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転生の魔女  作者: RUSA
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7生 ep.27

配給所の前では、かつて革命を叫んだ者たちが、泥水に浮いたわずかな麦の殻を巡って争い、命を繋いでいる。




「……リューコフの裏切り者め」


「ニコライの方が、まだマシだったじゃないか……」


「革命をしようが、戦争をしようが全然俺達は豊かにならない、夢も希望も無い」




路地裏で囁かれる呪詛は、冷たい風に乗って宮殿の石壁を叩く。


リューコフはそれを、魂の抜けた瞳で見つめることしかできなかった。




だが、その絶望の喧騒から遠く離れた湖畔――


ベルの別荘では、くらべものにならないほどに穏やかな、別世界の時間が流れていた。




「……お母さま。少しの間、ここでのんびり過ごしましょうね」


エンヴァは、母リーリャの手を引き、美しい湖を一望できる豪華な別荘へと足を踏み入れた。


帝都が飢えと憎悪で煮え返る中、ここには澄んだ空気と、クリフが世界中からかき集めた最高級の食材、そして静寂だけがある。




「あら、素敵なところね。でもエンヴァ、お父さまのお仕事は大丈夫なの? こんなに贅沢をして……」


リーリャが心配そうに小首をかしげる。


エンヴァは、天使のような微笑みを浮かべて母の肩を抱いた。




「大丈夫よ。お父さまの役所は、今この国で一番『必要とされている』もの。……少しお仕事が忙しくなるから、お母さまだけでも安全な場所で待っていてほしいんですって」




「私だけ……? エンヴァは一緒にいられないの?」


リーリャが不安げに眉を寄せ、愛娘の小さな手を握りしめる。




その問いに、傍らに立つ父カイルが、慈しむような笑みを浮かべて答えた。




「エンヴァはとても優秀なんだ。今は私の仕事も立て込んでいてね、彼女のような信頼できる秘書が側にいてくれないと困るんだよ。……少しの間だけ、私に貸しておいてはくれないかい?」




カイルは優しくリーリャの肩に手を置いた。


その指先は、彼女のまだ平坦な、けれど確かな温もりを宿した腹部を指し示す。




「それに、君の体の中にはエンヴァの弟か妹が宿っているんだ。今は何よりも、君たちの安全が第一だよ」


「そうね、配給が滞っていると聞いたことがあるわ。お父様はとても大事な仕事をしていらっしゃるのね」


「……ええ。お母さま、今はこの国がとても大変な時期なの。私はお父さまのお手伝いをして、一日も早く、新しい家族を迎えられる平和な街にしたいのよ」






エンヴァもまた、聖母のような笑みを浮かべて母を見上げた。




十二歳の少女が語る「お父さまのお手伝い」とは、国家の食糧供給を操作し、不要な人口を淘汰し、邪魔な敵を「壺」に詰めること。




ベルの別荘。そこは、大陸の惨状を濾過ろかし、幸福なエッセンスだけを抽出した世界で最も安全なシェルターだった。 エンヴァが母リーリャをこの地へ移したのは、単なる静養のためではない。それは、母の清廉な魂を「現実」という名の毒から守るための、周到な隔離工作であった。




「お母さま、今日はお天気がいいわね。お庭でアフタヌーンティーにしましょうか」


エンヴァは愛らしく微笑み、リーリャの肩に柔らかなショールをかけた。




かつての貧困街。そこには、飢えに耐えかねた「かつての客」や、嫉妬に狂った「かつての女友達」が、リーリャの慈悲を求めて這い寄ってきていた。




彼女たちはリーリャに食べ物を乞い、そのついでに外の凄惨な「現実」――飢餓、処刑、そして国が振るう冷酷な権力――を、無責任な告げ口として吹き込もうとした。




エンヴァにとって、それは万死に値する不敬だった。




「お母さまの耳には、小鳥のさえずりと風の音だけが入ればいいの」


母をベルへ移した後、エンヴァが最初に行ったのは、母と楽しく会話ができる「友人」の選別だった。




集められたのは、劇団員や没落貴族の令嬢など、教養があり、かつ「口の硬さ」を金と恐怖で買える十人の女たち。




「余計なことを母に伝えないで。もし彼女が悲しむような妙な話をしたら……その時は、生きたまま皮を剥いで、ベルの森の肥やしにしてあげるわ」




「は、はい! わかりました、エンヴァ様! 絶対に、絶対に口を滑らせたりいたしません!」




エンヴァの冷たい瞳に射すくめられた「プロの友人」たちは、顔面を蒼白にしながら平伏した。


彼女たちは、ある者は散歩中の読書家として、ある者は花を愛でる未亡人として、リーリャの前に「偶然」現れるようプロデュースされた。


その脚本は完璧だった。




リーリャは、自分が作り物の舞台の上で、雇われた演者たちに囲まれているとは夢にも思わず、新しい友人たちとの穏やかな日々に心を躍らせていた。








屈託のない、太陽のようなリーリャの笑顔。


エンヴァはその眩しさに、氷のような心がわずかに解けるのを感じていた。




(……ああ、この笑顔)


エンヴァの視線が、母の腹部へと向けられる。


そこには、自分と同じ血を引く、まだ名前のない命が眠っている。




(お母さまが私を愛してくれたように。……私も、いつか生まれてくるその子に、溢れるほどの愛を注いでみせましょう。……その子が飢えることのない、誰にも邪魔されない『楽園』を用意してあげるわ……全部、お母さまの為に)




その決意は、一国の再建を誓う英雄のそれよりも遥かに固く、そして果てしなく深い狂気を孕んでいた。



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