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「駅で」
券売機の前で
電車に乗りたくて
老いた母に切符をねだってる
二十歳をとうに過ぎた
大きな身体の息子は
無垢な笑顔に 期待をこめて
低い位置にある母の顔を
屈むように 見つめてる
嬉しさに身体を揺らしながら
券売機を指さす
諭すように母が首を振っても
あきらめきれず 掴んだ
細い手を揺らす
夏の昼下がり 立ち止まる
私の首に 汗が流れる
老いた体に
暑さは堪えるだろう
それでも
生きねばならぬ理由がある
一日でも長く
生きねばならぬ理由がある
無遠慮な視線がいくつも横切って
電車が音をたてて走り抜ける
幼子の手を引いて 線路に佇んだ
幾千の寄る辺ない 母たちの記憶に
固く目を閉じる
息子は母の手を 揺らし続ける
夢に見た 遠い街へ
心ない言葉を投げつける人のない街へ
行きたくて
遠い夕立の気配に 為す術もなく
母は 空を見上げる




