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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.17

イブン王宮の深奥。


ステラは一人、巨大な戦術地図を見下ろしていた。 地図の上には、ゲルド王都を囲むように配置された五つの巨大な軍勢の駒。


「……この布陣。もはや、負けはありませんわ」


ステラは冷ややかに独り言ちる。




夫イブンは、魔女を追い求める狂王として戦場の露と消えても構わない。

父の治めるゲルド王国は、もはや魔女に汚染された廃墟に過ぎない。


すべてを壊し、その後に残る「魔女の絶望」だけが、ステラが三年間待ち望んだ報酬だった。


「さあ、エンヴァ様。貴女が愛したこの国が、貴女のせいで灰になる……その光景を特等席で見せて差し上げますわ」



一方ゲルド王国。




窓辺に腰掛け、月光を浴びるエンヴァの表情には、焦りも、恐怖も、悲壮感すらない。


「……ふふ。愛した国? 勘違いも甚だしいわね」

その独り言は、夜風に溶けて消えるほどに冷ややかだった。




ステラは「エンヴァが愛するものを奪い、その絶望を特等席で見せる」ためにこの盤面を作り上げた。だが、彼女が致命的に誤解していることが一つだけある。


エンヴァは、この国も、玉座も、そして隣で眠る王さえも、最初から愛してなどいない。




寝室の豪華なベッドでは、ゲルド王が安らかな寝息を立てている。

隣の部屋では、まだ幼いレオとリナが深い眠りについている。

エンヴァはそれらにさほどの興味を持つ事も無く、星空を見上げていた。




翌朝ゲルド王宮の静寂は、鉄錆の匂いと怒号を伴う「急報」によって無残に引き裂かれた。

早馬の蹄の音が絶え間なく石畳を叩き、伝令兵たちは血相を変えて謁見の間に転がり込む。




「急報! 南方のイブン王国が不可侵条約を破棄! 三万の精鋭を率い、国境を越えて北上を開始しました!」

「東西の四カ国が同時に挙兵! 総勢四万の連合軍が我が領土を食い荒らしているとの報告です!」

「合計……七万だと?」


ゲルド王の喉が鳴る。


辺境の警備隊、果ては引退間近の老兵まで掻き集めても、ゲルドが用意できる兵力はせいぜい五万。数で劣る上に、相手は「獲物」を狙ってステラ王妃より情報を貰いつつ機を待っていたハイエナたちの群れだ。




報告は止まらない。

それはもはや、軍幹部たちの処理能力を遥かに超えた「死の雨」となって降り注いだ。




「西方のマルクート要塞、陥落! 守備隊は全滅の模様!」


「馬鹿な! あそこは我が王国西方の喉元を守る要、拠点要塞だぞ! なぜこれほど早く……!」


「東方でもルガル要塞が敵軍に包囲されました! 援軍、援軍を至急!」


「そこを落とされれば、王都への道が拓かれてしまう! 兵を集めろ!」




「報告! イブン王国軍、マーサ砦に到達! 本隊との距離、わずか二週間の行軍距離です!!」


「ええい、黙れ! どこから手を付ければ良いのだ!!」




玉座でゲルド王が叫ぶが、その声は空虚に響くだけだった。

三方向から同時に押し寄せる侵略、それもかつての同盟国や属国による連携。


それはまるで、見えない巨大な手がゲルドという盤面をひっくり返そうとしているかのようだった。

有能だったはずの軍幹部たちも、次々と舞い込む「城壁崩落」の報に、もはや地図を指す指を震わせるしかできない。


彼らが誇った「軍事大国」のプライドは、ステラ王妃がバラまいた毒によって、砂の城のように崩れ去ろうとしていた。




絶叫が渦巻く王宮、逃げ惑う文官。

その狂乱の中心で、愛する双子を抱いた魔女エンヴァが、ゆっくりと姿を現した。



「あら、陛下も、もう少し粘ってくださらないと……私の子供たちが、お外で遊べなくなってしまうわ」



「エンヴァ様!」「どうか、どうか我らにお知恵を!」


怒号と悲鳴が渦巻く謁見の間で、軍幹部たちは縋るように一人の女性を仰ぎ見た。




ここ数年、ゲルド王国の危機のたびに彼女が執った指揮は、かつてのリザードマン戦を彷彿とさせる鮮烈な勝利を刻んできた。



だが、彼女がいない場所で発生する「ステラ王妃」の毒——頻発する反乱、活性化する魔物——が、確実にゲルドの四肢を削ぎ落としていた。




動員可能な兵力は、かき集めて五万。対する連合軍は3方向からの七万。 もはや、常人に扱える盤面ではない。




「陛下」


混乱の極致にあり、ただ呆然と立ち尽くすゲルド王の前でエンヴァは流麗な所作で膝を突いた。


その瞳はどこまでも深く、慈愛に満ちた偽りの光を湛えている。




「東の連合軍には陛下自ら二万を。西には、ディルガム将軍を総大将に据え、迎撃に向かわせるのが最善かと。……そして南のイブン。この三万の軍勢には、私が一万の兵を以て当たりましょう」




「何だと……? 兵が少なすぎる! それでは勝負にならんぞ!」


王の叫びに、エンヴァは悲しげに目を伏せた。




「……イブン王が求めておいでなのは、他ならぬこの私の身体にございます。私が前線に立つことで、彼も無茶な攻撃は仕掛けられぬはず。私を盾に、時間を稼ぎましょう」




「……っ!」


王の脳裏に、ステラから届いた毒入りの密書がよぎる。


——「魔女はイブンを誘惑し、ゲルドを裏切るつもり」——。


(ならぬ……エンヴァを、彼女を差し出すなど、この私が許さん!)


支配欲と猜疑心が、王の理性を塗り潰した。


エンヴァを安全な「籠」に入れておくことこそが、彼のプライドを守る唯一の道であり、そもそもゲルド王は目の前にいる色香溢れる他と並ぶことの無い美女エンヴァを他の男に手放すなど考えようも無かった。


「ならぬ! イブンめには、この我が直接当たる! ディルガム、そしてエンヴァよ。そちたちには一万の兵を与える。我が裏切り者を打ち倒し、援軍が戻るまで、要塞にこもり徹底的に守備を固めろ。……一歩も動くな!」




「……陛下の御心のままに。承知いたしました」


エンヴァは深く頭を下げた。扇で隠されたその口元に、嘲笑が浮かんでいたことに気づく者はいない。




こうして、ゲルド王国の命運を懸けた御前会議は決した。 東と西にはディルガムとエンヴァの防衛軍。

そして南、最も熾烈な「狂王イブン」の三万に対しては、ゲルド王自らが同数の兵力で出陣する。


王は、自分が「魔女を守る英雄」として振る舞っているつもりでいた。

しかし、当の本人はと言うと守られている感覚はまるで無かった。

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