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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.21

ディルガム統一王朝。




かつて「法も王もなき地」と呼ばれた荒野を束ねたその巨大な版図は、大陸最大の版図を誇る『帝国』によっても無視し得ぬ存在となっていた。


帝国は旧ゲルド王国との繋がりを重んじ、統一王朝をその後継国家として正式に承認したのである。




国家運営そのものには欠片ほどの興味も示さなかったエンヴァであったが、ある日、旧イブン王国の書庫から回収された資料に目を留めた。




それは、かつて彼女の手によって狂死へと追い込まれた王妃ステラが遺した軍政改革と産業振興の報告書であった。


一通り目を通したエンヴァは、静かに椅子から立ち上がった。




「ディルガム、ついていらっしゃい」


それは、建国以来初めてとなる、魔女からの「遠乗り」への誘いだった。




「……もしかして、わたしは今日殺されるのではないか?」


馬を走らせながら、ディルガム王は硬直した思考の隅で本気でそう案じていた。


だが、供に連れられた十歳のレオとリナの無邪気な様子を見て、かろうじて胸を撫で下ろす。




ふと、前方を行くエンヴァの背に目を奪われた。


砂除けのフードから覗く端正な横顔。揺れる馬体に合わせて、衣の隙間から時折ちらつく雪のように白い足。




ディルガムは一人の男として、その美しさに目を奪われていた。


「前を見なさい、ディルガム」


「……っ!?」


冷ややかな声が飛んだ瞬間、目の前に砂に埋もれた岩が迫る。


激しい嘶きと共に馬が足を取られ、ディルガムの体は宙を舞った。




「全く。本当に貴方、騎馬隊の隊長だったのかしら?」


砂塗れになった王を見下ろし、エンヴァは呆れたように吐息をついた。


足を痛めた馬を護衛に預けると、彼女は自らの馬の背を叩く。




「乗りなさい」


「あ、ああ……」


よもやの二人乗り。

ディルガムの顔が柄にもなく顔が赤くなる。



エンヴァを背後から抱きかかえるような形で馬を走らせることになったディルガムは、腕の中に伝わる「魔女」の感触に愕然とした。 大陸を震撼させたその存在は、驚くほどに細く、小さかった。

肩幅の狭さはまるで子供のよう、少女を乗せて馬を馳せている感触すら覚えた。



数時間が経過し、王都から駆けつけた百人ほどの兵士たちが、静まり返った砂漠で手際よくテントを設営し始めた。 何もないはずの荒野に突如現れた王家の野営地。


その異様な光景の中、ディルガムが改めて問いかける。




「エンヴァ、ここに何の用があるんだ?」


「……そうね。夜まで待ってくれるかしら。昼間は雑音が多くて」


魔女はそれ以上語らず、夜の帳が下りるのを待った。




「まぁ、ちゃんと持ってきてくれたのね」


焚き火にかけられたのは、王宮から運ばれてきた黒い鉄鍋。


中では乾燥豆が静かに踊っている。




これまでの冷徹な表情とは打って変わり、エンヴァの唇には微かな笑みが浮かんでいた。


夜の砂漠。急激に気温が下がり、吐き出す息が白く染まる。




ディルガムは、レオとリナを連れて「親子水入らず」の時間(彼にとっては他人行儀な交流ではあるが)を過ごしながら、得体の知れない予感に身を震わせていた。




月が天頂を過ぎた頃、エンヴァは一人、砂の丘の前に立った。




「下がっていなさい」


短く一言。 彼女が両手のひらを広げ、時間をかけて膨大な魔力を練り上げる。


その表情は、王妃として、あるいは母として見せるものとは全く異なっていた。夫であるディルガムとの夜にすら見せないような、深淵なる魔の力に身を委ねる恍惚。




――瞬間、大気が爆ぜた。




かつてこれを目撃したイブン王がここにいれば、絶望と共にあの夜を思い出しただろう。




発動したのは、一切の質量を虚空へ還す魔力による消滅。


緑の被膜が形作った視界に入り切れないほどの球体、その内部に凄まじい衝撃波が砂漠を揺らし、視界を覆っていた巨大な砂の山が一瞬で消え失せた。




後に残されたのは、抉り取られたような巨大なクレーターと、月光に照らされて露わになった赤裸な岩肌である。




「あそこを掘りなさい、ディルガム」


そう言って眠そうにテントへ戻るエンヴァ。




翌朝、夜の魔法の余韻も覚めぬまま、兵士たちが指示された地点へ鶴嘴つるはしを打ち込んだ。


結果はすぐに表れる。




「……陛下! これは、金鉱石です!」


「何だと!? こんな場所に鉱脈が……!」


「陛下、大発見です! 質の良さが尋常ではありません!」


兵士たちの歓喜の叫びが荒野に響き渡る。




ステラが残した「軍政改革」の裏に、かつて彼女が地質調査を進め、しかし砂に阻まれて断念した痕跡があった。それを魔女の力で強引に抉り出したのだ。




当のエンヴァはといえば、久しぶりに全魔力を放出した満足感からか、既に子供たちを連れて涼しい顔で王宮へと帰路についていた。




残されたのは、突然のゴールドラッシュに沸き立つディルガムと兵士たちだけである。




砂塵が収まったあとに残されたのは、月光に照らされる巨大な虚無の穴と、美しく煌めく金鉱石の輝きだった。


掘り出される黄金を前に歓喜する兵士たちの声は、ディルガムの耳には遠く響いていた。


彼の視線は、ただ一点――




魔女が立ち、その一振りで地形すら書き換えてしまった「跡」に釘付けになっていた。




「これが……魔女の力か……」


喉の奥が引き攣るような感覚。


もし、あの夜。あるいは今この瞬間、あの「消滅」の魔法が自分に向けられていたとしたら。


想像しただけで、背筋を凍てつくような悪寒が走り抜ける。




「いや……しかし、エンヴァはわたしの妻だ」


自分に言い聞かせるように、ディルガムは小さく首を振った。




彼女はこの国を豊かにした。自分を王に据え、守っている。


だが、その思考のすぐ裏側で、記憶の澱がどろりと鎌首をもたげる。




かつてのゲルド王。


彼女の実の父であり、主君であった男を背後から冷酷に刺し貫いたその手。


かつてのイブン王。彼女を愛し、その愛ゆえに狂い、喉を貫かれて満足げに逝った男。




「……あいつらは皆、彼女を『妻』だの『娘』だのと思って接していたはずだ」




ディルガムが抱いている感情。


それはもはや、等身大の男女が抱く「愛情」などという生温いものではなかった。




それは、慈悲深い恵みを与える一方で、気まぐれに命を刈り取る神格に対する「信仰」。


絶対的な忠誠心と、それと表裏一体になった底知れぬ「恐怖」。




彼は黄金に沸く兵士たちの影で、自らの震える手を握りしめた。


この国は、魔女の気まぐれという薄氷の上に建っている。その事実を再確認した彼は、ただ静かに、夜の砂漠で祈るような溜息をつくしかなかった。




これによって、統一王朝は帝国とも対等に渡り合える富と力を手に入れた。


当のエンヴァは相変わらず子供らの相手をし、豆を煮戻す事に執着していた。

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