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転生の魔女  作者: RUSA
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7生 ep.10

深夜、帝都外縁部に位置する巨大な軍需工場。


硝煙と油の匂いが立ち込めるその闇を、ニコライ率いる革命組織の精鋭たちが音もなく進んでいた。




「……静かに。ここが『死の商人』の武器庫だ」


ニコライの囁きに、十数人の同志たちが息を呑む。


だが、彼らがボルトクリッパーで最後のフェンスを切り裂こうとしたその時




——周囲の空気が、不自然なほど濃い「霧」に包まれた。




「崇高なる思想を掲げた革命家の皆さん。……ここで貴方たちの革命は、お終いよ」




霧の向こうから、鈴を転がすような、けれど凍てつくほど冷ややかな声が響いた。




次の瞬間、工場の屋上、コンテナの影、あらゆる場所からサーチライトが彼らを射抜き、無数の銃口がその姿を捉えた。


逃げ場など、最初から存在しなかったのだ。




「なっ……待ち伏せかッ!?」


「貴方だけでも逃げて、ニコライ! 私たちが食い止めるわ!」




ニコライが最も信頼を寄せる女性革命家、ライラが声を張り上げる。


だが、霧の中から姿を現した八歳の少女——漆黒のドレスを纏ったエンヴァは、嘲笑うように言葉を継いだ。




「ここで全員一緒に帝国への反逆者として差し出されるか、あるいは……」


エンヴァは人差し指を顎に当て、楽しげに思案する。




「選択肢をあげるわ。そんなに『革命』とやらが大切だと言うのなら——殉死なさい。誰でもいいわ。たった一人の命と引き換えに、ここにある武器を、貴方たちに『供与』してあげる」




「な……ッ!?」




「それとも、あなた達の言う革命というのはその程度のものだったのかしら?ただ大声で騒いでいるだけなら野犬の群れと何も変わらないわよ」




「…………」


静寂。ただ、誰かが唾を飲み込む音だけが響く。




「……分かった。ならば、私が死のう。私の命で同志たちが救われるなら、安いものだ」




ニコライが一歩前に出るが、それをライラが激しく制止した。


「ダメよ! あなたは生きなければいけない! 貴方はこの国の『希望』なのよ!私が!革命に身を捧げるわ!」




「しかし、ライラ! 君を失うなんて、僕には……!」




「そろそろ決まったかしら? 私としては、どちらの血でも構わないのだけれど。……ああ、でも、急がないと警備の兵隊が来ちゃうわね」




エンヴァの催促に、ライラは決然と腰の拳銃を引き抜いた。




「ニコライ、愛しているわ。……私たちの理想を……止めるなッ!」


「ライラッ!!」


乾いた銃声が一つ。




ニコライの絶叫が夜の工場に木霊し、崩れ落ちた女の額から流れる鮮血が、冷たいコンクリートを汚していく。




「……ふふ。お見事。実に美しい『殉教』だったわ」


エンヴァは満足げに目を細め、指を鳴らした。




「泣かないの。彼女が望んだのは、貴方の涙じゃない。……引き金を引くための、その指の震えを止めることでしょう?」




すると、あれほど立ち込めていたアルテリの少年兵たちの気配が、霧と共に霧散していく。




「約束通り、私たちは何も見なかったことにしてあげる。好きなだけ我社の製品を持って帰りなさい。……その重さは、彼女の命の重さだと忘れないことね」




暗闇に消えていく少女の背中。


残されたのは、冷たくなったライラの遺体と、血の海の中で立ち尽くすニコライ、そして山積みにされた最新鋭のライフル。


彼らは魔女の「慈悲」とによって、最新鋭の武器を手に入れたのだ。








窓の外では、時代の大きな歯車が軋んだ音を立てて回り始めている。


だが、エンヴァが作り上げたこのアパートの一室だけは、まるで時間の流れが止まったかのような平穏に包まれていた。




「ねえ、エンヴァ。今日、署の人が話していたのだけれど……」




リーリャは淹れたてのハーブティーをカップに注ぎながら、ふと思い出したように口を開いた。




「地方の革命派の人たちが、なんだか急に勢いを盛り返しているんですって。どこかの大きなお金持ちが、裏でこっそり援助しているんじゃないかって噂になっていて。……ねえ、エンヴァはどう思う?」




エンヴァは、小皿に盛られたバタークッキーに手を伸ばしながら、無造作に答えた。




「うーん……。何も思わないわ、お母さま! 大人たちが勝手なことを言い合ってるなって感じ!」




「ふふ、そうよね。難しいお話だものね」


リーリャは困ったように、けれどどこか安心したように微笑んだ。




娘の無垢な反応に、自分の抱いた小さな不安が馬鹿らしくなったのだ。




彼女は知らない。その「裏で援助している大きなお金持ち」の正体が、目の前でクッキーをサクサクと頬張っている、わずか八歳の娘であることを。




「それよりお母さま、見て! このクッキー、お花の形をしてるの。可愛くない?」


「あら、本当。食べるのがもったいなくなっちゃうわね」


「だめよ、食べないと美味しくなくなっちゃうわ。はい、あーん!」


エンヴァが差し出したクッキーを、リーリャは照れ臭そうに口にする。




口いっぱいに広がる濃厚なバターの香りと甘み。


それは、硝煙の匂いとは無縁の、純粋な幸福の味だった。




「美味しいわ……。あ、そうだわエンヴァ。今度の休日、お隣の奥さんに教えてもらった新しいパン屋さんに行ってみない? そこで売っている、カスタードたっぷりのクリームパンが絶品なんですって」


「クリームパン! 行きたいわ、お母さま。あ、でも、人気のお店なら早起きしなきゃいけないかしら?」


「ええ、行列ができるそうよ。頑張って早起きしましょうね」


「ふふ、楽しみ。お母さまと一緒なら、並んでいる時間も楽しいもの!」


エンヴァはリーリャの腕に甘えるように抱きついた。


その温もりを感じながら、エンヴァの脳裏には別の思考が走る。




(……そのパン屋、たしか私の店ね)




母娘の笑い声が、西日に照らされた部屋に響く。


世界の半分が炎に包まれようとも、この小さな食卓の上の「甘い平和」だけは、何者にも、神にさえも触れさせはしない。

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