二話 チュートリアル開始
目を覚ませば、知らない天井だった。
間違えるはずもない。
なんたって、俺の知っている天井は、岩石のようなゴツゴツとした悪趣味なものではないから。
「やっぱ、警察に囲ってもらっても意味なかったな」
俺は、状況を確認して呟く。
両親の提案であった、警察に逃げ込むと言う案は、恐らく転移をした状況では意味がないだろう。
どちらにしても、俺は武器を取るのに精いっぱいで選択しなどなかったが。
「まあ、良いか。水は確保できたし」
取り合えず、水と携帯食料はある。
そこは大丈夫だろう。
何日もと言うわけには行かないが、今日明日くらいなら問題はない。
そもそも、チュートリアルと言っているのだから、長時間拘束とは思えないし。
ただ。
「まさか、始まる前から怪我をするとはな」
俺は、自分の右腕を見る。
肘より二、三センチ上、少し内側によった場所が血だらけになっていた。
起きてすぐに、上着を脱いで確認した時は血はそんなに出ていなかったが、時間が経って出てきたようだった。
「上着を来てなかったら、もっと酷かっただろうな」
そう思って、俺は貴重な水を腕に掛ける。
「割と平気……痛い痛い!」
情けなくも、そう言いながら、俺は水をかける。
正直、布越しでそこまで汚れてないとは思うが、ばい菌云々はわからない。
念のためだ。
「はあ、これくらいで良いか。あとは、こいつか」
俺は、地面に置かれた斧を見る。
タグのようなものには、345mmと書いてある。
「鉞?金太郎かよ。斧とは違うのか?」
書かれた文字を読んで、俺は首を傾げる。
まあ、良いかと思い、タグを外して一応バッグに入れておく。
そもそもポイ捨てなんか生まれてこの方したことないが、それに加えてよくわからないこんな場所で捨てようとは思わなかった。
とりあえず、振ってみる。
「腕が痛てぇ。つーか思ったより重いな」
柄の部分に対して刃の部分が短いからそうでもないと思ったが案外重い。
利き手に怪我を負った状態では使いにくいな。
そんな風に思っていた時、何かの足音が聞えた。
モンスター、アナウンスが魔物と言っていたものだろう。
そして、その姿を確認した俺は、口を開いた。
「おいおい、定番はゴブリンじゃねぇのかよ」
見据える先には二足歩行の何かがいる。
犬の頭に、人間のようでありながら、毛皮を被った体で立っている。
コボルトとかそんな感じだろう。
俺は、斧を構える。
そんな俺を見て、コボルトも構えた。
「俺より良い武器持ってんじゃん」
コボルトが取り出した、短剣を見て俺はそう呟いた。
次の瞬間、コボルトに合わせて、俺も動いた。
武器を使って戦ったことなどない俺に、初めから魔物と戦うことは難しい。
そう考えて、俺は自分の動きをシミュレートしていた。
そして、その一手目が、斧を振り上げ、相手に振り下ろすことだった。
単純な動作だが、俺にはこれくらいしないと出来ないだろう。
戦闘中に思考することなど、出来ない。
そして、予定通りに俺は斧を振りかぶろうとして──
──できなかった。
利き手に傷を負っているから?
違う。
怖いのだ。
コボルトの持つ短剣が。
ボロボロのソレだけど、間違いなく刃物だ。
切り付けられれば、俺は苦痛を感じる。
恐れ恐怖した結果、俺は、コボルトの短剣に斧を向けたまま、攻撃を出せないでいた。
腰が引けて、上手くいかない。
腕を動かそうと意識しても、何とか動かせるのは手首だけ。
俺には、自分の腹を一瞬でも見せて、攻撃するなどできなかった。
せめて、相手が武装していない状態だったら違ったかもしれないが。
「グラェアア!!」
ただ、相手が待ってくれるはずもなく、俺は短剣の攻撃を受ける。
奇しくも俺の考えていた攻撃と同じ、振り上げた剣を落とす攻撃であった。
怖い。
斧で受けようにも、正確に防げるかわからない。
防ぐにしたって、斧を握るのだから、手に当たったら切れてしまう。
だから、俺は逃げた。
躱したなんて言えない様な、無様な姿をさらして振り下ろした剣から逃げた。
「はぁはぁはぁっ!」
攻撃を入れても受けてもないのに、俺は息を切らす。
心臓がうるさい。
本当はこのまま逃げたいところだけど、俺はコボルトに斧を向けて止まる。
無論、立ち向かおうと思ったわけではない。
単純な話、背中を向けて逃げる方が怖いのだ。
相手がすぐ後ろにいるような状況で、俺は背中を見せられない。
とにかく考えろ。
いや、難しく考えるな。
ただ、振りかぶった斧を当てるだけだ。
そうだ。
今みたいに何とか後ろを取って、反撃をされないように、攻撃すれば怖くない。
よし。
これならいける。
再び、剣を大きな動作で振り上げたコボルトを見る。
正直、回避するにしたって、大人しく、攻撃を待つのも怖いが、それでも一度やったんだ。
俺なら出来る。
「グェラアア!!」
動物特有の、咆哮と共に、剣は振り下ろされる。
そして、それを何とか俺はよけて、コボルトの裏を取った。
行ける!
「ハァ!」
俺は、今度こそ大きく振りかぶる。
後ろにいる状態でも、意識しないと体が硬くなって行動を拒否するが、やらなければ死ぬ。
俺は、思い切り後頭部目掛けて、振り下ろした。
「グルェア……!?」
直撃だ。
それに、良いのが入った。
そう確信した。
だが。
「……グェア!!」
振り向きざまに、コボルトは横凪に剣を振った。
そして、俺は腹部に衝撃を受けた。
その衝撃そのままに俺は後ろに倒れこむ。
「死ぬ死ぬ死ぬ……」
俺は、そう連呼しながら、自分の腹を触る。
いや、触ろうとして、手を止めた。
もし腸など出てたら、怖くてできなかった。
でも、確認しないわけにもいかなくて、恐る恐る腹部を見下ろした。
「……あれ?切れてない」
滅茶苦茶に痛い。
でも、血は出てない。
あの短剣の刃はほぼ潰れていた。
でも、切れると思っていただけに、驚いた。
ただ、今は戦闘中。
安堵する余裕などない。
近づいて来るコボルトを見る。
「ガルェアアア!!」
そして、反応する前に、両手に持った短剣を俺の身体目掛けて振り下ろした。
「ぐっ……!?」
身体を捻って何とか避けるも、コボルトはまた攻撃を仕掛けてくる。
それが怖くて、必死に斧を押し付けた。
ただ、手に引っ掛かりがない柄のせいか刃の真下を握らないと、押しのけられない。
圧倒的にリーチが足りない。
そこで、ふと、いや、やっと思い出した。
ギフトと言うものを。
「【延長】」
指定された武器に使用できる。
ならきっと、刃渡りも伸ばせるはずと考えた。
だが、伸びたのはほんの少しだけ。
俺は慌てて何度も言う。
「【延長】!【延長】【延長】【延長】【延長】っ!」
俺が一言声に出すたびに、斧の長さは伸びていく。
そして、押し出されるようにしてコボルトとの距離も離れて言った。
そうして、そのまま、俺はコボルトを斧で押したまま、脚に力を入れて、壁際まで追い込んだ。
その拍子に、コボルトの手から落ちた短剣は蹴り飛ばして、使えないようにしておく。
武器のなくなったコボルトに対して、俺はギフトにより、リーチを得た斧で叩きまくった。
鈍い音が何度もなるが、構わず振り下ろした。
何度も何度も何度も何度も殴り殺して、突如現れたウィンドウによって我を取り戻した。
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俺は、膝をついて斧をその場に落とした。