開する鶴翼の陣を敷いていた。




それは、一撃で広範囲を塵に帰すエンヴァの「消滅魔法」を警戒し、その被害を最小限に抑えるための、あまりに的確な回答。


(――わたしの手の内を、誰かが囁いたということかしら。なら、力押しは止めておくわ)


エンヴァは両手を天へと掲げた。


それはまるで、地底に眠る巨人の肩を強引に持ち上げるかのような、重々しい所作。




ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


鼓膜を震わせる地鳴りとともに、世界が作り変えられていく。




平坦だった東方平原は、魔女エンヴァの意志一つで巨大なうねりへと変わった。


帝国軍の目の前にそびえ立つのは、到底人力では太刀打ちできない絶壁。




一方で、エンヴァの背後に控える三万の将兵にとっては、敵の脳天を貫くための完璧な「高地」へと続く坂道となった。


「弓隊、前線へ! 撃ち下ろせ! 一矢たりとも無駄にするな!」


「輜重隊、手槍を運べ! 壁を登ってくる輩を突き落とせ!」


熱狂する王国軍。




対する帝国軍は、野戦の常識を覆す「一夜城」の出現に、阿鼻叫喚の渦に叩き落とされていた。




「なんだ、あの壁は! 測量師は何をしていた!」


「攻城用の梯子だ! 早く持ってこい! 登って叩き落とせ!」


「左右に回り込め! 騎馬隊、横を突け!」




帝国将校の怒号に応じ、精鋭の騎馬隊が砂塵を上げて迂回を開始する。


しかし、そこには魔女のさらなる「毒」が待ち受けていた。




「……逃がさないわ。」


エンヴァが細い指をパチンと鳴らす。 瞬間、城壁の両翼から、血管のようにのたうつ巨大な茨が地を割って噴出した。


毒々しい紫の棘が鋼の鎧を易々と貫き、馬の脚を絡め取る。


この平原はエンヴァのテラフォーミングによって、ただ正面から踏み潰し合うだけの戦場へと成り下がった。




そんな凄惨な戦場を、帝国軍の本陣、さらにその奥から眺める影があった。


華やかなドレスを纏い、凄惨な殺戮劇を劇場の特等席であるかのように楽しむ、二人の少女。




「あの子、あんなことも出来るのね。感心しちゃったわ」


落ち着いた声でそう呟いたのは、優雅に扇子を弄ぶ「お姉さま」。


その瞳には、戦場の死など一滴も映っていない。


「うっわー! こりゃ凄いね! 本気だね!ひょっとしたら帝国軍、このまま全滅しちゃうんじゃないの?」


隣で無邪気に声を上げた妹分が、ケラケラと笑う。




彼女たちにとって、五万の軍勢が泥を啜り、血を流して死んでいく様は、まるで蟻の巣が壊れるのを眺めるような娯楽に過ぎない。


「ねえ、もしこっちが全滅しちゃったらどうする? お姉さま」




「それならそれで構わないんじゃないの? 私たちには関係ないもの。この国が滅びようが、黄金が誰の手に渡ろうが……ねえ?」


「だよねぇ! にしてもヤバいよねあの魔力!次々指揮官の心臓が握りつぶされてるもの!」

「そお?それは災難ね、フフフ」


二人の不気味な笑い声が風に溶ける。


その直後、帝国軍総司令官の絶望に満ちた、しかし意地をかけた激が飛んだ。




「総員、突撃――ッ!! 死兵となって壁を越えよ!!」


怒号とともに、鋼と剣が真正面から衝突する、地獄の幕が開いた。

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