レオとリナ ep.6~
かつて、灼熱の砂漠を統べたイブン帝国。
その広大な版図を支えたのは、二人の若き支配者だった。
砂漠の民を束ねる「王」レオと、港湾都市を支配する「商業の女王」リナ。
レオの父はセト、母はエンヴァ。
リナの父はイブン、母はミーナ。
二人は幼い頃から、ある一人の女性によって育てられた。
名前はエンヴァ。
彼女は二人に統治の非情さを、経済の仕組みを、そして生きるための知恵を、その骨の髄まで叩き込んだ。
「……ようやく、この大陸も一つにまとまったわね。レオ」
二人の結婚によって統一王朝の成立を祝う式典の夜。
リナは豪華な王冠を放り出し、バルコニーで砂漠の風に吹かれていた。隣に立つレオは、かつての父セトのような力強さと、エンヴァのような狡猾さを兼ね備えた「王」へと成長していた。
「ああ。南の港と北の砂漠……。母上が望んだ『効率的な版図』が、ようやく形になった。……だが、当の御本人は、この晴れ舞台にも姿を見せなかったな」
レオが遠い空を見つめ、寂しげに笑う。
彼らにとって、エンヴァは絶対的な師であり、畏怖すべき「魔女」であり、そして何よりも唯一無二の「母」だった。
「父上……セト様もミーナ様も一緒よ。あの方たちのことだもの。きっと世界のどこか、誰も知らない片隅に隠れて……また、安っぽい鍋で豆でも煮ているんじゃないかしら? 贅沢なんて飽きた、とか言いながらね」
「ふっ……。違いない。あの人たちらしい。世界を裏から作り替えておきながら、自分たちはただの『家族』に戻りたがる。……リナ、俺たちはあの方たちから、あまりに巨大な遺産を受け取りすぎた」
「負債の間違いじゃないの?」
リナがレオの腕にそっと手をかける。
レオは、広場に建てさせたばかりの巨大な石像を見上げた。
それは、彼らが記憶している「最も若く、最も美しく、そして最も恐ろしかった頃」のエンヴァを模した姿だ。
「この信仰だけは、絶やしてはならない。彼女がこの国に遺した『知恵』こそが、砂を黄金に変える唯一の術なのだから」
「ええ。私たちの子供たちにも、そのまた子供たちにも伝えていきましょう。……いつか、また母上がふらりと遊びに来た時に、『この国、案外マシじゃない』って言わせてあげるためにね」
その後、イブン帝国もレオ王国も、数代を経てその形を変えていった。
王朝は交代し、国境線は引き直され、かつての英雄たちの名は歴史の砂に埋もれていく。
だが、砂漠に根付いた「魔女信仰」だけは、形を変えながらも消えることはなかった。
各地に残された、古びたエンヴァ像。
それから数百年後。
遠く離れた地で誕生した「共和国」が、自国の守護女神として建立した銅像。
驚くべきことに、その造形は、眉間のシワから唇の角度に至るまで、驚くほど酷似していた。
というより、それは「同一人物」をモデルに、それぞれ別の時代の記憶を切り取ったものだとしか言えなかった。
しかし、砂漠の最果てと近代的な王都。あまりに離れた二つの地で、その奇妙な一致に気づく者は、まだ誰もいない。
「神話の魔女」と「帝国の象徴」
その二つのパズルが重なり、一人の少女の「数千年にわたる足跡」が表舞台に引きずり出されるのは、さらに数百年後の、遠い未来の話である。




